第三話 誕生、魔法少女リナ
エレンの森遭難から三日が経ち
前日の戦闘やら何やらで疲弊する二人に更なる壁が・・・
リナは本当に魔法使いなのか?物語ではそうだったとしても現実は甘くない。
ギルに頼ってばかりで何もできない自分に罪悪感を持ちつつ
何かの役に立てたらと常に考えるリナ。
はたしてリナは物語のように事を進めて行くことができるのだろうか
新たな道を歩く二人、辺りが夕焼けの影響で紅葉のように真っ赤に染まっていた。時期に夜になってしまう、出口が見えない二人は何処まで深く入り込んだのか動揺を隠せないでいた。
「まずいな・・このままだと野宿しなくちゃならない」
ギルが苦虫を嚙み締めたような表情で呟いた。リナも眉を八の字にしながら俯いている。
本当にさっきのでよかったのか、どちらにしても振り出しに戻ったんじゃないかと内心思う二人。何が正解で何が間違ってるのかがわからない今、時と体力だけが擦り減っていくことに希望が段々と薄れていく。
会話など一切なく、黙々と前に進んで歩き出す二人に更なる恐怖が待ち構えていた。
「グルルル・・・」
前方の草むらから、何かを掻き分ける音と唸り声が響いた。その音に気付いた二人は、ギルが咄嗟に剣を抜いて静かに構える。リナも近くの樹の陰に隠れながら様子を伺う。
「この感覚・・狼ではないな」
ギルが唸り声から、先ほどの狼と違う魔物と知ると嫌な予感を隠せないでいた。群れで行動する狼なら、複数の足音と既に草むらから飛び出していた。
一向に草むらから出てこない正体にギルの緊張が高まっていく。リナも何か嫌な予感がすると頬に汗を滲ませながら、目の前の正体にそっと息を呑む。
「どうした・・出てこないのか?そっちがその気なら、こっちからあぶり出してやる!」
しびれを切らしたギルが近くの石を拾った。それを音がした草むらに勢いよく投げる。その途端、高い唸り声をあげてその正体を露にした。
その姿に二人は口を開けながら呆然と立っていた。その正体は、体長200は超える巨大な大熊だった。
「そんな・・こんな奴まで居るなんて・・・」
この森を探索し続けて、今までに見たことが無い魔物だった。毛色は真っ黒で両目が紅く輝いていて、岩をも嚙み砕きそうな鋭い牙と引っ掻かれればひとたまりもない研ぎ澄まされたかぎ爪。
「あ・・あ・・・」
樹の陰から見ていたリナは、その姿に顔を青ざめながら言葉が出なかった。この状況下で最悪な出会いをしてしまった二人は、硬直したまま一点を見つめていた。
「グアアアアアアアアア!」
突如として空気が揺れるような怒号が辺り一帯に鳴り響いた。その鳴き声で我に返ったギルは、目の前から迫ってくる大熊を間一髪かわした。しかし、大熊は巨体とは思えない身のこなしで反転するとかぎ爪で引っ掻いてきた。
回避が間に合わないと悟ったギルがその爪を剣で弾く、大熊も弾かれた腕とは反対の腕で容赦なく突いてくる。片目を閉じながら歯を噛み締めるギルは、その場でバク転をして鋭い突きを再び回避した。
「はぁ・・はぁ・・でかい図体してるくせに俊敏だな」
体勢を立て直すギルは、息を切らせながら悪態をついた。大熊の方は、先ほどの突きで地面深くに埋まった腕を引き抜くと、二足体勢でギルを睨んだ。
両者は睨み合いながら微動だにしない。ギルの頬からは汗が滴り、剣を握る両手からは汗が滲むような感じたしていた。
「昨日の狼戦もそうだったけど、今の戦いはそれ以上にすごい・・」
狼もそうだけど、人間が熊相手にあそこまでやり合えることが現実世界ではありえない光景に驚きを隠せないリナ、お互い一歩も退かない戦いに目を見開いていた。
しかし、戦況はギルの方が不利である。長い時間、歩き続けた影響で疲労も蓄積していたために表情からも十分伝わっていた。
「どうしよう・・このままだとギルさんがやられちゃう」
リナの目の前で死闘を繰り広げてるギル、奮戦していても徐々に押され始めていた。ただ見てるだけで何もできない自分が恨めしい、今すぐにでも助けてあげたい。
だけど''私に何ができるというのか''また昨日みたいに足を引っ張るのか、今度失敗すれば確実に私たちは死ぬ。恐怖で足が震え、頭の中ではわかっているのに体が動かない。
「ぐわぁ!」
ついにギルの方が体勢を崩してしまった、大熊の一撃を受け止められずに吹っ飛ばされた。手に持っていた剣も弾き飛ばされ、ギルは樹に叩きつけられる。
大熊は四足歩行でギルに近付いていく、このままではギルが食べられてしまう。リナは目を閉じ、自分の中で必死に叫び続ける''逃げるな!動け!'',''逃げるな!動け!''このままではギルが殺される、リナは歯を噛み締めて両手を力強く握る。
「大熊!それ以上ギルさんに近付くな!」
ギルに迫る大熊が足を止める。そして、リナの方へ振り返ると鋭い眼光で睨みつけた。リナは思わず息を呑んで顔を強張らせて両手を握る。
「リナさん!?どうして出て来たんだ!早く逃げなさい!」
樹にもたれ掛かるギルは、リナが出てきたことに驚愕して逃げるように促す。しかし、リナは一向に退こうとせずに大熊を睨む。
両手足は震えていて、今にも泣きそうな表情で眼の前の魔物に立ちはだかる。その姿は健気で弱々しかった、勝てるはずもない相手に無謀で立ち向かう姿は愚かなのか馬鹿なのか。
違う、リナにとってはそのどちらでもなかった。周りがそう見えたとしても、リナにとっては目の前の人が大切で失いたくない存在だから、自分が少しでも時間を稼ぐことが出来ればギルの体勢を整えさせれるから。
「グアアアアアアアア!」
大熊のターゲットがギルからリナに切り替わった、怒号と共に勢いよくリナに飛び掛かった。リナは少し後ずさると樹の陰に隠れた。
しかし、大熊はそのまま樹を薙ぎ倒して迫ってる。リナは大熊が樹を薙ぎ倒した影響で若干動きを鈍らせるのを見て横に回避した。そして、体勢を立て直してそのまま駆けて行く。
大熊もそれを追いかけ襲うけど、リナは自分の身軽さを活かして大熊の攻撃を回避し続けた。
「すごい、なんて身のこなしなんだ・・・」
自然を利用して大熊の攻撃をかわすリナを見て、ギルは思わず口ずさむ。眼の前の光景は戦闘とは程遠い形だけど、リナの行動は周りの木々を盾にしながら大熊の攻撃をやり過ごしている。
逃げ惑うだけでは人間が熊の足に敵うわけがない、だったら樹を利用すれば障害となって立ちはだかる。完全に逃げることは出来ないけど、何かの時間稼ぎには十分だった。
「待ってろ!今助けるからな!」
ギルはそう叫ぶとすぐに立ち上がって、弾かれた剣を取りに行く。リナはその言葉に笑みを浮かべながら頷くとそのまま大熊を引き付けた。大熊はギルなど眼中になく、リナだけを一心に襲っている。
大熊は体力を無駄に消費したのか息を荒げている。リナも樹を利用して体力消費を抑えてるけど、元々の運動不足から息を切らし始めている。
死闘の追いかけっこから一定時間、辺り一帯の樹は薙ぎ倒されてなくなっていた。盾にするものが無くなったリナは、唸り声をあげる大熊と睨み合っていた。そして、近づいてくる大熊に対してリナは静かに目を閉じたそのとき。
「この化け物熊!今すぐリナさんから離れろ!」
大熊の後方から突如として大声が響くとリナが目を開けて笑みを浮かべた。声の方向に大熊が振り返るとそこには剣を構えたギルが立っていた。
「ギルさん!」
リナは満面の笑みでギルを呼ぶ、ギルもそれに答えるように笑みを浮かべて頷いた。そして、瞬時に表情を変えると大熊を睨みつけた。
大熊も体勢をギルの方に向けると威嚇をしながら歩み寄る。ギルも同様に歩み寄り、互いの距離が近づいていく。そして、両者は駆けるようにして距離を縮めて行き戦闘に突入した。
大熊の引っ掻き攻撃を一歩下がって回避すると剣を横にして懐に一撃を加えた。切られた痛みに大熊が悲鳴をあげるとそのままの勢いでギルに噛みつくが、それもかわして後ろに回りながらもう一撃を与えた。
今度は背中を切られた大熊が鳴き声をあげながら地面に倒れる。だが、すぐに起き上がると震わす巨体でギルを睨んだ。
「流石にあれだけでは倒れないか・・だが、お前はもう終わりだ」
ギルはそう言いながら剣を構えた。大熊はギルを纏う覇気を察知したのか、後退るように怯んでいた。リナもいつもと違うギルの雰囲気に息を呑みながら見つめていた。
ギルの気迫に押される大熊は、突如としてリナに標的を変えた。勝てない相手よりも、勝てる相手を優先的に狩るようだ。或いは逃走を図ろうとして、目の前の障害を潰して逃げ道を作ろうとしたのか。
「ちょ・・何でこっちに来るの!?」
いきなり進路を変えてこっちに突進してきた大熊に対して、リナは予想外の展開に対処できず地面に尻もちをついた。大熊はそのまま襲うようにして飛び掛かる。
「リナさん!?」
ギルは大熊の急な進路変更に意表を突かれて、慌てるようにしてリナを助けようとした。しかし、距離的にも届くはずがなくそれでも必死に駆けつけようとした。
リナも目の前に迫る恐怖に体を震わせ目を閉じた。目には涙が溢れていて、閉じると同時に零れ落ちた。自分はこのまま死ぬんだ、そう思い込んだリナは何かにすがるように心の中で強く願った。
''ここで死にたくない・・お願い、助けて!!''
その瞬間、身体の中から何かが込み上げてくるのを感じた。それはとても暖かく全身を覆うようにして、自分を守ってくれるような力強い何かが芽生えた。
先程までの恐怖が和らいでいき、落ち着いた様子で頭の中に突如として浮かんだ語を自然と読み上げて行く。
「大地に宿りし神に仕える精霊よ、我は汝に願う、古の力を我に貸し与えたまえ・・・」
リナは目を閉じながら何かを呟いていた。リナと大熊との距離が間近まで迫ると大熊は口を開けた状態で噛み砕こうとした。ギルが焦る表情でリナの名を叫ぶとリナは目を開いて詠唱を唱えた。
「ライジング・ロッククラッシュ!」
右手を前に掲げてそう叫ぶと大熊の真下から、盛り上がるように固められた土が岩のようになって大熊の胴体を貫いた。その高さは八尺くらいまで昇り、その瞬間に土が爆発するようにして大熊をバラバラに引きちぎった。
引きちぎられた大熊の肉片は、爆発で飛散した土に混じり土へ還って行った。突然起きた光景にギルとリナは口を開けながら呆然としていた。
「リナさんは・・本当に魔法使いだったんだね」
ギルは剣を鞘に納めるとリナに歩み寄り、起こそうとして手を差し伸べる。リナは自分の両手を見ながら、何が起きたかわからないでいた。
「無意識だったから、私自身・・すごく驚いてます」
差し伸べられた手を取るようにして立ち上がりながらリナは言った。あの時、絶体絶命の状況で身体が防衛本能を起こしたのか、自分の中の何かが目覚めたのかは本人もわかっていなかった。
だけど、防衛本能であんな事が出来るとは思えない。自分が本当は魔法使いであるけど、鍵となるきっかけがなかったから使えなかっただけかもしれない。
危機迫る状況で死にたくないという強い思いが、魔法を発動させる始動キーとなったのだ。リナは試しに他の魔法を使ってみたけど、土、炎、水の初級魔法を発動することが出来た。
それぞれの魔法がファイアーボール、アイスジャベリン、ロッククラッシュと詠唱していた。先ほどのライジング・ロッククラッシュは唱えたけど、何も起きなかった。ちなみにライジング・ロッククラッシュは中級魔法である。
「ふむ、初級魔法なのに威力がすごいな・・・」
リナが発する魔法はどれも威力が割り増しされていて、初級が中級魔法と同等の威力になっていた。称賛の声を上げるギルに対して、今後は自分も役に立てると綻ぶように笑顔を浮かべるリナであった。
戦闘が終了し、辺りを見渡せば薄暗くなっていた。陽が沈みかけていて、このまま探索するのは危険と感じたギルが二回目の野宿を提案した。リナもそれに賛成して、焚火を始めた。
一回目はギルが火を熾していたけど、今度はリナの魔法を利用して焚火を設置した。初めてのはずなのに威力調整も出来ていて、ギルは改めて感心した。
本来なら森から脱出することを優先して考えていたけど、リナが魔法を使えるようになってからは共に戦えるので不安要素が解消された。安心して夜を過ごせることに二人は穏やかな表情で焚火を見つめる。
「これからは、私も援護していくので頑張りましょう!」
リナは満面の笑みで両手を握りながら元気いっぱいに言った。ギルも後衛は任せたと言うように親指を立てながら頷いた。この瞬間、戦士と魔法使いの前衛後衛のバランスが取れた理想のパーティーが確立された。
この先、如何なる苦難が待ち受けたとしても二人で力を合わせれば、乗り越えられないものはないと互いに思った。二人は、今後の旅を共に過ごすことを誓い合って夜を明かした。
3日目の朝を迎えた二人は、前日と比べて十分な休息が取れて表情も明るかった。昨夜は互いに時間を分けて見張りをし、ギルも負担を減らせて身体が好調だった。
「今度こそはこの森を脱出しよう!立ちはだかる敵は薙ぎ倒していくぞ」
「そうですね、積極的にサポートしていきます!」
エレンの森を彷徨って三日が経った、物資が底をついてしまった二人は今日中の森脱出を目指して、万全の体勢で探索を開始した。
森を探索する中、道中に現れる魔物のほとんどはリナの魔法によって無と化した。魔法が使えるようになってから、リナは活き活きとした感じで魔物を次々と葬り去っていく。
魔法の威力は相変わらず半端ないことに感心するギルだけど、一番に驚いてることはリナが疲れを一切見せない事だった。見せないというよりは、魔力消費をそんなに感じていない事だ。
「さっきから魔法を連発してるけど、疲労とかないのかな?」
ギルの問いかけにリナは問題ないと元気に答えた。顔色も一切変わってないリナに対して、ギルはリナが魔法使いとして天賦の才があると改めて認識した。
森を探索すること数時間、二人はやはりに迷っていた。辺りを見渡しても深い森林となっていて出口の気配が一切見られなかった。
「日差しで角度を見るのは失敗だったか、食料等も底をついてきたからこのままだと危険だな」
ギルは滴る汗を手で拭いながら呟いた。リナも疲労が出始めたのか呼吸も少し乱れている。
射し込む陽の柱からして、まだ正午にはなってないけど悠長にしてたら日が暮れてしまう。何か手立てが無いか考える二人だけど、それ以前に喉の乾きが二人を襲い始めた。
水筒の水は今日起きた時に飲んだのが最後だったため、それ以降は水分の補給が出来ていなかった。疲れと乾きは苦痛であり、何処かに水源があれば補給したかった。
「非常にまずいな・・このままだと干乾びちゃいそうだ」
かいていた汗も消えていて、体中の水分がほとんど無くなってきたことに危険を感じたギルが警鐘を鳴らす。リナも頭がくらくらしてるのか、歩き方が少しふらついていた。
このままでは脱水症状で二人とも息絶えてしまう、森の脱出よりも優先すべきことは水の確保だ。ギルも意識が朦朧としてきて、まともな考えも出来なくなってきていた。
このまま死ぬのだろうか、何がいけなかったのかギルは思った。普段ならこんな森で苦戦することなんてなかった。リナの影響なのかと頭の中に過るけど、そんなことは考えたくなかった。
「ギ・・ル・・・さん、ギルさん・・何か聞こえませんか?」
ボーっとする中、何かが呼びかける声が聞こえた。そして、目の前に来たリナが心配そうな顔で見つめている。ギルは我に返るとどうしたのか問いかけた。
リナは何か水の音を感知して、その方向を指差して答えた。水の音がするとすれば川があるということだ、ギルは希望の光と感じて指差した方向に向かう。
リナもその後を追い、二人が駆け寄るにつれて水のせせらぎ音がどんどん大きくなっていった。そして、辿り着いた先には澄んだように綺麗な川が流れていた。
「何と言う奇跡だ・・ちゃんと飲める水だ」
ギルは両手で水を汲むと口につけた、冷たい水が体中に澄み渡り歓喜した。リナも川の水を手ですくって口に含むと目を輝かせた。これが自然界の恵みなんだと改めて実感した。
元居た世界では、市販や公共の水道水くらいしか飲んだことが無いのでこんなにも美味しい水は生まれて初めてだった。
「山の川でも躊躇うのに・・こうやって飲める水もあるものなんですね」
「ん?リナの世界では飲まないのか?」
こっちの世界ではこういう綺麗な水を普通に飲むのが当たり前だった。川の水を飲んだことがないと言ったリナにギルは首を傾げた。リナもこの世界の生活水準が明らかに違うことに当たり前だけど、改めて理解した。
飲み水の確保が出来た二人はこれからの事を考えた。この川が下流に繋がってれば、人里に出ることができるかもしれないという考えが思い浮かんだ。手掛かりのない森を彷徨うよりは確率も大きい。
「希望が湧いてきたね、このまま川沿いに進んで行こうか」
ギルの提案にリナが賛同すると二人は川沿いに歩き出した。飲んだ時もそうだけど、川は底が見えるくらいに綺麗で穏やかだった。小魚などが気持ちよさそうに泳いでいて、リナも水浴びがしたい気持ちだった。
二人が川沿いに歩いてから、時間も正午近くになったのか空腹になってきた。ギルがバックから干し肉を取り出すとリナに渡した。ちなみに食料はこれが最後になる。
持久を強いられると予想していたギルは、食料の食べる分量を考えていて本来は二日で無くなる分をできるだけ持たせていた。一人分を二人でここまで繋げれたのは、ギルが積み重ねてきた経験のおかげだろうか。
しかし、繋げて来た食料が尽きた今は悠長に考えてはいられなかった。水だけでも一カ月近く持つけど、体力面では確実に落ちて行くため魔物と遭遇したら危険を伴ってしまう。
「リナさんは、動物の剥いだ肉とか食べたことあるか?」
「いえ、食べたことないですが・・・もしかして食糧事情ですかな?」
ギルの唐突な問いかけにリナは何かを察するように答えた。食料が尽きたことを伝えたギルは、動物の肉やそこら辺に生えてる山菜類で繋げていくことを提案した。
リナも状況が状況なので反対することなく、ギルが冒険慣れしてるからそこら辺の問題はないと信頼していた。意外にもあっさりと理解してくれたことにギルも安堵している。
「しかし、本当にこの森は広大なんですね」
「まぁ、駆けだし冒険者たちの修行場とも言われてるからね」
「なるほど・・でも、こうして迷えば命に係わる危険な修行でもありますね」
三日も森の中を彷徨っていて、リナはエレンの森に関しての情報をギルに聞いた。ギルも探索経験が少ないから、知ってる情報が多くないけどわかる範囲で答える。
この森を探索する際は、迷わないために何かしらの目印を残して侵入する。エレンの森の近くには小さい集落が存在し、森に侵入する前に万全の準備をそこでしてから入るのが鉄則とされていた。
ギルも森に入る前に村で身支度を整えてから探索したけど、今回の件が影響して予想外の事態が発生してしまった。本来なら二日で森を出る予定だった。
「そうなると・・私のせいでギルさんの予定を狂わしてしまったのですね」
リナはギルの話を聞いて悲痛な思いでいた。自分のせいで関係ないギルを巻き込んだことに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「いや、リナが気にすることはないよ。困っている人が居たら放っておけないのが僕の性格だからね」
ギルはそっとリナの頭を撫でながら微笑んだ。リナの性格は内気な感じでちょっと天然なところもあるので、話の内容や状況次第で長く引きずったりメンタル的にも弱い部分があった。
いろんな人と交じり合って来たギルにとっては、リナの性格をおおよそ察していて無理に自分を追い込まないように諭した。リナもわかっていたけど、どうしても拭いきれない所もあった。
「まぁ、逆に言えば宝と言うか磨けば輝く原石を見つけたとでも言うのかな」
ギルの言葉にリナは首を傾げる。
「僕は一人で長い間冒険してきたけど、リナさんのようなすごい魔法使いに会ったのは初めてだ」
実際に今までの旅で危険だったことがたくさんあった、大抵の冒険は仲間との旅が多くてギル自身も必要視していた。リナが加わってくれれば今後の旅もやりやすくなるのだ。
最初は疑問に思う所がたくさんあったけど、魔法使いとして目覚めてからは自分よりも即戦力になるとギルも認めていた。
「正直な話、僕はリナさんを手放したくない・・今後もずっと僕と共に旅をしてほしいんだ」
ギルは正直な気持ちをリナにぶつけた。リナも黙ってギルの話を聞きながら目を閉じた。そして、しばらく考えながら静かに目を開けるとギルに言った。
「私はギルさんに救われました・・ギルさんのおかげで今の私が居ます。私は今後もギルさんのお役に立ちたいです」
リナは満面の笑みでギルとの旅を承諾した。断る理由なんて何処にもなく、今後も一人で旅するのが難しいなら誰かと居た方がよかった。ギルは心から信頼できる人物と認識していた。
リナが受け入れてくれたことに笑みを浮かべるギルは、改めて握手を交わしながら探索を再開した。正午過ぎを回っているので二人は少しペースを速めながら先へ進む。
探索をする中、二人はあるものを目にする。それは森の終わり目であり、その先は光に包まれていて出口を表してるようだった。二人はお互いに目を合わせながら光の先に向かった。
「湖畔だ・・ようやっと森を出ることができたぞ」
ギルは両手を掲げながら喜びの声を上げた。リナもその後ろから見渡すと平地と大きな湖が一望できた、川の水は此処に流れ着いて湖となり、付近は平地と一角には小さな集落が存在していた。
自然が豊かで田舎を思わせるような風景は、穏やかで都会とは違う静かで居心地が良さそうな雰囲気を漂わせる。自然とリナの表情も緩み、喜ぶギルを眺めながら静かに安堵するのだった。
「あそこが僕が旅立った村、エレン村だよ」
エレン村は、名前通りにエレンの森が近くにある事からそう名付けられている人口の少ない田舎村だ。ギルもその村で冒険の準備を整えてから森に入ったのだった。何もない村だけど、穏やかで体安めには最適と地方の冒険者からも人気があった。
「ここら辺は、あそこ以外には街や村がないのですかな?」
「そうだね。少し離れた先に町はあるけど、此処一帯の村はあそこだけだよ」
リナの問いかけにギルは簡潔に答えた。異世界転生で森以外に初めて訪れた村、こっちの世界でいう山の中にあるような村に既視感を持ちつつも、この異世界ではどのようになっているか興味があった。
現実と異世界では人々の暮らしや生活が違うから、リナにとっては新たな体験になるかもしれない。冒険者が訪れるという事は、商いや交流もあったりする。
ギルは導くように手を差し伸べるとリナはそれを取って二人は村に向かう。村に行くまでの道中では片側に湖が一望でき、もう片方は山岳地帯となっている。整備された道では旅人や村人が行き交う。
行き交う度に何人かはリナの方は見ては通り過ぎて行く、リナの恰好からしてみれば当然の感じだと本人も思いながら目を合わせる。ギルもそれに気づいていて、申し訳なさそうに複雑な顔をする。
「女の子にその服は似合わないね・・村に着いたら何かしら新調してあげるから我慢してね」
苦笑いしながら謝罪するギル、状況も状況なので仕方ないですよと気を遣いながら微笑むリナ、初めに森を探索してた頃と同じようなぎこちない雰囲気が漂い始めた。
「おい!そこの二人、ちょっと待ちな」
ぎこちない雰囲気から一変、突然あげられた声に二人は反応して振り向いた。そこに立っていたのは二人組の冒険者だった、一人は剣士でもう一人が弓使いだろう。
剣士は長剣に革製の一式装備に身を包んでいて、もう一人は革製の胸当てと木の帽子をかぶって大きな弓を所持している。何処から見ても軽装した普通の冒険者だ。
「僕たちに何か用かな?」
ギルは嫌な予感をしながら問いかけた、リナも大体の予想がついていた。
「そこの連れ、見た目はあれだけど結構な上玉じゃないか。良ければ金と取引しないか?」
「嫌だとは言わせないよ?逆らったらどうなるかわかってるよね?」
予想は的中していた。異世界でも現実世界でも同じように居るごろつき連中だった、彼らはリナの容姿を見て自分たちの物にしようとしている。リナはギルの背後に身を隠しながら相手を見る。
二人は如何にも悪そうな表情でにやけていて、向こうに行けばどうなるかは決まっていた。ギルは黙って二人を見ると息を吐きながら言う。
「悪いけど、この子は大金を貢がれても手放すつもりはないんだよね。物騒なこと言わないで見逃してくれないかな?」
ギルは真剣な表情でこの場を穏便に済ませようとした。しかし、二人がそんな言葉に聞く耳を持つわけでもなく武器を構える。
「さっきも言ったよな?譲る気が無いんだったら容赦はしないってな!」
剣士が嘲笑うように声を荒げる、弓使いの方も腰に巻かれた筒から矢を取り出すと弓を少し引いた。悪い奴らが話し合いで済むはずがない、リナはギルがどう出るか様子を伺う。
ギルも内心わかってるような感じでため息をついた。そして、静かに剣の柄に手を置くと抜刀の構えを見せた。周りの人々も大体の予想がついていたので距離を置いたり避けるようにして通り過ぎる。
ごろつきの二人もこの展開を待っていたように不敵な笑みを浮かべている。取引をするよりは無理やり奪い取る方が性に合っているようだ。
「君も不運だったね。近接と遠距離パーティーと遭遇するなんて、恨むんなら自分の不幸を恨みなよ」
弓使いの方は憐みの目を向けると弓を引きながら照準をギルに定めた。剣士は突っ込んできそうな勢いで腰を低くして剣を引いている。彼らはリナが魔法使いとは気づいていないようだ。
ギルはリナを背に庇いながら相手の動向を探り、最善の策を考えていた。恐らく向こうはこっちが剣士に集中してる所を死角から弓で射貫くスタイルで来ると思われる。
重要なのは弓使いがどのようにして攻めてくるかが鑰となる、相手は戦闘慣れしてると思われるので迂闊な行動は出来ない。弓を先に潰そうにも剣士が妨害してくるだろう。
「どうした?さっさと来いよ!それとも怖気づいたか?」
嘲笑いながらこちらを挑発してくる、ギルは冷静に物事を考えてるので見え透いた挑発には乗らなかった。自分よりも年上相手に動じる様子もない姿は惚れ惚れしていた。
睨み合いを続ける中、痺れを切らしたのか剣士の方が声を上げて突っ込んできた。弓使いは後方に退き相手の動向を探る、ギルも剣を引き抜き弓使いに背を見せないようにして対峙する。
ガキンっという剣と剣が交じり合う音が辺りに響き、二人は至近距離で睨み合う。リナは離れたところで二人の戦いを見守りながら悩む、自分も応戦した方がいいけど対人戦はしたことが無い。
この世界では殺し合いが当然の形だけど、悪い奴でも人殺しを正当化させていいのかリナには決断ができなかった。勝つか負けるかの簡単な勝負ではなく、生きるか死ぬかの死闘である。
「へへへ・・その若さで命を粗末にするもんじゃないぜ?女なんて他にもいくらでも居るだろ」
何合か打ち合ったら互いに距離を取って、剣士が不気味に笑いながら言う。普通に考えれば、小娘一人に命を懸けることは無謀な行為だけどギルは違った。
「リナさんをそこら辺の女性と一緒にしてもらいたくないね、彼女は特別な存在だよ」
その言葉にリナは目を見開いた。
「おいおい、いい年してそんな幼い女に惚れたというのか?」
「ふはは、君は特殊な趣味でも持っているのかな?」
ギルの言葉を聞いた冒険者二人は馬鹿にするように笑った。傍から見れば若者が10代の少女に恋をしてるロリコンと言う風に捉えられた。
しかし、リナにはわかっていた。私に対しての特別な存在と言うのは共に死地へ赴く固い絆で結ばれたパートナーという事だった。あの日の夜、どんな事があってもギルの傍を離れずに共に歩んでいくと誓った言葉をリナは思い出す。
人殺しが何だというのか、この世界は善と悪の区別がはっきりしている。立ち向かってくる悪だったら容赦はしない、リナは目を尖らせながら相手冒険者を見る。
リナは迷いを捨て、今起きてる状況を真っ向から受け止めた。そして、リナはゆっくりと目を閉じて詠唱を唱える。両手から発せられる淡い光が手を包み込んで前方へ掲げられる、リナにとっては生まれて初めての対人戦がここで始まるのである。
ようやっとエレンの森を脱出した二人だけど、苦難は続きますね・・
ゲームの世界ならともかく、実際の対人戦って普通は受け入れがたいかな;
殺し合いとなればなおさらかも><
しかし、やらなければ生き残れないし・・そういう法律もないから?
まぁ、今後は村の探索やらそれ以降の冒険とか書けたら・・
また、誤字や変な分があったら申し訳ない><
今後もよろしくお願いします;