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第九章 叔母の過去

その夜、私はほとんど眠れなかった。


天井を見つめたまま、ずっと同じことを考えている。


頭の中を回り続ける言葉。


蓮は養子。


その事実は、思っていた以上に重かった。


私にとって蓮は、大好きな弟で、


小さい頃、同じ布団で寝て。

同じ学校に通って。

同じ家で笑ってきた。


喧嘩もした。


泣かせたこともある。


でも、いつも最後には二人で笑っていた。


その蓮が。


弟じゃない。


その言葉は、私の胸に深く刺さっていた。


もちろん、分かっている。


血が繋がっていなくても、弟は弟だ。


それでも。


人の心は、そんなに簡単には整理できない。


(じゃあ……)


私は目を閉じた。


(私は誰のお姉ちゃんなの)


蓮は。


叔母の子ども。


それはもう分かっている。


でも。


父親は。


あの人なのか。


それとも――


違うのか。


確証はない。


ただ、顔が似ているだけ。


偶然かもしれない。


そう思おうとしても、写真が頭から離れない。


葬儀の日の姿。


桜の下の写真。


そして、手紙。


二十年分の手紙。


叔母を探していた人。


私は寝返りを打った。


胸が重い。


考えれば考えるほど、分からなくなる。


そのときだった。


静かに部屋の扉がノックされた。


「菫」


母の声だった。


私は体を起こす。


「うん」


扉が開き、母が入ってきた。


手には何かを持っている。


少し古びた、布のケースだった。


母はベッドの端に座る。


しばらく黙っていた。


そして、ゆっくり言った。


「これ、見せておくね」


私はケースを見る。


母はそれを開いた。


中から出てきたのは――


母子手帳。


私の胸が小さく揺れる。


表紙は少し色褪せていた。


母はそれを私に渡した。


私はそっと開く。


最初のページ。


そこに書かれている名前。


母親:霞


私の呼吸が止まりそうになる。


さらにページをめくる。


検診の記録。


体重。


血圧。


細かい文字。


そして。


ページの端にある、手書きのメモ。


叔母の字。


私はすぐに分かった。


あの手帳で見た字。


優しくて、少し丸い字。


私の胸がぎゅっと締め付けられる。


母はさらに、もう一つ取り出した。


小さな袋。


中から出てきたのは――


エコー写真。


白黒の、小さな写真。


まだ形もはっきりしない、小さな命。


母は懐かしそうにそれを見ていた。


そして静かに言った。


「あの子ね」


叔母のことだ。


「あの子は、自分の手で育てたかったのよ」


私は母を見る。


母の目は、遠い時間を見ていた


「ただ」


母は少し息をつく。


「病気が許さなかったの」


私の胸が痛む。


母は続けた。


「あの日ね」


「蓮を受け取った日」


私の手が止まる。


母の声は、ゆっくりだった。


「生まれて、まだ小さくて」


「本当に小さくて」


母は少し笑った。


「よく泣く子だった」


私の胸が温かくなる。


母は続ける。


「あの子ね」


「なかなか蓮を離さなかったの」


私の呼吸が止まる。


母は静かに言った。


「離したくないのが分かるくらい」


その時の光景を思い出しているのだろう。


母の表情は、少しだけ優しかった。


「ずっと抱いてた」


「本当に、ずっと」


私の胸が苦しくなる。


母は小さく笑う。


「でもね」


「最後には」


「お願いします、って言ったの」


私の目が少し熱くなる。


母は懐かしそうに言った。


「強い子だったよ」


「霞ちゃんは」


私はエコー写真を見つめた。


その小さな影。


そこに、今の蓮がいた。


元気で。


少しお調子者で。


よく笑う、あの蓮が。


私の胸の奥で、何かが静かに動いた。


(……霞おばさん)


どうして、何も言わなかったの。


その問いは、もう叔母には届かない。

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