付き合い立ての話
春田に誘われて、二人でゆっくりと肩を並べて歩く。
肩の位置は低く、か細い体を見ていると、なぜか無性に抱き締めたくなる衝動に駆られた。
私は思っている以上に春田が好きなのか、それとも欲求不満というか、なのかもしれない。
「小尾さんや」
「なんだい、春田」
「学校で全然話せなかった」
「……そうだね」
「そういうわけでクイズをします」
春田は突拍子もないことを、一切こちらを見ずに言ってきた。
淡々とした調子で、表情も笑っているわけでも怒っているわけでもなく、強いて言えば不機嫌そうに見える、感情のない顔だ。
何を考えているか分からず答えに窮していると、ようやく春田は普段の表情でこちらを向いてくれた。
「いやさ、会話できないのは、お互いに距離感が掴めないからだと思うんよね。告白されても、恋人とかいたことないし、そもそもほとんど話したことないから」
「それは、そうだね」
「なのでクイズ、お互いどれだけ相手を好きかクイズ」
「……なに?」
「簡単だよ。スマホのメモで、100を満点にして相手のことがどれくらい好きか入力して、いっせーのーせで見せ合うの」
「……それ、必要かい?」
「これは大事なことなんだけどね、好きの度合いに差があると引かれちゃうでしょ? ただ数値が高いだけじゃなく、どれくらい数値が近いかを判定する、ってわけ」
「なるほど……、高さじゃなくて近さを測るんだね」
ただ私が春田を好きだと言っただけで、いきなり告白された側の春田は私にそこまで興味を持てない。
好きの度合いが違いすぎて春田は私のことを少し恐れたり、気まぐれで付き合うには重いと考えているかもしれない。
会話を弾ませるには、関係を少しずつ進展させる必要があるというわけか。
「あ、でも私の数値とか予想して近づけるのはダメだよ。あくまで真剣に、小尾さんがどれくらい私を好きかってのを数値にしてくれないと」
「ああ、わかっている」
と言いながら、春田の数値を予想してしまうのは無理もないだろう。
春田は、私のことを名前と評判くらいしか知らないだろう。
だが、自分で言うのもなんだが、そう悪く見られているつもりはない。苦手な科目はないし、努めて人に親切にしてきた。元々女性の方が好きだというような雰囲気もあったしそこで引かれていることはないだろう。
ただ告白が突然だったのと、春田自身そもそも私に興味がなさそうだったことを考えれば……50を越えて、60から70といったところだろうか。
そして私は春田がどれくらい好きなのか。
正直、それもあまり高得点を出すのは難しいかもしれない。
告白した立場でなんだが、夢で見て、春田に勢い余って告白したが、実際に私が春田を愛している段階とは言い難い。
春田のことが気になるし、こういう聡いところや、支えてあげたくなる体を見ていると、好きな気持ちに間違いはないが、自分の中でもまだ断言するのは難しい。
それらの点も踏まえて答えを決めて、数値を入力した。
「オッケー?」
「ああ」
「じゃあ、いっせーのーで!」
私が見せた数値は77。
そして春田は、95。
「む、77」
「きゅ……、本当に?」
焦り以上に驚きが勝る。春田はむーん、と修行僧みたいな顔で目を閉じていた。
「愛されていないなぁ」
「いや、その、春田がそんなに高いとは……」
「相手のこと考えないって言いましたけどー」
「そ、それは……」
「はーぁあ」
大きな溜息を吐きながら、髪の毛をくるくるっとつまんでから、ようやく春田は目を開いて。
「ふふふ、ま、高得点出したなぁとは思ったけど。8割は越えたかったね」
「その……、君と気兼ねなく話したかったから。これからもっと仲良くなるために」
「少しだけ凹ませて。6秒」
「ろく?」
「1、2、3、4、5、6、よし、大丈夫。別れよっか……」
「それは!」
「ジョークジョーク」
相変わらず掴みどころが分からなくて難しい。
からから笑う春田はその言葉を冗談と言うが、それをどこまで間に受けていいかもわからず、別れようと冗談でも言われることは堪える。それで95点好きなのか、というのも疑わしいが、口には出せない。
「信じられないって気持ちっぽいけどさ、これでも色々考えたわけですよこっちも」
演技がかった大股で、ずいずいと駅の方へ歩きながら顔を見せずに春田は歩く。
「フラれて凹んでいる私に声をかけてくれたのかなぁ、とか。いろんな子と仲が良いけど、恋人がいたって話は聞かないから本気なのかなぁ、とか。いっぱい考えたんだけどなーあ」
「……ありがとう、春田」
「空回りっすかぁ?」
「そんなことはない。うれしいよ、春田。そんなに君が私のことを考えていてくれたなんて」
「本当に私のこと好きなの?」
「じゃなければ告白なんて……」
「同情とか」
突然振り返って、鋭い一言を向けてきた。
その動作に少し驚くが、春田自身はそれほど強く責める表情でもなく、疑問の方が強く浮かんでいた。
「……別にいーんですよ? 無理とかはしてくれなくても。ま、ほとんど喋ったことないのに77点は高いから普通に嬉しいんですけど。ねぇ。……正直なところ付き合いたいってまだ思ってる?」
「当然だよ。……どうしたら証明ができるかな、君が好きだということ」
「77じゃーん」
「そ、それは……だってもっと君と会話したいと思ったから」
「……あーやめやめ。私は小尾さんを手玉に取るようなキャラじゃないんで」
「じゃあ……」
突然、春田が懐に入り込んできた。
私より一回り小さな体が胸元に入り、首を抱くように、抱きしめられる。
小さな体に、抱き締める弱い力に、ほのかな温もりに。
首元をくすぐる吐息が、耳元にまで登ってくる。
「95点分のラブだ。ありがとね小尾さん、好きだよ。はい満足」
言いながら、首を抱き締める弱々しい力はぎゅーっとしたまま離れず、間近に春田の顔があった。
「ふふ、ふぅ、満足した。どうかな小尾さん」
「……口にキスしてもいいかな。私の77点は」
「できるならいいよ。まあ頬とかおでこでも……」
何かを言っている春田の唇に、唇を軽く当てた。
「っ!? っ!? っ!? 77点がヤバくない!? え、だって77点って……手も繋いでないのに!?」
「急に抱き締めてきたのは春田じゃないか。そんな風に好きだと言われたら……私だって95点くらいにはなるよ」
「そういう、そういうとこ信用できないなあ小尾さん! 他の女の子にもそんなことしてるんじゃないよね!?」
離れながら、唇を抑えながら、驚きながら、慌てて春田はそんなことを言う。
「気にするのはそういうところなんだ。可愛いね、春田は」
「……はいはい、ビビったビビった。もう、疲れるわ小尾さん」
「証明はできたかな」
「……ふーんだ、まあ77点分くらいは」
そうこうしているうちに、駅に着く。
そこで、はたと気付く。
「……そういえば、春田は駅で通学していたのか? 登校時に見たことはないが……」
「うちはちょっと前のところを曲がったところで電車じゃないよ」
足を止めると、春田はさっさと踵を返して今来た道を戻っていく。
「95点分のお見送り。まっ、また明日からも恋人としてよろしくねー小尾さん」
「……参ったな。100点くらい好きだよ」
「私は減点しちゃおうかな。……80点くらいだと話しやすいかね?」
「君も100点だと……」
「やーやー、そこまで小尾さんが大きな存在になってないんで」
気だるそうに笑いながら、そのまま手を振って春田は帰っていく。
「小尾さんの100点くらい、私を夢中にさせてくれたら100点あげようかな~」
春田は帰っていく。
私は、その手を掴んだ。
「なるよ、私は100点に。
そして、君は夢中に」
「……女たらしっぽいね、小尾さん」
「言わないよ、本当にこんなこと。今までで初めてで、私だってビックリしている」
自分がどんな表情をしているか分からない。自分の台詞だって、うまいことを言えたものだと感心している。
ただ。
ただ春田に、認めてほしいだけだ。
「キスだって……初めてだった」
「そこまではちょっと、信用できないかなぁ。でもまあ」
強く手を振り払われて、追う間もなく。
「超恥ずかしいからまた明日! そんな見つめないでよ、照れちゃうからさ!」
春田は、帰っていく。
私は、振り払われた手を握っていた。
足早に帰っていく春田を見つめて、その手を握りしめていた。