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第六話 竜虎相搏つ会食

 逃げよう。そう決心したこの俺の行く手を阻む黒い影があった。


「ルシア。食事の用意が出来たぞ。王を交えての会食だ」


 影の正体はゴロードだった。何処から出てきたんだこのジジイ。少し驚いた。

 会食……王を交えてのか、それは断ると不味いか?

 ゴロードが歩き出したのでとりあえずついて行くことにする。


「飯はありがたいんだが……王と飯を食うと息がつまりそうだな」

「口調を改めるだけじゃろ。我慢せい」


 いや、それが一番の要因なんだが……。


「はぁ……今度、翻訳の魔導書でも書くか。何を喋っても敬語になる感じの」

「ははっ! 見ない内に一段とものぐさになったものじゃ。お前は昔から二言目には面倒だのだるいだの言っておったからな」

「記憶にございませんなぁ」


 そんな事言ってたのかよ。


「会食には姫様達も同席する。まぁ、面識はあるじゃろうから問題はあるまい?」

「あー……悪い。それなんだがな?」


 全く覚えてませんでした。


「なんと……あれほど仲が良かったのにか」

「仲が、良い? 会った瞬間に斬りつけられたんですけど!」

「斬りつけ……リィン様か。まぁ何とかなったのじゃろう?」

「何とかなってなかったら俺の首と胴は泣き別れてたと思われる」

「あの子なりの愛情表現という奴じゃな。不器用なんじゃよ」


 そうか、不器用か。それならしょうがなく――ねぇよな。


「不器用ってレベルじゃねぇだろ! 好感度上げるごとに斬りつけられてたらたまらんわ!」

「女たらしになりおって……」

「聞けよ。あとそんなしみじみ言うな。俺は女たらしじゃない」

「全く。そんなにフラフラしておるとアーシェ様と会ったときにどうなることやら……」

「……誰だよ?」


 アーシェ……アーシェ……俺が知ってるのはアーシェリアだもんな。きっと別人だろ。というか別人であってくれ。

 というかジジイにとって俺の返答は本当に予想外だったのか滅茶苦茶驚いた表情になってる。心臓は大丈夫か?


「……死んだな」

「うそ、そんなに重要人物!?」


 まさか死亡宣告をされるとは思わなかった。

 いよいよもって嫌な予感しかしない。俺の知るアーシェリアとジジイの言うアーシェとは同一人物ではなかろうか? しかし尋ねる勇気が起きない。肯定された日には会食に出る気力が無くなる。


「儂はてっきりアーシェ様の姫護になるために城へ来たのかと思ったのじゃが……」


 姫なのかよ。というか……


「騎士にはならねぇよ!」

「……? なんじゃと?」


 おっとしまった。つい条件反射で返してしまった。


「あーいや、忘れてくれ。俺はオヤジ殿に言われて来ただけでな。他意は無い」

「ふむ……まぁ後悔するのもお前の勝手か。骨は拾ってガルアに届けてやるから心配するな」


 …………。


「い、痛たたたた……きゅ、急に頭痛が痛くなったから俺はやっぱり故郷に帰ろうかと……」

「なぁに、頑丈さが取り柄のお前に乗り越えられない苦難はない。がんばれぃ」

「他人事だと思いやがって酷いぞ、ジジイ! この鬼畜執事!」

「ほっほっほっほ」


 と、まぁそんなやりとりをしている間についてしまったようだ。ゴロードが一声かけて扉を開く。

 綺羅びやかな装飾がされた部屋だ。あまりこういった場所で食事をした経験が無いので妙に居心地が悪い。実家のほうは割と落ち着いた雰囲気だったからな……。

 テーブルには既に二人の男女が席について談笑している。

 と、こちらに気づいたようだ。


「ん……おぉ! 久しぶりだね、ルシア君!」

「……お久しぶりです、陛下。壮健そうでなにより。このルシア・ウォー・ヴァンレイン、此度の姫護に名乗りをあげるべく参上致しました」


 げほ……息苦しい。しかし一応公の場になるだろうから仕方がない。我慢だ。

 気さくに声をかけてきたのはこの国の国王セシル・ドラグ・エルヴェディーレ陛下。見た目二十代にしか見えない不思議な人だ。

 かつて俺が書いた魔導書の関係で面識があり、それ以降幾度も交流があるおかげで特に緊張はない。

 彼の隣に腰掛けている穏やかな雰囲気の女性は王妃だろうか? 覚えがないので判断出来ない。

 ゴロードの誘導でテーブルにつく。はてさてこの会食、どうなることやら。


「あっはっは! その口調じゃ息苦しいだろう? いつもどおりで構わないよ。今日は特に公の場というわけでもない。いわば個人的に私が招待したようなものだからね」


 あ、そう? 流石は陛下。話がわかる!


「それじゃあ遠慮無く……そちらの方は王妃様?」

「あぁ、自慢の妻だよ。エルゼ、この子がルシア君だ。覚えているかな? 昔はアーシェやリィンと一緒に遊んでいたのだけれど」

「あらあら、ルシアちゃん? 覚えているわ。また一段と綺麗になって……やっぱり髪を伸ばしたほうが似合うわねー」


 王妃とまで面識があったとは……。

 というか王妃様? もしかして俺の性別を間違えて覚えてはいませんでしょうか?


「一応言っておきますけど男ですよ?」

「ちゃんと分かってるわ、安心して」


 そいつは良かった。

 ……いや待て俺よ。これはもしかすると絶好のチャンスなのでは無いだろうか?

 昔を知るこの人達なら何故俺がリィン姫に決闘を挑まれたのか、本当にアーシェリアによって奴隷の如く扱われてたのか、教えてくれるだろう。


「あー……陛下、アーシェリアという奴を知ってるか?」


 一番重要そうな奴から。


「アーシェのことかい?」


 ……終わった。アーシェ=アーシェリア。

 いやまぁ予想できていたといえば出来ていた。多分何の覚悟も無くここに座っていたら裸足で逃げ出すレベルの事実だ。

 ゴロードの弁を信じるならアーシェリアは王女ということになる。正確な年齢は分からないがどう見ても第二王女よりは年上という印象だった。つまりは第一王女か。


「やっぱりあの子のことも忘れていたみたいだね。あんなに仲良くしていたのに……いや、それを言っても始まらないか」


 な、仲良く。本人は奴隷扱いしていたって言ってましたけど。


「君が城に訪れなくなってからが大変でね……姫護はいらないと言うし、なにより男を寄せ付けなくなってしまった。もう今年で二十六になるし少々心配で……痛たたたた!!」


 何事だ!? あれ……良く見ると先程よりも王妃と陛下の間隔が狭い気が……。

 まさか足でも踏んでいるのだろうか。


「あなた? 女性の年齢をあげて物事を語るなんて最低の行いですよ?」

「ご、ごめんなさい! 許してください!」

「反省してくださいね?」


 そう言って元の間隔へと彼らは戻る。なんとなく、理解した。王妃様、怖い。


「……ルシアちゃんには期待してるわよ?」

「了解いたしました!!」


 何を、とは聞かない。返事は『はい』か『イエス』のみだ。そんな雰囲気。

 大分得るものがあったな。……アーシェリア・ドラグ・エルヴェディーレ。この国の第一王女でどう見てもサディスト。

 理由はよくわからないが男嫌い、そして姫護を必要としていないようだ。

 年齢は今年で二十六らしい、さっさと結婚でもして落ち着け。そうすれば俺の精神も休まるというものだ。

 さて次は……。


「そういえば……リィン姫に出会い頭に斬りつけられてそのまま決闘になったんだが……辻斬りの気でもあるのか?」

「リィンがかい? あぁ、そういえばそんな報告を受けていたね。冗談かと思ったんだが……相手が君なら納得だ」


 俺なら納得するのかよ。何故だ?


「俺は斬られるような事を過去にしたのだろうか……」

「剣の腕であの子は君に遠く及ばなかった。多分それを気にしてるんじゃないかな?」


 あんな鬼神みたいな奴に勝ってたとは思えんが……あぁ、いや、ガキの頃の話か。


「とっくの昔に剣は捨てたつもりなんだがな」

「それも、君に固執する原因になってるかもしれないね」


 ……そういえば魔導を辞めさせるとか言ってた気がする。

 なるほど、自分に勝った男が騎士道から外れ魔導に傾倒しているのが気に食わないと、そういう事か。


「ちなみに、リィンにも姫護はいないよ。自分よりも弱い男を姫護と認めない、とね」

「へぇ……その言い草だと何回か姫護選定はしたんだよな」


 ぜんっぜん知らなかった。だってほら、引き篭もりだったし。


「そう、もう五度目になるかな。アーシェもリィンも好き放題やるものだから回を追うごとに参加者が少なくなってね。いやぁ今回の選定では一人も来ないんじゃないかなーって思ってたけどルシア君が来てくれて助かったよ」


 ………………あ、あれ? なんか今さらりと凄いことを言われた気がする。

 参加者が……え? どういうこと?


「運が良い、と言えるのかな。後はあの『三人』の内誰かに気に入られればすぐにでも姫護になれるよ」

「…………ナンデスッテ?」


 い、いやいやいや! え……はぁ!?

 俺の策が……封じられた、だと……謀ったな!?

 待て、ふざけてる場合じゃない。つまり、つまりだ……アーシェリアかリィンのどちらかが俺を姫護にすると言えば俺は姫護になるってことか!? ん……待て、『三人』?

 そこまで思考した瞬間にバンッ! と勢い良く扉が開かれる。現れたのはドレスを着た三人の女性。そのうち二人には見覚えがある。


「ふふっ、あの様子だから逃げちゃわないか心配だったけど……杞憂だったみたいね」


 先ほどと変わらず黒のドレスを着た美女、アーシェリアがどことなく妖艶な笑みを浮かべる。

 ゾクリと背筋が凍るような錯覚。ヤバい。本格的にこいつは苦手かもしれん。


「逃亡などするはずがない。ルシアは私と約束したのだ」


 赤いドレス姿のリィン。決闘の時と同じドレスに見えるが、手甲やところどころ付いていた装甲板が無い。脱着式か? 無駄に手が込んでるな。

 目が合った途端キッと視線が鋭くなる。泣かせたことをまだ根に持っているのだろうか。


「………………」


 そして見覚えの無い三人目。何処からどう見ても成人しているようには見えない背の小さい少女だ。

 水色の長い髪をツインテールにしている。同じく水色のドレスがよく似合っていて可愛らしい。

 この子も姫なのだろうか。あ、目が合った。


「……初めまして、エロガッパ」

「なっ……書庫の精霊か、てめぇ!?」


 テレパスの声と同じものだったうえにエロガッパ発言ですぐに結びついた。

 してやったりといった表情を浮かべながら右手ブイサインを作ってる。てめぇは悪戯娘か。


「第三王女レティア・ドラグ・エルヴェディーレです。以後お見知りおきを」


 ……もう何が起こったって驚かねぇよ。

 と、げんなりしているとアーシェリアがつかつかと近寄ってきたと思ったら俺の左腕を取って無理やり立たせる。い、一体なにをする気だ?


「お父様、お母様、ルシアはアタシの姫護にするわ。いいわよね?」


 いやいや、ちょっと待ってくださいアーシェリアさん。俺の意見を聞いちゃくれませんか。

 ってなんでリィンさん近づいてくるんでしょうか……あ、右腕を取られた。


「姉上、残念ですが私が先約です。……そうだろ、ルシア?」


 初耳だよこのやろう。頼む。後生だから離してくれ。俺は姫護に、騎士になんてなりたくないんだ。


「へぇ……リィン、このアタシに逆らうって言うの? 面白い冗談ね、それ」

「私は冗談の類が嫌いです」


 アーシェリアとリィンが睨み合いを始めた途端に俺の腰元に衝撃。今度は何だ!?

 俺の腰元に抱きつくように手を回していたのは書庫の精霊改めレティア。な、何か御用でしょうか。


「ルシアは……私の」


 ……何故に貴女までそんなことを仰るのか。

 俺を中心に三つ巴で睨み合う横暴姫姉妹。

 陛下と王妃は微笑まし気に笑っている。お願いですから助けてください。


 姫護なんて……騎士なんて……冗談じゃない!!


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