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第八話 朝、同じベッドで目を覚ます

 姫護選定のために王城へ来て早くも数日が経った。

 こんな厄介なことに推薦したオヤジ殿の事を俺は絶対許さん。後悔させてやる。

 不本意ながら姫護候補である俺にはある一つの悩みが出来ていた。

 それは絶対に似合うからと首輪を渡されたことでも、よくも騙したなと半日追い掛け回されたことでもない。

 その悩みは、いつも俺が寝入った頃にやって来ている……らしい。


「ん……」


 朝、窓から差し込む麗らかな日差しによって目が覚める。

 …………あぁ、今日もまたか。

 女の子特有の甘い香りと腕の中にすっぽりと入る無駄に柔らかい感触で悟る。

 視線を下ろすとそこには髪を下ろしたままのレティアが身をよせていた。


「おはようございます。昨夜はぐっすりでしたね」

「……おはよう。もうすっかり慣れた自分の適応力を褒めたいよ。……ふぁ」


 あくびをしながら考える。一体、こいつはどうやってこの部屋に侵入してくるのだろうか。

 そう、何故俺のベッドに潜り込んでくるのかは別としてもそこが分からないので対処のしようがない。

 部屋の鍵はかけた。ここは三階だが一応窓の鍵も。念のため隠し扉の類も調べたが無かった。

 しかも昨夜は扉と窓に施錠の魔法もかけたのだ。解錠の魔法でしか開けることが出来ないのだが、それも見たところ破られた形跡はない。


 最初に侵入された時には本当にビビった。思わず叫びそうになるのを堪えてレティアを起こそうとしたもののこれがまたなかなか起きない。

 最終的に眠ったままのレティアを抱えて部屋まで送り届けたのだが、これが不味かった。

 面倒なことに俺の部屋から出てきたのを目撃したメイドがいたのだ。以降噂が噂を呼び、恋仲だとか実は婚約してる、だとか言われているようだ。

 どうせ噂なのだから俺自身は大して気にしていないのだが、他の姫君は気に食わない様子だ。レティア本人はどう思ってるかは知らないが。

 なんにせよ、この不法侵入姫をどうにかしなければ俺に明日はない。

 日に日にアーシェの纏う雰囲気がドス黒くなってきている気がする。きっと放置しておくと首輪でつながれたペットになる。マジでそんな勢い。

 俺はベッドから降りてレティアを見下ろしながら口を開く。


「さて、レティア。今日こそはどうやってこの部屋に入って来てるのか教えてもらおうか」

「むぅ、仮にも一夜を過ごした男女の会話とは思えません。もっと気の利いたことを言ってください」

「部屋に不法侵入してベッドに潜り込んだ輩との会話としては合ってるだろうが」

「そんな……覚えてないのですか?」


 何を言い出すんだコイツは。


「昨夜はあんなに激しく私を求めて来たというのに……」

「さっきお前、ぐっすりでしたねって言ったよな」

「初めてだった私の中にルシアは何度も何度もそのせ――んきゅっ!」


 とんでもないことを口走り始めたので手刀を頭に振り下ろして止める。


「アホか、お前は!!」

「事実だからいいじゃないですか」

「無根過ぎるわ! サラリと捏造すんな!」

「はぁ、本当に覚えてないなんて……」


 やれやれ、とでも言うように首を横に振るレティア。

 ま、まさか……本当にやっちまったのか!?


「……なんて信じるとでも思ったか?」

「チッ」


 舌打ちすんな。バレバレだから。


「別にいいじゃないですか。ちょっと責任取るくらいですよ」

「その責任は取ろうとすると首が落ちるからな、マジで」

「ルシアなら意外といけそうですけど……」


 なんか含みのある言い方だな。


「どういうことだよ?」

「いえ……首が落ちても魔法で何とかしそうな感じが」

「いやいやいや、出来ねぇよ! 魔法にも限度はあるからな!?」

「すぐくっつければ……なんて事無いですか?」

「有り得ねぇよ!」

「そうですか、残念です」


 く……こんなんじゃ駄目だ。向こうにペースを握られてる。

 このままじゃうやむやになってしまう。なんとかしなければ……。

 そう考えていた矢先、ガンガンガン! と乱暴なノック。こんな朝早くから誰だ!?

 扉の向こうには何人かいるらしく話し声が聞こえてくる。


「姉上……ここまでする必要があるのでしょうか?」

「リィン、何を言ってるのよ。あの二人の噂は聞いてるでしょ? そう、これは城の風紀を正すための正義の行いなのよ!」


 げっ……この声はアーシェとリィン!? 朝も早いっていうのに何をしに来たんだ……?


「まぁ……確かに未婚の男女が同衾とは関心しませんね」

「でしょう? と、言う事でやっちゃってちょうだい」

「あ、あのー……本当によろしいのでしょうか?」


 なんだなんだ? もう一人居たのか男の声が聞こえる。なんだか困惑しているような……。


「このアタシが命令してるのよ。さっさとこの扉をぶち壊しなさい!」


 ぶち壊す!? 不味い。あいつらここに踏み込む気か!


「り、了解しました。『炎よ、我が手の元に集いたまえ――――』」


 ぎゃー! あの姫様方、魔法使い連れてきやがった!

 冗談じゃない。このままアーシェとリィンに捕まれば説教アンドお仕置きコースは確定だ。

 俺のせいじゃないのに!


「はぁ、何を慌ててるんですか? ……しょうがないですね」


 いつの間にか背後にはレティアがいて俺の寝間着の裾を掴んでいた。

 姫様? 現在進行形で面倒事が起きてるんですが……。


「待て、遊んでる場合じゃ……」

「騒がないでください。集中できません」


 ……集中だって? 一体何のために。

 そして扉の向こうでは詠唱が完了した気配。

 来る。そう思った瞬間に俺はレティアをかばうように扉に背を向けて――




 直後、ふかふかのベッドにボフッと音を立てて着地した。



「…………はい?」


 あ、あれ? ここは何処だ?

 なんかいろいろと豪奢な作りの広い部屋だ。クローゼットから化粧台、ソファーまですべてが高級感に溢れている。


「はぁ……朝から疲れました」

「疲れたって……今の、お前が?」


 仰向けになっている俺の上でレティアはぐたりと体を弛緩させる。

 こんな不可思議な現象は魔法しかありえないんだが……はて、コイツ詠唱なんてしたか?


「転移魔法です。あの部屋とこの部屋に予め魔法陣を仕込んでおいたので後は好きな時に行き来することが出来るんです」

「へぇ……魔方陣を!」


 魔方陣を描くのには普通に魔法を使うよりも魔力を必要とする。

 一度描けば半永久的に機能し、以降は比較的小さな魔力を使うだけで魔法が発動するというものだ。

 一般的に魔具と呼ばれる物はこれを利用しているのが大半だ。

 ちなみに、一般大衆の殆どは少量の魔力しか持たないため、魔法を使うとなると必然的に魔具を使うことになる。


「なるほどな……転移で侵入してた訳だ。そいつは予想外だった」


 まさかレティア姫が転移魔法を扱えるほど魔力を持っていたとは……。


「ん、でもこの転移魔法には欠点が一つ」

「……それは?」

「夜這いに行ったのに、疲れて眠ってしまいます」

「夜這いだったのかよ!?」

「冗談ですけど」

「あぁ、そう……」


 コイツの言う事は本気か冗談か分かりづらい……。

 はぁ……レティアのおかげで助かったといえば助かったのだが、もとはといえばコイツが部屋に侵入して来なければこんな事にはならなかったわけで……。

 ……って、レティア? おーい。


「すぅ……すぅ……」


 眠ってる!? あー……転移魔法で力尽きたのか?

 俺は無邪気な寝顔を晒すレティアをしっかりと寝かせてベッドから下りる。

 なんとなく、妹がいたらこんな感じだったのかなぁと思った。

 ふと、テーブルの上に開かれたまま置いてある本に目が行く。それは古ぼけた一冊の魔導書だった。

 レティアは魔法に興味があるのだろうか。


「そういやテレパスも使ってたっけか。あれは書庫の中に居たのかねぇ……まぁいいか」


 もし暇があれば、レティアに魔法を教えてみても面白そうだ。

 俺は頭を掻きながら扉を開けて――。


「あら、今日はこっちだったのね……」

「まさか本当にいるとは……」


 二人のお姫様と鉢合わせた。

 笑顔のアーシェと呆れ顔のリィン。やばい。


「違う。違うんだ、聞いてくれ」

「アンタに聞いてもまともに答えてくれないでしょう? レティアに聞くわ」

「あ、待て。あいつは今、疲れて眠ったところで……ハッ!」


 し、しまった! この言い方じゃ不味い!


「……疲れて」

「……眠ったところ」

「と、時に落ち着け。誤解だ、誤解なんだ!」

「へぇ、誤解? じゃあレティアの部屋で疲れて眠るまで一体何をしてたのかしら?」


 ひぃぃ……笑顔が怖いですアーシェさん!

 ってリィンさん? なんで剣を抜いてるんでしょうか。俺には理解出来ない。


「……不健全な。切り落とすか」

「ナニを!? 待ってリィンさん。話を聞いてー!」

「安心しろ……一瞬だ!」

「その後は一生無いままじゃん! 嫌だー!」


 二人の間を抜けて逃亡を図る。無理だ。今の二人には話が通じない!


「リィン、捕まえて!」

「言われずとも承知の上!」


 すれ違う人達の「またお前か」とでも言いたげな視線が痛い。

 今日もまた、城での一日が始まる。


「待ちなさい、ルシア!!」

「えぇい、止まれ! 潔く諦めろ!」

「ぎゃああああああ!!」


 男としての人生は……今日で終わりかもしれない。

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