魔術の匂いがする奴
「きゃああああっ!!」
叫び声の先には、一人の少女と、巨大な獣のような魔物。
黒い毛並みに、赤い眼。どう見ても凶暴な魔獣だった。
――だが、ユリウスは走らなかった。
逃げもしなかった。
ただ、“見た”。
(あの獣……魔力の流れが乱れてる。制御されてない)
彼は指を鳴らす。
その瞬間、視界に情報が展開される。
《対象:魔獣種ケルヴァ・タイプC》
《魔核:頭部内側の右奥/制御不能状態/状態:暴走》
《弱点:背面首筋の魔術注入点》
「なるほど、“暴走してる試験体”ってわけか」
ユリウスは地面に手を当てる。
そして、“魔術の構造”を意識して呟いた。
「……第三式、基礎型・氷結符――解体再構築」
周囲の空気が震え、手元に魔力が凝縮される。
本来なら発動に長い詠唱が必要な術式を、彼は“分解・再構築”して一瞬で作り直したのだ。
「氷牙穿通」
ユリウスの足元から鋭利な氷の槍が突き出し、魔獣の背を貫いた。
ギャオオオッ!!!
断末魔を残し、魔獣は崩れ落ちた。
血は出ない――内部の魔力核が破壊されただけで、肉体そのものは保存されている。
「実戦でも使える。よし」
「す、すご……えっ? 今のって、あんたが……?」
少女が呆然とユリウスを見上げていた。
年齢は彼と同じか少し下くらい。金色の髪に緑の瞳、農村の子のような薄手の服。
「助けてくれて……ありがとう! 名前、聞いてもいい?」
ユリウスは少し考えたあと、簡潔に答える。
「ユリウス。ユリウス・レイヴン」
少女は微笑みながらぺこりと頭を下げた。
「わたしはフィリナ! ほんとに、命の恩人だよ!」
そこへ、騎士らしき男たちがようやく到着した。
「な、なんだと!? 一人であの魔獣を……!?」
「おい、少年! お前、一体何者だ……!」
周囲の視線が集中する。
けれどユリウスは、それを“観察”していた。
(この世界の“普通の人間”は、俺の魔術の再構築能力を知らない)
(なら、隠しておくに越したことはない)
彼は涼しい顔で、こう言った。
「ちょっと、魔術の構造をいじってみただけです」
騎士たちはぽかんとしていた。
しかし、少女だけが――“その意味”に薄く気づきかけたように、ユリウスの目を見つめていた。