第四話 少女の依頼
エレンの森を脱出したギルとリナは、待ち望んでいた人里に出ることが出来た・・
緊迫した雰囲気から逃れた二人は、隠れていた疲れがどっとくる
しかし、村に行く途中でごろつきの冒険者に絡まれる。
冒険者の狙いはギルと共に行動するリナだった、ギルはリナを守るために立ち向かう
相手が二人で来ても後れを取らないギルは一流の剣士だった。
しかし、疲労が蓄積しているギルは段々と苦しくなっていき危険な状態だった
自分に何かできないか、リナは経験したことない対人戦に戸惑いを隠せなかった
ギルと今後旅をするなら、乗り越えないといけない壁である。
迷いの末、意を決した少女が出した行動は・・
真っ赤に染まる空、所々に浮かぶ雲が夕焼けに照らされて黄金色に輝く。湖の水面は鏡のように映し出された空と重りつつも淡く光り、深く生い茂る木々は紅蓮のように燃え盛る。
そよ風が大地の草原をなびかせ、自然が奏でるそれは幻想的と言っても過言ではないだろうか。しかし、そんな空間に似つかわしくない戦慄が無造作に響き渡る。
ガキンッ!キンッ!バシュッ!
通りかかる人々がざわめき戸惑う、心配そうに見つめる彼らの目の前にあるのは一人の少女と死闘を繰り広げてる3人の男たちだった。
「くそっ!いい加減に倒れやがれ!」
「おい、照準が合わないだろ!射程内に入るな!」
「うるせぇ!さっさと射貫きやがれや!」
顔に汗を滲ませながら罵声を上げる剣士と狙いづらそうに弓を引き続ける男が苛立ちを見せてる。ギルは剣士を巧く盾にしながら弓使いの射程に入らないように奮戦している。
何合打ち合ったかなんてわからない程、剣を交えた二人が一旦距離を置いた。両者は息を切らせながら顔に汗を滲ませていた、弓使いの矢も残り数本となって睨み合う。
そんな時、両者の間から中程度の爆発が発生した。辺りは騒然とし、ギルも相手も唖然としながらその場で固まる。
「何だこれは!?何が起きたんだ!」
「わからん!新手の攻撃なのか!?」
爆風で土煙が舞い、剣士と弓使いが動揺しながら辺りを見回した。ギルも周りを警戒しながらリナを庇うように剣を構える。
「大丈夫ですよ」
ギルの後ろで女の子の声がした、ギルが振り向くとリナは笑みを浮かべながらブイサインを出していた。その様子を見たギルがさっきの爆発を察した。
「もしかして、リナさんがやったのか?」
「はい、ちょっと脅かしてやりました」
冒険者二人は未だに混乱しながら辺りを見回して喚いていた、次第に舞い上がる煙が晴れてくと周りの視界がはっきりしてきた、二人の冒険者は身構える。
しかし、目の前に居るのがギルとリナだけという状況に二人は首を傾げた。あの爆風の主は誰だったのか、周りを通りかかる旅人や商人が出したとは思えなかった。
「さっきの爆発は何なんだ?お前がやったのか!?」
剣士がさっきの爆発はギルの仕業だと思い込んで問いただした、後ろの弓使いも弓を下に向けながら警戒している。ギルは剣を構えながら微動だにせず冒険者を睨む、相手の問いかけを無視する構えだった。
さっきの爆発が何なのかわからない限り、相手は迂闊に攻撃も出来ないから両者の睨み合いが始まった。爆発した所はクレーターが出来ていて、その威力がどれほどのものか明らかだった。
陽が沈みかけていて辺りが薄暗くなっていく、森を脱出したばかりでギルの体力も限界に達していた。このままではジリ貧になると思ったリナがギルの前に出た。
「お?どうしたんだい嬢ちゃん?」
剣士が歪んだ笑みを浮かべながら問いかけた、小娘風情が何かできるはずがないと高を括ってるのは目に見えていた。そんな二人に対してリナはニヤリ顔になる。
ギルはリナの実力を知っているので一息つきながら納刀する。冒険者二人の前に立つリナは相手を睨みながら静かに言った。
「命までは取りません・・静かにこの場から去ってください」
決断したからと言って、無慈悲な殺しをしたくないリナは最低限の説得で救える命は救おうと決めていた。本当の悪ではない限り、慈悲を与えて行くつもりだった。
「ガキが引っ込んでな!へへ・・あとで可愛がってやるからよ」
「それともその男に愛想尽かせてこっちに来たくなったか?」
聞く耳は一切なかった、逆に不快な言動をする二人にリナは小さく溜息を吐きながら呟いた。その途端、余裕な顔をする二人の足元が光り出す。
冒険者二人は驚きながら足元の光を見て何事かと思った、足元には魔法陣が描かれていて光を放つ、周囲の人々も思わず足を止めながら魔法陣を見つめていた。
「もう一度言います・・死にたくなければこの場を去ってください」
リナは再び二人に警告した。
「この女・・魔法使いだったのか!?」
「おいやばいぞ!この魔法・・さっきの爆発くらいの威力あるんじゃないのか!?」
冒険者二人は顔を真っ青にしながら動揺していた、二人はリナの方を見るとリナは真剣な眼差しで二人を見返した。彼女が本気だと思った冒険者二人は慌てるようにして逃げ出す。
リナは走り去る冒険者二人を眺めながら魔法陣を解く、そして軽く息を吐きながら安堵した。初めての対人戦で人を殺めずに済んでほっとした気分だった。
「本当にリナさんはすごいね・・改めて感心したよ」
ギルはリナに近付くと戦わずして場を治めたことを褒めた。いつの間にか周りに居た人々もリナに拍手や歓喜の声を上げた、見たことない魔法を使ったことと少女が成人男性二人を退けたことがすごかったらしい。
周りからの称賛の声に頬を赤らめながら照れるリナは俯くように下を向いた。ギルは困ってるリナを見て、周りに気を遣いながらリナと一緒にその場を後にした。
「・・・・あの人、すごい・・」
集落の方に去っていく二人、その姿を一人の少女が人混みに紛れながら見つめていた。そして、気づかれないように二人の後を追っていく。
道中でトラブルが起きたけど、無事にエレン村に着いた二人は近くの宿に泊まることにした。外は暗くなっていて、二人は案内された部屋で一息ついた。
「ふぅ、ようやっと安心して休むことが出来るね」
ギルは備え付けられてる椅子に腰かけながら肩の力を抜いた、リナももう一つの椅子に座りながら外を眺める。
「この村って、夜でも人が賑わってるんですね」
田舎のような村なのにこんな遅くでも外をたくさんの人々が行き交うのを見てリナは驚いた、都会ならともかく田舎だったら出歩く人が少ないはずだ。
「まぁ、田舎でもここは別の村と違って冒険者が集う村だからね。エレンの森も関係あって、昼夜問わずに盛り上がってるよ」
エレン村は山に囲まれた小さな集落だけど、試練の地であるエレンの森がある事から冒険者たちの中でも有名視されていて、地方から足を運ぶ冒険者が多かった。
村に住む人々もこれを機会に収益を稼ごうとし、酒場や露店などを設置して冒険者を迎えていた。この時間帯は本来なら寝静まる時間だけど、村長の一声で村が一丸となって興したのである。
「とりあえず、リナさんの服も買わないといけないから外出してみる?」
切れてしまった食材や消費アイテムの調達も兼ねて、リナの装備品を整える事を決めたギルが提案した。今の状態は流石にまずいのでリナもそれには賛成だった。
荷物は宿屋に置いといて、所持金だけ持って二人が宿屋を後にする。初めに寄ったのは衣類や装備品を売っている防具屋を訪れた。
「リナさんは魔法使いだから、ローブ系がいいかな?スカートタイプもあるけど・・」
戦士系の防具はマネキンのような物に着せた感じで陳列されていて、ローブや帽子は壁に立て掛ける感じで並べられていた。色も様々で棚にはシャツやスカート系などもハンガーで立て掛けられてる。
女性の服装など選んだことが無いギルは、どれにしたらいいか迷いながらリナの様子を伺った。リナも品定めする感じでいろいろと見ていた。手で触ったり、身体に当てながら鏡で確認する。
「んー・・・いろいろとあって迷いますね」
正直言ってどれが良いかなんてわからない、元々が男であるリナにとっては女性服なんて縁がなかったから、どのように着飾ればいいか悩んだ。
とりあえず、可愛い感じにしたいからローブ系は避けてスカート系を選ぶ。ゲームだったら防御力があると思うけど、こういう世界ではそんなの関係ないと思った。付与系の装備もこんな村にあるわけもでもないとも感じている。
「んー・・こんな感じでいいでしょうか?」
「うん、すごく似合ってると思うよ」
小一時間くらいを経て決めた衣類を試着室で着替えたリナがギルの前に見せた。黒生地で膝の少し上くらいの丈のプリーツスカートに半袖のラウンドカラーで合わせ、首元に赤いリボンで結ばれている。
フードが付いた魔女のマントを羽織り、足首サイズの黒い靴下と黒い革靴で少女系の魔法使いスタイルで揃えて見た。漫画やアニメを想像して決めたリナのオリジナルスタイルである。
「フードがあるから帽子とかは大丈夫かな?後は武器だけだね」
そう言いながら会計を済ませたギルとリナは防具屋を後にして向かいの武器屋を訪れた、左右の壁に大剣や直剣などが掛けられていて大きな樽には槍がまとまって入れられている。
奥の壁際に置いてあるショーケースには様々な杖が収納されていて、壁にはロッドタイプの様々な形をした杖が掛けられていた。水晶型の奴や巻状になった木の杖と如何にもファンタジー世界と言った感じだ。
「すごい・・いろんな杖があるんですね」
ショーケース内や壁に掛けてある長さ形状が多種多様の杖を眺めながらリナは感心した。周りを見ると自分に合った武器を見定めてる冒険者や仲間同士で和気あいあいとしてるパーティー冒険者で武器屋は賑わっていた。
先程の防具屋でもそうだったけど、20時過ぎだというのに外も店内も賑わってる状況がお祭り気分を連想させる。現代はコロナでイベントが無くなってたからこの環境が懐かしく思えた。
「欲しいものは見つかったかな?動きやすいスタイルならスワンドタイプの方が良いと思うけど」
この世界の杖はタイプによっては魔力が違っていた、ワンド型の短い杖は攻撃時の魔力発動は低いけど連唱に特化されていて、軽快な動きが取れて近接戦にも最適な杖である。
ロング型の長い杖はワンド型とは違い、膨大な魔力発動が可能だけど無詠唱が出来ない限り、構築に時間がかかって近接戦になった時は不利になる。ロッドを選ぶなら後方支援に特化されたスタイルになるだろう。
近接戦はギルが専門に担ってくれるけど、矛先がこっちに向けられれば近接戦も視野に入れなければならない。現在はツーマンセル型なので身動きが取れやすいステッキがリナには最適だった。
「そうですね・・この杖がいいです」
リナが選んだのは何かの石で作られたシンプルなワンドであり、色は黒状で持ち手にグリップが付けられている。金の輪で持ち手とステッキが分けられ、根本は水晶で装飾されている。
店主の話によればこの杖は割と高価な物で素材は黒曜石を使っている、込められた魔力もワンドの中ではトップクラスで使い手も限られていた、生半可な魔法使いでは扱えない代物だ。
「君のようなお嬢さんにその杖は早くないか?悪いことは言わないから別のにした方がいい」
リナが手に持つ杖の情報を答えた店主が忠告した。成人男性でも扱うのが難しい杖を10代の少女が使えるとは思えなかった、魔力値が足りなければ杖はただの棒きれと同じだった。
双方の会話を聞いていた他の冒険者もからかう事はなく、親切心でやめた方がいいと口々に言う。その言葉を聞いたりリナはムスッとした表情になり、察したギルも宥めようとした。
「そこまで言うなら私の魔力をお見せします!試し打ちが出来るところはありますか?」
宥めてくるギルの手を軽く払いのけて真剣な表情で店主に言った。店主も少し驚いたが面白いという表情で試し場がある扉を指差した、リナがそこに向かうと他の冒険者も興味本位でついていった。
ギルは少し呆れた表情で後に続いて試し場はいつの間にか満室状態になった。店主とギルの他に物見客は冒険者や一般人が詰めかけ、その間には先ほどの少女も隠れるようにしてリナ達を見る。
「もし、俺たちをあっと言わせるものを見せてくれるなら・・その杖はただでやるよ」
店主は笑みを浮かべながら腕を組んだ、他の客もその言葉に騒然として中には大丈夫か?と言う声もあった。元々冒険家であった店主にとってはこの状況が楽しくて仕方なかった。
リナも店主の表情から察していて静かに頷く。本人も一度は体験してみたい一つのイベントに内心は気持ちが高ぶって楽しくてたまらなかった、逆にギルは不安そうにしている。
先程まで騒いでいた客は時間と共に静まり返り、室内は沈黙と張りつめた空気に変わっていた。リナは静かに目を閉じていて微動だにしない、店主とギルも真剣な眼差しでリナを見る。
「虚空に潜みし精霊よ、汝の力を我に貸し 凍てつく鉄槌降り注がん!アイスシャワー!」
右手に持つ杖を口元近くに寄せ詠唱を唱え、発動と同時に前に掲げると全方の上空に魔法陣が生成され、無数の鋭い氷柱が勢いよく降り注いだ。地に着いた氷柱はそのまま消えずに爆発するように弾けた。
爆発の威力からも十分な殺傷能力を秘めた強烈な氷結魔法である。氷柱が刺さるだけでも重症レベルなのに地で弾けた氷柱の破片でも更なる致命傷を負える魔法に周囲は息を呑んだ。
ギルは流石と言う表情で目を閉じて心中感心していた。店主はこんな魔法見たことないという顔で目を見開いていた、動揺のあまり頬からも汗が零れ落ちる。
「店主さん、私の魔力は如何でしょうか?」
リナは涼しい表情で店主に問いかけた、リナが使った魔法は氷属性の初級魔法だった。本来なら目的の場所に小規模の氷柱を落とす攻撃魔法だけど、リナの場合は自らが持つ魔力値と合わさって威力が増していた。
ただ違う所で言えば、落下した後の氷柱が爆発したことだった。リナの魔力値だけなら通常より倍の勢いで氷柱を落とすだけだけど、付け加えるように爆発が発生したのは杖の能力も合わさったからと思われる。
「あんたは何もんなんだ?その年齢であれだけの威力を出すなんてな」
「あれだけと言っても初級魔法ですけどね」
「それくらいわかるぜ?あんたは本物のようだな・・約束通り杖は無料でくれてやるよ」
店主は後ろ髪を掻きながら納得するような表情で約束を受け入れた。周りの人々も歓喜の声を上げて改めてリナを見直した。同じ魔法使いの冒険者もリナに駆け寄って褒め称えている。
リナは大袈裟じゃないかと思いながら、人々からの誉め言葉を聞きながら下を向いて頬を赤らめていた、自然と口元から笑みを浮かべている。
「やっぱり・・あの人たちは本物だ・・・」
盛り上がる人々の中に隠れるようにして見ていた少女が低く呟いた。少女はそのまま駆けるようにして武器屋から姿を消した。
ちょっとした出来事からほとぼりが冷めると人々が自然と散っていき、二人も店主に別れの挨拶をして武器屋を後にした。他の店が閉まらないように準備を速めに備えていく。
道具屋を回り雑貨屋も回って、次の旅支度を揃えて行く二人は互いに意見を交換しながら備えを万全にしていく。一通りの物が揃った二人は荷物を持って宿に帰る。
「とりあえず、大体の物は揃ったね。リナさんのバックも買ったから、魔法薬やその他もろもろを整理していこうか」
「私もお金を持ってればよかったですが・・ギルさんにすべて払わせてしまってすいません」
「気にすることないさ、リナさんは此処に来て間もないから仕方ないよ」
たくさんの大荷物を置いて買った品を確認しながら仕分けるギル、渡された物を買ってもらった自分のバックに詰め込むリナは申し訳なさそうに言った。そんなリナに対して、ギルは笑いながら励ました。
食料系はギルがすべて所持して、リナには魔法薬と少量の回復薬を分けて渡した。他にも戦闘に役立つ小道具や非常食用の干し肉もギルの分と分けて渡す、これである程度の準備が整った。
ひと段落した二人は荷物を隅にまとめて二つあるベッドにそれぞれ腰かける、ご飯と風呂も済ませた二人は寝間着姿で残りの時間を過ごした。時計は23時を回っていたけど、眠気がこなかった。
「これからどうするのでしょうか?」
無事エレンの森を脱出したリナは今後の段取りをギルに訊ねた。ベッドに横になっていたギルはリナの方に目線を向けながら今後の事を話す。
「とりあえず、この村の先に山岳地帯である死の淵岳を超えた次の街・・クロックタウンを目指そうと思う」
エレン村はエレンの森以外は岩山に囲まれていて城壁のようになっている。村を出るには一つの要所である死の淵岳を超えなければならなかった。そこ以外に道はなく、山越えも簡単にできるわけでもなかった。
此処を訪れる冒険者は皆、危険な道のりを超えて辿り着いたのでそれなりの腕を持っている。エレンの森を含めて修行の地と言うのはこういう事なのかとリナは思った。
「死の淵岳では、何を気をつけたらいいのでしょうか?」
リナの質問にギルは簡潔に答えた。
「盗賊だな・・あそこは冒険者や行商人を狙う盗賊の砦があるんだ」
死の淵岳は断崖絶壁のように険しい道のりになっていて、何処かに盗賊の根城が存在していて頻繁に冒険者や商人等を襲っては殺しと強奪を繰り返している。
殺された人達は崖下に落とされ、無数の骸が積み重なる事から死の淵岳と言う名前で呼ばれたのだった。そのため、商人は護衛をつけたり腕に自信がない冒険者はパーティーを組んで山越えをしていた。
「エレンの森以上の苦難になりそうですね・・ギルさんは一人で乗り越えたのですか?」
「いや?流石に一人は厳しいから、商人の護衛を担って他の冒険者と一緒に来たんだ」
盗賊の数は計り知れない、手練れのギルでも厳しいと言われるとリナにも緊張が走る。下手すれば人間同士の殺し合いもあり得るから、自然と握られた拳に汗が滲む。
そんなリナの表情を見たギルはどうしたものかと考えながら、励ましなのか気遣いなのか何かを言おうとしたその時、扉のノック音が聞こえた。
「誰だ?」
ノック音に気づいたギルが飛び起きて問いかけた、リナも扉の方に目線を向けながら息を呑む。この時間帯で誰かが訪ねるのは明らかにおかしかった。
「えっと、夜分遅くにすいません・・お二人にお願いがあってきました」
返ってきた声を聞いた二人は思わず見合った、その声は幼く少女の声だった。
「何か事情がありそうだね・・とりあえず、入ってきなさい」
ギルは扉の外に居る少女を部屋に招き入れると少女は返事をして中に入った。開けられた扉の先には、粗末な一枚布をワンピースのように着たブロンズのロングヘアーをした可愛らしい少女だった。
薄い琥珀色の瞳に少し汚れてるけど色白肌に左腕には木製の腕輪を身に着けていた。しかし、そんな可愛らしい少女でも髪はぼさついてて身なりもよろしくなかった。
「えっと・・貴方は何処から来たのかな?名前は?」
リナは少女に問いかけた。
「えっと、名前はレンです・・・この村に住んでます」
レンと言う少女は何処か戸惑った様子で静かに答えた。この村に住んでると言っても身なりからして普通の村娘とは思えなかった。
「この村は貧富の差が激しいのでしょうか?」
「いや、此処は他と違って豊かな土地だ。裕福ではないけど、ここまで貧相なわけじゃないよ」
貴族や富豪が存在しないエレン村は争いなど一切ない平和な村であり、村長もしっかりしてるからここまで貧しい人はいなかった。村人が力を合わせて日々を生きているのでレンの姿が信じられなかった。
「何か訳ありのようだね・・話を聞こうじゃないか」
「えっと・・お願いします!私のお父さんとお母さんを助けてください!」
レンはワンピースの裾を両手で握りしめながら頭を深く下げて、大きな声で二人に助けを求めた。その言葉を聞いた二人は一瞬、固まったけどリナの方が先に動いた。
「えっと、ご両親に何かあったのかな?」
リナの質問にレンは辛そうな表情で事の経緯を話した。レンの家は5人家族で父と母、兄と妹と一緒に仲睦まじく暮らしていた。父は元冒険者で引退後は土木系をして家計を支えていた。
異変が起きたのは今から3ヶ月前、父と母が夫婦で出かけていた時に事件が起きた。いつも通りに兄の言う事を聞いてお留守番をしていた、何時になっても両親が帰ってこなかった。心配になった兄は私たちを置いて探しに行った、兄は14才で父の下で剣の鍛錬をしてて腕があった。
両親が居なくなった家は静かでレン自身も不安でいっぱいだった、泣き止まない妹を私は抱きしめて落ち着かせた。8才のレンと6才の妹、こんな状況下で耐えられるわけないのに兄が居ない今は私が姉としてしっかりしないといけなかった。
果てしない不安に駆られてくうちに夜が明けた。探しに行った兄も結局帰ってこず、月日だけが過ぎて行った。食べる物も無くなって路頭に迷った姉妹、妹は精神面と栄養失調で倒れて一月前に息を引き取ったと言う。
「酷い・・」
レンの話を聞いていたリナは手で口元を覆った、ギルも目を閉じながら何かを思った。ギルはレンの話を聞いて大体の事を察していた、この村で事件に巻き込まれるとしたら一つしかなかった。
盗賊の存在だった、恐らくレンの両親は外出の際に盗賊に襲われてしまった。両親を心配したお兄さんも捜索中に盗賊に襲われてしまった、恐らく命の保証はなかった。
「私・・どうしたらいいかわからなくて・・・誰も頼れなくて・・・」
レンはポロポロと涙を零しながら震える声で訴えた、その光景は見てるこっちまでも胸を締め付けられ涙が溢れてくる。情に弱いリナにとっては堪えた、涙を流すことを許さないプライドから耐えようと顔が激しく歪む、ギルも横目で見ながらレンを見つめる。
レンは泣き崩れるようにして床に座り込む、両手で顔を覆いながら泣いている。8才の少女にはあまりにも酷な現実でこれが運命なら神様をぶっ殺したい気持ちだ、このまま見捨てたら彼女はどうなるのか分かり切っていた。
「ギルさん・・私は彼女を助けたいです」
「気持ちはわかるけど、君もわかってるはずだよ?」
ギルの言いたいことはわかっている、彼女の両親と兄は既に死んでいる。だからと言ってこのまま見過ごすことは出来ない、せめて彼女の敵討ちぐらいはしてあげたかった。
リナは真剣な表情でギルを見る、その目には迷いがなく一切の動揺が無かった。そんなリナの顔を見たギルは静かに目を閉じて息をする。
「まぁ、盗賊の件はこの村でも迷惑してるからね。誰かがやらないといけない事だったから、これも何かの縁かな?」
そう言いながらギルは苦笑いをする。
「成功すれば村人から感謝されますね」
リナはギルが承諾してくれると信じていたから笑みを浮かべる。そして、お願い事を引き受けるとレンも笑顔を取り戻して頭を深く下げた。異世界転生で初めて引き受けた少女の依頼だった。
大体の事情を知った二人は、レンを放っておけないと店主に頼んでもう一人分の宿代を追加した。レンの家は借家だったために資金が尽きて追い出されていた。
半月の間も馬小屋やボロ屋を利用して雨風を凌いでいた。このままだとあれなので風呂と余った食料を与えてレンに尽くしてあげた、レンも久々な事で涙を流しながら感謝をする。
ベッドは二つしかないのでレンはリナと一緒に寝ることにして夜を明かす、旅の疲れもあったので3人が目覚めたのは正午近くになる。寝坊とも言えるけど、久々の安心感で身体も安心しきってしまったのだろう。
「とりあえず、レンちゃんを連れて行くわけにもいかないから・・宿代を余分に払って預かってもらうことにしたよ」
ギルは店主に事情を説明して面倒見てもらうようにお願いした、店主もギルとは顔馴染みでもあったので快く引き受けてくれた。リナも身支度の準備を終えてギルの下に寄り、近くに居たレンの頭を撫でると彼女は微笑んだ。
「彼女の運命は私たちの手にかかってるんだよね・・失敗は許されない」
「相手が人間でも容赦はしないようにね?人だと思わない事だよ」
「わかってる・・徹底的に潰すよ」
ギルとリナは目を合わせて互いの意思を確認し合った、レンもお願いしますと心を込めて二人にすべてを託した。店主もレンの事は任せてと少女の肩に手を置いて二人の身を案じた。
盗賊のアジトが何処にあるかはわからない、出没の時刻は夕方以降が多いけど襲撃事件が起きてからはその時刻に出歩く人はいない、誘い出すのも困難を極める。
お金を払っても囮を引き受ける者はいないだろうし、他人の命を脅かす行為はリナとしてはやりたくなかった。ギルもそんなやり方をリナに見せたくないので虱潰しに探すことで意見が一致した。
「ここが死の淵岳ですか・・見た感じは普通の山岳地帯ですね」
死の淵岳の入り口は関所によって厳重に守られていた、門番が三人居る内の一人が馬に乗ってる見た感じが隊長っぽい風格だった。隊長は二人の門番の様子を確認しながら、周りの監視に目を光らせていた。
関所を通るには通行許可証が無ければ通ることが出来なかった、許可証の発行はエレン村と死の淵岳を繋ぐ先の街で発行する形になる。発行の条件も一定の冒険者ランクが無ければ発行が出来ない、すべての理由が山賊事件の影響が大きかった。
許可証一人に付き三人まで同行が可能なので、ギルは門番に通行証を見せてリナと一緒に関所を潜った。門が開かれた先は岩山に囲まれた一本道になっていて、現実世界でいうグランドキャニオンと似ていた。
「ここってアメリカなのかな?」
「アメリカ?それはリナさんが住んでる国かな?」
咄嗟に呟いた言葉がギルの耳に入って問いかけられた、リナは慌てて何でもないと言うように両手を小さく振って誤魔化した。
「でも、結構な旅人とか商人が行き交っていますね」
リナが周りを見渡すと向こうからこっちに向かってくる冒険者や護衛を連れて出発する商人が何組か見える。一見すれば山賊が手を出せるような状況じゃないと思うけど、これも時間差なのかと思った。
「まぁ、これだけ人が行き交っていれば山賊も手出しは出来ないよ、問題なのは人が少なくなる夕方以降なんだ」
死の淵岳を行き来する人たちの時間帯は、朝8時~日暮れ前の16時前が人の多い時間になる、それ以降になれば通る人も減っていき無人と化す。通る者が居るとしたら、パーティ組か凄腕の冒険者くらいだった。
商人の方も山賊の一件があって、15時を過ぎれば通行禁止の護衛が居ても通行はしないと言う暗黙のルールも作っている。これだけの事態を招いた山賊がどれだけ恐ろしいか容易に想像できる。
リナは極度に緊張していて、震える手を両手で抑えながら胸元に寄せた。ギルはそんなリナの肩に手を置いて大丈夫と微笑んだ。そんなギルの表情を見たリナは、不思議と安心感を抱いて微笑み返す。
エレンの森を脱した二人は隣接する村で一人の少女と出会う、家族を奪われた少女の無念を晴らすために死の淵岳を牛耳る山賊を撃退する二人、門を潜った先に広がる断崖絶壁の険しい山岳地帯、この先に待ち受ける二人の運命は如何に・・・
とりあえず、無事森を脱出した二人は田舎であるエレン村に到着!
緊張感が解けた二人は束の間の休息を堪能する。
次の身支度を整えた二人の前に一人の少女が現れる、一難去ってまた一難・・
今度は家族の仇である山賊退治、少女の無念を晴らすことは出来るのか
前話では、見返したら誤字がありましたね;
今作もどうなるかわかりませんが、何かあった際は申し訳ないです><
今後もよろしくお願いします!