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レギオス 【壱】

――軍用輸送ヘリ――



 アルマンとの戦闘から半刻が過ぎようとしていた。機内の窓からは先ほどの豪雨が嘘のような澄んだ空が見える。太陽は地平線の近くまでやってきており、空の色は夕陽によって柔らかい赤色に染まっている。

 赤鬼はそんな空を機内の窓から呆然と眺めている。赤鬼の向かい側には青鬼が寛いでおり、口をこれまでとばかりに広げて大きなあくびをして見せた。その顔には長い緊張を強いられていたための疲労が表れていたが彼は別に気が付いていないようだ。

 赤鬼はふと昔のことを思い出していた。それは昨日のことのようであり、ずっと前のことでもあるように感じる記憶。あの時が己の人生を賭けた復讐を誓った時でもあり、戦士として目覚めた時でもある。


 そう、確かあの時もこんな夕陽だったような気がする……。




――アルフォード軍第四大隊基地・病院――



 その男は突然、病室のベッドで横たわる私の前に現れた。男は軍用のコートに身を包んでおり、襟元を見るところ階級は少佐のようだ。

 彼は静かに私のところまで足を運ぶと変化に乏しい表情で私と目を合わせた。

 そして岩のような口元をゆっくりと開くとたった一言、私にこう告げた。


「君の妹を殺したのはアルマン・ギルガネスだ」


 その一言によって私を中心とした空間は時を失い、色彩をも奪い取られた。

 この男は何を言っているのだ? アルマンと言わなかったか? アルマンが何だって? 妹を殺した? 何かの聞き間違いではないか? あいつが私の……まさか!?

 私は目の前の―以前表情を変えようとしない、職人軍人というよりむしろエリート軍人と言う言葉の似合う―男から放たれた言葉を理解することができなかった。それは突然の発言ということもあるが、妹を殺したのが最愛の友であるという馬鹿げた内容によるものが大きい。

 私が困惑しているのを手に取ったのか男は再度、今度はより具体的にことの詳細をこれまたご丁寧に述べてくれた。


「君の妹、リース・ザルバンの遺体から摘出された銃弾を調べたところアルマン少尉の銃から発射されたものであることが判明した。つまりそこから導き出される答えは唯一つ、アルマン・ギルガネスが君の最愛の妹の命を奪ったということだ。

しかし、軍は彼を裁かずこともあろうに英雄に仕立て上げた。理由は簡単だ。彼ほどの人材はこの世に二人といない。それなのにたかがフレンドリーファイアー(※誤って味方を撃つこと)ごときで彼を裁くのは実に愚かなことだと判断したためだ。悔しくないかね、憎くないかね? 君の最も愛する唯一の肉親は軍の姑息な隠ぺい工作のために真実から抹消されたのだぞ! 私はそれを許すことができない。だからこそ君にこの真実を伝えにきたのだ。最も知るべき彼女の兄である君にな」


 私の背筋がスーッと凍りつく。そして沈黙。私はこの男が話した内容を整理しようと心を落ち着かせた。長き間、私の心を無が覆った。

 そして全てが整理された時、私の心を覆った無は吹き飛び中から煮えたぎる真っ赤な業火が現れた。それは正に復讐の炎、己の利益しか考えない軍と妹を殺した友への怒りが私に一つの決断を下した。


「どうやら一つの答えにたどり着いたとうだな。よかろう、君の手助けをしよう。この地図には国境線を越えるための秘密のルートが記されている。この通りに進めば、誰からも気づかれずに国境を越えることができよう」


 私は男から一枚の紙を受け取ると腕に刺された点滴針を勢いよく抜き取りベッドから這い上がるとすばやく抜け出す準備をした。男はそんな私の姿を見た後、私の準備が整う前に病室を後にした。

 一人になった私は準備を終えると男からもらった地図を開き、今一度ルートを確認した。そして深く深呼吸をすると覚悟を決め、二階の窓から飛び降りた。




――バロウ森林地帯――



 アルフォード軍山岳基地の病棟から脱走したレギオスは、国境兵士に見つからないようにしてドライアス山岳を越え、その麓に存在するバロウ森林地帯までやってきていた。

 彼の身体の傷はまだ完全には癒えておらず、その身体には至る所に包帯が巻かれている。彼がここまで来れたのは不思議なくらいで、常人ならベッドから起き上がれることも不可能な状態であった。彼をここまで来させた動力源はたった一つ、軍への、アルマンへの復讐心であった。

 森林地帯を歩くこと半刻、レギオスの体力は既に限界を超えていた。その足元はおぼつかず、視界はぼんやりとしている。木々を掴みながら何とか前進を試みるレギオスであったが思うように足が進まず、等々その場に倒れこんでしまった。

 彼の意識が薄れる中、前方より一つの人影がこちらへと向かってきていた。彼はその人影を確認するや、完全に意識を落としてしまった…。




――森小屋――



 レギオスが再び意識を取り戻したのはとある森小屋の中だった。彼は悲鳴を上げる身体を何とか起こすと辺りを見回した。小屋の大きさは五平方メートルほどで、見るかぎり全て丸太によって組み上げられているようだ。中央には幅三十センチほどの火床があり、炭と化した薪がくべられてある。入り口は火床を中心に置くように反対方向にある。

 彼が入り口へと目をやった時、突如扉が開かれ、斧を肩に担ぎ、片手に息のない獣を持った大男が中へと入ってきた。男はレギオスを見るなり、入り口付近の壁に斧を置いて友好的な笑みを浮かべながら彼のほうへと歩んできた。


「おっ、目を覚ましたかい。どうだい気分のほうは?」

 

 男は声を掛けると共に床に腰を下ろし、火床に新たな薪を加えて火を起こし始めた。火を起こすと水の入った鍋を賭け、何かを作り始めた。鍋の水が沸騰すると男は持って帰った獣の肉と水洗いした山菜を中に入れ、よく火を通すと最後に調味料を加えた。そして出来上がった料理を不恰好な器に注ぐとレギオスに差し出した。


「こいつを食いな。味はそこそこだが見る見るうちに力が湧いてくるはずだぜ!」


 レギオスは差し出された器を受け取ると添えられたスプーンを使って、黄金色の液体を口へと持っていった。その味は非常に濃厚で、長時間歩き続けてすっかり空腹となった彼の胃の中で染み渡った。

 彼は一口目を口に入れてからしばらく液体が胃に染み渡る感覚に浸っていた。そして完全に染み渡るのを確認すると今度は黙々とスプーンを進めだした。小屋の主はそんなレギオスの姿を見て安心したようでその頬は先ほどに増して緩んでいる。彼らは何も語らず、黙々と容器内の液体を口へと運んだ。鍋のスープは十分も経たないうちに空になってしまった。

 レギオスは胃が満たされると深く息を吐いた。そして大男に顔を向けると深々と頭を下げた。


「行き倒れているところを助けてもらい感謝する。おかげで一命を取り留めることができた。是非とも命の恩人であるあなたの名を聞かせていただきたい」


 大柄の男は目の前の青年が自分に深々と頭を下げるので照れる様子で頭を書きだした。そして右手で拳を作ると自分の胸に当てながら自己紹介をし始めた。


「まぁ、そう気にしなさんなって。俺の名はザムス、ザムス・ロドリゲスって言う者だ。この森で細々と暮らしている。ところであんちゃんは何て言うんだい? それにその格好はどうしたんだい? 見たところアルフォードの軍人さんみたいだが…」


 レギオスは一瞬、自分がアルフォードの軍人であることがばれたことで気を引き締めたが目の前の男はそのことを全く気にした様子ではなかったのですぐに警戒を解いた。


「私はレギオス・ザルバン。訳あってアルフォードの軍から逃げ出してきた。要は脱走兵だ。ところで聞きたいことがあるのだがこの国の首都に向かうにはどうすればよい?」


「首都に向かうつもりかい? そいつは無茶な話だぜ!? 首都アルベラはここから何千キロも離れたところにあるんだ。その足で向かうにはあまりに遠すぎらぁ。それにその格好じゃあ、首都にたどり着く前に巡回中の兵士に発見されて即射殺されちまうよ」


 ザムスはそう言い放つと何か思いついたように両手を叩いた。そしてタンスの引き出しを開けるとおもむろに何かを探し出した。あれやこれやと衣服を放り出していたザムスだったがようやくお目当てのものが見つかったようで、ご満悦な表情で中から取り出した。それは彼が着るにはあまりに小さい衣服だった。


「こいつを着な。昔、俺の兄貴が着ていたやつだ。そいつなら見つかってもよほどのことがないかぎりバレねぇはずだぜ」


「兄殿がおられたか。で、今はどこにおられるのか? 町にでも出かけておられるのか?」


 レギオスは何気なくこの質問をしたことに心底後悔した。先ほどまであった大男の笑みが消えたからだ。ザムスはしばし間を置くとつぶやくようにその質問に答えた。


「…兄貴はつい二年前に死んじまったよ。軍に志願して一年も経たないうちに敵さんの銃弾にやられちまったのさ…」


 レギオスはそうか、と一言だけ告げるとそれ以上は何も聞かず、ザムスから古ぼけた衣服を受け取りさっさと軍服と取り替えた。服のサイズはちょうど良く、手足を動かしてみたかぎり動きの妨げにはならない。レギオスはザムスに一礼すると小屋を後にしようとした。だが、後方から巨大な手に襟をつかまれ、強制的に止められた。


「おいおい、さっきの話ちゃんと聞いていたか? 歩きで首都を目指すなんて無茶な話だよ。まぁ、落ち着きな。歩いて首都を目指すなんかよりすこぶる良い方法があるんだよ」


 ザムスはレギオスの体を自分のほうへ向けさせるとその良い方法とやらを話し出した。彼が言うにはここから数十キロ離れたところに【ドムント基地】という基地があり、そこの司令官に事情を話せば首都までの足を出してくれるそうだ。レギオスはしばらくの間、沈黙を続けていたが他に良い案が浮かばなかったのでその案を呑むことにした。

 大男は大斧を持ち上げると勢いよく扉を開き、レギオスに出発を促した。どうやら彼は基地までの道案内をしてくれるらしい。レギオスは再びザムスに一礼すると基地へと向かうため足を進めだした。

 彼らのロードはまだ始まったばかりである…。





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