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二角の1年目倉庫

グレイブの幸せな人生〜何度も巡る人生の中で、色濃く残る最期の人生〜

作者: 二角ゆう
掲載日:2025/03/19

お読みいただきありがとうございます!

 転生ポイント──。


 10000ポイント貯まるとその人生で転生が可能になる。

 そのポイントの貯まり方は人それぞれで法則不明である。



 僕は目の前に座っている医師から質問された。


「ではグレイブさん、この人生の前までは健常者と同じく転生していたんですよね?」

「はい」


 医師は何かを書き込むとグレイブの瞳を覗き込んだ。すぐに距離を取ると胸ポケットからペンライトを取り出してグレイブの瞳にいろんな角度から光を当てた。それが終わると医師は紙を取り出して瞳の絵を書き始めた。


「これは瞳の部分ですが、この虹彩部分、グレイブさんなら黒目の部分に上から真ん中をを通る白い線がありません」


 グレイブはそれを聞いて医師の瞳を覗き込んだ。それに答えるように医師はグレイブに近づいて瞳を見せてくる。医師の虹彩は灰色だったので見えにくかったが、たしかに上から真ん中を通る白い線が見える。


 医師は口を開けたが、また口を閉じてしまった。少し眉をひそめると声を落とした。


「グレイブさんは非常に稀なことですが、一般的に皆が持っている虹彩に白い線がありません。⋯⋯しかし、今まで“転生ポイント”が付かなかったのも納得できます――」



 ■



 グレイブは何本目の電車を見送っただろうか──。


 グレイブは駅のホームのベンチに座り込み両肘を自分の腿の上に乗せていた。じっと手持ち無沙汰で動かしていた指を見ていたが顔を上げる。


 するといくつかの看板が目に入ってくる。


 “楽に転生ポイントを貯める10の方法”


 “最速で転生ポイントを貯める”


 “皆が知らない転生ポイントの10000の貯め方”


 転生ポイントは皆が気になることだ。⋯⋯そういう点で、そのビジネスは流行る。


 グレイブは今までの人生で転生ポイントについて悩んだことはなかった。だから、なぜこんなビジネスが流行っているのだろうと不思議に思っていたが、今はそれでもすがりたい気持ちだった。


 俺はこの人生に転生してきて22年が経った。つまり22歳なのだ。


 今までの人生と決定的に違う。


 それは【転生ポイントがつかない】ことだ。


 目の前に浮かんでいる白い曲線は『ゼロ』なのか、『オー』なのか、はたまた『輪っか』なのか、グレイブの目の前に浮かぶ白い数字は変わらない。


 先ほど行った病院の医師との会話を思い出していた。


 あの医師・ハリソンはこの稀に見る現象を研究しているようだ。ハリソンは生きた世界にそれを見える形で残し、そのいろんな世界に置いてきては紡いでいる。


 そこで共通したのが


【瞳の真ん中に白い線がないこと】


【転生ポイントが『0』のままであること】


 そして


【死ぬこと】


 グレイブは【死ぬこと】については良く分からなかった。


 なぜなら、この世界は死生観はなく、常に転生をし続ける。転生ポイントが貯まると、好きなタイミングで転生出来るのだ。


 だが、その転生先は選ぶことが出来ず、時代も選べない。転生先の身分、見た目など選べないし、魔法のある世界なのか知らない生き物がいる世界なのか転生によって違う。


 そこで共通しているのは瞳の虹彩部分に上から下にかけて白い線が入っていること、そして転生ポイントと言うのがあること。


 この転生ポイントは他人からは見えない。だが、この世界の人が持っているものだ。転生ポイントを意識すると目の前に半透明の白い数字が出てくる。


『0』


 この世界では転生ポイントが何よりも重要視される。その様々な検証は多くが行っている。その結果、転生ポイントは10000ポイントから転生出来ると結論づけた。


 転生すると、その世界にいる自分は光と共に消えて転生するのだ。


 転生ポイントについては10000ポイントよりも、もちろんもっと貯めることは出来るが、多く貯めたからと言って次の転生先が優遇されると言うことはなかった。


 それは、あくまでも俺の経験則だ。


 だが、他の人にも話を聞いてみると、皆似たようなことを言っていたので10000ポイント以降は転生とは関係ないようだ。


 そしてそのポイントの貯め方


 多くの人がいろんなことを試しているようだ。勉強をしてみたり、その世界の偉業を達成したり、長く生きてみたり⋯⋯だが人によってばらばらのようで、これと言った法則を見つけた人はいない。


 グレイブは誰かが叫ぶ声を聞き、強引に現実へと引き戻された。


「危ない!!!」


 目の前を走る電車は車輪から火花を散らしながら金属音の高い悲鳴を上げる。


 鉄の塊に土嚢どのうのような重く詰まった物が当たる鈍い音が聞こえた。


 少しして電車の車輪は悲鳴を止めた。ホームのいつもの停車位置より3メートル先に電車がついた。駅のホームで見ていた駅員が運転席に近づく。


 そこへ運転席の扉が乱暴に開いた。ホームにいた駅員に向かって大声を出す。


「人を轢いてしまった! 」


 運転手は反対側の窓から顔を出して外を確認すると、また運転席からホームに出てホームの駅員に大声で伝えた。


「線路の邪魔になっていないからこのまま出発する! あとは“人形化ザドール”を頼んだぞ」

「分かった! ザドールガレッジもこちらで手配しておく。怒られる前に出発してくれ」


 運転手は慌てて運転手の扉を閉めて、車内アナウンスをした。電車は出発した。


 少し離れたベンチに座っていた人が隣の知人に話しかけていた。


「今、人形化がすごく増えているんですって」

「そうみたいね、ザドールガレッジがどんどん増設されているみたいよ」


 この世界では【死ぬこと】はない。代わりに心臓が止まる怪我や病気になった際は、通常2通りのことが起こる。


 まず、転生ポイントが貯まっていれば、心臓が止まった瞬間に転生されること。


 もし、転生ポイントが貯まっていない場合は人形化といって、人形のように動かなくなる。それでも転生ポイントは貯まるようで、そのうち転生されるのだ。


 それまで人形化した人間を置いておくところがザドールガレッジなのだ。


 グレイブは行ってしまった電車を見送った後、ぼおっとそのまま景色を眺めていると、駅前のビルに設置された街頭ビジョンが目に入った。ニュースの下にテロップが流れている。


「38人も人形化ザドールした極悪犯に人形化の判決がつきました。刑罰の施行は午後から始まりそれが終わり次第、人形化が施行されます⋯⋯」


 つまり38人殺した犯人に死刑判決が出たということなのだ。ちなみに1人殺せば死刑判決だ。


 嫌になったら、転生すれば良い。


 そういう考えをなくすために刑罰として拷問に近いことを受けるようだ。死がないこの世界では心身の苦痛が1番辛いものだろう。聞いた話だと人形化の人数が多ければ多いほど拷問の時間が延びるらしい。


 それ以外にも転生前に羽目を外す人が多いため、その抑止力になるように厳しい刑罰は多い。だから、破茶滅茶な人生を送ろうと企む人は多くないのだ。


 それから転生は簡単にはできない。


 今の世界は記録がかなり残る世界で、歴史上最短で転生した人は20年3カ月と11日だ。

 平均すると40年くらいはかかるので、簡単には転生出来ない。


 それから記憶についてだ。


 それだけ転生するなら前世のスキルと記憶を使って上手くいけるんじゃないか、と考えがちになるが、それは違う。この世界で1番記憶している人は、7回の人生を覚えていた。その人は物心つくと、すべての記憶を紙に書き出していたらしい。


 通常の人は前世と強烈な記憶くらいで、どんどん忘れていってしまう。



 グレイブは次の日またハリソン医師に会うために病院へ行った。“死体提供承諾書”を渡すためだ。


 ハリソンは前世も前前世も長い間ずっとこの現象について研究をしているらしい。そしてこの現象で1番大きな点は“死ぬと転生しないので消えない”ことらしい。


 つまり、死んだ身体が残るといるのだが、グレイブにはその意味がよく分からなかった。


 その現象が起こることはどんな病よりも稀なことのようで、「必要があれば君のこの人生の金銭面を援助したい」と申し出てくれた。


 グレイブは言葉を濁して診察室を後にした。診察櫃を出るをグレイブは受付をする人、ベンチで順番待ちをする人が目に入ってくる。


 意外と人がいることに気が付いてグレイブは驚いてよそ見をしていると足に何かが当たった。


 踏ん張ろうとするが、重心を支えていた足の方が引っかかりバランスを崩して倒れた。

 目の前には自転車のタイヤの様なものが見える。目線をもっと上げると女性が座っていた。


 車椅子だ。


「あら、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「大丈夫です。自分がタイヤに足を引っかけたので。そちらは──」


 グレイブが足をずらすと何かに当たった。地面を見ると黒い手のひらサイズの伝板でんばんと呼ばれる通信機器が落ちていた。


「あっ割れていないかな⋯⋯?」

「最新の衝撃緩和素材が使われているので大丈夫ですよ」


 グレイブはそれを聞きながら拾い上げると画面が光り、待ち受け画面がついてしまった。中央には目の前にいる彼女を少し若くした姿があり、今と同じような茶色の髪を1つの三つ編みにまとめており、丸い眼鏡をかけている。その後ろに彼女の両親らしき人物が映っている。


 グレイブは見てしまった気まずさに、彼女の様子を探る。グレイブと視線があった瞬間にそらされてしまい、何かを我慢しているように眉をひそめた。無意識だろうか、彼女は居心地が悪そうに手もみを始めた。


「ごめん、見る気はなかったんだ。⋯⋯その⋯⋯仲が良さそうだね」


 彼女は短くため息をつくと伝板を受けとるように手を伸ばす。


「仲は良かったです⋯⋯2人が転生するまではね⋯⋯」



 ■



 グレイブは外のベンチの横にミッシェルの車椅子を止めた。ここヘ来る途中に寄った自動販売機で買った飲み物をミッシェルに渡した。


 ミッシェルは昨日、転生ポイントの貯まった両親とお別れしたらしい。転生ポイントが貯まったことを嬉しそうに報告してくる両親をミッシェルは止める手立てがなかったそうだ。


 嬉しそうに報告されたのが結果なのだとミッシェルは説明する。ミッシェルは精一杯喜ぶフリをした。それが最後になることが分かっていたからだ。


 グレイブはミッシェルに申し訳ない気持ちになった。ミッシェルの話を聞くと、少しでも元気づけたくてある提案をした。


「アイスブレイクをしないか?」

 アイスブレイクとは通常初めて会う人同士が打ちと解け会うために、自己紹介をしたり、共通点を見つけようと話をすることだ。この世界では、“自分の前世の話をして打ち解け合いましょう”ということだ。


 ■


 グレイブはミッシェルに、ぽつぽつと話し始めた。


 前世には魔王やモンスターがいる世界だった。

 自分は鍛冶屋の息子に生まれたので特に疑問には思わず、鍛冶屋になろうと思った。そして親父から鍛冶のいろはと聞いて修行を始めた。


 王都から遠い村に住んでいたが、村の周りには強固な結界が張られていたので村がモンスターに襲われる必要もなかった。


 それもそのはずだ。その村は魔王のいる世界に一番近かったのだ。自分がそのことを知ることになるのは20歳の時だった。


 親父から実力を認められて作り始めたのが“勇者のマスターソード”だった。

 それは鍛冶屋にとって永遠のテーマだった。親父も40本以上勇者の剣を作り続けたが、それが本物になることはなかった。


 自分が35歳になったころ、勇者が見たこともない素材を持ってきた。それが何かは分からないが、とにかく固い。いつもの倍以上の石炭を使い素材を溶かして叩くが思うような形にならない。それを見た勇者はある腕輪を貸してくれた。


 そして半年間、叩き続けてようやく出来た剣だ。

 それを聞いたミッシェルは子どもが初めての童話を聞くように目を輝かせて、続きをせがんだ。


「それでどうなったの?」

「勇者は俺の作ったマスターソードで魔王を倒したよ」


 ミッシェルは息を飲んだ。


「すごいわ⋯⋯あなたは勇者の剣を作り上げたのね。お話のような人生だったのね」

「俺は剣になる素材を叩きつけていただけだよ。ミッシェルはどんな人生だったの?」


 それを聞いたミッシェルはふいっと顔を背けた。怒ったわけではなさそうだ。彼女は目を伏せがちにして遠くを見ている。


「私の話はあまり面白くないわよ?」と前置きをして話始めた。

 ミッシェルの世界では戦争が絶えないようだった。運が良いのか悪いのか巡ってきた転生先は王女だった。戦争と言っても王女の国よりもっと遠い国がやっていたのだ。


 だが、事態は一変する。

 王女が10歳の時に隣国が戦争に巻き込まれた。その頃から不穏な空気が流れ始めて王城の中に隠し部屋や脱出用の地下通路が密かに作られ始めた。王女が13歳の時に自国も戦争が始まり15歳の時に終わった。


「私は地下通路を残った1人の侍女に連れられて走っていたわ。⋯⋯でもその通路は光のある外に繋がっていなかったの」


 隣国よりもずっと遠くにある強大な帝国軍が地下通路の出入口にいたのだ。終戦の結果、国は無くなり亡国の王女として帝国の捕虜になった。


「私は王位継承権を27番目に持つ人と結婚させられたの。私が15歳で、その人は30歳」


 グレイブは口を開けたが、出てくるのは声ならない空気だけだった。


 それを見たミッシェルは目を見開いて慌てると「誤解しないで──」と話を続けた。


 その人は温厚な性格で、王女と初めて出会うと申し訳なさそうにしていた。帝国が国を滅ぼした上に、その国へ嫁ぐことがどんなに王女の心の痛みになっているか心配しているようだった。


 王女はその人と話してみて、これからの生活は悪くないかもと思ったのだ。


 その人は王女の嫌がることはせず王女の務めは何もない。隣にいてくれるだけでいいと言ってくれた。


「その生活も長くは続かなかったわ。その人は病だったから1年で終わってしまったの」


 その後は転生ポイントが貯まるまでその人の領地でひっそりと過ごしていたようだ。



 ■



 2人は少し打ち解けたみたいにリラックスしている。ミッシェルはグレイブに病院に来た理由を聞いた。医師から聞いた話をする。


 そして医師から、グレイブは【死ぬ】と言われていることも。


 ミッシェルは口を開けて言葉を探しているようだった。グレイブもよく分からなかったのだ。ミッシェルはなおさら分からないだろう。


「貴方はこれが最後の人生になるんだったらなにがしたいの?」


 グレイブはミッシェルの問いに口を噤んでしまった。そんなこと考えたことがなかったのだ。


「ミッシェルは転生ポイントが貯まるまで何がしたい?」

「何って⋯⋯うーん、足が良ければ色んなことろに行けるんでしょうけど、このままじゃどうにもならないわ。ただテキトーに過ごすだけよ」


 それを聞いたグレイブはミッシェルの足を見続けている。


「君の足は治らないのかい?」

「頑張れば治るって医師には言われたけど、治したいほど強い気持ちはないわ」


 何もない自分の人生を救いたいグレイブはミッシェルに重ねた。


「俺は何もないだたの青年として生まれた人生だけど、何かをしてみたい。それは大きなことではないかもしれないけど、君の転生ポイントが貯まるまで歩くリハビリしてみないか? 大変で辛かったらすぐにやめてもいいからさ」


 ミッシェルはグレイブの提案に自信の無さそうな顔を向けたが、思い直したのか少し口を緩めた。


「そんなこと提案する人は初めてだわ。まあやめてもいいなら、やってみようかしら?」


 これがグレイブとミッシェルの人生の転機だったのだ。


 グレイブはこの人生が、最後になるならせめて人助けをしてみたいとミッシェルの話を聞いて思ったのだ。


 そしてグレイブは時間のつく限りミッシェルのリハビリに付き合うことにした。


 初めの日は病院のリハビリルームでミッシェルが立ち上がるだけで終わった。グレイブにほとんど支えながらだったが彼女は初めてのリハビリに頬を上気させて肩で息をした。


 何回か過ぎると俺は書店でリハビリの本を探した。病院でのリハビリ以外にどんなことが役に立つのだろうかと気になったのだ。


 後でミッシェルに言われたのだが、この時のグレイブの顔は真剣だったようだ。それに気圧されたミッシェルは真剣な顔を作っていたらしい。


 グレイブは包丁を研ぐ仕事をしていたので、それがない時にはミッシェルのリハビリを優先させた。


 彼女は大学を休学していたようだが、卒業したいと思うようになり、復学したようだ。


 グレイブはミッシェルに本の知識の丸かじりだが、家で座って出来る筋力トレーニングの方法を伝えた。始めは筋力がなかなか戻らないので、立つことは出来なかった。


 それでもグレイブは応援し続けた。


 リハビリが終わる度に彼女はトイレへ行くと言うようになり、だんだんとすぐに戻っては来なくなった。


 ある時飲み物を買って、ミッシェルが戻ってくるのを待とうと思いトイレの前を通り過ぎると、誰かのすすり泣きのような声が聞こえた。


 グレイブはその時ミッシェルはリハビリが終わる度に泣いていることを知ったのだ。


(俺は馬鹿だ⋯⋯辛い思いをしてリハビリをしているミッシェルに頑張れと声をかけ続けていたんだ⋯⋯もう彼女は十分頑張っていたのに⋯⋯)


 ミッシェルが戻ってくるとグレイブは真っ先に「そんなに頑張らなくてもいい。無理しなくていいんだよ」と言った。


 ミッシェルは少し下を向いて考えているようだった。目は泣きはらしたようで赤く腫れていたが、グレイブを見ながら強い目をして「大丈夫」と答えた。


 不思議なことにグレイブが「無理をするな」と言えば言うほどミッシェルは頑張った。


 ある時ミッシェルはグレイブにニコリとすると「見てて」と言った。グレイブは頷いて静かに見ていると、ミッシェルは鉄棒のような棒の間に座り両手で掴むと立ち上がり、両手を棒から離した。


 グレイブは人生で一番輝いているミッシェルの笑顔を見た。


 その時にグレイブはミッシェルに恋をしていると確信したのだ。


 ■


 グレイブはミッシェルに恋をしたと気がついてからミッシェルに会う度に緊張した。それと同時に一緒に居られるのが嬉しくて、ただそれだけで良いと思った。


 ミッシェルが初めて立ったときから月日が経ちミッシェルが歩き始めると自分の事のように嬉しくなった。


 杖をついて初めて街へと繰り出す。ミッシェルはグレイブのよく行く書店に行きたいと言ったのだ。グレイブが連れて行くと、リハビリ関連の本が見たいと言うので連れて行った。


 ミッシェルはいくつか目を通してかごに入れていった。それを見て、初めてグレイブは他人のために書籍として残してくれる人のありがたさを感じていた。


 ミッシェルはその後もいろんなコーナーの本を見ていたが、頻繁にグレイブの方を見た。不思議に思いミッシェルに聞いてみると、「隣を歩くあなたの横顔がこんなに近くに見れて嬉しい」と言った。


 俺はミッシェルに恋焦がれた――。


 グレイブはミッシェルに自分の気持ちを伝えると唇を重ねた。


 それから何日かして会ったミッシェルは三つ編みをやめてセミロングになっていた。グレイブはミッシェルを見ると「すごく似合っているね」と伝えた。するとミッシェルは頬を赤らめて、照れながら笑顔を返した。


 またある時は、ようやく杖なしで歩けるようになったミッシェルを街中で見つけた。グレイブは嬉しそうに横に並ぶと声をかけてミッシェルの手を握った。


 その頃からミッシェルは目に見えて生き生きとし始めたように見えた。そんなある日、ミッシェルはもじもじと落ち着かない様子でグレイブを見つめた。


「あのね⋯⋯私、上手くはないけど歌を歌うのが好きなの」

「へぇ、いいじゃないか。聴かせてくれるのかい?」


 ミッシェルは自信のない頷きをすると、少し震える声で歌い始めた。こちらにも緊張が伝わってくる。それでもミッシェルは歌った。少しうわずった部分もある。それでも歌いきった。歌が終わる頃にミッシェルはグレイブを見つめてきた。


「いい歌だ」

「えっ⋯⋯」


「俺には響く歌だ。ミッシェルの歌が好きだよ。」


 グレイブはそう褒めたのに、ミッシェルはしきりに瞬きをしながら下を向いた。


「ありがとう⋯⋯」

「俺はありのままを言っただけだよ。また聞かせてくれる?」


 ミッシェルは目を潤ませながら頷いた。


 それから度々彼女は歌を聴かせてくれた。それは端から聴いたらすごく上手いわけではないのかもしれない。でもグレイブの為に歌ってくれる。その歌がグレイブの心に響かないわけはなかったのだ。


 ミッシェルは大学を卒業すると、小さな会社の事務の仕事が決まった。それを聞いた日にミッシェルは顔を真っ赤にしてグレイブにある事を聞いた。


「グレイブ⋯⋯私、あなたと結婚したい」


 グレイブは予想外な言葉に固まった。頭の整理が追いつかなかった。少し間をおいた後、グレイブはミッシェルに向かって自信のなさそうな顔を向けた。


「でも転生ポイントが貯まったら⋯⋯」

「転生ポイントはまだ全然貯まってないのよ」


 これまでも何回か転生ポイントについて聞いたが、ミッシェルは「まだ貯まっていないわ」と答えてきていたのだ。


 グレイブはまだ貯まっていないと聞いてちょっと安心した。


 だが、その日を境にグレイブは聞かなくなった。


 グレイブは怖くなったのだ。


 ミッシェルの転生ポイントが貯まって、いなくなってしまうことのほうが怖いと感じてしまったのだ。


 そして2人はすぐに2人で住む準備を始めて婚姻届を出しに行った。


 ミッシェルが結婚したいと言ってくれたとき、そんな人生もあるのかとグレイブは心底驚いた。自分が結婚するとは思っていなかったのだ。


 結婚してすぐに一緒に住み始めた。朝起きると目の前にミッシェルがいて、一緒に朝ごはんを食べる。今日はどこに行こうか、何をしようかって言える相手がいるって温かいものなんだなと感心していた。


 隣に誰かがいる人生って良いものなんだなと初めて思った。




 グレイブとミッシェルはカフェに行こうと言う話になった。公園の向かいにあるカフェだ。そして公園の出入口からグレイブたちが出ようとするとグレイブの足元を何かが転がる。


 グレイブは視界の端に転がるピンク色の何かを捉えた。黄色のゴムボールはグレイブを追い越していく。


 公園の外の歩道の先には道路がある。


「待ってー」


 高く拙い声がグレイブの耳に届いた。おそらくあのボールの持ち主だろう。グレイブは後ろを振り返って確認している暇はなかった。


 グレイブの中にある想いが身体を支配する。


 その男の子がこの先の人生で転生すると分かっていても、

“俺たちみたいに悩んで苦労して欲しくて欲しくてようやく授かった大事な子どもかもしれない。”


 グレイブはその想いが熱く煮えたぎり一歩前へと進む。ミッシェルはグレイブが聞こえていないかと思って、同じことを言ったが返答はなかった。


そこでようやくミッシェルはグレイブの異変に気がついた。


 グレイブがまた一歩進んでいく。ミッシェルが後ろを振り向いて横を通り過ぎる男の子を見る。グレイブの中にある想いは二分する。


(俺は何をやっているんだ)


 グレイブはもう一歩進む。男の子はグレイブの方に近づいていく。


(俺はこのままボールを無視して、ミッシェルのところに戻ればいいだろう!)


男の子を助けたい想いとミッシェルとこれからも生きたい想いはグレイブの心を二つに分かつ。


 ミッシェルは男の子の方に手を伸ばした。男の子の服を掴もうとしている。ミッシェルは手を握る。だが、指には男の子の服は引っかからなかった。ミッシェルの指は空振りのまま空を握る。


 ボールは歩道から道路へと出ようとする。そこへグレイブは膝を曲げ一気に踏み込むんだ。


 グレイブは右手をボールへと伸ばす。


 ミッシェルは右奥からトラックがグレイブの方へ近づいているのが見えた。目を見開いて、ミッシェルは叫ぶ。


 グレイブの耳にミッシェルの叫び声が届いた。視界の端にトラックを確認する。


 トラックはブレーキを踏み始めた。


 それと同時に男の子が歩道からグレイブの隣に出る。グレイブはボールを取ろうとした手を男の子の方へ回す。


(なんで俺は男の子を助けようとしたんだ⋯⋯まだ、俺はミッシェルと歩みたい人生が残っているんだ⋯⋯)


 トラックが重たい音だんだん高いけたたましい音に変わる。ブレーキを強く踏み込んでいるようだ。


 ミッシェルはグレイブの方を見て叫び続けている。グレイブにはなんと叫んでいるのか分からない。


 グレイブは強く男の子を抱きしめた。


 グレイブたちに子どもが出来て、同じ目に遭いそうになっていたらグレイブは同じことをするだろう。そう思ったら身体が勝手に動いていたんだ。


 トラックの気配が真横にある。


 グレイブは走馬灯を見た。


 結婚してしばらくした後、ミッシェルは緊張した面持ちでこう切り出した。


「子どもが欲しい」


 俺はまた驚いた。転生ポイントが溜まれば転生出来る世界だ。それを聞いただけで大変であろう”子どもが欲しい”と言ったんだ。


 グレイブたちは子どもを授かろうとした。だが、意外と出来ないものだ。


 1年が過ぎて病院に通い始める。


 病院に通い始めたならすぐに出来るだろう。2人は楽観的に考えていた。


 1回目⋯⋯


 2回目⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯3回目⋯⋯⋯⋯


 ミッシェルは回数を重ねるごとに涙が増えた。そしてグレイブはミッシェルを抱きしめることしか出来なかった。


 なぜ出来ないんだ。子どもってそんなに出来るのが難しいことなのか⋯⋯


 グレイブはそのあと本屋に行って何冊も関連本を探した。情報を集めた。


 それでも出来ない


 グレイブは辛抱強くミッシェルを励ました。リハビリで頑張ったミッシェルにはこれからもっといい人生がある、と。


 それを聞いたミッシェルは泣いていた。


 それでも病院を訪れるたびに医者は残念そうに首を横に振った。


 その度にグレイブはミッシェルを強く抱きしめた。


 そしてようやくミッシェルは子どものいない現実を受け止め前を向いて進み始めたのだ。


 その隣をグレイブは歩いていく。


 これからもっと、かけがえのない瞬間がたくさんあったはずだ⋯⋯ようやく、ようやくかけがえのない人生だと分かり始めて来たのに⋯⋯嫌だ⋯⋯俺は死にたくない⋯⋯君ともっと色んな話をしてたくさんの経験をして、おじいちゃんおばあちゃんになっても手を繋いで歩きたかった。



 俺はそこで意識が途切れた──。




 見慣れない天井が見える。


 これが死ぬということなのだろうか⋯⋯。


「ん⋯⋯」


 グレイブは身動みじろぎをした。すると目の前にミッシェルの顔が見えた。


 ミッシェルはグレイブを見ると顔を歪めてグレイブの胸に顔を擦り付けた。


「あぁ⋯⋯良かった⋯⋯」


 グレイブはそっとミッシェルの背中を優しく撫でた。


 それが落ち着くとミッシェルはグレイブに黄色のハンカチを渡してきた。


 グレイブはそれを受け取りながら見ていた。


「前世の王国ではフォーチュンデーっていう日があって国中にこの黄色のハンカチを結ぶの。国中が幸運になりますようにっていうおまじないみたいなものよ。そしてその日は黄色のハンカチを大切な人に渡すの⋯⋯幸運を運ぶハンカチ。これからはこのハンカチがあなたを守ってくれるわ。だから⋯⋯グレイブ⋯⋯もうどこにも行かないで⋯⋯」


 ミッシェルはグレイブにぎゅっと抱きついた。グレイブも抱きしめ返した。


「俺は⋯⋯あの子が俺たちみたいに切望して授かった子だったらって思って身体が勝手に動いたんだ。でも⋯⋯死を直面して⋯⋯死にたくないって、君とまだ生きたいって思ったんだ。ずっと隣にいて欲しい⋯⋯」


長い間2人は抱きしめ合っていた。





 その後、ミッシェルはグレイブがトラックに引かれた後のことを話始めた。


 グレイブが守った男の子は無事だったようで、その後再会した母親が何度も頭を下げていた。


 そして病室の入口にはトラックの運転手が青ざめて入ってきたが、グレイブの様子を見て安堵のため息をついた。


「実はこのトラックには2ヶ月前に発売したばかりの衝撃緩和の新素材が使われていまして⋯⋯」


 グレイブはたしかにトラックとぶつかったのだ。だが死ななかった。それば最新の衝撃緩和素材で作られた魔導具がトラックの正面に使われていたからだ。


 グレイブはトラックの運転手が必要な書類にサインをすると、ミッシェルはグレイブの伝板を渡して来て、「数日は検査入院だから、家で荷物をまとめて来る」と言って帰っていった。


 グレイブは伝板を起動させると、運転手から聞いた衝撃緩和の新素材を扱う“ニューマテリアルテック株式会社”を調べた。HP(ホームページ)が出てくる。法人向けの魔導具として“ニアリーゼロ”シリーズの中にその魔導具が載っていた。


 そのまま他の魔導具を見ると、この会社が軌道に乗り始めたきっかけになったのが、伝板に使われる衝撃緩和素材だった。今ではこの素材を使っていない伝板はないほど有名だった。


 グレイブは自分の命を救ってくれたこの魔導具を作ってくれた会社の社長にお礼を伝えたくて長々と手紙を書いた。


 気がつけば自分の身の上話も書いてしまった。


(あとで、身の上話の部分は抜き取ろう。今日はいろんなことがあって疲れた⋯⋯)


 グレイブが次に目を覚ましたのは次の日だった。ミッシェルがグレイブのベッドの隣に座っていた。グレイブが手紙の事を聞くとなんと投函してしまったそうだ。


 後の祭りだった。


 だが、そんな事は言ってられない。病院の検査がいくつも続き、慌ただしいまま退院となった。退院の当日、ミッシェルが手紙を持ってやってきた。


 なんとあの会社から返信が来たのだ。


 グレイブは急いで手紙を開けた。中を読んでみると丁寧な、しかし味のある字で何枚も便箋が書かれていた。


 それは自分の奥さんが交通事故で人形化ザドール化してしまったそうだ。その動かない奥さんを見続けて他の人にも同じ目に遭ってほしくない、その気持ちから会社を興したことも書かれてあった。もちろん、衝撃緩和素材を扱う今の会社だ。


 そしてその衝撃緩和素材の魔導具でグレイブが救えて本当に良かったこと。グレイブは読んでいて胸が熱くなった。そして封筒の後ろをちらりと見ると、この病院の近くだった。


 グレイブはダメ元でその会社に電話をかけた。受付の自動音声に従って番号を押していくと、秘書らしい人に繋がった。そして簡潔に手紙の事を伝えた。すると、電話を保留にされた。


 その後、直接社長と話すことになった。今日退院で病院名を伝えると、社長は「これから行ってもいいかい?」と聞いた。グレイブは二つ返事で了承した。


 グレイブは社長と会うと少し丸みを帯びたフェイスラインだが、背筋がピンと伸びている。穏やかな印象の人だった。


 まずはアイスブレイクだ。


 社長は勇者の端くれだったが、素材集めのほうが好きで素材を集めては合わせてみたり、売ったりして生計を立てていたようだ。


 グレイブは鍛冶屋の話をした。


 すると社長は何かを少し考えると、こう切り出した。


「実は今度ニューメタル部門を始めようと思っていてね⋯⋯」


 グレイブはピンと来なかったので詳細を聞いてみた。メタル──金属、生活のいたるところに使われている素材。ニューメタル部門とは新素材の開発、あるいはメタルと新素材を融合したハイブリッド素材を開発するとこらしい。


 社長はグレイブの鍛冶屋の話を聞いて、提案してきた。


 グレイブは死を直面して、この人生は1度きりしかないと実感した。そしてこの人生はミッシェルの隣で全力で生きると決めたのだ。


(俺はこの先全力で生きたい)


 グレイブは社長の人柄も気に入ったし、志も共感した。グレイブは自分の素直な気持ちを伝え入社を決めた。


 それから時間は弓矢のように早く過ぎていった。


 まず報告から、ミッシェルも同じ会社に入った。グレイブはこの会社を気に入ったので社長にミッシェルの事を話し、ミッシェルにも会社の事を話した。


 ちょうど管理部門に人が足りないというのでミッシェルも会社に入った。


 それから月日が流れてグレイブの開発した包丁は王室に納入が決まった。


 それと同時に会社はアベレージ市場の株式上場からこの国で一番大きいプレミアム市場への上場が決まった。


 それかれニューメタル部門の新素材が魔導具化秒読みとなった。


 ミッシェルは歌を歌うのが好きだった。

 僕の前ではいつもマイクを持ちながら楽しそうに歌っていたのだ。


 その趣味が高じて、なんとのど自慢という歌の大会に出ることになった。大会と言っても順位はない。鐘の回数だけなのだ。


 そこでグレイブは大会前日にマイクの首元に黄色のハンカチを結んだマイクを渡した。


「いつもの君が1番素敵だ」


 ミッシェルは嬉しそうにマイクを受け取った。


「ありがとう、あなたが近くにいるようだわ」



 ■



 大会では会社の管理部門のメンバー皆と社長とグレイブが応援に来ていた。管理部門は8人しかいないが、若い女の子はうちわを用意してきてくれた。


 ミッシェルの順番は真ん中くらいだ。


 大きい公園の野外ステージで、審査員が4人座っている。その人たちは著名人で順繰りに評価して鐘がいくつかを決めている。


 鐘が1つで肩を落とす人、鐘が2つで苦笑いする人、鐘が3つで鐘が流れるようになり大喜びする人、いろんな人の歌が終わった。


 ミッシェルの名前が呼ばれる。身体がカチコチになりながらグレイブが渡した黄色のハンカチが結ばれたマイクを握りしめている。


 司会者が軽快なタッチでミッシェルを紹介すると、ミッシェルは緊張で上手く返せなかった。


 そこで司会者は応援に来ているグレイブたちを手指しして会場を盛り上げる。


 歌う曲はグレイブがいつも聴いている曲だ。


 最初こそ少し声がうわずったが調子が出てきたようだ。声が伸びていく。サビにかかるといつもの調子になった。


 彼女の姿に緊張が薄らいでいくように見える。歌の楽しさを体現するかのように彼女の身体から歌を音に乗せていく。


 審査員には興味を示さないのか腕組みをしたり、頬杖をついたりしている人もいる。


 歌が終わるとミッシェルは頬を上気させて深々と頭を下げた。


 司会者は審査員の順番を確認して、少し躊躇しているように見えた。


 司会者は審査員の名前を呼んだ。


 音楽界の巨匠で強面の男の人だった。はっきり言ってミッシェルには歌の技術があるわけではなかった。


 ほんの僅かな時間だったが、長い間沈黙が流れたかのようにミッシェルもグレイブも感じた。


 その男は固く閉じた口を開いた。


「いいんじゃないの。まぁ、味があって俺は好きだけどな。それって鐘3ついいの?」


 司会者は一瞬固まったが大きく頭を上下に振っていた。


 他の審査員が目を丸くしてその男を見た。


 鐘が大きくなった。


 グレイブは思わず立ち上がって、ステージを駆け下りるとミッシェルを抱き上げた。


 その写真は次の日、地域新聞に載ったのでその写真をもらう写真立てに飾って玄関の一番見えるところに置いた。


 意外なことにその後、地方のイベントにもミッシェルは呼ばれるようになった。


 ミッシェルはとても嬉しそうだった。


 そしてグレイブはニューメタルの衝撃緩和素材が特許を取り商品化した。その後宇宙開発の部品素材にも取り上げられて会社はメディアに取り上げられた。


 そうして皺が顔や手にも刻まれた歳になっても2人は手を繋いで公園を歩いた。


 ベンチに腰掛けるとグレイブはミッシェルを見る。


「ミッシェル、いつもありがとう。人生って何度でもくるものだって思っていたけど、終わりがくるって分かってからの方が充実した人生だった。この人生はどんな人生よりもかけがえのない瞬間ばかりだった。その隣に居続けてくれてありがとう。いつまでもそばに居続けてくれてありがとう。⋯⋯最後に君の歌を聴かせてくれないか?」


「グレイブ、私の人生を明るく照らしてくれてありがとう。あなたがいたから歩けるようになったし、大好きだった歌をこんなに堂々と歌えるようになったの。今が一番大事よ⋯⋯。私の歌を聴いて⋯⋯」


 風とともに一緒に舞いながら優しく包むミッシェルの歌が心地よくて、時に盛り上がる旋律に心が温かくなるのを感じ、グレイブはミッシェルの手を強く握り続けた。


ずっと⋯⋯


ずっと⋯⋯⋯⋯






ーーーーー





  目の前には点のように見える大勢の人たち。


 そして全員の手には彼女のトレードカラーのピンクのサイリウムペンライトを持っている。

 中央にあるステージを囲むようにひしめき合っている人たちは夜空の星が一度に落ちたようにピンクの光を瞬かせている。その人たちが見ているのはただ一人。


 コニー・リーパー


 弱冠、18歳で国内外の様々な歌の賞を受賞する世界中で人気の歌姫だ。

 その彼女は可愛さとカッコ良さを体現したように左右で全く異なる姿をしている。


 右側にはベリーショートをさらに短くして髪の毛をワックスで立たせたライトブラウンの髪色に袖口に星のスタッズが付いた半袖、ショートパンツの襟足は少しダメージ加工されている。真っ黒に塗られた爪のある手でマイクを持つ。


 左側には黒のロングヘア―に半袖の上から左半分のみ革ジャンを着ている。そしてショートパンツを左半分のみ覆うように膝上まである赤いチェック柄の傘のように膨らんだスカート。トレードカラーであるピンク色に塗られた爪のある手を広げている。


 足元には細身の皮で出来た黒色のニーハイブーツを履いている。大きな目には何枚も重ねた黒のつけまつげをつけて、目尻の先まで長く伸びたアイラインがひかれている。


 彼女のすべての魅力を凝縮したかのような、真っ赤な口紅を塗った唇を大きく開けてファンに問いかける。


「楽しんでくれてる?」



 彼女の声はマイクを通すと、エコーで声が重なりながら、会場一体に大きく響いていく⋯⋯


 そしてその声の輪が会場全体を包んだ。


 彼女の声が全てのファンの耳に行き届くと、その何倍もの大きさで熱い返事が返ってくる。



 今日のライブも絶頂を迎え、ファンは狂ったような喜びようだ。


 彼女はじっくりとステージの上からファン1人1人を見るかのように時計回りに会場を見ていく。

 ”目が合った”と大騒ぎするファン、興奮しすぎて金切り声のような甲高い声をあげるファン、はしゃぎすぎて一人では立っていられないファン。


 彼女はそれを見て少し口角を上げた。


 そして彼女は左手をすっとあげた。


 それは魔法を使ったのかのように歓声の大波が一瞬で凪いだ。


「最後の歌、行くよ」


 ファンはもう何が起こるのか分かっていた。

 コニーは最後にいつも同じ曲を歌う。


 それまでのアップテンポな曲や、ギターやドラムと喧嘩するようなロックな歌でもない。


 その個性を体現したかのような彼女が最後に歌うのは『ラブソング』だ。


 ファンの間ではこれが一体誰のことなのかということについて、いつも議論になる。

 だが、その結論に辿り着いた者はいない。


 彼女は左のポケットから黄色のハンカチを取り出した。

 そしてマイクの首元を結んで飾る。


 それが合図となってまばゆいサイリウムペンライトはパラパラと光を失い始めて、最後には真っ暗になった。それはまるで闇に包まれた海の中にいるようだった。


 その海ははたして


 悲しみの果ての海だろうか⋯⋯


 救いの海だろうか⋯⋯


 そしてファンの手にも黄色のハンカチが握られている。これから何が起こるのを分かっているファンはすでに目元にハンカチを添えている。


 彼女はピアノを一瞥した。


 するとピアノの旋律が始まる。彼女は静かに息を吸い込むと、胸に詰まった想いを紡いで歌に乗せる。



 コニーの頭にはグレイブのことが思い出されてゆく



 人生なんて気の向くままに進めばいい

 次があるからまた今度

 そう思っていたのに

 隣にやって来たあなたは

 この人生は一度きりしか来ないと言った


 ただの確率の重なり合いだと思って

 諦めていたのに

 あなたが真剣な目を向けるから

 私も真剣な目を向けてみたの


 ただ、それだけ


 そう思ったのに

 あなたに真剣な目を

 向けられれば向けられるほど

 期待に応えたいって思ったの

 あなたのまぶしい笑顔を見た時から

 私だけに向けられた

 笑顔を見せ続けてほしい

 そう強く思ったの


 いつしかあなたに宛てた

 貼り付けの真剣な顔は本物となり

 私は目の前のことに目を向けた

 あなたの瞳に少しでも長く

 私の姿を映し続けてほしい

 そう強く願ったの


 あなたはいつも些細なことに気が付いて

 それをあなたは私に伝えるの

 髪を切っただけなのに気付いてくれた

 それだけのことが

 こんなに嬉しいなんて知らなかった


 街中で偶然会っただけなのに

 当たり前のように隣へ来ると

 手を重ねて一緒に歩いてくれたね


 歌うのが大好きだったけど

 ずっと言えなかった

 思い切って歌った私の拙い歌声は

 緊張して上ずっていたのに

 優しい声で

 僕には響く歌声だよって言ってくれた


 私は目が滲んでもっと声が上ずったけど

 私を優しく包んでくれる

 あなたのまなざしの目の前で

 大好きな歌をずっと歌っていたいの


 あなたの目の前も隣も

 私にとってはずっと居たい特別な場所


 このまま時を止めて永遠に


 心から

 身体中から

 その願いが溢れてくる


 あなたが目の前からいなくなって

 それでも私はあなたを探し続けてしまう


 この歌声を道しるべに


 どうか⋯⋯


 どうか⋯⋯


 もし願いが叶うなら

 この道しるべを伝って

 私に巡り合ってほしいの



 そんな日が来るのをここで待つの



 あなたが迷わないように



 私は歌い続けて



 ここに残すの

最後までお読みいただきありがとうございました!

毎度のことではありますが、誤字・脱字があればご連絡下さい!


また、短編の内容を加筆修正しながら【オムニバス連載版】も始めました。良かったら連載版も読んで下さると嬉しいです!

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