閉ざされた図書館の鍵
静寂が戻った。
あの異形の魔術生命体――《ガーディアン》の残骸は、黒い霧となって空間に吸い込まれていった。
ユリウスは、壊れた床に腰を下ろし、肩で息をしていた。
「……疲れた。けど、価値はあった」
今の戦闘で、《分解解析》が「敵の魔術構造」にも対応することが証明された。
これが意味するのは――相手の魔法を無効化し、逆に取り込むことすら可能だということ。
「だったら……この“図書館”そのものを、読み解けるはずだ」
ユリウスは立ち上がり、奥へと進む。
図書館には“階層”がある。今いるのは《第零階層》――いわば“封印された魔術師の墓場”のような場所だ。
進んだ先には、奇妙な空間があった。
中央に台座。その上には、鍵の形をした魔術具。
周囲の空間は歪み、目をそらしたくなるような“情報ノイズ”が満ちている。
(あれが……この空間の出口の“鍵”か)
台座に近づこうとしたその瞬間、耳元でまた声が響いた。
『ユリウス・レイヴン。確認:ユニークスキル保有者』
『アクセス権限:審査中……許可――保留中』
「……審査?」
すると、目の前の空間に“映像”が映し出された。
そこには、とある人物の記録が再生されていた。
【映像記録開始:七百三十六年前】
そこには、フードをかぶった少女がいた。
目は鋭く、だが悲しみを湛えた表情。
『この図書館は、もはや“知識の牢獄”になった』
『魔術を極めようとした者は、必ずここに堕ちていく』
『これを読んでいるあなたが、もし“魔術に執着する者”なら――』
少女は言葉を切った後、こう言った。
『あなたは、いずれ世界を壊す。……でも、それを望むなら進みなさい』
【映像記録終了】
ユリウスはしばらく沈黙した。
だが、その目はまったく揺れていなかった。
「俺は、“どうして魔法が動くのか”を知りたいだけだ」
そうつぶやいて、彼は台座の鍵に手を伸ばした。
――次の瞬間、世界が反転した。
空間が崩れ、重力が歪み、光が巻き戻るように逆流する。
気づけば、彼は図書館の外、地上の荒れた石畳の上に立っていた。
空は青く、風が吹いていた。
遠くに街が見える。煙突から立ち上る煙。馬車。城壁。
「……ようやく、“外”か」
その時だった。
「きゃああああっ! 誰かあいつを止めてえええ!!」
少女の叫びとともに、角を曲がって鎧を着た男たちが血相を変えて走ってくる。
ユリウスは無言で空を見上げた。
(……平和ってやつは、俺には似合わないな)
地上に出た瞬間から、世界はもう、“彼”を放っておいてはくれなかった――。