第8話
「これが未来へと続く穴か」
タクシーに乗り、戻ってきた。
「そう」
私は簡単に返答。真菜もうなずく。顔を隠すため父が持っていたマスクをしている。
「確かにすごい力だな」
父が穴に近づく。足を踏ん張っているのがわかる。
「未来に通じていなければ、吹き飛ばされるわけか」
「うん」
「それじゃあ、3人で行ってみるか」
「わかった」
父を中心に私と真菜が寄る。
スクラムを組むように父が私たちの肩をつかむ。私と彼女も父の肩を持った。
「大人になったお前とスクラムを組めるとはな」
「え?」
父が笑っている。珍しい。
「なんでもない。行くぞ」
父が真剣な表情に変わった。前へ出る。私と真菜も前へ。刹那、私たちは穴に吸い込まれた。
【平成21年8月】
気がつくと、新しいマンションの前で倒れていた。
慌てて起き上がり、周囲を見渡す。
私が生きている世界。平成21年の夏。
すでに日は陰っていたが蒸し暑い。
カラーコーンが1つだけ残っている。
「帰ってこれた……」
思わず大きく息を吐いた。
「ん……おぉ、ここが10年後か」
父がゆっくりと起き上がる。立膝をつき、辺りを見回し呟く。疑いの気配はない。
「あ、戻ってる」
最後に目を覚ました真菜がふらつきながら体を起こした。
「これで信じてもらえた?」
私は立ち上がりながら父に声をかけた。
「そうだな」
苦笑しつつ父も立ち上がる。
「まだ信じきれないというか、狐につままれたような気分だが、これ以上疑っても仕方ない」
「よかった……」
座り込んだまま、真菜が安堵している。私は手を差し伸べた。彼女が手を握り、ゆっくりと立ち上がる。
「それで、これからどうするつもりだ」
父が難しい顔で聞いてくる。
「それは……」
過去には戻れない。真菜の夫がいる。
現代でも普通の生活は望めない。私の部屋で暮らせるが、真菜が外出すらできない。遠方に越したところで、いつ、どこで彼女の家族や知り合いに出くわすかわからない。不安を抱えたまま生きていくことになる。
「考えなしか。お前らしいな、最後の最後で詰めが甘い」
ラグビーを習っている時から言われ続けた言葉。まさか、この歳で言われるとは思わなかった。
「じゃあ、どうしろと」
思わず不機嫌な声で聞き返してしまった。
「その態度、変わっとらんな。気をつけろよ」
父が苦笑い。
「社会人になってからも苦労してるんじゃないのか。普段は温和。だが、時おり不機嫌が顔に出る」
図星を指された。勤め先の上司との軋轢も、相手の言動が非常識だったとはいえ、私が態度に出していなければ、あそこまで悪化していなかったかもしれない。
「じゃあ、父さんは何か考えが?」
私は大きく息をつき、気持ちを落ち着かせてから父に質問した。
「ないこともない」
父が真面目な表情。
「どんな?」
「母さんと同じだ」
「!!」
私は絶句した。真菜が不思議そうに私と父を見る。
「母さんと同じように、失踪したことにすればいい」