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第6話

 始め、結崎の言葉の意味がわからなかった。

 彼女が結婚している。そんなはずないじゃないか。何を言ってるんだ。

 「こま……結崎、お前なぁ」

 結婚後の名前を呼びかけて、当時の苗字に言い換えた。

 「そういうデタラメを言うもんじゃ……」

 「デタラメなんかじゃありません」

 結崎が真っ直ぐ私を見据える。マネージャー時代、いつも笑っていて明るかったが、ここぞという時には凄みのある視線で選手たちと対峙していた。その時の目だ。

 「ど、どういうことだよ」

 私は思わずたじろぐ。

 「彼女、私の家のご近所さんだったんです」

 確か、結崎も三鷹出身。

 「それで?」

 「一昨年、見かけなくなったなぁと思ってたら、大きな病院に勤めているお医者さんと結婚したって」

 そんなはずはない。そう思いたかったが、もし本当に結婚していたとしたら、今日のおかしな行動も理解できる。

 「そんな話、誰から聞いたんだ……」

 「両親とかご近所さんです」

 真菜は“仕事にでかけようと外に出たら何もない空間に穴が開いていた”と言っていた。つまり、出てきた穴は家の近く。夫と暮らしている自宅のそばに私と戻ってきている。慌てるのは当然だ。

――いや、まさかそんな……

 混乱している私に構わず、結崎が言葉を続ける。

 「将来を嘱望されているお医者さんで、その奥さんになれたんだから、きっと幸せだろうって」

 「そう、か……」

 ――それで過去に帰りたがらなかったのか。

 完全に納得できた。納得したくはなかったが、納得せざるを得なかった。

 「とにかく、早く別れた方がいいですよ」

 結崎が席を立った。真菜がトイレから出てきたのだ。

 「じゃ、私はこれで」

ペコリと頭をさげ、結崎が足早に店を出て行った。



 「どうして本当のことを言ってくれなかったんだ」

 結崎が帰った後、席についた真菜に問い質す。食後のコーヒーが冷め切っている。

 「結婚してるって、どういうことなんだ」

 さすがに、いつもより強い口調になる。ウェイトレスが無表情のまま、こちらをチラっと見る。話を聞かれているかもしれないが、気にしている場合ではない。

 「ごめんなさい」

 真菜がうつむいたまま(つぶや)く。

 「本当に……」

 今にも泣きそうな顔。

 「いや、いいんだけどさぁ……」

 良くはない。良くはないが。

 ――そんな顔をされちゃあ……

 強くでられない。

 ――弱ったなぁ……

 「あのね」

 彼女が口を開く。

 「うん?」

 「私、結婚してます。でも、ちっとも幸せじゃなかったんです」

 結崎が言っていたことと真逆の言葉。

 「どういうこと?」

 私は話を促す。

 「結婚したときは、まだ良かったんですけど、すぐに勤め先で別の女性と……」

 大きな病院に勤めていると結崎が言っていた。

 「それとなく聞いてみたら“俺のこと、疑うのか”って……」

 思い出したのか、泣きそうな顔のまま眉間にしわを寄せている。暴力を振るわれたのかもしれない。

 「だから、あなたと一緒に暮らすようになって、凄く幸せで……」

 彼女の頬に涙が伝う。ボロボロと溢れてくる。

 「あなたとの幸福な生活を壊したくなくて、だから、本当のこと、言えなくて……こちらに戻ってきたときも、ちょうど夫の通勤時間だったから、あなたと会わせたくなくて、私も会いたくなくて……」

 タイムスリップしてからの不可解な行動は理解できたが、もっと大きな問題が立ちふさがった。

 「ねぇ、私たち、どうしたらいいの……」

 私にも、どうしたらよいのか、わからなかった。

 ――彼女を手放したくない。

 心の底から、そう思う。しかし彼女は既婚者。過去の世界で一緒に暮らすのは不可能だ。

 現代に戻っても、また私の部屋で暮らせば彼女が過去の世界からいなくなることになる。彼女がいなくなれば、困る人だってでてくるだろう。医者の夫だって、彼女がいなくなってしまったら躍起になって探すに違いない。

 そして10年後。彼女が夫や知り合いに見つかったとしたら。どんなことになるか想像もつかない。

 ――どうしたらいいんだ……

 私には答えがわからない。 

 ――どうしたら……

 ドアのカウ・ベルが鳴る。新たな客か。そんなことはどうでもいい。

 「このまま過去にいても仕方ない。第一、暮らせる場所がない。とりあえず、いったん現代に戻って、それから……」

 「譲」

 男性の声。聞き覚えがある。

 気がつくと、私たちが座っている席の横に人が立っている。顔を見る。

 「……父さん?」

 10年前。まだ元気だった頃の父・(みのり)だった。

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