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第10話

「サーチェス?」


黒髪の青年はゆっくりと目を開けた。

「傷はどう?痛む?」

目の前で瞳を曇らす、2度と見られないと思った姿。


「…いえ…」

いまだ自分が生きている事が信じられずに、サーチェスは体を見回した。

腹部にはしっかりと包帯が巻かれている。

「彼は…?」

「もう行ったわ。お別れを言ったの。謝ったわ。そうしたらルーセル様、初めて私に笑いかけてくれたの」

「……そう、ですか」

どうやら彼が知らない間に、すべてが終わっていたようだ。

けれども姫が笑っている。

それだけで、彼にとっては満足だ。


いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべて、サーチェスは目を閉じる。

「私って、ルーセル様の何を見てたのかしら。あんな風に笑う人だって知らなかった」

サーチェスはふわりと微笑んだ。

「アシューレ」

姫はかすかに驚いて目を見開いたが、すぐに満面に笑みを浮かべる。

こんな風に優しく名を呼ばれるのは、一体どれくらいぶりだろう。

「なに?」

「ひとつだけ、言えなかった事があります。死にそうになった時に」

「え?」

死という言葉に、アシューレの顔に不安の影が降りる。

サーチェスはふっと目を細めた。


愛おしそうに。






アンは自室のベットの上に仰向けに寝ていた。

もうメイド服は脱ぎ、私服になってる。同室のユーリはまだ仕事中だ。


自分がどんな状態なのか、彼女自身よくわかっていなかった。


ルーセルに会うのが怖い。


彼の事を考えるだけで冷や汗が出てくるし、気持ち悪くなる。血や刃物もそうだ。

自分が自分でいられなくなる感じ。


昔、ルーセルを挑発して、それに対して彼が自分を刺した事。

1度は忘れていたが、思い出してからは忘れた事はない。

もう乗り越えたと思っていた。

あの夢だって深い意味はないと。


けれどギルが言うには、アンはトラウマを抱えているそうだ。

まだ気持ちの整理がついていない事が、青年が刺された事をきっかけに吹き出してしまったんだと。


病気とも違う。

心の問題だと言われた。



結局なすすべはないと言われ、悶々としながらもいつも通りのメイドの仕事を続けている。



コンコン。


遠慮がちなノックの音に、アンは慌ててベットから飛び起きた。

小走りでドアに近づく。

「はい?」

ドアを開けて、そのままそこに固まった。

「少しいいかな?」

そこに立っていたのが、国王夫妻だったからだ。



部屋はあまり広くなく、両端にベット、真ん中にいすとテーブルがある。

こんな所に国王を座らせていいのだろうか、と思いながらも、そこしかないので仕方なくいすを勧める。

「調子はどうかな?旅の疲れは残ってないか?」

「はい、もう大丈夫です」

国王もアンの状態を知っているのだろう、気遣わしげに尋ねられた。

王は頷くと、いすを引いた。

「実はな、アン。今日は、頼みがあって来たんだ」

座るなり、彼は固い顔で切り出した。

ルーセルの事ではないらしい。

「私にですか…?」

一国の国王が、メイドに何の頼みがあると言うのだろう。


「ああ、実は…マクレード殿を、覚えているか?」

「マクレード…?」

完璧に沈黙してしまうアンに、エレノアが助け舟を出す。

「パーティーで会ったはずなんだけど」

「…ああ!」

ようやくアンは赤髪の青年を思い出した。楽しくダンスを踊った事を。

「彼の本名を知っているか?」

「いいえ…」


「マクレード・ヘット・イーレス。イーレス国の国王だ」

「………」

ぽかん、とアンは口を開けた。

「あの人がですか!?」

思わず叫んでしまってから、国王夫妻の前である事を思い出す。

「す、すみません…」

小さくなるアンに、エレノアが笑ってくれる。

「ふふ、いいのよ」

国王の表情も和らいだ。

「それでだな、彼が、お前に会いたいと言ってきたのだ。正確に言うと、会わせたい人がいると」

「え?」

それがどういう事なのか、アンにはよくわからなかった。

「つまり両親に紹介したいという事なのだろう。つまり、求婚だ」

「きゅ…」

求婚!!??

「どうだろうか?」

「ど…」


どうと言われても。


あまりに突然過ぎて、頭がついて行かなかった。

「…正直な事を言うとだ、我々は、彼の頼みを断れないのだ。イーレス国は大きすぎる」

「………」

「だがな、アン。お前を、国同士のごたごたに巻き込みたくは無い。お前は普通の生活をして、幸せに生きるべきだと思っている」

「あなたには幸せになって欲しいのよ」

アンは言葉を失った。

「本当はこの話はお前がもう少し大人になったらするつもりだったのだが…私達は、お前の任を解こうと思うんだ。お前が望むなら、街で暮らすといい。住む所は見つけよう。金も、そう多くはないが用意出来るだろう。お前は…自由になっていいんだ」

「そんな…私は別に…ここにいるのが嫌だなんて…」

混乱する頭でアンは言った。


「それはわかってるわ、アン。でも、あなたは自分から望んでここにいる訳じゃない。それに、この王宮以外での暮らしを知らないじゃない。そんなの勿体ないわ」

「私達は、お前を本当の娘のように思っている、アン。……だからお前が望むようにしたらいい」

そう言って、2人は黙った。

アンの答えを待っているのがわかる。


でも、アンは何と言っていいのかわからなかった。

突然見捨てられたような寂しさ。1人で生きる事への不安。娘と言われた喜び。

その全てがごっちゃになって、アンの胸中で渦巻いていた。

「だって……イーレス国王の誘いを断るなんて出来ないって…」

ようやく口に出した声は、どこか硬い。

国王はふっと微笑を浮かべた。

「その言い訳はどうとでもつく。例えば故郷に帰ったとか、結婚したとか、いろいろとな」

「…でも…」

イーレス国。大陸1番の領土を持つ大国だ。


娘だと言ってくれた国王。

国の為に何かをするべきだと言ったルーセル。

「私…行きます」

「アン!!」

エレノアが悲鳴のような声を上げた。

国王は幼子に言い聞かせるように語る。

「アン…言っただろう?お前が義務感を感じる必要はないんだ」

アンはさっきよりも明るい顔で王に向かって首を振った。

「いいえ。…私は、恩返しがしたいんです。私をここまで育ててくれた事に対する、恩返しが」

王の顔に怒りの色が浮かぶ。

「アン。投げやりになるんじゃ…」

「なってません」

アンは笑った。

「私は…行ってみたいんです。イーレスに。私はやっぱり世界が狭くて、この城の外を知りません。だから、他の世界の事を知りたいんです」


「でもねアン。わかってるの?これは求婚なのよ?」

アンは大きく頷いた。

「そんな大きな国の王様が、本気でメイドと結婚しようと思うはずがないです」

エレノアはまだ何か言いたげに口を開こうとしたが、結局何と言えばいいかわからずに口を閉じる。

「まあ、お前がそこまで言うなら…」

「あなた!」

エレノアがきつく夫を睨む。これでは当初の目的とは違う結果になってしまうではないか。


「…ルーセルとも、しばらく離れていたいし」

アンの言葉に、2人は視線を合わせたまま固まった。

「お互いに、その方がいいと思うんです」

アンの言葉は冷静だった。

しっかり自分で考えて、そして出した答えなのだ。


「…わかったわ」

エレノアが、負けを認めた。

でも、と言い置いて、ぐっとアンに顔を近づける。

「簡単に、結婚するって決めちゃだめよ?相手に返事する前に、まず私に相談しなさい」

アンは苦笑する。

「言い寄られても、ガードは堅くね?あ、いっその事護衛としてリアでも連れて行きなさい」

「大丈夫ですよ」

「……そんなのわからないじゃない」

アンは物事をよくわかっている。

わかってはいるが、自分の魅力だけは、全然わかっていないのだから。

「じゃあ、あちらにはそう返事を出す。…いいんだな?」

「はい」

「わかった。…出発はまだ先になるだろう。考えが変わったら、いつでも言ってくれ」

エレノアを立たせて、国王は静かに部屋を出て行った。




「いつまでも子供だと思っていたけど…」

エレノアは呟いた。

「ああ、大人になったな。…知らぬ間に」

王が寂しそうに呟く。

「…ルーセルには、本当に何も言わなくていいのかしら」

「ああ」

不安げな妻の声に、王は力強く頷く。

「あいつも大人になるべきだ。…2人は今は離れた方がいい」

「そんな事わかってるわ。でも、これは縁談なのよ…?」

「いいじゃないか。アンだってもう大人だ。結婚するしないは、自分の意思で決めればいい」

「じゃああなたは、アンが結婚してもいいって言うの?」

その瞳は、信じられない、と言いたげに夫に向けられる。

「それはそれでいいだろう」

王の方は妻がこんなに怒る理由がわからず、困惑した様子だ。

「私達だって、最初は政略的に会ったんだし……」

「そうね」

はぁ、とエレノアは大きくため息をついた。

「心配するな」

王はにやりと笑ってみせる。

「どうしてもと言われても、そう間単にアンはやらん」

王妃は驚いた顔で夫を見つめ、それから安心したようににっこりと笑った。




再びベットに寝転んだアンは、ほうっと大きく息をついた。

さっきの会話を思い出す。


その場の思い付きで答えてしまったけれど、その通りだ。

自分は王に恩返しがしたい。するべきだ。

そしてルーセルとも離れていたい。

考えれば考えるほど、それが1番大きな理由に思えた。

でもこれはまるで――……


「逃げるの?」

アンは驚いてベットから身を起こした。

見れば、ドアを開けユーリが立っている。

「いつから…」

アンの呟きには答えず、ユーリは険しい顔のままドアを閉めた。

「ねぇ…あんた自分が何してるかわかってるの?逃げてるのよ?」

「…………」

アンは下を向き唇を噛んだ。

そう、自分はルーセルから逃げているのだ。

そんな事、言われなくたってわかってる。

「だって……」

目頭が熱くなる。でも今泣いてはだめだ。

「だって傍にいられないんだもん。近くにいると怖くて、どうしていいかわかんなくなる。…離れる時間が、必要なんだよ…」

ルーセルの傍にいるのが苦しい。そしてそんなアンを見て、悲しむルーセルを見るのが苦しい。

最近はもう姿を見る事すらなくなった。

でもそれも、彼が気を遣っているからだとわかる。

離れていても、苦しいだけだ。


今度黙り込むのはユーリの番だった。

気まずそうにアンに背を向ける。

「…ごめん。そうだよね。1番辛いのはアンだよね。ごめん今のは…忘れて」 それから、慰めるように付け足した。

「逃げる事だって、悪い事じゃないわよ。時には必要よね」

服を脱ぎながら、ユーリは明るい声で続ける。

「それにしてもすごくない?今度は一国の王様に見初められたの?」

話さないのが1番いいと決めたようだ。

アンも合わせて笑顔を浮かべてみせた。

嘘でもいいから、笑いたい。

「ただ会わないかって言われただけだよ」

「それだけでも十分過ぎるほどすごいわよ!」

振り向いたユーリが、信じられない、という顔をした。

アンが立ち上がり紅茶の用意を始めると、すかさず口を開く。

「あたしキャラメル」

「はいはい」

入れたての紅茶をはさんで、アンとユーリはいすに座った。


「………アン」

「ん?」

顔を上げずにアンは答えた。

ユーリの声には、さっきまでの勢いがなかった。

「断れないから……仕方なく行くの?」

「違うよ」

「誰にも言わないから、本当の事言って?ほら、人に話すと、楽になるじゃない」

アンはカップを手に持って、視線を落とす。

「本当に、違う…。かは、わかんないんだよね、本当は。ルーセルと離れてたいってのが1番で、それにはイーレスに行くのが丁度いい機会だったってだけ」

「そっか。じゃあ、ちゃんと戻ってくるんでしょ?」

「当たり前じゃん。大体一国の王様がメイドと結婚するはずないし」

「いや、それはわかんないでしょう?国王が望めば周りも止められないだろうし…」

「えー?ユーリの言う事はさぁ…」



いつの間にか話は脱線し、とりとめのない話題になっていく。


アンはその夜、久しぶりに落ち着いた気持ちで眠りについた。


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