第二十二幕 「なかなおり」
遠く懐かしい声
知らないのにずっと聞いていたいと思う声
記憶の奥底から呼び出される何か
「彼同様、私も待ち続けました。私同様、彼も待ち続けているのです。」
「ごめんなさい……ですャ。」
真っ赤に泣き腫らした目とうなだれた頭、ぺたりと寝ている耳としおしおの尻尾。全身全霊で申し訳無さと恥ずかしさを表しながら、ミアがルドに謝罪をした。
「……いえ、お気になさらず。……おしり大丈夫です?」
どことなく硬さが抜けた態度のルドは、心配そうにミアの尻尾の付け根を見つめて気にかけている。
「すっごい、おしりじんじんするのャ……。パンツ脱ぎたいのャー……。」
どことなく前側に腰を突き出して痛みを避けるかのような姿勢でおっかなびっくりおしりを擦る格好のミア。
既に履き直したショートパンツが逆に彼女のおしりを苛んでいるようだ。
実に間抜けな姿。
「っぷ……!」
思わずといった感じで、ルドが吹き出す。
「あはっ!あははは!!」
そのまま堪えきれずに笑いだしてしまった。
お腹を抱えたままけらけらと笑い続ける彼女をみて、ミアが照れくさそうに苦笑いしている。
「笑うがいいがャ!ミァもまさか『6回』を受けることになるなんて……悔しいのャ!笑ってもらった方がありがたいのャ!」
「何ですか?『6回』って。」
ミアの発言に疑問を覚えたリリスが純粋な疑問をぶつけている。まぁ……大方の予想はつく。
「ミアがシャル姉にマジ怒られされっときは、いつもああなんだよ。歳を重ねるごとにマジでひっぱたかれる回数が増える。で、前回本気で怒られた時は5回までで済んでさ、ここしばらくなかったんだけどなー。ミアもまだまだ子供ってこったな。」
……んなことだろうと思ったわ。
ほっこりした様子でリリスに説明するティガは、なんだか凄く嬉しそうだ。
妹の成長を噛み締めているのだろう。
「年々叩く回数と力を強くしてるから、私の方も凄く痛いんですよ?」
まだ赤い手のひらをひらひらさせながら、慈愛あふれる笑顔を見せるシャルもまた嬉しそう。
「うぐ……ごめんなさい……です、ャー……。」
立ったまましょんぼり意気消沈して声がどんどんか細くなってしまう。
「ま、躾と教育がしっかりした家庭でなによりよ。」
私はそう言って未だ笑い転げているルドを見る。
ツボにはまったのか、引き笑いをしながら本気で苦しそうにお腹を抑えてる彼女をみて、私は密かにミアに感謝した。
ああいった卑屈になってしまって硬い殻に自ら閉じこもっている者には、正論だったり理想論は通じないことが多い。
一生懸命やってダメだった人に、正道を説くことがどれほど辛辣なのか、何事も卒なくこなしてきた私には経験はないし理解しがたい事かもしれない。
そんな私だって、何をどう頑張っても改善しようもなかった抗いがたい理不尽に立ちふさがられてしまったことはある。もしそれが幼い頃からの日常だったのであれば、逃げることも立ち向かうことも難しい日々を過ごし続けるのは筆舌しがたい苦痛だったと想像できる。
そういう子には、やっぱり同じ場所にいてくれる友達という存在が一番ありがたいのだろう。
ミアはそれを知ってか知らずか、自然とやってのけた。
あの子の優しさのおかげで、ルドは少しだけ上を向くことが出来たんだ。
偉いぞ、ミア。
そのおしりの痛みは勲章だ、しっかり噛み締めておきなさい。
「ほら、ミア。いつまでも立ってないで座りなさい。トレードウィンドまではまだ少しあるわ。」
突如、シャルがミアに向かってそんな事を言い出す。
未だおしりが痛くて座れないミアは思わずと言った具合にシャルの膝上に視線を送るが。肝心のシャルは足を組んで左腕の肘を乗せた姿勢だ。
わざとらしく左手にふーふー息を吹きかけてツンとしてる。
ふむ?
なるほど。
そんな期待外れのシャルの行動に。へにゃり。と耳を倒したミアは次にティガの膝上を見るが……彼女も足を組むついでに腕を組んで拒否の姿勢。わざとらしく目を瞑ってミアの視線を受け流してしまう。
ぱたり。と耳を倒してしょげさせながら。次はリリスの膝上を見ようとこちらを振り返ったところで。
「よっと。」
「む、なんですか急に。」
「別にー。」
私はわざとらしく隣のリリスの膝上に倒れ込んでしまう。
ミアが驚いた顔をした後、ハッとしたようにシャルの顔をもう一度見て、その後元々自分が座っていた場所を見つめる。
収納棚を利用した板作りの簡易的な座席。いかにも硬そうで、今のミアのおしりには優しくなさそうだ。
再び耳と尻尾をへにゃらせて、すっかり肩を下げてがっかりしている。
私はリリスの膝枕姿勢のまま、ルドに視線を向ける。
案の定ルドも私たちの突然の奇行と、辛辣な態度にびっくりして笑うのを止め、心配そうにミアを見ている。
やがて、ミアが座席をギッと睨みつけ覚悟を決めたかのように振り返り、おしりを向けたところで。
「あっ。ま、待って……!」
唐突にミアの前に手を突き出し、彼女を制した。
何事かとキョトンとするミアに笑顔を向けた。
「良いのがあります!」
そう言うと、ルドは風のマナを練りだして金色の髪飾りに手を翳した。
ふわりと柔らかく心地よい風が室内を吹き抜けたかと思うと、ぽんっと小気味よい音を立てて、ルドの手元にクッションが顕現する。
マテライズの魔術だ。ってことはあの黄銅の髪留めは魔具なのか。随分と年季の入った品だと思っていたが……密かな一品だったのか。
彼女はそのクッションをミアの座席に設置すると。
「ど、どうぞ!」
やや緊張した面持ちで、ミアに座るように促した。
ぱあっと明るい笑顔になったミアは遠慮することもなく、備え付けられたクッションの上に座り、すこし照れくさそうな満面の笑みになる。
「ふっかふかだがャ!」
「なら……よかった。我の羽根使った枕代わりの物で申し訳ないけども。」
「……これ、ルドの羽根つかっとーャ?」
「我々には、小さい頃から抜け落ちた羽根とかを身の回りの品に使う風習がありまして……自分の香りに包まれてると安心して寝れるっていうか。えっと、嫌でしたら返していた――」
ルドの話の途中で、ミアはおしりからクッションを抜き取り、そのまま顔を埋める。
「すんすん。おわ、ホントだャ。さっきと一緒の香りだがャー。」
「ひー!?そんなに嗅がないでください!!」
「……別に変な匂いでは無いですがャ。ルドさん。」
妙な敬語と敬称を付け、ジト目で返事をしたミアは再び顔を埋めて深呼吸をしだす。
「ちょっ!やめっ、止めてください!」
「すぅーー。はぁ……アレですャー?ルドさんからは、ほらアレの匂いがしますがャー。」
「ひぃ!?深呼吸しないでぇ!!なんですか!アレって!我からなんか変な匂いしてるんですか!?だけど我は毎日水浴びしてますぅ!」
「ほらー、えーと。せんりょの匂い?だがャ?」
「せせせ、浅慮?!ミアさんのおしりを気遣って私物を差し出したら配慮に欠けているといわれていますですか!?」
ひっでぇ間違いかたしとるわ。
ミアのあまりの言い草に、ルドが混乱してる。
「遠慮でしょ。なにを器用に微妙な言い間違いしてんのよ。」
思わずツッコんでしまった。
「あー、それャー。エリシャ語はめんどいのャー。」
まぁそれでもミアのエリシア語は堪能な方だと思う。そう言えばルドも古風な言い回しだけど、すごい上手だよね。私たちの言葉。
「あっ、遠慮。でした。か?」
「そー。えんりょなーく、ミァって呼んで欲しいのャー。」
「あ。」
なんか、こんなやり取りをリリスと私もしたな、懐かしいなー。
そんな事を考え、ふと騒がしい二人から目を離して膝枕の主を見上げると、なんだか照れくさそうな顔してニコニコしてるリリスと目が合った。
そのまま慈愛あふれる眼差しを私に向け、優しく頭を撫でられる。
照れる。
「えっと……に、匂い嗅ぐのやめて?み、ミア……。」
お、古風な敬語以外も使えるんじゃん。さすが『風の便り』をお仕事にしてるだけあるね。語学が堪能。
ここはリリスより優秀かも。
「んふ~。」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに呼び捨てにするルドに、ミアは満足げな笑顔を向けると、再びクッションをおしりの下に差し込み座り直した。
「ふっかふかだがャ!ありがと!ルド!!」
そういって、ミアは嬉しそうに彼女にもたれかかった。
「……うん。どういたしまして、……ミア。」
未だ照れくさそうでちいさな声、でも明らかに安堵と嬉しさに溢れた声がミアの向こうから聞こえた。
これで色々と事が上手く運ぶでしょ。
ふと、私が向かいの席に目をやると、シャルとティガも満足げで温かな笑顔を二人に向けている。
私の視線に気付いたシャルは嬉しそうに微笑んだ後、私に小さく会釈した。
ま、そゆことよね。
きっとシャルの『先見の瞳』には、コレが見えてたんでしょ。だからあんなわざとらしくミアに冷たくしてみせたのだろう。
子の成長を促すために色々としなきゃいけないのは大変だね。
うまくいって何より。
って感じよ。
『大変だよね、母親って。』
私は思わずリリスにそんな思念会話を送った。
『……でも我が子のために痛い思いをさせたり、したり。辛いことをさせたとしても、成長する姿を見れたら、それだけで満足なんじゃないですか。』
そんなしみじみとした感情の返事が返ってきた。
……そゆもんかね。
私にはちょっとよくわからないかもしれない。
そんな事を考えつつ。
ふと、私は御者席の方に目をやる。
ちょっと耳と顔を赤くして、鼻をすするルーカスの姿が見えた。
あんたも大変だね。
その後しばらく、馬車内は無言ながらも朗らかな空気が漂っていた。嬉しそうな笑顔のミアと、どこか安心した顔のルド。そんな二人を見守るシャルとティガ。
彼女たちに少しだけ羨ましそうな視線を送るリリス。
そんなリリスを私は見つめる。
彼女と一緒に旅を始めて、そろそろ一月が経とうとしている。
秋も本格化して肌寒い日々が増えてきた。
早いうちから不思議と自然に打ち解けた私とリリス。
ときより彼女が他者に見せる遠い視線を見てると、なぜだか悲しいような申し訳ないような気持ちになってくる。
彼女の父君が魔族を救うため、研究に心血を注いできたこと、そんな父親を見て育った彼女が人生の大半を彼の研究ために協力して過ごしたこと。
それはつまり、人族と魔族の争いが、父と娘の時間を奪ったことになる。
そして、もしかしたら母親と過ごす時間をも……。
あの『夢見』で感じた『魔王の胎動』。
あれを知った私の頭には、1つの疑問が浮かんでいた。
『魔王ザルヴァドス』の驚異に関する記録は確かに幾つかある。しかしそれは前魔王であり初代魔王でもある『魔王ガルドリウス』同様、謎が多い。
初代魔王ガルドリウスは強大かつ驚異の存在として逸話を多く残す。
だが、彼自身が力を振るったことによる被害の記録は無い。ただただ巨大で強大な力の権化として魔族の頂点に長く君臨した魔王として有名だ。
彼の統治時代にも魔族は各国にとって驚異的な存在であり、恐怖の象徴だった。
二代目魔王ザルヴァドス、リリスの父君の存在についても逸話は数多くある。彼の時代になると魔族の質が変わり、世界各地で魔族による被害が激増した。戦争と呼べる規模の戦いも頻発するようになり、結果として各国の魔術と兵器の研究が加速し、それをもって各国の共同路線の方向性が強まることになる。結果として文明の発展が加速し我々は急速に栄えた。
そして長きにわたる苦難の時代の終わり。15年前に対魔族大戦が始まり……そして今の時代がある。
第三者的視点で見ると、魔王として強力だったのは初代ガルドリウスの方だ。しかしながら、魔族が本格的な脅威となり戦争へと発展したのは二代目ザルヴァドスの時代。
では、なぜ12000年もの昔の事象が、口伝と伝説の自然災害として語り継がれているほどの驚異的な存在なのに。リリスの父君の『魔王としての脅威』については『胎動』を含めた記録が無いのだろう?
『古き民』マ・プゥなる者。
風の精霊王を『古き友』と呼ぶ存在。
彼が言った言葉。
『遥か昔に何が起きたのか。そして考えてみてほしい。2000年前なぜそれが起きなかったのか。』
コレが意味すること。
なぜ、リリスの父君の時は……2000年前は『魔王の胎動』が無かったのか。
2000年間、彼は二代目魔王として何をしていたのか。
もっと言えばリリスの生まれる100年前まで、あるいはソレよりもっと前から。彼は1900年もの間、成し遂げられぬ古代遺跡の研究に固執していたのだ。
もしかしたら魔王となる前から。
そして彼はその研究ゆえに先王ガルドリウスから信頼を得て、次代の王を継いだ?ではなぜガルドリウスは己の治世を止めた?
ルドが届けた『風の便り』によって私の疑問はむしろ増した。
今度、リリスとゆっくり相談する時間を設けなきゃ。
私とリリスは、グリーンリーフ村を発ったあと北上し、迷わずにシルバーハートを経てトレードウィンドを目指した。
当然、その後の目的地も既に決まっている。
世界の流通中心地『トレードウィンド』。
そこで一休みしたあと、そのすぐ東にある大石橋『アウロ・リフティア』を通って、シルヴァ大陸の玄関口中立街『ブリッジ・ポート』を目指す。
その先にあるエルフ族の領地『エメラルド・グローヴ』の奥地にある神樹『永遠の大樹』。
そこを目的地。
メイが翻訳してくれた手帳にあった記述の1つ。
ザルヴァドスが遺した『目指すべき場所』。
リリスの父君の手帳にはこう記されていた。
”最も古き知を求めよ。聖地『フウィン・リウィン』の最奥、神樹にして賢樹、永遠を生きる大樹『マ・プゥ』。そこに答えがあるはずだ。”
……本当だろうか。
私たちが求める情報はそこにあるのだろうか?
そもそも求めるべき情報とは何だろう?
頭の中で思考がぐるぐると巡る。
そんな私の顔をじっと見つめていたリリスが少し不安そうな顔になっていた。ソレに気づいた私はちいさく笑顔をつくってリリスの目を見た。
『知ったことが増えた分、色々考えちゃうね。今度二人でゆっくり相談しましょう。』
そう思念会話を伝えると。
『はい。』
ホッとしたような顔と、やわらかな思念が返ってきた。
どうやら私が理力強化しつつ一人考え込んでいる事に気づいて心配していたらしい。
「見えてきましたよ。」
ルーカスの声が聞こえて、ハッとする。
私はすぐさま上体を起こして座席から立ち上がると、前方の御者席へと身を乗り出した。
街道は下り道。
なだらかに続く道の先に大きな港町が見える。
最も多くの物と人が行き交う流通の街【トレードウィンド】。
2年ぶりの懐かしい港町の風景がそこにあった。
異文化交流って大事
でも不法侵入で入ってきて好き放題する連中は処すべき。
気が引ける?
気遣わなきゃいいのです。
悪 即 斬




