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取り巻き令嬢たちのメタモルフォーゼ

取り巻き令嬢ローズの選択と幸せ

作者: 城壁ミラノ

 ああ、忙しいですわ。


 今日は、カミル・クラウザー子爵様のお誕生日をお祝いにお出かけ。


 もちろん、とりまきの一人として参加。


 皆様と同じ流行りのドレスを着て、皆様と同じ声のトーンとほどよい笑顔で。


「お誕生日おめでとうございます〜」


「ありがとう、皆さん。とても幸せな一日になりそうです」


 嬉しそうで優しそうな微笑みを浮かべるクラウザー子爵。


 お誕生日会などは、こちらまで幸せになりますわぁ。


 ケーキも楽しみですわ〜。


 その前に、主役の子爵は素敵な方で、私だけでなく皆様目が離せないご様子。

 なんでも、今は子爵だけど、お父様の跡を継ぎ伯爵になるのは決まっていらして、お父様は国の開発事業に関わる他、この辺りだけでなく国中に領地を広げているとか。

 他にも、クラウザー家お抱えのデザイナー達が発行する「最新の流行がわかる。失敗しない!ドレスアップマガジン」には大変お世話になっていますわ。

 そのように手広くご活躍されているので、以前、身内の不祥事で取り上げられていたクラウザーの家名を陛下から返していただいた名誉なお方だとか。


 子爵もお父様の補佐として既に華々しい活躍をしていると評判で、ご両親の美貌まで受け継いでいらして、そばで見るとますます見惚れてしまいますわ〜。

 それに、子爵のお父様はお母様とご結婚なさってから運が向いてきたそうで、愛妻家で有名でもあり。

 子爵も愛妻家になってくれるはずと、とりまきの間で評判ですわ。


 子爵となら、きっと特別なヒロインになれますわね。

 ……でも、私では身分が違いますわ。

 ……身分が違うなら、無理に結ばれなくてもいいですわ。


 かといって、下手に後ろにさがったりしては悪目立ちしてしまうから。

 このままのポジションで、ほどよい笑顔でいましょう。


「今日の子爵様は、いつも以上に素敵ですわ〜!」


「素敵ですわ〜!」


 あら、皆様、結構グイグイ前に出ますわね。


 子爵は、戸惑いながらも目が離せないご様子。

 なんだか、微笑ましいですわ。

 前に出たどなたかと、お幸せになってほしいですわぁ。


 皆様を見守りつつ、お誕生日会を楽しみましょう。


 ケーキを食べていると、とりまきの中でも「エキスパート」と陰で称されているフレイ様とふたりきりに。


「あなたは、前に出ませんの?」


「ええ、私は……、フレイ様こそ」


 とりまきの中で、いつも通り振る舞っていたのは私達だけ。

 フレイ様は、もじもじなさり、


「ええ、私、実は、ルリエール男爵から婚約のお話をいただいてますの」


「まぁ、そうでしたの」


 頬を染めるフレイ様、可愛らしいですわ〜。

 これが、ヒロインですのね。


「おめでとうございます」


「ありがとうございます。正式に決まるまで、皆様にはまだ内緒にしてね」


「はいっ」


 お幸せそうなフレイ様。

 ご自分と同じ男爵家の方と。きっと、私のお母様のように、ささやかだけれど平和な幸せを手に入れるのでしょう。

 羨ましいですわ〜。


 子爵との幸せにも惹かれるけど、フレイ様の幸せにも惹かれますわぁ。


 そんな揺れる気分で家に帰ると、幸せそうなお母様が出迎えてくれて、やっぱり、後者の気持ちが強くなり。


「お母様、私、皆様のように前に出ることができませんでしたわ……」


「そう、それにしては、後悔してないお顔をしていますわね」


「はい。私はやっぱり、お母様のような結婚をしたいですから」


「あら、嬉しいわ〜」


 ほがらかに笑うお母様。


「ローズも、素敵な方に見つけていただけるといいわね」


「はい」


 穏やかな気持ちになって過ごしていると、クラウザー子爵のご結婚の知らせが。

 お幸せにと祝福しながらも、なんだか少し憂鬱になっていると、


「ローズ、デイジーから手紙よ。庭の花が見頃になったから、遊びに来ないかって」


「行きますわぁっ」


 デイジー叔母様は、国の英雄と呼ばれる叔父様とご結婚して特別なヒロインになられた方。

 ご婚約前、叔父様には悪い噂ばかり流れていて、それを恐れずに辺境の地へ向かった方。

 そのお話を聞いた時は、叔母様のようになりたい気持ちが湧きましたわ。

 お母様も「ローズも、デイジーのようになれるかもしれない」とおっしゃってくださって、気になる方ができたら例え身分違いでも迷わず相談なさいともおっしゃってくださっている。

 それに、とりまきの中で目立ちたいなら、後ろにさがったり反対に前に出たりした方がいいとアドバイスもくださって。

 私はそれを聞いて反対に、いつものほどよいポジションをキープして目立たないようにしていますの。


 やっぱり、私は叔母様のような特別なヒロインよりお母様のような、ほどよいヒロインに惹かれますから。


 お母様は叔母様のようになってほしい思いもあるようだけど。けれど、私の名前をローズかヴァイオレットで悩んだと言うし。

 「特別なヒロイン」と「ほどよいヒロイン」観を授けてくれて、自分の行き先を見極めるのに重宝していますわ。

 こんな風に二つの道を示してくださるお母様だからこそ、最終的には、私の選んだ道をわかってくれるはず。


 お父様はいつも「ローズの意思を尊重するよ」と、微笑んでくださり。優しくて大好きですわ〜。

 できれば、お父様のような優しい方と出会いたい。


 だけど、


 従弟のランドルフを前にすると……


「久しぶり。ローズ」


「お久しぶりですわね、ランドルフ」


 ランドルフはさわやかな笑顔の持ち主で。


 英雄と呼ばれる叔父様のプレッシャーに潰れることなく、国境を防衛するという重要な任務を背負う辺境伯を継ぐために、日々勉学と戦闘訓練に励んでいる。

 そのため、叔父様に似て凛々しい美貌と逞しい体つきをしていらして、都の殿方とは違う魅力がある。


 花々が咲き誇るお庭も、自然と調和して見たこともない美しい景色がひろがっていて。


 ランドルフと結婚すれば、都の暮らしとは違う特別な幸せが訪れるのでしょうね。


 ああ、また、揺れはじめてしまいましたわ。


 私は、私は……


「どうした? 悩み事か?」


 あ、つい、頭を抱えてしまいましたわ。

 この際、ランドルフに相談しましょう。


「ええ、私もそろそろ結婚を考える歳になりましたから。どんな方と結ばれるべきかと思って……」


「ローズなら、どんな人とも上手くやれるよ」


 ニッコリ笑って言い切ってくれるなんて、自信が湧いてきますわぁ。


「ありがとう、そうだといいけど」


 ランドルフは今度は真面目な顔になり、


「肝心なのは、相手だな。例えば、どんな人と結ばれたい?」


「それが、デイジー叔母様のように思い切って身分違いの方と結ばれるのも憧れるけれど……お母様のように身分相応な方とささやかに結ばれたいとも思って、揺れていますの」


「そうか、確かに、ふたりは全く違う結婚をしているから、見比べると迷うよな。私も、父上と母上を見ると憧れるけど、ローズの家に行くと伯母上と伯父上の仲睦まじさに憧れるよ。居心地も良くて、つい長居してしまうしさ」


「そう言っていただけると、また気持ちが傾きますわ。私、やっぱり、身分相応な方が現れるのを待とうかしら」


「待つだけでいいのか? この辺の近い身分の人を集めて、お茶会でも開こうか?」


「えっ、ええ、それは、ありがたいですけど…」


「遠慮なく、任せてくれ」


「頼もしいですわ。だけど、私、お母様がお父様に見つけていただいたように、自然に振る舞う私をどなたかに見つけていただきたいの」


 ここまで誰かに胸の内を正直に話したのは初めてで、頬が赤くなっていくのがわかる。

 両手で頬を隠すと、やっぱりランドルフに笑われてしまったけれど、


「わかった。ローズならいつものままで充分魅力的だよ。良い人と結ばれるように祈っている」


 そう励ましてくれて、このまま待ち続ける勇気も湧いてきましたわ。


 家に帰り、ランドルフの良い出会いもお祈りしていると、お城から舞踏会の招待状が。


 舞踏会は一番の出会いの場。


 私も皆様もこんな時は、流行りのドレスに特別自分の好みや意中の方の好みを取り入れて、ほどよい声のトーンと笑顔の中にも興奮が見え隠れしてしまう。


 舞踏会には、ランドルフと共に向かうことになり。

 高い天井から連なる金のシャンデリアの明かりが、華やかな皆様を照らし出す荘厳でいて華やかな舞踏会場に到着。


 最初のワルツの相手はランドルフ。

 緊張していた心と体が、楽しくほぐれていきますわぁ。


「楽しかった、ありがとう。ローズ」


「私もですわぁ」


 火照る体を冷ましながら、しばし踊る皆様を見ていると。

 凄い視線を感じますわ。

 振り返ると、少し離れたところからご令嬢達がこちらというかランドルフを見ていらして彼も気づき、


「少し、お相手をしてくるよ。ローズの次の相手は良い人だといいな。健闘を祈っている」


「ええ、ランドルフの健闘も祈っていますわ。良い人を見つけてね」


 小声で励まし合うと、ランドルフは人混みに消えてしまった。


 ランドルフなら引く手数多ですわね。

 やっぱり、羨ましいですわ。

 私は一人になってしまいましたわ。

 次は、どんな方が誘ってくださるのかしら?

 誘って、くださるのかしら……? このまま、壁の花になってしまうのでは……


 ドキドキしてきたところ、目の前に殿方の手が差し出されて思わず目を疑いましたわ。


 顔を上げてお相手を見ると、またまた目を疑いましたわ。


「一人なら、私と踊っていただけるか?」


 自信に満ちた声と微笑み。


 この方は間違いなく、ハロルド・アキレウス伯爵様。


 こんな、身分違いの私を誘ってくださるなんて……!?


 からかっているだけ?


 でも……


 震える手を差し出そうか迷っていると、


「待ってください! 私と先に踊っていただけませんか?」


 勢いよく手を差し出して来た方が……!


 この方は確か、ノア・セバス男爵様。


「なんだ、君は」


 ムッとされたようなアキレウス伯爵に睨まれて、セバス男爵は少し肩を震わせたけれど、そのお顔は譲らない意思に満ちて私を見つめたまま。


 差し出された二つの手に目を移すと、動けなくなってしまった。


 どちらの手を取るべきですの?

 最初に手を差し伸べてくださったアキレウス伯爵?


 もう一度、お顔を見る。

 アキレウス伯爵は由緒正しい家柄のお生まれで、ご自身も将来有望と評判の方。

 かきあげた金髪は魅力的で、見惚れてしまう美貌のお方。

 微笑みからも先程と変わらず、自信が見えますわ。

 この手を取らなかったら、もう二度とお近づきにはなれませんわ、きっと……


 セバス男爵は堅実なお家柄とは聞きましたが、特にこれといった評判も聞きませんし。

 アキレウス様と同じ金髪でも、綺麗に梳いたまま目立たない印象で、お顔はほどほどで美貌でもありません。背丈が同じだけに違いがよくわかりますわ。

 今まで何度かお会いしましたし、これからも何度もお会いできるでしょう。

 微笑みは不安そうで優しそうで……


 震える手が、答えを求めていますわ。


 これは、選択の時!


 特別なヒロインか、ほどよいヒロインか。


 私は、やっぱり――!


「不愉快だ!」


 セバス男爵の手を取り微笑みを交すと、アキレウス伯爵が恐い顔になられて、


「先に誘った私ではなく、彼を選ぶ正当な理由を聞かせていただこうか?」


「ヒッ、その」


 恐怖にまごついていると、周りの方々も息を呑んでこちらを向き場がしんとする中、


「待ってください。横から手を出した私が悪いのです。ご気分を害されたなら、私がお相手します」


 セバス男爵が体を張って庇ってくださいました。


 その肩はまた震えていて、けれど、なんと頼もしいのでしょう。

 体を寄せると、勇気が湧いてきましたわ。


「お許しください、伯爵様! 私、特別なヒロインより……男爵のままでヒロインになりたいのです」


「ヒロイン?」


 アキレウス伯爵は片眉を上げて首をかしげ、


「よく、わかった……男爵のままで踊りたいとは身分を(わきま)えた心の持ち主だ。フン、好きなだけ踊るがいい、邪魔はしない」


 アキレウス伯爵は私の言い分にあきれたのか、その場を離れていかれた。


 ほっとした私達の周りに、とりまきの皆様が集まって来て、


「ローズ様ったら、ヒヤヒヤしましたわ」


「ええ、それに、アキレウス伯爵様のお誘いを断るなんてあきれましたわよ」


「ごめんあそばせ。ですが、私はセバス男爵様と踊りたかったのです」


 キッパリと言い切ると、気分がすっきりして笑みが出てきましたわ。

 セバス男爵を見ると、笑顔を交わすことができました。


「セバス男爵様、 勇敢な方ねぇ」


「ええ、素敵でしたわ、セバス様」


 皆様につつかれるようにされて、セバス男爵は照れていらして、私はなんだか誇らしいですわ。


「それにしても、アキレウス伯爵様はプライドの高い方ね」


 皆様、恐々と遠くでお酒を飲むアキレウス伯爵に視線を向けたので、つられて私も。気になりますわ。


「伯爵の態度としては当然ですよ。無謀な真似をした私が悪いのです」


 フォローとお詫びをするセバス男爵に、皆様納得されたようで。


「そう、恐い方ではないなら、伯爵様のところへ行こうかしら?」


「私も行ってみましょう」


「私達で伯爵様のご機嫌を取りますわ。心置きなくダンスを楽しまれてね」


 そう笑顔をくださった皆様は、アキレウス伯爵の元へ向かわれ、とりまかれたアキレウス伯爵は少し戸惑っていらっしゃるようですが、自信に満ちた微笑みを取り戻されたご様子。


 ありがとうございます、皆様。


 では、お言葉に甘えて、私は一足先にダンスを楽しみますね。


「セバス様」


 再び手を差し出すと、セバス男爵はギュッと握ってくださり、


「ノアと呼んでください。先程はすまなかった、怖い思いをさせて」


「いいえ、庇ってくださってありがとうございました。頼もしかったですわぁ。でも、危ないところでしたわね」


「もう二度と、あんなことはできないだろうし、しないと誓うよ。さっきは、アキレウス伯爵と先に踊られたらもう敵わないと思い、夢中で勝負に出たんだ」


「ノア様……それほど私のことを?」


「何度か、挨拶を交わしたね。その時から、穏やかで優しい人だなと思っていたんだ。そして、先程ご従弟と踊る楽しそうなあなたを見て、私とも踊ってほしいと思ったんだ」


 まぁっ、私にも、見ていてくれた方がいたのですね。


「喜んで、踊りますわ〜」




 踊る最中、ノア様は絶えず優しい微笑みをくださる。

 私をリードする手も身のこなしも柔らかく、安心して身を任せて踊れますわ。


「ありがとう、私と踊りたいと言ってくれて。とても嬉しいです」


「私、ノア様のような方をお待ちしていましたの。私の方こそ、とっても嬉しいですわ」


「私のような男を待っていた? それは、本当?」


「はい、ずっと、待っていましたわ〜」


 とびっきりの笑顔を見せると、ノア様も同じくらいの笑顔を見せてくださり、


「では、気が早いけれど、また踊ってくれますか? これからも、私と」


「ええ、喜んで!」


 会場の光を受けて輝くノア様以外、なにも見えなくなって。


 そして、ノア様の目に映るのは私だけ。


 私、今、ヒロインになっていますわ。


 ノア様となら、いつまでも楽しく踊れて、ささやかだけど平和な幸せが訪れそうですわ〜。



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