第十六幕 「古き風の便り」
噛み合い動き出す歯車 力が伝わり世界に巡る
それは言の葉 そよ風のごとき小さな力
だがそれはやがてうねりとなって世界をかき回す
「ようやくだ、古き友よ。約束の時は近い。」
眼の前に降り立ったルドは満足げな顔をしていた。
一人何かを理解した風に振る舞う姿に、またちょっと内心もやもやしてしまう。でもまぁ、満足したってことは問題なくことが進むってことだ。
それは良いこと。
「姫君。感謝します。貴方の『夢見』の素晴らしさ、我は感嘆の限りにございます。」
彼女は満面の笑みでそう言い放つ。
「あの、一体何をしてらしたのですか……?」
リリスは不安げにルドへ問いかける。
「サキュバスである貴方の『夢見』が内包する世界で、古い便りを確認しておりました。」
ルドが放った答えは要領を得ないものだった。
「古い便り?過去の『風の便り』を聞いたということ?」
私は彼女に問いかける。
ここはルドの昔の記憶にある場所で、そこでも『風の便り』が得られるかを確認していた。言葉を額面通りに捉えるならそういう意味だろう。
「左様です。聖女よ。私は現代の風の精霊を通して『古き民』から助言をいただいたのです。私自身の悩みを解決するため、疑問の答えを得るため。魔王の姫君の『夢見』を頼るのだ。と。」
ルドが内情を語り始める。
しかし言ってる意味が、いまいち理解できない。
リリスが『夢見』で再現するのは参加者の記憶やイメージのはずだ、昔のと言われても、それは別にルドの古い記憶というだけだ。
いや……『夢見』が内包する?現代の風の精霊……?
「もしかして、貴女がイメージした場所ではないの?」
私はふと思いついたことを口走る。
リリスの『夢見』は過去の記憶による情景も再現できる。
ルドが語る「現代」や「古い便り」という言葉の意味するところは、つまりこの景色が過去のものだと言うことだ。
しかし彼女の言い方だと、それは彼女自身の記憶にあるものではない可能性がある。
「なんとも鋭いお方だ。『古き民』が言われていた通りです。」
満足げな笑顔を更に綻ばせ、頬を染めて興奮した様子のルド。
「……セレナ、一体何がおきてるんですか。」
「私だってワケ解んないのよ、シャル。でもルドの言ってることを繋げると、彼女は『古き民』からの助言で私たちの存在を知り、それによってサキュバスの『夢見』によって、相当昔の『風の便り』を聞いたということになるわ。」
「左様です。」
ルドが即答にて肯定した。
「相当昔って……どれほどの過去だと言うの?」
シャルが珍しく狼狽えている。眼の前の景色を眺める視線があちらこちらに泳いでしまっている。
ルドの言葉によってシャルも気づいたのだ。
違和感は最初からあった。
周囲に広がる景色、視界一面に広がる大自然。
山裾には街道も宿場も、散在する集落も村も、遠方に見えるはずのトレードウィンドの街も……人工物の一切が見当たらない、広大な『未開の森』。
「まさか……これ。この手つかずの広大な森が『ノースウィンドの森』だというのですか。」
自分の知識と眼の前の景色の地形情報を照らし合わせていたのであろうルーカスが答えを出す。顔は驚愕に染まっている。
「確かに雲の切れ間から見える海岸線は……多少の違和感はありますが、ルミナ大陸の東海岸の地形によくにてます。でも、こんなに木々に覆われていた時代なんて……それこそルミナス開祖前の。いえ、もっともっと過去の開拓すら始まってない時代……?」
状況を理解しつつあるエミリアも狼狽えている。
「ここにはノースウィンドの森と呼ばれる森は存在しません。ここにあるのは、はるか昔、およそ1万年前の手つかずの自然です。」
ルドがドヤ声で言い放つ。
「「「一万年前!?」」」
私とローム兄妹、シャルが揃って声を上げる。
「正確には、一万と二千とんで十二年前だそうです。」
彼女はしれっと、古い『風の便り』によって知った情報を明かす。
「12012年前……??いったい何が起きてるのよ……!」
流石に私も開いた口が塞がらない。
こんなん狼狽えるに決まってる。
「る、ルドさん。貴女が言ってることが本当だとして……私は貴女の記憶やイメージを再現しただけのはずなのに……なんでこんな大昔が!?」
告げられた事実に『夢見』の主導者が一番パニクっているようだ。
無理もない。
『夢見』の世界構築はサキュバスの固有魔術による自動補完のようなもの。
いつだったかリリスはそんなことを言っていた。
つまり、少なくともリリスが『夢見』の構築に用いた情報はルドの記憶かイメージによるものだ。
だがそれが12000年前の過去を構築したということは……。
「無論、これは我の記憶ではありません。我は今年で六つになる若輩ゆえ。1万年も遥か過去のことなど知りません。」
「なるほど……さしずめ、貴女と契約した風の精霊を通して、古い風の精霊の語りかけ、つまり『風の便り』を貴女が認識して、それをリリスが『夢見』で再現した。というところかしら。」
「御名答。聖女のご慧眼、感服の限りにございます。じつは精霊は言葉を持ちません、ゆえに精霊の語りかけというのは『言葉のあや』でして、それは我々とて同じ。
しかし『風読み』は風の精霊が持つイメージを言葉ではなく情景として読み取ります。それこそが『風の便り』の真価でございます。
そして、原初の精霊たちはこの星が生まれる前からの記憶を保持しており、現代もなお『原初の風』は彼の地の至る所を気ままに漂っておられます。」
開いた口が塞がらない。
『風の民』はそんな情報が得られるのか……。
「なー……皆よー。なんかとんでもないことになってて驚くのはわかるんだけどよ。あたしらが知りたいのはそんな『風の便りの』真価じゃなくて、肝心の中身だろー……脱線しすぎじゃねーかなー。」
「お話難しすぎてミァ眠くなってきたのだがャ。なんかー、この冷たくも暖かくもない風がクセになってきたのャー……。」
話が理解できないのか、する気がないのか。
ティガとミアがつまらなさそうに話の脱線を指摘する。
いやいや。
現状は、脱線と言うには余りにも壮絶すぎる。
12000年前なんて、有史以前。それこそ原始時代じゃない。
私ら人族は言わずもがな、3大種族のエルフやドワーフも原始の時代よ。
まともな文明が存在するのかすら……。
「『ナガレ』と『新色』がおっしゃることもごもっともです。いい加減、我の悩みというのもお話すべきでしょう。」
ルドはそう言うとリリスの元へと歩み寄る。
「姫君。よろしいですか?」
「え、あっはい。」
呆然としていたリリスはルドの声掛けにハッとして返事をする。
そんなリリスに大して、やや申し訳なさそうな顔で彼女は語り始める。
「我ら『風読み』は直接肌で感じながら風を読み、風のマナを行使する『空の民』なわけなのですが……それともう一つ、通常の鳥たち同様に感じ取るものがあるのです。姫君はご存知でしょうか?」
「えっと……ごめんなさい。鳥人族の方には詳しくなくって……。」
「渡り鳥や昼夜問わずに飛ぶ種などに見られる、方位……飛ぶ方向を星の軸から感知する能力のことかしら。」
私は頭に思い浮かんだ『知らない知識』を口にする。
「なんと……聖女はそんなことまでご存知でしたか。おそらく魔族として飛翔魔術を使われるであろう姫君のほうが造詣が深いと踏んだのですが……。」
「いえ、全く……ごめんなさい、ご期待に添えなくて。」
「あぁっ、違うのです!決して落胆したとかではなく、感覚の共感が得られるやもという話です!」
「たしかに私は飛翔魔術を行使しますけども、ルドさんみたいな力強い複雑な飛行や長距離は無理です。2~3時間も飛んだら休憩挟まないと、集中が保たなくて制御ができなくなっちゃいます。」
「そうでしたか……えっと。それで、ですね。聖女が仰ったように星の軸からはある種の力場が流れておりまして。感覚的な話で申し訳ないのですが、我々はその流れを『星の流れ』だとか『星流軸』などと言ったりしておりまして……五感の次なる感覚、第六感として知るところなのですが。えっと……なんとなくわかりますでしょうか……?」
ルドはしどろもどろになりながら、一生懸命に説明しようと四苦八苦する。
私は彼女の言わんとしていることを理解できるが、他の者は全くダメだろう。
ティガやミアは高原の草場に寝転んで聞き流しモードだし。
流石のシャルも専門外というか、知識にないようだ。
だが……
「それは……『星読み』の学者たちが提唱する太陽を廻る回転軸や、我々の星『テリゥス』自身が回転しているという自軸の話ですよね?」
ルーカスとエミリアはある程度の知識があるのだろう、興味深そうに話に食いついてくる。さすが零番隊、星読みの知識もあるのか。
「はい。そしてその軸の北端と南端を囲み循環する力場のような……星を守る力があるのですが……これも感覚的な話でして……うう、我の知識量では説明が難しいのですがー……」
ルドは眉間にシワを寄せ、知恵熱で顔を赤くしながら、うんうんと唸りだす。もどかしそうだ。
ここは私が一肌脱ぐ必要がありそうね。
などと考えた直後。
「じゃぁそれについてはボクの方から説明しようか。」
なんとなく久しぶりな声が聞こえた。
「おわ!ディダ様!?」
出現場所はリリスの眼の前。
ディダは、現れるやいなや彼女に背を預けもたれ掛かる。
「ディダ。貴女が急に出てくると、皆が驚くから私とリリスが困るでしょ。『月影の間』に招待する形式の方がよかったんじゃない?」
開口一番苦言を呈しておく。
「ボクを知らないのはルーカスとエミリアとルドだけだ。軽く紹介を頼むね。セレナ。」
しれっと流された。
しかも自己紹介なしで来たもんだ。
「……はぁ。まぁいいけど。」
そう言って私はちらりとローム兄妹とルドを見回す。
当然、何事かと驚いたように硬直している。
そらそうだ。なんの予兆も気配もなく、唐突にそこに現れる尋常ならざる存在感をもつ少女。驚かないほうが無理だ。
「紹介するわ。私の『理力』に関わる知識と管理を司る神格といっておこうかしら。名を『ディダ』。仲良くしてあげてね。」
「えっと、私の『夢見』にも多大な影響を及ぼす?存在です?」
半疑問形。
そりゃそうか。
ディダがリリスの『夢見』に干渉できる理由も正確な部分は未だ不明だ。『対の指環』による魔法最適化だとは認識しているけど。やってること自体は最適化というより『拡張』だとか『補助』な気がする。
「ディデャさま!女神様だがャ!!」
見知った顔が来たことで何か嬉しそうにはしゃぎ声をあげるミア。
ぴょんと起き上がるとリリスの足元にぴょいっと飛び込みディダに擦りついた。
ミアはディダのことを随分と気に入ってるのよね。
「そういや前回の『夢見』では居なかったな。女神様のお陰であたしら無事元通りだ、ありがとうございました、だぜ。」
ローザとボロスの一件について、改めて笑顔で礼を述べるティガ。律儀なことだ。
「久方ぶりにございます。女神ディダ様。私を含み、家族がお世話になりました。改めて御礼申し上げます。」
丁寧かつ洗練された仕草で礼をするシャル。優雅な身のこなし。美しく流れるような口調が格の違いを見せつける。
「うん。ボクも君たちが無事元気になって嬉しいよ。」
そう言ってディダは柔らかな笑顔を姉妹へと向けた。
やっぱりコイツもちょっと変わったわね。
無愛想というか、冷淡さが和らいだというか。
「セレナと一緒だよ。」
……相変わらず思考を読んでツッコんでくるのは変わんないわね。
「あ、あの。え……っと?女神……ディダ様?」
「俺が知る限りだと、セレナ様の『理力』の根源に関わるというのは、女神ルミナス様。というお話であったと思うのですが?」
目を白黒させるエミリアと冷静を保とうとするルーカス。
「それは聖女としての体裁のようなものね。実際のところ、私の『理力』はもっと別物の存在に依る力よ。」
「ルミナスとは別の女神だと思ってくれれば良いよ。」
「べっ、別の??」
「これは……また難解な情報を知ってしまったな……。」
零番隊特務官が頭を抱えてる。
「良いわよ、今は報告に混ぜなくても。これは色々事情があって複雑な関係にある存在だから。気にしないで。」
「き、気にしないのは無理だと思うのですが……なるほど、精霊達がしゃんとするような存在なのですね……」
ルドも風の精霊たちの反応に戸惑っているようだ。
しかし、ディダという神格がいると精霊がかしこまるのかな?夢見の世界でそうなら、現実にディダが顕現するとどうなるんだろ?
まぁ、どうでも良いか。
そんな事を考えていた私を、ディダはちらりと一瞥しため息を漏らす。
「そういうことだから。気軽に接してもらって、程々に敬ってくれればボクは気にしないよ。よろしくね、王国の『目』と『耳』であるルーカス、エミリア。鳥人族の『告げ役』ルド。」
どういうことだからだよ……ていうか、なんでもないことのようにディダがさらっと「何か」をいったぞ今。
ローム兄妹の顔が驚きに染まってるし、ルドも目が点になってキョトンとしている。
「これは……参りましたね。」
「そんなことをご存知な存在とは……おみそれしました。」
「ひー……風の精霊王様みたいです……。」
三者三様おどろきまくり。
そしてまた知らない単語がボロボロと出た。
話が複雑化するぅ。
「各々が知るべきことは多いんだよ、セレナ。頑張って。」
そんな無責任な神格の言葉に、私はため息一つだけ吐き出し答える。
「そうね。リリスのためにも頑張りましょ。」
小さく呟いた私の言葉に、嬉しそうに微笑む女神。
どうやらコレは大事なことらしい。
だったら頑張らねば!
ディデャさまって読みづらいうえに言いづらくない?
誰だよこんな口調にしたヤツ
ごめんなさい
毎回「デャ」をdhy……dya…あ、dhaか。
などと打ち間違える。




