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救済の聖女のやり残し ~闇と光の調和~  作者: 物書 鶚
第二章 第二部 目指すべきところ
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第十四幕 「支える想い」

震える私の体に温かな手が触れる

この手が優しく私を支えてくれた

ゆえに私はこの先も進み続けられる

だけど……


「願わくば……この手を取り共に歩む者が我が子の支えとならんことを。」


先程までと違う口調でルドは話し続ける。

まるで何か大事なことを告げる神の御使いのごとく。


響き渡る声が鼓膜を震わせるだけでなく、音が体を貫いてゆく。


「送り主はフウィン・リフィンの『古き民』マ・プゥ様。……内容をお伝えします。」


聞いたこともない単語が並ぶ。

でも、何故か不思議と耳に馴染む。


ルドはここで一呼吸置いて区切り、続きを語る。

その声を聞いた私は驚いてしまう。


『愛しき闇と懐かしき光よ。待ち焦がれた時の訪れを喜び申し上げる。彼の地の最奥でお会いできるのを楽しみにしております。』



眼の前の鳥人族の少女の口から別の音が響き渡った。

まるで悠久の時を生きた、万象を知る不死の賢人を思わせる……。


でも、なぜか懐かしさを覚えた。

すごく深い緑の自然に囲まれて……降り注ぐ木漏れ日と、爽やかな香り。穏やかで満たされる日々、いつも隣にいる……親切で…優しい笑顔の……?


たったコレだけの言葉で記憶でも知識でもない何かが脳内に膨れ上がってる気がするのに、その一切を認識できない。


なんだろう、不思議な感覚だ。



「……ここまでに。問題はございませんでしょうか?」


ルドの言葉にはっと我に返る。


「……確かにお受けいたしました。私の稚拙な振る舞い、浅慮に関わらず。お役目を果たしていただけることに感謝とお詫びを。」


そう言って私は両膝立ちで手を組むと、祈りの所作にて応えた。


「うぇっ?!あっ、いや!そんな我に丁寧に接していただく必要はありません!誤解が生まれたのも我が諸々の手順を違えたがゆえであり、奇跡の聖女に落ち度など!!」


そういって再び土下座するルド。


なぜか私の態度に驚き狼狽えながら、何やらごちゃごちゃ言い出すのでやりづらいうえに話が進まなくて焦れてしまう。

どうも文化の違いなのか、獣人族共通の作法か何かを間違えているのか……調子が狂う。


「ねぇルド。お役目果たしてもらったのにこんなこと言うのも心苦しいのだけど。『風の便り』を聞いて余計にわけがわからなくなったんだけど?」


とりあえず聖女の仮面は止めて素で話してみる。


「え。……あっ、はい。えっと、実は……。」


彼女は再び豹変した私に驚いたのか、やや硬直しつつもなんとか反応してくれた。


どう対応したらええねん。

まじでやりづらいんですけど。


「ふふふ、異文化交流ね。」


一人わかった風のシャルがくすくすと笑っている。


「ねぇ、シャル。そろそろ仲介してくれない?これじゃ一向に話が進まないわ。私は早くリリスを安心させてあげたいだけなの。」


「セレナは本当に良い子ですね。自らが知らぬことを知り、至らぬことを恥じず、助けを乞う事を厭わない。他人のために自ら犠牲を払うことを微塵も躊躇しない。」


「シャル。本当にお願い。」


「セレナ、私は別に意地悪ではぐらかしている訳ではないのよ?貴女たち人族の文化とルミナス教という信仰がもたらす生活の根幹。そして私たち猫人族や鳥人族のルド、獣人族の文化と価値観の差異というのは単純なものではないわ。」


「それはわかってるつもり。だからこそ貴女に助けてもらうのが一番なんじゃないかと思っているのだけど?」


「私を買ってくれるのも素直に嬉しいけども。この場において一番大変なのは鳥人族のルドなんだから、慌てずに順番に行きましょう?」


私を諭すかのように優しく宥めてくれるシャルの態度には、素直に有り難いし助かると思っているのだけど……いかんせん勝手がわからなさ過ぎて困る。


「ま、セレナは頭が良くて思考の回転が速いし、色々気配りできるヤツだからな。こうなっちまうのは仕方がないんだよ。そもそも『風の便り』のしきたりを知ってる人族なんていねーもん。焦る気持ちはわかっけど、少し落ち着いて、どーんと構えてりゃいいんだよ。」


ティガも私を窘めるかのように言ってくる。


ってことは……『風の便り』の作法や手順はまだ終わってないのかな?


「ルドは便りのお代はどうするんだがャ?」

ミァが興味津々といった具合にルドへと問いかけている。


「あ。えっと……実はもう決めておりまして。」

少し戸惑いながらも期待の眼差しで返答する彼女の姿を見て、私はこのやり取りの続きを察する。


「つまりこれは『風の便り』のやり取りには特別な流れがあるというか、相互に必要な何かを提供し合う段階のようなものがあるのね?」


そばで私たちとルドを見守るように佇むシャル。

私は彼女に確認するように問いかけた。


「御名答よ、セレナ。貴女なら理解してくれると思っていました。」

「……確かに異文化交流ね。情報提供と報酬のやり取りが段階的というのは我々の文化に無いわけではないけども、大抵は取引は一度で済ませるものね。それが必須条件というのは、ちょっと間怠いと思わずにはいられないけども。」


小さく拍手をするシャルの仕草を傍目にため息の一つも零したい気持ちを抑えつつ、再びルドの方に視線を戻す。


「それで、貴女は何を求めるの?」


不安と恐怖に怯えて頭がろくに回らないリリスと、奇妙な作法で話が進まない取引相手のルド、なぜか暖かく見守ることに務める最低限の仲介役シャル。その他諸々の観客たちに囲まれつつ、なんとか課題をやり過ごそうと必死になって次の手順を手繰る私。


この奇妙で不可解な商談はいつまで続くのやら。

こんな出会いもあるのか。と、少し面白くも思ってしまう。


「『夢見』の姫君と『救済』の聖女に、相談に乗っていただきたいことがあるんです。」


「そこまで知ってるのね……風の精霊の噂好きには舌を巻くわ……。」


「はい。ここにいらっしゃる方々も我の持つ悩みを解決する助けになると、風の精霊たちが教えて下さいました。」


さも当然のように周囲の観客すら巻き込もうとするルドの言い草は、一切の躊躇がなく当然の成り行きと言わんばかりの態度だ。


「俺達も……?それはつまり……。」


ルーカスの表情が固くなる。


「我の耳に届けられた『便り』はルミナの人々にも関係があるということです。お国の深部に関わるお二人にもお聞かせとうございます。」


つまり、彼女はルーカスとエミリアが秘匿任務に関わる人間だと理解している。そして自分の持つ情報がルミナス王国にとっても重要なことであると言っているのだ。


「風の民の扱いづらさは色々と上から聞いてましたが……ここまでとは。」


エミリアの表情もまた険しいものになる。無理もない。一国の諜報活動を担う者として尋常ならざる秘匿性の確保に精神を削る自分たちの存在が、ありきたりな一個人のように扱われてしまうのだから。


「つまり、貴女はリリスの『夢見』を用いて私や王国の諜報員にすら知らせたい何かを知っているということかしら?」


「我の言わんとするところ、ご理解いただけて幸いです。そこで我が持つ悩みと、残りの便りのすべてをお伝えすることを約束いたします。」


悩みの解決自体が目的ではない……?

それを伝えた時点で彼女の目的が達成されるということだろうか。


「なぁ、ルド。もしかして……それはあたしやシャル姉たち猫人族も含まれるのか?」


「左様に。『高貴なる白』の『先見の瞳』と『王虎』の『ナガレ』、あなたたちにも知ってほしい事です。」


シャルとティガが意外だといった顔になる。どうやら『風の便り』を知る彼女たちですら想像できていなかった展開らしい。


「ミァだけ仲間外れだがャー……。」

ちょっと拗ねた様子のミアが軽口を叩く。


が……


「いいえ。『新しき色』よ、『古き民』は貴女にも便りを用意しております。この場に居るすべての者たちに我の悩みの解決と役目を手伝って頂きたいのでございます。」


彼女がミアにも関係があることを告げたことで、3姉妹の顔はいよいよ驚きに染まる。完全に想定外って反応だ。


「なるほどね……リリス、どうやら今回も貴女の『夢見』の力が『風の便り』における根幹を成すようよ。」


どんどん話の流れが複雑化していくこと、そしてその対象が多岐にわたることの意味。リリスの『夢見』によって直感的なイメージ共有が必要だということだろう。


「……ルドさん、一つだけ教えていただけませんか?」

「何なりと。」


私の傍らで震えていたリリスが、意を決したように口を開く。ルドは彼女の伏し目がちな視線をまっすぐに受け止め、役目と目的を果たそうと真剣な面持ちだ。


「それは……とても大事なことなんですね?」

「左様です、姫君よ。『古き民』はこの世界に住まうすべての者たちに関わることを伝えようとしております。そこに人族や亜人族、魔族だという別け隔ては有りません。この星に在る全ての者に関わることだと。そう、おっしゃっております。」


一切迷いなくの即答だ。


なるほど、星と来たか……。

普通に考えれば、ここまで話の内容が一切聞けていないのに、星とか言われてもピンとこない。でも、私たちには確信に足る情報がある。


「それは……もしかして……!」

リリスが何かに気づいたかのようにハッとした顔になる。


「どうやらルドの話は『私が見たこと』とも関係がありそうですね。リリス、貴女の不安と恐怖は理解しますし支えになりたいと思っています。だからこそ私からもお願いします。私たちを『夢見』の世界へ。」


シャルも気づいたのだろう。ルドが言ったことが自分の瞳が見せた『世界の結末』に関わる情報なのだと。


「リリス。私からもお願い。どうやらこれは尋常ならざる事態よ。私たちの目的のためにも知っておかなくてはダメみたい。」


「……はい。どうやら私の不安も思い過ごしであるようですし……ルドさんのお願いは聞いてあげたいと思います。」


「そこについては本当に申開きのしようもございません。我が役目に浮かれるあまり、姫君に対し無用な不安と警戒をさせたこと。本当にお詫びいたします。しかし、どうしてもこの身の役割だけは果たしたく思うのです。お望みとあらば、その役目が済み次第この身を引き裂くなり焼き尽くすなり自由にしていただいて構いません。どうか、なにとぞお力添えを賜りたく。」


三度。しずかに頭を地面に擦り付けながら。

ルドはリリスに対して懇願した。


「そ、そんなことは望みません!」

相手の覚悟に狼狽えるリリスだが、ルドにしてみればそれほどの名誉ある役目なのだろうし、問題の解決は命をかけるような内容だということだろう。


リリスだってそれくらい理解できているはずだ。


「……わかりました。『夢見』でお話することをお受けいたします。確かに急なことで心底驚きましたし……色々と辛かったですけども。でも、もう私は大丈夫ですよ、心強い相棒がいますので。」


明るさを取り戻した声で彼女はルドの要求を受け入れた。

ルドは顔をあげてホッとしたように息を吐きだす。天を仰ぎ安堵するかのように肩を下ろした。

そんな彼女を見つめるリリスもまた、安心したかのように緊張を解く。不安と恐怖はなんとか晴れたのだろう、小さく縮こまっていた体も私の方へともたれかかっている。


でも、その体の重さを私へと預ける姿勢はいつもの彼女の仕草ではない。

きっとまだ心の奥底では不安なのだろう。


だから私もリリスの不安を受け止めるつもりで、もう一度彼女の肩に手を回し、その僅かに震える肩を抱きとめた。


「大丈夫、私がつているわ。」


そして私は相棒にだけ聞こえるように。

小さく、だが力強く呟いた。


きっと聞こえたはず。


寄りかかる重さが増えたことが嬉しかった。



じわりじわりと高めてゆきます


誰も文句が言えないくらいに

誰もが文句を言いかねないくらいに

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