第十四章 手紙の中身
——拝啓
季節の移ろいが、少しずつ分かるようになってきました。
窓から見える景色が変わるたびに、あなたのことを思い出します。
こんな書き出しの手紙を、あなたは笑うでしょうか。
—
そこまで読んで、私は一度、息を止めた。
文字は叔母のものだ。
整っていて、優しくて、どこか遠慮がちな書き方。
けれど、その中にある感情は、思っていたよりもずっと濃い。
手紙を、ゆっくりと持ち直す。
そして、続きを読む。
⸻
——今日は、あなたの家に行きました。
呼んでもらえることが、こんなにも嬉しいことだとは思いませんでした。
外で会えなくなってしまって、少し寂しいと思っていたからかもしれません。
でも、あなたの部屋は、とても静かで、落ち着いていて。
本がたくさんあって、どこか書店の延長のようで。
不思議と、安心しました。
—
(……あの人の家)
私の頭に、ぼんやりと光景が浮かぶ。
本に囲まれた空間。
そこにいる二人。
言葉が少なくても、成立する時間。
—
——一緒にご飯を食べて、他愛もない話をして。
それだけなのに、とても満たされていました。
あなたが笑うと、少しだけほっとします。
忙しそうにしているのを見ると、やっぱり無理をしていないか気になってしまうから。
—
文字が、少しだけ柔らかくなる。
それはきっと、書いているときの表情そのものだ。
—
——あなたの話を聞くのが好きです。
うまくいったことも、うまくいかなかったことも。
全部、ちゃんと話してくれるから。
—
そこで、少しだけ間が空いている。
インクの濃さが、わずかに違う。
書きながら、考えたのかもしれない。
—
——でも
—
その一文字に、私の指が止まる。
—
——最近、少しだけ遠く感じることがあります。
—
胸が、静かにざわつく。
—
——隣にいるのに、遠いなんて、変ですよね。
—
その言葉は、責めていない。
ただ、気づいてしまったことを書いているだけ。
—
——きっと、忙しいから。
分かっています。
あなたが頑張っていることも、夢に向かっていることも。
だから、邪魔をしたくないと思っています。
—
(……優しすぎる)
私は、思わずそう感じる。
けれど、それは同時に——
—
——でも、少しだけ、寂しいです。
—
その一文で、すべてが伝わる。
押し込めていたものが、ほんの少しだけ零れたような。
—
——会えない日が続くと、書店に行ってしまいます。
もしかしたら、と思って。
でも、会えないと分かっているのに。
それでも、行ってしまう自分がいます。
—
(……待ってたんだ)
あの場所で。
出会った場所で。
—
——あの日みたいに、また本を落とすことはないのに。
—
ほんの少しの冗談。
でも、その奥にあるのは、戻れない時間への想い。
—
——それでも、私はあの場所が好きです。
あなたと出会えた場所だから。
—
手紙の中の空気が、ゆっくりと沈んでいく。
—
——あなたが、遠くへ行ってしまう気がして。
少しだけ、怖いと思ってしまいました。
—
その言葉は、とても静かで。
だからこそ、強く残る。
—
——でも、それでもいいと思っています。
あなたが選ぶ道なら。
—
(……え)
私の呼吸が、わずかに乱れる。
—
——私は、あなたが進むことを止めたくありません。
—
それは、覚悟だった。
—
——一緒にいることよりも、大切なものがあるのなら。
私は、それを応援したいと思っています。
—
その言葉は、優しさの形をしている。
けれど、その奥にあるのは——
自分を少しずつ遠ざける決意。
—
——だから、どうか
—
また、少し間が空いている。
—
——迷わないでください。
—
私は、ゆっくりと手紙から目を離した。
胸の奥が、重くなる。
(……これって)
ただの恋人の手紙じゃない。
もう、この時点で。
少しずつ、終わりに向かっている。
それなのに——
そこには、恨みも、怒りもない。
ただ、静かに相手を思う気持ちだけがある。
私は、もう一度手紙を見る。
文字は変わらず、穏やかで、優しい。
けれど、その奥にある感情は、あまりにも深い。
(……霞叔母さんは)
どんな気持ちで、これを書いたのだろう。
一緒にいる時間が、幸せであればあるほど。
離れる未来を、どこかで見ていたのだろうか。
それでも、その時間を選んだのだろうか。
私の指が、わずかに震える。
手紙をそっと重ねる。
その重みが、ずしりと心に落ちる。
(……まだある)
これで終わりじゃない。
この先に、もっと大きな決断があるはずだ。
知りたい。
怖い。
でも、目を逸らしたくない。
私は、次の手紙に手を伸ばす。
今度は、少しだけ深く息を吸ってから。
静かに、開いた。




