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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
序章 旅の終わりと、旅の始まり
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第二幕 「天幕にて」

セレモニーとはソレに参加する主賓のためでなく


それを見たいと思う人のためにやるものなのかも


旅は終わり凱旋の支度が始まります。

支度が終わればいよいよ凱旋です。


「裏方を見るのは自由だけど、がっかりするかもよ?」



「すまん。」


男は頭を下げながら言った。


「あまりにも寝心地が良かったもんでな? すっかり寝入ってしまっていたわ。…いらぬ手間をかけてしまったな。」


少し広い天幕の中で男が三名。

気心の知れた様子で会話をしている。


「ほんっと、寝たら起きないよねー、グラムのおっさんはさー。」


先に反応したのは人族の青年。

癖っ毛な金髪、背の高さは平均よりやや高めか。

顔には戦闘でできた物であろう、古い傷が幾つか見て取れるが

それを加味しても端正な顔つきでかなりの好青年だ

キリっとしたブルーの瞳が印象的である。


「『あの時』のように周囲に被害が出なくて、本当に良かったですよ…」


続けて答えたのは長身で細身の男性。

中性的だが傷一つ無い美麗な顔立ちをしている。

長い髪は後ろで束ねられ、更に丁寧に編まれている。

特徴的な尖った耳には何かの意匠を凝らしたカフイヤリングが光る。

よく見れば手首や首元、髪の留め具にも似た意匠の装身具が光っている。

優しげな緑の瞳が彼の柔らかい雰囲気を物語っている。


二人の反応に小さくため息をついたのは見るからの大男

三人の中で最も大きく

胴も腕も脚もがっしりと太く

ボサボサのヒゲと髪で

肌には大小無数の疵痕を纏っている。


「ぬぅ…。返す言葉もない…。」

そういって、申し訳無さそうに頭をかく。


「もう良いじゃん!それよか早く式典用の服に着替えないとだしさー。おっさんの礼装は民族衣装なんだろ?初めて見たけど、それ、服じゃなくて鎧じゃんね。さっすがドワーフ族、どんなときでも鉄を身に纏うね。—ほら、手伝うからちゃっちゃと着けようよ。」


つらつらと喋りながらテキパキと手を動かし。  

既に着替えの殆どを終えている青年は最後に白銀の軽鎧の留め具を締め

大柄の男に向き合う。


「すまんな、レオン。助かる。」


「私も…、これだけです。—お手伝いしますよ。」


全体的に薄緑を基調とし、濃いめの緑で刺繍が施されたチュニックを身にまとい

やはり緑の帯を柔らかく締め終わった長身の青年も同様に大男の方に身体を向ける。


「ありがとう、シルヴィア」


「シルのも、いかにもエルフ!って礼装だよな!」

レオンと呼ばれた青年は、シルヴィアと呼ばれた青年見て言う。


「礼装というより軍服なんですよ、コレ。私の故郷に有る…近衛兵団のような部隊のね。」

普段の落ち着いた口調とは違う、少し投げやりな態度で答えた彼は

やはりその見た目の通りエルフ族の男性なのだろう。


「すまん、ふたりともっ。ワシが持ってる間に左右の留め具を頼めんかっ!」

無骨な黒い鎧の胸当てを体に当てて、手で持つには重いのか

声の調子が上ずっている。


レオンが言うには、この大男はドワーフ族なのだという。

長身のエルフ男性より、ゆうに頭一つ飛び抜けて大きい男が

やはり大きな鎧を装着するのに苦心している。


「グラムさんのは唯一無二の特注品ですから、…ねっ!」

留め具を締める時に声が上ずる。

割と慣れた手つきで手を貸す。

エルフの青年、シルヴィア。


「さすがは『不動の黒鉄』専用、…だなっ!」

真似をするかのように締める時に声の調子を変える。

やはり慣れた手つきで逆側の留め具を締める。

人族の青年、レオン。


「いつもすまんな。…ふぅ…ドワーフの鎧は頑強さにおいて随一だが。扱いが不便なのが玉に瑕だな。」

身体を少し上下に揺らし、鎧をなじませる。

流れるような一連の連携動作はいつもの風景なのだろうと思わせる。

巨躯のドワーフ、グラム。



「あとは、式典用のマントと…」

ふと、視線を上げたレオンは言葉を詰まらせる。


「…苦楽を共にした、頼れる相棒を携え。」

レオンの視線の先に有るものを見て察したのか、静かな表情でシルヴィアも見つめる。


「我ら、いざゆかん。凱旋のパレードへ。」

満足気に表情をほころばせるグラム。



—三人の視線の先には、礼服に併せた色に染め上げられた上等な布地に、それぞれの国の紋章が刺繍された新品のマントが丁寧に畳まれて置いてあった。


—そして、更にその先には武具を安置するラックがある。ラックには武器が安置されており、それは彼らの相棒なのだろう。


—表面には戦闘で刻まれた傷が無数に刻まれ、角は削れて微かに丸みを帯びている。持ち手の皮は擦れてくたびれ、だがしかし手入れはしっかり行き届いている。


—ふと風が吹き、揺れた天幕の隙間から陽の光が差し込んだ。

照らされ煌めく「彼ら」もまた満足げな雰囲気を纏っているかのように見えるのだった。






—所変わって、別の天幕の中


沢山の侍女が大きな天幕が狭く見えるほど忙しなく動いている。

一角には化粧台が二つ備え付けられており、2人の女性が座らされている。


2,3名の侍女がそれぞれの傍に付き、忙しなく鏡の前の女性を世話している。

髪を梳いたり、香水をふりかけたり。

パタパタと顔に化粧を施したり、と。

どちらに付いている侍女も言葉少なく、皆同一に大忙しである。



それに対して座っている2人の女性は対照的であった。


片方は

黒い髪を肩下まで伸ばし

赤を基調に黒と金の紋章が入ったローブを羽織っている

女性にしては長身であり、整った体型はグラマラスと言えるだろう。

身支度を整える周りの侍女をモノともせずに、先程から切れ長な目に熱心にアイラインを引いている。


もう片方は

髪は白く長く腰まで伸びており、肌もまた透き通るように白く

これまた白いローブには金の刺繍が施されている

大きな瞳は透き通るような薄い青、見ていると空に吸い込まれそうな気になるほどの淡い空色。

そして小柄な少女のような華奢な体格、貧相…いや、控えめなボディラインはすっかりとローブに埋もれてしまっている。



周りの侍女の勢いに押されて、純白の少女は窮屈そうに身を縮こませている



「あのっ、私普段から化粧などいたしませんので。その…、もうコレくらいで充分ですから…」

困ったかのような表情で白い少女は侍女に訴えかける

侍女達は「まぁまぁ」と少女を諌めながら作業を続けている。


「レナ?それは私に対する嫌味かしらぁー?」


隣でアイラインを引き終わった赤い服の女は、ニッコリと右を向き笑顔を造る。


予想外の反応が予想外の方向から返ってきて慌てふためき左を向く少女

「違いますっ、そういう意味では有りません!ソフィア様はお化粧はお上手ですし…。それに、大変似合っております!」

冤罪だと言わんばかりに声を強張らせ早口で自己弁護を述べる少女の反応を見て、くつくつと女は笑う。


「冗談よ、冗談。そんなに慌てないで?

…確かに、セレナ様が俗っぽい化粧など、ふさわしく有りませんわ。」

すこし意地悪な笑いを浮かべ、口調を変えて

次なる口撃を容赦なく浴びせかける。



ソフィアと呼ばれた女性は反対に居た侍女に向き直り小声で何かオーダーを伝える。

侍女は小さく頷くと天幕の外へ消えていった。



「…ソフィア様は少し遠慮が無くなってしまわれました!」

非難するかのような口調で、セレナと呼ばれた少女が反撃の言葉を返す。


ぷうと膨らませた頬が、やや桜色を帯びている。

侍女が控えめな色のチークを盛ったので透き通る白い肌に映えて

大変可愛らしいことこの上ない有り様である。



「そりゃ、二年間もの間、共に生死を乗り越えたんだもの。遠慮なんてしないわよ。」


何を当然のことをと言わんばかりに、少し驚いた様子を振りまきながら。

「貴女だってそうでしょ?」といった視線を優しく投げかけるソフィア。

柔らかな笑顔を造った唇にはよく似合ったルージュがキレイに乗っている。



ふぅ、と少女はため息を付き、自身の負けを認めるフリをして話題を切り替えた。

「そうですわね…、2年…。短いようで長い旅だったように思えます。」

すこし遠い目をして思いを馳せようとした少女にソフィアは追い打ちをかけてくる。


「レナ?貴女その若さで過去をしみじみ振り返るなんて、心が老け込んでいるの?」

今度は本気で驚いた顔で返事が返ってきた。



「2年といえば、そう!乗ってきたあの四頭立ての馬車ですわ!私とても驚きましたの!

外装も内装も、とっっても上品で広々とした作り。それでいて8人も乗れる大型馬車をたった4頭で!あんなに軽々と引くなんて!早駆け用の軽い馬車よりも動き出しが軽やかでしたわ!」



相手の必殺の口撃を無視し、敗色濃厚な戦況を打開するべく

強引な話題切り替えを行い少しオーバーに感動を披露する。



「そして何より驚いたことが!まっったく揺れてませんでしたの!

ソフィア様も皆様も、すっかり寝入ってしまわれていらっしゃいました!

わたくしも度々馬車に揺られていることを忘れるほどでしたの!…っぷぁ」

 

いつの間にか化粧を終えた侍女は次に少女の頭に服に合わせた白いベールを静かに被せる。

次の言葉を発するために息を吸い込もうとしたタイミングだったため

音もなく眼の前に現れたベールの裾を吸い込みそうになる。

慌てて息を吐き出した為、非常に間抜けな声を発してしまったようだ。


「アレは魔導工学を応用した動体制御機構だろうねぇ。

魔導工学に関して私は造詣が深くないから詳しいことはわからないけども

確かに2年であれほど乗り心地が改善されるとは夢にも思わなかったよ。

私達が旅立ちの日に乗った馬車は本当に酷かったからねぇ…」


ソフィアは脳内にある記憶領域で既存の材料による状況再現が可能かを一応シミュレートしつつ、腰に手をやりながら2年前の苦行に思いを馳せているようだ。

…先ほど少女に向けた言葉はなんだったのか。


でも少女の醜態に気づかない位には本気で思いを馳せているようだ。


—少女は無事に不利な状況から脱することに成功したようである。



お喋りも一段落してすこし間が空いたので、少女は目の前の鏡に映る自分の姿を見る。

虚像の可愛らしい少女が少し驚いた顔をして見せる。


ちょうどその時、先程外へ出た侍女が大きな荷物を抱えて天幕の中へ戻ってきた。

「ソフィア様、ちょうど届いておりました。」

「セレナ様の儀仗はこちらでございます。」

別の侍女も入ってきて同じ様な荷物を抱えている。


柔らかい布に包まれていた横長な荷物をテーブルに置き、

侍女がそれぞれ梱包を解くと

中から真新しい杖が出てきた。

2人は席を立ちテーブルの上を覗き込む。


「クソジジイめ…、もうちょっとマシなの無かったのかしら…。

っていうかコレ、ガワだけ急造の模造品じゃない?」

ソフィアは手に持った魔法の杖らしきモノを掲げながらジロジロと鑑定をしている。


濃い茶色の木製のロッドの先には少々頼りない赤さをもったこぶし大の宝玉が組み込まれている。

宝玉の周囲にはとって付けたかのような金属製の制御盤、そこには雑に刻まれた魔術回路がこれみよがしに刻まれている。


「大変申し訳ありません、なにせ時間がありませんでしたので…

式典の間だけでございます、何とぞ此方でご容赦頂きますようお願い申し上げます」

申し訳無さそうに頭を下げる侍女に対して



「別に貴女が悪いわけじゃないでしょ?…良いわ、これで我慢してあげる。」

がっかりした面持ちでソフィアが状況を受け入れる。



「ソフィア様、わたくしの杖など儀式用の儀仗なのでございます。

 こんなのを戦闘に用いたら初撃で砕けてしまいますわ。」


白銀の金属を模した軽い作りであり、柄の部分には聖句が刻まれているようだ。

末端にはシンボルを模した意匠が施されており非常に脆そうな作りをしている。



「そもそも私、この度の任務で一度たりとも武器を握った事などありませんのに…。」

複雑な面持ちの少女は手に鈍く光る杖を抱えながら頬に手を添えた



「失礼いたします、お二人とも。もう間もなく時間でございます」

また別の侍女が天幕の入口で顔をのぞかせて声をかけてくる。

「御三方も既に馬車でお待ちです、お急ぎを」



いよいよ時刻が差し迫ってきた事を知らされた2人は

一度目を合わせて頷くと、天幕の出口へと向かった。



既に正門の前には豪華に飾られた凱旋用の馬車が準備されており

隊列を組み終わっている楽隊や儀仗兵、衛兵達が配置についていた



—門の向こうからは大きなざわめきが聞こえてきている。



「ごめんね、遅くなっちゃった。」

ソフィアは小走りに馬車へと近づきながら、既に待っていた三人に声をかける。


「申し訳有りません。お待たせいたしました。」

セレナも同じ様に声をかける。


「大丈夫、ギリギリだけど時間内。」

少し小声でレオンが答えながら手をだす


「お二人共、お手を。」

シルヴィアがもう一人に手をだす


「ありがとうございます。」

つられて少し小声になった少女は車上へと上がり、少し前へと移動する。


「そろそろ始まるようだぞ」

グラムが周りを見回しながら仲間たちへと伝える




—少しずつ高まる緊張を振りほどくために

   その場に満ちてくる一体感に意識を向ける


—正門の前から聞こえていたざわめきが、途切れ

   楽隊が指揮者の方に集中する


—門の向こうからパレードの開始が告げられる号令が響き

   眼の前の門が開かれてゆく


—指揮者が腕を振り上げると一斉にバナーが高々と掲げられ

   大きな身振りと共に指揮者が手を振り下ろした



英雄たちの凱旋が始まる。



何かが始まる時、それは何かが終わった後

英雄たちの旅を終わらせるために

英雄たちのパレードが始まりました

パレードが終わればきっとまた何かが始まります。


そうやって物語は紡がれるのです。

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