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「ここは二人掛けだから、空いた席へ行ってくれ」と婚約者が言うので、いつも隣が空いている公爵様の隣に座りました

作者: 河合ゆうじ
掲載日:2026/11/01

「ああ、クレア。悪いけれど、このベンチは二人掛けだろう?」


 昼下がりの王立庭園に、婚約者ユリアンのやわらかい声が落ちた。お茶の約束をしていた席だ。


 薔薇のアーチの下、白いベンチにはレースの日傘を持つフィーネがもう座っていた。


 ユリアンは声を荒らげず、いつも困ったように笑う。


 春の舟遊びの席も先月の洋梨タルトも、こうして遠縁の彼女のものになった。


「フィーネは足が疲れやすくてね。空いた席へ行ってくれるかな」


「ごめんなさいね、クレア様。すぐ疲れてしまうの」


 フィーネは日傘を傾け、ユリアンの手もとの演目表をのぞき込む。


「ねえユリアン様、今度の音楽サロンの曲目ですけれど」


「ああ、あの二重奏だね。フルートの入りが――」


 芝生の席はどこもいっぱいだ。月桂樹の生垣の先に、菩提樹の木陰が見えた。


(フルートの話より、木陰のほうが気楽だ)


「ええ、そうしますね。どうぞごゆっくり」


 私はうなずいてきびすを返し、生垣の小道へ歩きだした。


 秋風に色づいた葉がさらさらと鳴る。石のベンチに木漏れ日が落ちていた。


 そこにいた背の高い男性が、菓子の小皿を手に端へ身を寄せた。


「ベルジュ嬢。隣、空いていますよ」


 足を止めて目を丸くした。隣に座ると紅茶が冷えるとうわさの、ヴァルモン公爵ローランだ。


「ありがとうございます。お隣をお借りします」


 裾をまとめて、ベンチの端へ座った。


 ただの礼儀だろうが、葉陰で弦楽を聴けるのはありがたい。


 生垣の向こうから、ユリアンの笑い声が聞こえた。公爵の目が、一瞬だけそちらへ向く。


「ここは人が来ません。ゆっくりどうぞ」


 公爵は小皿を石台へ置き、木漏れ日のほうへ目を戻した。


 芝生のほうで、娘を連れた婦人がこちらを見た。


 公爵と目が合うと、そそくさと天幕へ戻っていく。


「……あなたがいると、売り込みが来ないようです」


「お役に立てて、なによりです」


 公爵は声を立てずに、肩だけで笑った。


 銀盆を手にした老給仕が来て、並んだ私たちに片眉をわずかに上げた。


 湯気の立つお茶と、焼きたての林檎タルトが二人分置かれる。


「いつもお隣は空いておりますから。なによりです」


 老給仕は目尻を下げ、声をひそめた。


「眉間にしわが寄っても、おいしいときのくせでございます」


「……アンリは、余計なことを」


 老給仕が下がっていく。お茶の湯気が、木漏れ日のなかをゆっくり昇っていた。


「あたたかいうちに、いただきますね」


「ええ。ここのタルトは焼きたてがいちばんです」


 気まずそうに笑った公爵がタルトを口へ運ぶ。眉間に深いしわが寄った。


(聞いていなければ、ひやりとするところだ)


 私もひと口食べ、その横顔に思わず笑ってしまった。


「本当ですね。とてもおいしいです」


 席を追われずに味わえる、ぜいたくな午後だ。


 公爵は指先で眉間をおさえ、お茶を飲んでごまかした。


「……ベルジュ嬢も、焼き菓子はお好きですか」


「はい。林檎や栗のタルトが大好きです」


「私もです。並木通りの『アンブル』の焼き栗も絶品ですよ」


「今度、寄ってみます」


 閉会の鐘が空に響き、弦楽が止んだ。公爵がフォークを置いて立ち上がる。


 影の伸びた小道へ、落ち葉がひとつ舞った。


「……楽しかったです。では、また」


「はい。ごちそうさまでした」


 私は芝生へ、公爵は菩提樹の奥の小道へと別れた。


◇


 五日後の昼下がり、並木通りの菓子店『アンブル』を訪れた。ユリアンとお茶の約束である。


 だが表で待っていたソレル家の使いが、ユリアンの手紙を渡して去った。


 フルート帰りのフィーネと昼に寄り、焼き栗タルトを食べたという。


 席は二人掛けだから、どこか空いた卓でお茶でも、とあった。


(空いた卓、ね)


 中庭に焼き栗とバターの甘い香りがただよう。二人掛けの鉄の卓はどこも埋まっていた。


 奥の色づいた楓の下だけ、片側が空いている。お忍びの装いのヴァルモン公爵がいた。


 公爵は私に気づくと席を立ち、楓の陰へ椅子を引いた。


「ちょうど一人なんです。どうぞ」


「ありがとうございます。お言葉に甘えますね」


 家紋のない服を見て、名を呼ぶのはやめておいた。


 卓にはタルトの銀籠と、茶器が二つ並んでいた。


 手紙をしまう私を、公爵がちらりと見た。何も聞かずに、目を銀籠へ戻す。


「頼みすぎてしまって。半分、手伝っていただけますか」


「はい、喜んで。焼き栗は大好きですから」


 約束のお茶より、ずっとよい午後になりそうだ。


 ガラス戸の鈴が鳴り、五十代ほどの女主人がポットを運んできた。


 湯気の立つこはく色の紅茶を、二つのカップへ注ぐ。


「ご一緒でなによりですわ」


 公爵が気まずそうに目を逸らす。女主人はかまわず続けた。


「籠は二人分からの決まりで、困っておられたんですよ」


(頼みすぎ、ではなかったらしい)


 公爵は耳のふちを赤くして、カップに口をつけた。


 女主人はポットを卓の端へ置き、にこやかに言いそえた。


「来週は王妃様の音楽夜会ですわね。通りも華やいで」


「……ええ」


 公爵の返事は短かったが、女主人は気にせず笑って下がった。


 公爵は苦笑して、銀籠をこちらへ寄せた。


「……本当に助かりました。冷めないうちに」


 公爵がタルトを口へ運び、眉間にしわが寄る。今日はもう、ひやりとしない。


 私もひと口食べた。栗とバターの甘みが、ほろりとほどける。


「教えてくださったとおり、絶品ですね」


「園遊会のタルトと、どちらが?」


「……決められません」


 公爵は横を向いて、小さく笑った。


 秋風に、楓の紅い葉がひとひら卓へ落ちた。


 公爵はそれを指でつまみ、籠の外へそっと除けた。


「……来週の夜会には、出られますか」


「はい。室内楽を聴くのが好きなんです」


 春はたれ幕の外の廊下で聴いた。今度は自分の席で、チェロを聴きたい。


「私もです」


 公爵は短く言って、揺れる楓の枝先を見た。


 午後四時の鐘が鳴り、ポットの湯気も細くなった。


「風が冷えてきました。そろそろ出ましょうか」


「ええ。タルト、ご一緒できてうれしかったです」


「……こちらこそ」


 女主人がガラス戸を開け、空の銀籠に目を細めた。


「きれいに召し上がっていただけて、うれしいですわ」


 西日が塀を染め、石畳の落ち葉がかさりと鳴った。


「では、夜会で」


「はい、夜会で」


 店先で、公爵は通りの東へ、私は西の馬車だまりへ別れた。


 来週の夜会が、少しだけ楽しみになっていた。


◇


 四日後の午後、夜会の花籠を確かめに、小雨の王宮を訪れた。


 南棟の温室の手前で、屋根付きの外の回廊が見えた。


 一つの傘に入って、ユリアンがフィーネや知人と笑いながら歩いてくる。


 私には気づかないまま、ユリアンが知人に話している。


「ボックスは二人掛けだからね。フィーネを座らせて、クレアは控えサロンだ」


 知人が何か言い、ユリアンは軽く肩をすくめる。


「クレアには手紙を出したよ。あの子は文句を言わないから助かる」


 フィーネが袖に手をそえ、指づかいが見えると声を弾ませた。三人は小雨の奥へ去っていく。


(聞き分けがいいのも、考えものだ)


 春の廊下の硬い椅子よりは、控えサロンの椅子のほうがやわらかいだろう。


 ガラス戸を開けて温室へ入る。乳白色の光のなか、天井を小雨がたたいていた。


 みかんの鉢と白い山茶花が、甘く香っている。


 奥の木のベンチのそばに、王妃の叔母のマチルダ夫人と、迎えに来た甥の公爵がいた。


「まあ、ベルジュ嬢。ちょうどいいところへ」


「お邪魔ではありませんか」


「まさか。あなたなら大歓迎よ」


 公爵が黙って、ベンチの上の伯母の手袋をどけた。


 夫人は顔をほころばせ、二人掛けのベンチへ私を手招きした。


「夜会でも、公爵家のボックスは片方が空いたままなの。もったいないわ」


 席をなくした身には、うらやましい話だ。


 夫人は隣の部屋の花飾りを見てくると言い、公爵をふり返った。


「お茶が届くまで、お相手をしてちょうだいね、ローラン」


 夫人が去り、私はベンチの端へ座った。


 公爵は閉まった扉を見て苦笑し、間を空けて反対の端へ座った。


 その距離の取り方が、ここちよかった。


「……伯母が、すみません」


「いいえ。にぎやかで、楽しい方ですね」


「急な雨でしたね。濡れませんでしたか」


「回廊を通ってきたので、大丈夫です」


 脇の扉から、園遊会の老給仕が来た。小卓へお茶を二つ並べる。


「またお二人にお出しできて、うれしゅうございます」


「ありがとうございます。いただきます」


 老給仕はうれしそうにうなずき、音もなく下がっていった。


「アンリも喜んでいます。冷えないうちにどうぞ」


 老給仕の名を呼ぶ声は、やわらかい。受け皿ごと取って、ひと口飲んだ。


「あたたかい。指先までほっとします」


「……雨の音は、嫌いではないんです」


「私もです。静かで、落ち着きます」


 天井の雨音が、室内楽のように聞こえる。黙っていても気楽だった。


「……室内楽では、どの音色がお好きですか」


「チェロです。深い音に、心がなごみます」


 公爵は少し黙って、雨に煙る庭を見た。


「あたたかい響きですね。夜会でも聴けるといいですね」


 控えサロンからでも、チェロは聴こえるだろうか。


 雨音が弱まり、淡い光が白い山茶花を照らす。奥の扉からマチルダ夫人が戻ってきた。


 夫人は並んだ私たちを見て、満足そうに扇を揺らした。


「ええ、その日はチェロの名手も弾くのよ」


 私は立ち上がって、二人へひざを折った。


「小降りになりましたので、そろそろ失礼します」


「冷えないうちにね。三日後の夜会で、また」


 公爵がガラス戸を開け、お気をつけて、と低く言った。


 外の廊下には、雨上がりの午後の光が差していた。


◇


 三日後の夜、王立音楽堂で王妃主催の音楽夜会が開かれた。


 手紙どおり控えサロンへ向かう途中、マチルダ夫人と公爵に呼び止められた。


「あら、ベルジュ嬢。席はこちらよ」


 公爵家の貴賓ボックスの、空いていた隣の席。そこで聴くチェロは、深く豊かだった。


 隣の公爵は、演奏のあいだ一度も身じろぎしなかった。


 終演後、二階のボックス席の扉が一斉に開き、ホワイエに人が集まる。


 隣の婚約者用ボックスから、ユリアンがフィーネを伴って出てきた。


 そこへユリアンの父のソレル侯爵が、マチルダ夫人と歩み寄った。


 領地から着いたばかりの侯爵は、眉をひそめていた。


「なぜベルジュ嬢ではなく、ロシュ嬢と出てくるのだ」


 ユリアンは私を見つけ、いつもの困ったような顔で笑った。


「フルートを習うフィーネのほうが、勉強になりますから」


 それから、私のほうへ首をかしげる。


「クレア、空いた席にいればいいのに。なぜここで黙っているんだい」


 近くの老紳士が話をやめて、こちらを見た。


「お手紙どおり控えへ向かう途中で、お招きいただいたのです」


(空いたお席なのは、本当だけれど)


 公爵が静かに半歩出て、私の隣に並んだ。


 隣に立つ人がいるだけで、背すじが少し伸びた。


 ユリアンは瞬きをして、父へ向き直った。


「手紙で伝えてあります。クレアはいつも、文句なく譲ってくれますから」


 誰かの扇がぱちんと閉じ、老紳士が咳払いをした。


 フィーネが目を泳がせ、ユリアンの袖をつかむ。


「舟遊びも春の音楽会も、園遊会もテラスも、いつも私でしたもの」


 ユリアンの笑顔が、ゆっくりと固まった。


 マチルダ夫人が、王妃の名代として静かに口を開いた。


「控えの椅子へ向かうベルジュ嬢を見かねて、私が貴賓席へ招いたのです」


 侯爵の顔から、すっと血の気が引いた。


 私は息をととのえ、ユリアンを見た。


「ユリアン様。私も、喜んで席を譲っていたわけではありません」


 言い争うのが面倒で、黙って席を移ってきただけだ。


 ユリアンが口を開きかけて、そのまま黙った。


 侯爵は私の前へ進み、深く頭を下げた。


「ベルジュ嬢。愚かな息子が、申し訳ない」


 顔を上げた侯爵は、周りにも聞こえる声でつづけた。


「この婚約は、息子の落ち度として白紙に戻します」


「父上、大げさですよ。私はただ、席を譲っただけで――」


「もうよい。帰るぞ」


 フィーネが涙ぐんでうつむく。三人は大階段を下りていった。


 ホワイエに、少しずつ話し声が戻ってくる。


 私は小さく息を吐き、隣の公爵を見上げた。


「公爵様、お隣にいてくださって心強かったです」


「……何もしていません」


 けれど公爵は、あのあいだずっと私の隣に立っていた。


 マチルダ夫人が目を細め、回廊のほうへ扇を向けた。


「ローラン、ベルジュ嬢を外のバルコニーへ。ここは私が引き受けるわ」


「ありがとうございます、マチルダ様」


「先に行っていてください。すぐに追いかけます」


 公爵は大階段のほうへ足早に向かった。私は一人、回廊を奥へ歩いた。


 シャンデリアのあかりが遠ざかり、夜風が頬にふれた。


◇


 人目をはなれた回廊のバルコニーに、澄んだ月の光が差していた。


 中庭をのぞむ二人掛けの長椅子と、小さな脇卓が置かれている。


 アンリが小盆を運んできて、はちみつ入りの林檎茶を二つ脇卓へ置いた。


 アンリは静かに頭を下げて下がる。入れちがいに、公爵がバルコニーへ出てきた。


 腕に、家紋のない濃紺の毛織の肩掛けがある。


「夜風が冷えますから。よければ、これを」


 両手で受け取り、肩に羽織る。脇卓の林檎茶へ、目が留まった。


 半年前の春、たれ幕の外の廊下で、老給仕が「ある方から」と置いていったもの。


 あの夜のお茶と、肩掛けそのものだ。


「……春の音楽会のときも、公爵様でしたか」


 公爵は一度だけ脇卓を見て、照れたように口もとをゆるめた。


「……ええ、俺です。君を困らせたくなくて、黙っていました」


 俺、と砕けた声に、少しだけ胸がほぐれる。


「困りませんでした。あの夜、最後まであたたかく聴けました」


「家紋のない布なら、君の迷惑にならないと」


「どうして、あの夜に」


「縁談から逃げて、回廊を歩いていたんです」


 公爵は月を見上げ、少し言葉を探した。


「廊下で、目を閉じてチェロを聴く人がいた」


 紅茶が冷えるどころか、春からずっとあたためてもらっていたらしい。


 ただの礼儀だと思っていた。ずいぶんやさしい礼儀も、あったものだ。


「……座りませんか。お茶が冷めます」


 私は長椅子の端へ座った。隣は、ひとり分空いている。


 湯気の向こうで、中庭の木々が月に白く光っている。


 静かな月夜が、このまま続けばいいと思った。


 眼下の小道を、老紳士と婦人が通りかかった。


「白紙となれば、ベルジュ家には縁談が相次ぐだろうな」


 ショールを寄せた婦人が、ゆったりと応じる。


「今度こそ、隣の席を大切にする方だといいですわね」


 足音が遠ざかる。月の光が、長椅子の空いた隣を照らしていた。


「隣の席が空いていると、伯母はもったいないと言います」


 公爵がその隣へ座り、林檎茶をひとつ、私の手もとへ寄せた。


「クレア。……これからもずっと、俺の隣の席にいてくれませんか」


 はじめて名を呼ばれて、頬がかすかに熱くなる。


 二人掛けの席は、いつも誰かのものだった。


「はい。これからもずっと、ローラン様のお隣にいさせてください」


 公爵は長く息を吐き、それから、ほんの少し笑った。


(追い出されない席で、お茶もタルトも音楽も、一緒に)


 ふたつの器から、白い湯気がまっすぐ昇っていた。


◇ ローラン視点


 あの月夜から季節がめぐり、また春が来た。クレアと夫婦になって、ひと月になる。


 夜会で縁談に追われることはなくなった。俺の隣は、もう空かない。


 仕事を早く終えた昼さがり、俺たちは窓ぎわの長椅子に並んで座っていた。


 庭をわたる春の風は、まだ少し涼しい。


 クレアのひざには、濃紺の肩掛けがのっている。屋敷の奥にしまいこんでいた布だ。


 卓では、はちみつ入りの林檎茶が湯気を立てている。『アンブル』の林檎タルトも並べた。


 女主人のスザンヌは、笑顔でふたり分を包んでくれた。


「はちみつの香りですね。指先まであたたまります」


 白い器を包む指は、去年の春のように冷えてはいない。


「ええ。タルトも、あたたかいうちに」


 俺はタルトを切りわけ、ひと口味わった。香ばしい生地のあとから、林檎の甘さが広がる。


 口を開きかけたクレアが、ふと黙った。俺の眉間を見て、瞬きをしている。


 指先で眉間をおさえる。また険しい顔になっていたらしい。


「……すみません。驚かせましたか」


 この目つきで、彼女を怖がらせていないか。それだけは、ずっと気がかりだった。


 クレアはゆるく首を振り、うれしそうに口もとをほころばせた。


「いいえ。ほんとうにお好きなのだなと、見とれていたんです」


 まっすぐな笑顔が照れくさくて、小さく息をつく。胸の気がかりが、すっとほどけた。


 卓の白い封筒は、今夜開かれる室内楽の夕べの招待状だ。


「今夜も、チェロの演奏があるそうですね」


 去年の春、俺は幕の外の彼女を遠くから見ていた。


 あの夜、アンリに肩掛けを託した手は、少しふるえていた。


 今夜は伯母もアンリも、笑って迎えてくれるだろう。


 長椅子の上の彼女の手へ、そっと指先を重ねる。


「今夜は俺の隣で、ゆっくり聴きましょう」


「はい、ローラン様。楽しみにしています」


 クレアが、俺の指を握り返した。


 窓ぎわのカーテンが、春の風にゆれた。俺の隣の席には、おだやかな春の光が満ちていた。


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