第二話 王都に到着
雲ひとつ無い快晴の空を俺は見上げた。いやはや、なんと素晴らしい天気だろう。天も俺の新たな門出を祝ってくれているに違いない。
俺の現在地はエルヴェディーレ王国の中心地、王都デルヘンにあった。
馬車での道中は何事もなかった。それもそのはず。現在この国は平和そのもの。盗賊など居るはずもなく、獣も街道には姿を現さない。うむ、平和万歳。ラブアンドピース。
そんなこんなで俺は懐かしいこの都に立っている。俺も幼い頃はオヤジ殿に連れられてよく訪れたものだ。いつの間にか行かなくなっていたのだが……はて、なんでだったかな?
……まぁいい。思い出せないなら仕方がない。そういう時はそっとしておくに限る。
ちなみに俺の格好は普段と同じく魔導師用のローブを着ている。
鎧は……あったことはあったのだが、魔法の実験台に使っていたせいで腐食していたりメラメラと燃えていたりズタズタに切り裂かれたりと酷い有様だったので置いてきた。
文句を言われたらその時はその時、運がなかったという事にしよう。不戦敗上等だオラァ!
しかし、俺は肝心の事を忘れていた。
それは姫護選定の方法だとか、これからどこに行ってどうすればいいの、とかそんなちゃちな事じゃない。もっと重要な事だったりする。
「やべぇ、お土産忘れてた」
お土産、と言えば聞こえは軽いが要は王様への貢物のことだ。一応顔見知りだったりするので笑って済ませてくれそうではあるが……ちょっと不安だ。
あとこれはついでだがこの王都、及び王城には弟達もいる。なかなか忙しいようで帰ってくる頻度がめっきり減っている。何か土産でも……と考えてはいたが……本当に考えるだけになってしまった。ちなみに四人兄弟だ。
それにしても――
「人が多いな……」
そう多い。いや、多すぎると言っても過言では無いだろう。
はじめは祭りか、とも思ったがどうやら違うらしい。道行く人に聞いてみて素直に驚いたものだ。
「昔もこんなんだったっけな――ん?」
とりあえず日陰になる道端で通行人をぼーっと観察していた最中、ある物が目に入った。
紺を基調とし銀を装飾とした制服に腰には剣を佩いた二人組。おそらく騎士団の警邏だろうが……何故だ。何故こちらをじっと見つめる?
なんとなく視線を向けているとこちらを見つめていた片割れの方が近寄ってくる。
はて、何かしたか? それとも怪しかった? 分からん。一体なんの用があって俺に――
「そこの銀髪の綺麗なお姉さん、お茶しない?」
「……はぁ?」
目の前に来て開口一番にそんなことを言い放ちやがった。
右……だれもいない。
左……だれもいない。
後ろ……は壁だ。
と、なるとこいつはもしかして俺にそう言ってきてるのだろうか。
にこにこと笑みを浮かべるその顔は女好きしそうな顔だ。黒い短髪がよく似合っている。残念とも言うべきはその両目が腐っていることくらいか。
「……俺は男だぞ。そういう趣味でもあんのか?」
「またまた~お姉さんほどの美人が男な訳ないじゃないですか。下手な言い訳っすね……あ、もしかしてそう言って俺の気を引こうと――――ぅぐぇ……」
「触んな、ホモ」
……ハッ! しまった、あまりに鬱陶しいからついつい足が出た。カエルが潰れたような鳴き声を上げていたが大丈夫だろうか?
「こら、お前はまたそうやって抜け出してナンパを……! 一体何度目だと思ってんだ!」
あ、やべ。片割れが引き返してきた。警邏を蹴ったら何か罪ってあったっけか。
「ご、五度目ぇ……」
スゲェ立ち上がった。なんつう根性だ……。それともやられ慣れてるのか?
あー面倒だ。とりあえず逃げたほうがいいのかな。
などと思っている間にもう一方の片割れ到着。金髪ロングのチャラチャラした青年……って!
「ジェインじゃねぇか!」
「え、あれ……兄貴、だよな? ここで何やってんだ?」
なんと近づいてきた金髪ロングの青年は俺の弟のジェインだった。
ジェイン・ウォー・ヴァンレイン。ヴァンレイン家の次男で王都の騎士団に勤めている。
パッと見で不真面目そうだとか遊び人っぽいと言われる奴だが中身は意外と真面目だ。
剣の腕もそれなりにあり、将来有望と言われているらしい。(あくまで又聞き)
「やー、見つかったのがジェインでよかった。見逃してくれ」
「えっと……一応、何があったか聞いてもいいか?」
「変態に襲われそうになったんで反撃しちまったんだ」
「端折りすぎですよ、お姉さん!」
うお、完全復活。すげぇ回復力だな。魔法でも使ったみたいだがそんな兆候は無かった。自力か。
「でも事実だろ。あとお姉さんとか言うな。ジェイン、教えてやれ」
「あー、ベイル。この人は一見そうは見えないけど男なんだ。俺の兄貴だ」
「嘘だ。こんな綺麗な人が男だなんて信じない!」
「ちょっと待てぃジェイン。一見そうは見えないってなんだよ! そしてお前は認めろよ!?」
実の弟にそう言われるのは少しショックだ。そんなに女々しいか俺?
「兄貴……なんで髪、伸ばしただよ?」
「髪ぃ? 魔力の通りがいいんだよ。文句あんのか?」
身体強化の魔法も単純な魔力精製も効果が眼に見えるほど違うならば伸ばすしかないだろう。
なんで髪を伸ばすと魔力の通りがよくなるのか自分でも不思議だが。
「兄貴は元の顔の造形が女っぽいんだから髪伸ばせばそう見えるのは仕方がないだろ」
「……つまり、俺のせいだと」
「そうです! だから僕とこれからデートに! ……って冗談だよ冗談! 僕達は警邏中だし、ジェインのお兄さんは男だしね!?」
ジェインが睨みを効かせるとベイルと呼ばれた青年は慌てて口走る。
しかし、これはちょうどいいんじゃないだろうか。こいつらは王都に関して詳しいだろうからきっと姫護関係のことも聞いてるだろうし。
「そうだ、丁度いい。ジェイン、姫護の選定ってのは王城に行けば受け付けてくれるのか?」
「「……姫……護……」」
な、なんだこの反応。ちょっと予想外な反応が返ってきてびっくりしたんだが。
んー? なんか悪いことでもあったのか? 不吉な予兆だとか……そこら辺を受けて今回の姫護選定はお流れとか……好都合な展開ですよ。それだったら美味しい。
「あ、あぁ……姫護選定だな! それなら王城に行って門番に推薦状を見せればいいぜ! ていうか兄貴、姫護になるの?」
「なんという勇者――もごっ!?」
「勇者ぁ?」
姫護=勇者? 似て非なるものだと思うが。
後その口と鼻の押さえ方はやめてやれ、息出来ないだろうから。
「なんでもない、なんでもない! ベイルの戯言だから気にしないでくれ!」
「まぁ、どうだっていいけどなー。俺は姫護にゃならねぇし」
「「……え?」」
再びこの反応。状況を理解していないようだな……ならば教えてやる! この俺の『策』をなぁ!
ということで勢いに任せて「かくかくしかじか……」と説明。
最初はぽかん、としていた二人だったが恐る恐るといった表情でジェインが口を開く。
「兄貴……まさか、何も知らない?」
「…………何をだ?」
一体何を言いたいんだこの弟は。
「い、いやいや! いいんだ気にしないでくれ。それにしてもすごい策だ。うん、兄貴ってば超軍師! ……なぁ、ベイル!!」
「え、えぇ!? あぁ、うん、はい! すげぇ!」
ベイルがいきなり話を振られてどう答えていいか分からないように見えるのは俺の気のせいだろうか。
まぁ、気のせいだろう。そう思うことにしておく。
「そうだろう、そうだろう! ククク……、フハハ……、ハァッーーハッハッハッハ!!」
「「……楽しそうですね」」
「楽しいとも!! さーて、とりあえず城には行っとくか。んじゃまたなお前ら。警邏頑張れよ!」
二人に別れを告げ城へと向かう。
落ち着いたら城下で手頃な住処を探そうかな。こう理想的なのは隠れ家みたいな奴だな。迷路のように入り組んだ路地の先にあったり!
あ、お土産……まぁ、なんとかなるだろ。