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告白して付き合う話

 夢の中でキスをした。

 なんて、我ながらひどくオーソドックスでテンプレートな恋の自覚らしかった。

 私は女で相手も女、というのは別に問題ない。

 昔から女性の方が好きだという自覚があったし、それは誰にも言っていないけれど周りの空気からだいたい伝わっているような感じだった。

 気にしているのは、その相手があの春田というところだった。


――――――――――――――――――

 

 春田麗雫(れだ)

 下の名前のインパクトは強いが、本人の印象は名字に近く、春のように温かくてぼんやりしている、天然な()だった。

 初めて喋った時のことをよく覚えている。あれは入学して一ヵ月も経っていない頃。

 体力測定で、クラスには私と数人しかいない頃、彼女が教室にやってきて、彼女の席に着いてすぐだ。

 その時は外競技を終えた頃、中学だから50メートル走やシャトルランや前屈や、ととにかく体を動かして疲弊した時だった。


「あ、あー、痛い、痛い痛い痛い。ごめん、こむらがえった。痛い! 痛い!!」


 彼女はふくらはぎを抑えてびたーんと倒れたのだった。クラスはちょっと引き笑い気味だった。

 私も微動だにできなかったが、彼女は泣きそうな顔から、すぐに立ち上がった。


「ごめん、治った」


 一番近くにいた私に、彼女はそう言った。

 それきりだった。


――――――――――――――――――


 意味不明な出来事だった、と今思い出しても笑ってしまう。

 その時は意味が分からなかったが、こむらがえりというのは要するに足がつったということらしい。普段運動しないのだろうと、彼女のことを思い、また少し笑った。


 顔は、あまり好みの印象ではなかった。私は可愛い系が好きで、どちらかというと同じ教室だと剱なんかが好みだった。彼女は背も低くて声も可愛くて胸も小さくて、別にロリコンではないが、私はそういう可愛い方が好きだと思っていた。

 春田は、中肉中背。胸は小さいが、目つきはちょっと怖いくらいだ。髪も短めで少し男子の風貌に近いかもしれない。よく髪先を指で弄っては、伸ばすかどうか悩むように真剣に見つめている。

 春田は、あんまりないな……、そんな夢を見たけれど、やっぱりない。忘れることにしよう。


 次に春田と喋ったのも、ほんに一言か二言くらいだったはず。


―――――――――――――――――――


「おはよーございます」

「おはよう、春田」


 朝の教室の風景、まだ席もまばらな中で近くにいた私が野放図に出た彼女の挨拶を受け止めて返した。

 彼女はどん、と机の上に体操鞄を置いて、茫然としたまま一言。


「あー……、学校の鞄忘れちゃった。これってどうしたらいいかな」

「……え?」

「職員室で電話借りてお母さんに持ってきてもらうわ」


 春田は一方的にそう言って、教室を出て行った。

 

―――――――――――――――――――

 

 これが今も有名な春田の鞄を忘れた時の話だ。

 言うまでもないが、鞄を忘れたという話は後にも先にも春田以外いないんじゃないだろうか。体操鞄だけ持って楽々と学校に歩いてくる春田の姿を想像すると、それだけで笑ってしまう。

 そういう時、春田はあまり笑わないし、からかわれることを不満そうにしているが、それでも人気があるという印象だった。

 ただ、春田は面白いけれど、恋人にしようという感じではない。

 春田を恋人にしよう、という考えの人がいるのだろうか、とまで思う。人それぞれだけれど、私はそうは考えない。もっと愛でたいというか、頼ってほしいという、恋人にそういうものを求めている。

 今のクラスの状態は満足だ。友達はみんな恋人ではないが、私を頼っているし、私に憧れている。

 むしろ恋人とは、そういう人の中から生まれるものじゃないだろうか。

 ほんのわずかなきっかけだとか、偶然みたいな出来事で恋人になるような、一目惚れというものを私はあまり信じていない。

 

 ただ、春田とはもう一つだけエピソードがあった。


――――――――――――――


「789円です」

「はい……あっ」


 コンビニで、お金が足りなかった。

 それ以上に説明も必要ないくらい、稀にある程度の恥ずかしい出来事だった。

 どの商品を戻そうか、と少し考えたところで、隣からお金を出してくれたのが春田だった。


「これでいいよ」

「は、春田」

「困った時は助けあいだ」


 じゃね、と短く言って、彼女はその場から去った……、そしてグミの袋とカリカリ梅を持ってすぐに並び直した。


「私これでご飯食べるんだよね」

「そ、そう……」

「……カリカリ梅の方だよ? グミでご飯は食べないから」

「……うん」


 私は、特に彼女を待つでもなく、短く感謝の言葉を言ってその場を後にした。


 その時から、春田を妙に意識していた、という自覚はあった。


―――――――――――――――


 春田はなんというか、表裏がない人のようだった。

 彼女のことをあまりしっかり見ていないからかもしれないが、彼女に抱く印象はあまりない。

 友達はいるようだった。特に彼女が懇意にしているという雰囲気ではないが、いつも一緒にいる人や、面倒見の良い子に世話を焼かれていることが多い。彼女自身がそれほど笑う印象はない。

 別の話になるが、その友達、浦木(うらき)の方が私の好みだとも思う。本当に春田にそういう気持ちを持っていなかった。


―――――――――――――――

 

 夢の中で、私と春田は向かい合いながら、横向きに寝そべっていた。


『いいんだ?』

『ああ、いい』


 要領を得ない言葉、意味不明な会話。夢ならではということなのだろう。何故か私は、見たこともない全裸の春田と、仲睦まじげに会話を広げていた。見たこともない穏やかな春田の笑顔に、私は心の底から興奮して、喜色を浮かべていた。

 彼女の、印象とはかけ離れた小さく柔らかい肩を抱き、揺れる髪をかき分けて、キスをした。

 彼女はくすぐったそうに笑って、ほんの少し、膝を悪戯っ子のようにぶつけてきた。私はそれがたまらなく愛おしくなって、肩を抱いて自分の体の方に抱き寄せて、頬をすり合わせて、その温かさを感じてまた幸せな気持ちになって、何度も唇を重ねた。

 

 目が覚めた時、心臓がバクバクと泣きながら、熱くなる顔を抑えてとにかく自己嫌悪に陥った。

 こういうのを淫夢というのだろうが、同級生でそんなこと、考えたこともないのに、それがよりにもよって春田だったというのがまた嫌……というと失礼だが、嫌だった。

 何故、春田なのか。

 春田は可愛いか、と問われればそうは思わない。

 春田は恋人とか伴侶として理想的な人物かと言われれば、それは違うと思う。

 春田は、遠巻きに見ていると面白い人だ。

 キスしたくなるような人ではない。


――――――――――――――――――


「告白するわ。私も」

「えっ!? アンタが!? アンタが!?」

「いや私だって好きな人いるって……。浦木さん、私らはもう中二ですよ」


 クラスで、そんな春田と浦木の会話を聞いて私はひそかに驚いていた。

 この学校には、修学旅行のキャンプファイヤーで告白をするという行事があった。行事というか、一大イベントだ。

 あまり真に受ける人はいないと聞くし、もう恋仲同然の人がそれで少し盛り上がるためのものだと聞いていたが、クラスの盛り上げ役がそれを若さを無謀に使うイベントに変えつつあった。

 それでも、春田はそういうものに無縁だと考えていた。だって、彼女は、そういう人だから。

 だが、彼女は実際に告白した。


―――――――――――――


「いや全然ダメだったわ。浦木、慰めて」

「お~~~~~~よしよしよしよし。頑張ったね~春田」

「なんで嬉しそうなの? いいけど」


 ふざけてじゃれあって抱き着きあって、失恋を慰めてもらっている様子だった。

 キャンプファイヤーの火のあたる傍、赤く照る彼女の姿を不思議な面持ちで見ていた。

 春田の失恋はストンと腑に落ちた。

 こう言っても失礼だが、春田が恋愛できそうな気がしないというか、彼氏ができて垢抜けるなんてありえないというか、背景のようにゆっくりクラスをほんのり盛り上げているのが似合うというか。

 どこまでもそういう印象が抜けない人だった。

 気持ちとしては、一言で言うと安心――そう、安心している。

 そう自覚すると同時に、今まで妙に緊張が抜けず不安だったことをまた自覚した。

 不安に思うほどのことでもないだろうに、春田の行く末をどうしようもなく気にしてしまっていたらしい。

 そんな自分の戸惑いの中にあると、私は一人の男子に声をかけられた。

 それが、春田が告白した男子らしかった。

 その奇縁を、私は有効に利用した。


「悪いが、別に好きな人がいる……」


 そんな風に断って、私はこれをチャンスと思うと同時に、自分の言葉に驚愕した。

 今告白すれば成功する。そう思って、少しだけ考え直す。

 そこまでして春田と付き合うことは意味があるのか。

 というか私の好きな人は春田なのか。

 イベントで盛り上がって告白するなんて、というのは少し愛に誠実さが欠ける。春田や男子のように浮かれて告白するというのは気が引ける。

 だが、浮かれて単に告白するという雰囲気でもなかった。中学の入学してちょっとの頃から春田のことを思っていた時間。

 夢で見てから、彼女のことを思っていた時間が、私が彼女のことを好きだと思うことにした。

 気付いたのがたまたま今だった、というだけ。

 

 そして、これは何より告白するチャンスだった。


「春田、私と付き合ってほしい」

「え、なにに?」 

「恋人として」

「……私と? おーう……」

「私は、君を大事にする。寂しい想いをさせない。ずっと一緒にいる、そう約束する」


 驚くほど言葉が簡単に出てきた。それほど軟派で口が軽いとは思わないが、微妙な反応をされたことに、焦りがあるらしく、胡散臭い言葉が次々に出てくる。

 断られることはもちろん考えていた、そもそも春田は男子に告白したのだから。

 けれどフラれた直後だからチャンスがあるとも考えていた。

 こんな風に春田に必死になる自分がいることに驚いたし、春田が嫌そうな表情をしていることにも驚いた。

 春田は、こうして思うと表情に乏しい奴だった。私と関わる時に妙に笑っている印象があったが、思えば彼女はあまり笑っている印象はない。いつ笑うのだろうか、なんて思ったけれど。


「じゃあ、いいよ。付き合おっか」

「……本当か!? あ、ありがとう、春田。君が好きだ」

「そうなんだー。私は……そこまで小尾さんのこと知らない。やっぱりやめよっか」

「え!? いや、それはダメだ! 二言はなしだ! それは、そんな身勝手な理由で付き合った恋人を振るなんて……」

「わかった、わかったよぅ。そういう言われ方すると、嫌な理由があったらすぐ別れちゃおうかな」

「……君に不満は抱かせないように努力するよ」


 そんなこんなで、私と春田は付き合うことになった。


―――――――――――――――――


「春田、家に行ってもいいかな?」

「毎日だね。別にいいけど」


 それ以来、私は春田と一緒にいる。

 一緒にいればいるほど、春田は掴みどころがなくなっていき、どこか感情さえ希薄な風に思われる。

 その深淵を覗きたいと思う一方で。


「小尾。昨日さ、お母さんが冷蔵庫にシュークリームがあるって聞いてたんだ。シュークリームって基本パックに一つ入ってるコンビニのじゃん。茶色っぽいシューがね、拳大の大きさのね。で私が冷蔵庫に手を伸ばして袋取って開けたのよ、シュークリーム食べるか~って。開けたら大豆っぽい匂いが広がってね、がんもどきだったの。晩御飯のおでんの」

「ふっ! ……春田は、本当に、っ……」


 彼女は、そういう失敗談をよく笑いながら話してくれる。そんなドジが面白くて、私もペースを乱されていた。

 春田といると本当に楽しくて、気兼ねのない友達のようであった。

 彼女と愛しい恋人同士になれるのか、正直なところ自信はまだなかった。

 けれど、彼女といる時間の心地よさに間違いはない。

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