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第二十三章 知らなかった真実 Sside

言葉が、耳に入った。


——子どもを、産みました。


——貴方の、子どもです。


理解した、はずだった。


意味も、文脈も、全部。


なのに——


(……入ってこない)


頭の中で、言葉が浮かんでは消える。


“子ども”


“自分の”


“知らなかった”


どれも分かる単語のはずなのに、


組み合わさった瞬間に、現実味を失う。


(……そんなはず、ないだろ)


心のどこかが、即座に否定する。


でも、目の前の彼女は、


嘘をついている顔じゃない。


揺れている。


迷っている。


それでも、逃げずに話している。


その姿が、余計に現実を重くする。


手が、わずかに動いた。


自分でも気づかないうちに、


指先が触れ合っている。


(……落ち着け)


何を、どう整理すればいいのか分からないまま、


とにかく“平静”を装おうとする。


俳優として身についた癖。


でも、それすらうまくいかない。


「……子ども……」


口に出した瞬間、


その言葉が、自分の中に落ちる。


重く、鈍く。


(……本当に?)


問いが浮かぶ。


でも、同時に分かってしまう。


これは、冗談じゃない。


間違いでもない。


(……本当に、いたのか)


知らなかっただけで、


確かに存在していた時間。


自分がいない場所で、


自分の知らない形で、


生まれていた命。


胸の奥が、強く締め付けられる。


(……なんで)


思考が、そこに辿り着く。


なぜ、知らされなかったのか。


なぜ、何も言わなかったのか。


問いは、すぐに別の記憶を呼び起こす。


彼女の横顔。


あのときの沈黙。


言いかけて、やめた言葉。


(……そうか)


繋がる。


断片だったものが、一つの線になる。


(あのとき、もう)


決めていたのか。


自分に何も言わないことを。


全部、一人で背負うことを。


奥歯を、強く噛む。


(……勝手だろ)


思わず、そう思う。


自分の人生だって、関わっていたはずなのに。


知る権利は、あったはずなのに。


それを奪われた。


その事実が、じわじわと広がる。


でも——


同時に、別の感情が混ざる。


(……でも、あいつは)


あの人は、


そんなことをする人間だった。


人のことを、考えすぎるくらいに考える人だった。


自分よりも、相手を優先する。


それが当たり前みたいに。


(……だから、か)


胸の奥で、何かが軋む。


納得したくない。


でも、納得してしまう。


「……夢、ね」


口からこぼれた言葉は、


思っていたよりもずっと軽かった。


でも、その軽さの裏に、


どうしようもない重さがある。


(……そんなもんのために)


言いかけて、止める。


続けられなかった。


否定しきれないから。


自分の夢を、


誰よりも応援してくれていたのは、


あの人だったから。


(……守られたのか)


気づいてしまう。


自分は、


守られていた。


知らないところで。


知らないまま。


その事実が、胸に刺さる。


ありがたい、なんて感情じゃない。


ただ、重い。


どうしようもなく。


視線が、落ちる。


テーブルの木目が、やけに鮮明に見える。


(……じゃあ)


思考が、次に進む。


「……その子は」


自然と、口が動く。


知りたい。


知らなければいけない。


「……今、どこにいるのかな?」


声は、思ったよりも静かだった。


でも、自分の中では、


必死に押し出した言葉だった。


返ってきた答え。


——弟です。


その一言で、


また何かが動く。


(……弟)


彼女の。


つまり、


ずっと近くにいた存在。


(……そんな)


現実が、じわじわと輪郭を持つ。


(……生きてる)


当たり前のことなのに、


妙に実感が湧く。


(……会えるのか)


次の思考が、それに続く。


でも、その前に、


別の言葉が重なる。


——会わなくていい、と言っています。


一瞬、呼吸が止まる。


(……ああ)


理解するのに、時間はかからなかった。


拒絶じゃない。


でも、選ばれなかった。


それだけのこと。


「ここが居場所だから」


「今の家族が家族だから」


その言葉が、


静かに胸に落ちる。


痛みは、あった。


当然だ。


でも、それ以上に——


(……そうだよな)


納得してしまう自分がいる。


知らなかった時間。


関わっていない年月。


その中で築かれたものが、


“家族”になっている。


それを壊す権利なんて、


自分にはない。


(……今さら)


遅すぎる。


全部。


何もかも。


指先に、力が入る。


でも、それ以上の感情は、外に出てこない。


怒りも、悲しみも、


どこか奥に押し込まれている。


ただ、一つだけ、


はっきりしていることがある。


(……あいつは)


あの人は、


最後まで、自分の人生を選ばなかった。


自分じゃなくて、


自分の“未来”を選んだ。


そして、


その未来の中に、自分はいない。


それが、答えだ。


目を閉じる。


浮かぶのは、


あの頃の笑顔。


何も知らなかった時間。


あの瞬間に戻れたら、


何か変わったのか。


分からない。


たぶん、同じだった。


あの人は、同じ選択をした。


そういう人だから。


ゆっくりと、目を開ける。


視界の中に、彼女がいる。


あの人の血を引く人。


そして、


自分の知らなかった時間を知っている人。


(……繋がったんだな)


ようやく、そう思えた。


遅すぎる形で。


歪んだ形で。


それでも、


確かに。


俺は、静かに息を吐いた。


胸の奥にあるものは、


まだ整理なんてできていない。


たぶん、これからもできない。


それでも——


(……生きてるなら)


それだけでいいと、


どこかで思ってしまう自分がいた。


それが、


あの人に似てしまった証みたいで、


少しだけ、苦しかった。

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