第二十一幕 「躾」
痛みを感じた時に自分の愚かさを知った
その痛みが自分だけじゃないことを理解した時
自分の恥知らずさを呪った
それを許された時、自分の弱さを痛感した
「そうやって立ち上がれる人、そんな人だけが強くなるんだろうね。」
『夢見』を終え、夜が明けて。ノウスの引く快適な馬車の旅。
トレードウィンドへの残りの旅程は残り僅か。
順調なことこの上ない旅路。
また少し賑やかになった馬車の荷台で、誰もが朗らかな笑顔で不満たっぷりの顔をしたミアを見守っている。
「ひっどい肩透かしだがャ!」
せっかく名案を思いついたのに思い通りの流れにならなかったことが面白くないミアはさっきからずっとこんな感じだ。
結局『夢見』でミアが提案したルドの特訓は行われていない。
決して反対とかいうことではなく、野営中の周囲に少なからず不安要素がある状態で、強い魔術深度を必要とする『夢見での理力強化訓練』はリリスの魔術強度的な意味でもリスキーだと私が判断したからだ。
手段と内容には同意したが、場所はトレードウィンドの宿屋に着いてからにしよう。
そういう流れになった。
その話をした時のミアのがっかり具合と言ったらなかった。
「あら、ミアにしてはずいぶん難しい言葉知ってるじゃない。」
「はー!?セレャはミァをちょいちょいバカにしとーがャ!」
ちょいちょいじゃないよ、常におバカちゃんと思ってるよ。
「セレナ、ミアちゃんに謝りましょう。」
ギラリとおっかない目つきになったリリスが隣から私を睨んでいる。
ヤバい、感情の匂いで文字通り嗅ぎつけられた!
「まぁ実際ミアはまだまだバカだし、そこは甘んじとけよ。あたしみたく開き直ったり諦めてない分、よっぽど未来があるぜ。」
同じく、魂の香りで察したであろうティガがけらけら笑っている。
「ティガ……貴女もまだ若いのだから諦めないでちょうだい。姉として母として、二人の成長ほど嬉しいことは無いんだから。」
ため息混じりに妹たちを叱咤激励するシャルもまた、言葉とは裏腹に笑顔だ。
「姉ちゃんはもうちょっと脳みそから筋肉なくしたほうが良いがャ。」
「てめぇこの野郎。言うようになったな、ミア。やるかー?」
「あわわ、ティガ!馬車の中で暴れないで!」
姉妹のじゃれ合いに慌てるリリスが可愛い。
「ティガさーん。停めますかー?」
御者席から下僕がこちらを向いて声をかけてきた。
どんな気のきかせ方だ。
停めんなバカ。
「停めないで良いがャ!冗談だがャー!!バカかャ、ルーカシュ!!」
言っちゃった。
立ち上がったティガから身を隠すように隣の少女に寄り添うミアは青ざめた顔でぎゃいぎゃいと騒いでいる。
「はぁ……まったくこの子は。自信が付いたのはいいけど、躾とマナーが次の課題ね……。」
そう言いながら呆れ顔でティガの尻尾をがしっと掴むシャル。
「ひん!?シャル姉!尻尾はやめて!!」
急に可愛らしい声で中腰になるティガに、ミアがにんまりしている。
「ミア。貴女もあとでお仕置き。」
シャルの冷たい言葉に、ミアはにんまり笑顔のまま、さーっと顔が青くなった。
まったく……。
賑やかなことこの上ないね。
一人を除いて。
「あの……ミア……さん。特訓とは何をするのですか……?」
一人気落ちしたまま暗い顔を続けるルドは疑問を口にした。
「んャ? セレャのりりょくで凄いことするのャ。楽しいがャ。」
凄く端的に内容を口にするミア。
それじゃ伝わらんだろ。
「せっかくルドのために思いついたのになー。セレャは空気を読んでほしいのャー。」
ぶつぶつと文句を口にするミアは再び不満げな顔になっている。
「あのミアさん……ですから、特訓の内容とはいったい……りりょくって何ですか?」
「ルドって幾つになるんャー?」
過去の高原の夢見の時に、ルドは自身の年齡に触れていたが……まぁあの時のミアは話についてこれなくて呆けてたもんね。覚えてないか。
「え、あの。ミアさん……我の質問……。」
「おーしーえーてーャー!」
「……今年で6つになります。」
「同い年だャ!」
凄く嬉しそうな笑顔になったミアが、勢いよくルドに抱きつく。
そのままふわふわの羽毛に顔を埋めてゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
ルドは驚いた顔で硬直している。
おもろ。
「『ハクトウ』の寿命は人族より少し短いくらいだったかしら?実質ルドが一番年下ね。」
私は記憶にあった知識から事実関係を補足してあげる。
確か彼らの寿命は70~80年と、人族の平均寿命より少し短い程度。そこを基準に見るのであれば、短命種であり年齡より成長の早いミアに比べれば年相応だ。
そう考えると6歳の子に狩りやら戦いやらってのは凄い話に聞こえるけど、それは成長速度と文化の違いでしかない。
「あぇ?同い年とちがうかャ?」
「別にそこは気にしないで良いわよ。ただの比率の話。」
ていうか、ミアは年不相応に幼い手合だし。
「じゃー!同い年な!だからミアって呼んで欲しいがャ!」
何やらぐいぐいと距離を縮めつつ、ぐりぐりとルドの胸部羽毛に頬ずりするミア。『獣化』の件を含め、色々と似た境遇に親近感を覚えているのだろう。
「あっ、あの!『新色』たるミアさんに呼び捨てなど恐れ多く!!とっ、というか!くすぐったいので顔を擦り付けないで頂きたく!!」
「えぇー!よーんーでーよー!!」
ぐりぐりぐりぐり。
「ひぃいいい、堪忍してくだされぇー!!」
くすぐったいのか、やや顔を赤らめながら硬直したままミアのスキンシップに必死に耐えているルド。
いやー、おもろい。
「なぁ、ルド。最初に言った時も思ったんだが、その『新色』ってなんなんだ?」
尻尾をやんわり持たれたままのティガが座席に座りながら神妙な顔になる。
私もソレ、気になってた。
「しっ、知りません!『古き民』がそう仰っていたのをそのままお伝えしたまでで!意味とか意図は我々も存じあひいいぃぃ!?」
急に顔を真っ赤にして矯正をあげるルド。
いや、なんて声出してんだ。
「みっ、ミアどの!?舌を引っ込めてください!!」
半分怒った顔で必死に手を出さないように堪えている風のルド。掲げた手が拳を握っている。今にもミアをぶん殴りそうだ。
いや、ミア『殿』て。
どんな混乱の仕方だ。
ていうか舌??
……あっ。
もしかしてミア、どさくさに紛れて!
「……。」
次の瞬間、ミアとルドの正面に座っていたシャルが無言でミアの尻尾を引っ掴み。そのまま引っ張るとミアをルドから引き離した。
「ギニャー!?」
毛を逆立てながらとんでもない叫び声を上げ、シャルに尻尾を強引に引っ張られるミア。
シャルは構わずそのまま引き寄せ、ミアの首根っこを右手で鷲掴みすると、左手は流れるような手つきでミアのショートパンツを下着ごと脱がす。
「まっ!?ちょっ!?やめっ――」
なにか言いかけるミアを無視して、シャルは鋭い左平手打ちをミアの可愛いおしりに振り下ろした。
『スパァン!』
小気味よい音が馬車内に響く。
「ひぎぅ!!」
ミアが苦悶の声を漏らすも……。
『スパァン!!』
先程よりやや強い軽快な音が再び響く。
「ひぃ!?ご、ごめっ」
反射的に謝罪を口にしようとしたミア。
だが無慈悲にも。
『ヒュパアン!!』
三度。
風切り音を伴う、鋭く強い音が更に響く。
ひー……これは痛いぞ。
「ぎぃ!?お、おかーちゃ――」
『シュパアン!!』
四度。
おかあちゃん?
すでにミアのおしりは真っ赤に腫れている。
こりゃ手加減してないな。
シャルの手のひらも相当赤くなってる。
なのに顔色一つ変えずに、冷淡な顔のシャル。
「おバカ。」
呆れた顔のティガも冷静な顔で見守るだけ。
『パァン!!』
5回目。
何も言わずに、淡々とミアのおしりを叩くシャル。
それを隣でじっと見守るティガ。
「……ッ!!」
ミアもうめき声を上げるのを止め、必死に歯を食いしばって痛みと羞恥心に耐えている。
リリスとルドだけ青い顔で唖然としていた。
御者席の方にちらりと目線を送ると、ルーカスは微動だにせずに前を向いて自然体でノウスの手綱を握るのみ。
優しいこって。
私は再び視線を戻す。
シャルの膝の上でおしりを出したまま、ポロポロと涙を零しながら母の叱責を受けるミアの姿。
痛みに耐えるために体を硬直させて、声を漏らすまいと目と口をぎゅっと結んで次に備えている。
やがて、シャルはゆっくりと高く高く手をかざし、頭上の手を止め大きく息を吸い込む。そして息を止めると――
そこから一気に満身の力を込め、一息に最大の一撃を振り下ろす。
その鬼気迫る気配を感じ取ったミアもまた「ひぃ」と息を吸い込み体を最大限強張らせ待ち構えた。
ルドとリリスもまた、あまりの気迫に息を呑み。
私とティガは平常でソレを見守る。
『ぺちんっ』
小さく可愛らしい音が鳴った。
6度目のおしおきは、溜めと勢いを叩きつける直前で器用に弱めた一撃だった。
「はい。おしまい。」
そういって優しい声と温かな笑顔になったシャルはミアの背に手を添えて優しく撫でた。
「ふぐぅうう……うわああぁーん!」
大きく息を吐き、堪えていたものを決壊させながら。ミアは大声で泣き出してしまう。涙と鼻水と嗚咽を漏らして、わんわんと大泣きだ。
「ごめんね。痛かったね。」
慈愛と後悔に満ちた母性あふれる声で我が子を気遣うシャル。
「ごっ、ごめっ……ごめんなざああいい!」
しゃくりあげて上手く喋れないけど、必死に謝罪の言葉を吐き出すミア。
やがてどちらからともなく動き出す二人。シャルは赤子をあやすようにミアを抱きかかえると、よしよしと頭を彼女の頭を撫でる。
ミアも涙と嗚咽をこらえるようにしゃくりあげながら、母のたわわな乳房に顔を埋めて大人しくなった。
そんな二人を見て、ティガも安心したかのように柔らかな笑顔になると、泣きじゃくるミアの頭に手を添え、ぽんぽんと優しく叩いた。
なんとも厳しく優しい躾だ。
私は感心するやら呆れるやら微妙な心境で、ミアのおしりとシャルの左手を交互に見る。どちらも皮膚が真っ赤っ赤。
ていうか、ちょっと内出血して痣になってる。
平手内で内出血って、どんだけすごい力で叩いたんだ……獣人族の膂力は恐ろしいね……。
ふん。
と、鼻息一つ漏らすと。私は理力を行使しながら腰を上げようとした。
すると、正面にいたティガが手を伸ばして私を制した。
無言で目をやると、あちらも無言で真剣な顔をして首を振る。
シャルも同様に、ちょっと申し訳なさそうな笑顔で首を振った。
そゆこと、ね。
叩かれることも、叩く方も、それを見る方も。様々な痛みがあることを知らなくてはならない。そして、癒やしてはいけない痛みもある。
神殿ぐらしの下積み時代を思い出すね。
義父の悲しそうな顔を思い出して、少し懐かしく思う。
大事な教育だ。
私は納得して小さく笑顔を作ると、黙って席に座り直した。
ホッと、安心したように息を吐くリリス。反対側を見ると、再び悲しそうな顔と少しだけ羨望の眼差しで見つめるルドが見えた。
色々と話が有耶無耶になってしまった。
まったく、騒がしくて喧しく慌ただしいね……。
こんな良い旅もあるのか。
そんな考えが浮かび、思わず笑みが込み上げた。
尻叩きは本気で痛い
え、体験談かって?
鞭の痛みまでは知ってるよ。
誰がドMか、そっちじゃねーです!




