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第一話 表向き騎士を目指す

 果てしなく広がる蒼穹をゆったりとした速度で白い雲が流れている。

 なんともうらやましい限りだ。叶うならば、俺はあの空に流れる雲になりたい。


「いいか、ルシアよ。もう一度言わせてもらおう」


 しかし哀しいかな。そんなことを考えても雲にはなれない。

 なぜなら俺は人の身。どうして雲に成りえるというのだろうか。


「お前はこのヴァンレイン家に生まれた嫡男なのだ。我らが一族は代々王に仕えてきた騎士の一族だ。弟達の活躍は耳に新しいだろう。長男たるお前は何も思わんのか?」


 あぁ、自由気侭に生きたい。この牢の格子のような窓ガラスを蹴破って外に飛び出したい。

 ……いや、いっそそうするべきだろうか? あぁ、そうするべきだ。神もそう言ってる、多分。


「だからな、此度行われる『姫護ひめもり』の選定に推薦…………っ聞いているのかルシア!!」


 腹に響くような厳格な声が部屋中を震わせる。五月蝿い。

 窓の外を眺めているのを見逃してくれてはいたが、流石に窓に近づこうとしたのは駄目だったらしい。

 俺はしぶしぶ五月蝿い部屋主に体を向ける。いかにもなヒゲを蓄えた恰幅のいい男が、高そうな木製の机に手をついて牙を剥き出しにしている。猛獣かあんたは。


「オヤジ殿、時に落ち着け。持病の心臓病が悪化するぜ」

「う、すまんつい……って持病なんざ持っとらんわ! デタラメを抜かすな!!」


 バンッ!! と、勢い良く両手を机に叩きつける猛獣男の名はガルア・ウォー・ヴァンレイン。

 ヴァンレイン家の当主であり、俺の実の父親でもある。

 このエルヴェディーレ王国では英雄と名高い……らしい。実はよく知らない。知ろうとも思わない。


「チッ、持ってねぇのかよ。なんだったらいざって時の為に俺がこしらえてやろうか?」


 そんな冗談を口にしているのがこの俺、ルシア・ウォー・ヴァンレイン。

 何を隠そうこの家の跡取り息子だがやる気が無い。先ほどオヤジ殿は騎士の一族と言ったが俺は違う。

 俺の職業はなんと魔導師だったりする。幾つか魔道書を世に出してはいるがことごとく禁書指定される不運の持ち主だ、きっと。


「何がいざって時だ。お前の場合は本当にやれそうで怖いわ。……ふーっ、さてどこまで話したかな」


 なんだオヤジ殿。とうとうボケたのか?


「『大地に還りたい』って呟いたあたりからだったかな」

「そんなネガティブ発言は誰も言っとらんわ!! おほんっ、そうお前を姫護の選定に推薦したことだ」

「……覚えてんじゃねぇかこの肉ヒゲダルマ」


 『姫護』。そういえばそんなことを言っていた気がしないでもない。

 姫護とは読んで字の如く、姫を護る者だ。この国独特の習慣であり、騎士に生まれついた者の最高栄誉だとか言われている。

 競争率は当然高く、国中の騎士達が名乗りを上げるくらいだ。

 姫護に付けるのは姫一人につきたったの一人。いうなれば選定が行われた代の最強の騎士が着く地位だ。それ故にいかなる場合でも姫護は完璧を求められる。

 武はもちろんのこと。知勇、愛国心、果ては運すらも。

 俺の着きたくない地位ランキング第一位を例年維持し続けている地位だ。

 それにこの肉ヒゲダルマは推薦したというのだ。田舎の屋敷に引き篭っている俺を、王城へと引き摺り出すために! 普通ならここで『なんてことしてくれたんだこの腐れ田舎領主、手前の頭からつま先までそれぞれの部位ごとに分けた悲惨な呪いの魔法をかけてやる』とでも吐き散らしているところだ――だが!


「いいぜ、行ってやるよ」

「誰が肉ヒゲ……なんだと?」

「だから、王城に行きゃいいんだろ? んで姫護の選定に顔を出すっと」

「……明日は天変地異が起こるな」

「ひでぇ言い草だな、おい!」


 このルシアに秘策あり! そう至極簡単な事だ。姫護の選定は国中のお強い騎士様達が馳せ参じる一大行事。英雄と謳われたガルアの息子が参加してもさほど注目なんざ受けんだろう。そう、そして……皆強力な騎士のうえにやる気十分な奴らばかり。

 負けて相手がスゲェ奴だったで終わりさ! 

 ククク……、フハハ……、ハァッーーハッハッハッハ!!

 完璧だ。適当なとこまでやって後は勝ちを譲ってしまえばいいのだー!!

 まぁ本気出して負ければそれに越したことは無い。っていうかそっちのほうが確率高そうだ。剣握ったの何年前だっけかなー。


「ルシア……楽しそうだな」

「あぁ楽しい、楽しいとも。これでオヤジ殿の無駄な苦言が無くなると思うと俺は……もう……!」

「分かった分かった。とりあえず明日にはここを出ろ。馬車は用意してあるから心配するな」

「今から荷造りしろとオヤジ殿は仰るか」


 なんて家畜……じゃなかった鬼畜野郎だ。


「お前なら魔法ですぐだろう。気まぐれなお前のその勢いを殺させないためだ」


 まぁそうなんですけどね。しかし気まぐれとは何たる言い草。

 俺ほど真っ直ぐな人間はいないと言うのに。

 まぁしかし、そんな言葉もどうでもいい。どうせなら王都に住処でも見つけるか。この館は居心地は良いが所詮はオヤジ殿の持ち物。真に俺の空間を作るには一から始めるべきだ。そうだ、是非そうしよう。


「あーはいはい。従いますよー従いますー。でもよ、姫護になれなかったからって後で愚痴愚痴言うなよ? 俺も本気の本気、全身全霊で立ち向かうが天下無双の最強騎士が降臨なされたら俺も鎧袖一触だろうからよ!」

「はぁ、さっさと部屋に戻れ」

「了解しました将軍殿ー!」

「やれやれ……」


 俺は意気揚々と自室兼研究室に引き上げ荷を整えた。と言っても魔法で作った空間に仕舞うだけだったので本当にすぐだったが。


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