街に潜む黒い影
カルティナの街での生活は、平穏とは程遠かった。
宿に泊まり、昼は市場を観察、夜は魔術書を集めて解析――そんな日々を送るユリウスだったが、常に“視線”を感じていた。
(誰かが、俺を監視してる)
ギルド長から危険指定を受けて以来、明らかに尾行の気配があった。
夜、裏路地に足を踏み入れると、その影が動いた。
「出てこい」
ユリウスが声をかけると、フードをかぶった人物が現れる。
顔を隠しているが、ただ者ではない雰囲気。
「……お前、ギルドに登録した“異常者”だな」
「異常? 面白い言い方だな」
フードの人物は短剣を抜き、低く呟いた。
「命を狙われている理由を知りたいか?」
ユリウスは眉一つ動かさず、興味深そうにその人物を観察した。
「言ってみろ」
人物は短剣を構え、しかし攻撃はしてこなかった。
代わりに小さく囁く。
「“図書館の封印”を破った者は、すべて抹殺対象だ」
「……ほう」
「お前が出てきたせいで、世界のバランスが崩れる。そう命じている存在がいる」
その瞬間、彼の足元から黒い影がうねり、蛇のように襲いかかってきた。
「なるほど、説明と同時に殺すわけか。効率的だな」
ユリウスは冷静に手をかざした。
「解析――影の魔術か」
影がユリウスの足に絡みつく。普通なら動けない。
だが、彼の目に術式が浮かび上がる。
【影束縛式・三連鎖型】
【制御点:使用者の左掌】
「切断完了」
ユリウスは影の根元に向けて小さな魔力を放ち、制御式を分解。
影が霧散し、フードの人物が動揺した。
「な、術式を……分解しただと!?」
ユリウスは静かに笑った。
「お前の魔術は“構造が単純すぎる”。もっと複雑に組んでこい」
人物は舌打ちし、闇の中に消えた。
だが、最後に言い残した。
「――次は、“本物”が来るぞ」
その夜、宿の窓辺に立ったユリウスの耳に、あの声が再び響いた。
『ユリウス。選べ――世界を壊すか、守るか』
振り返ると、そこには図書館で見た少女の幻影が立っていた。
透明で、しかし確かな存在感。
「お前は……」
少女は微笑み、意味深に告げた。
『近いうちに、また会える。その時まで、生き延びなさい』
光が消え、夜が戻る。
ユリウスは息を吐き、呟いた。
「面白くなってきた」