俺とヒロインな残念な文通の初まり
俺は優しく温かいぬくもりに包まれていた。
いや、寧ろ俺が包んでいるのか。
ふわふわとしていて、しっかり支えてくれる安心感もあるいつまでも離れられないような魅力に魅せられて、ひたすら胸を揉み続けていた。
「お嬢様!どうなされましたか!?」
慌てたような足音と共にドアが開いて、金髪の男が現れた。
ヒロイン(俺)の年齢が大体15、16くらいだから、少し歳上だろうか、綺麗な金髪に洗練された仕草、180cmくらいの身長に白を基調とした騎士服に身を包み、まさに騎士という名にふさわしい雰囲気がある。
「お嬢様…ご無事ですか?」
「いや、大丈夫だけど?」
息を切らした男は苦しそうにドアに腕を付いて、下を向き
「よかったぁ」
と小さく呟いた。
そんな心の声が聞けたのも一瞬で、次の瞬間には凛々しい表情に戻って、姿勢を正し頭を下げていた。
「突然部屋に押し入るという、ご無礼失礼いたしました!」
「いや、別にいいけど?」
俺は普通のテンションで答える。もちろん手は胸元のまま。
「それでお嬢様、どこでそのような言葉遣いを…ってお嬢様!何をしていらっしゃるんですか?」
驚いたのかいきなり声が大きくなり、イケメンのくせに顔を真っ赤にさせて、顔を逸らしている。
「いや、何って…ボディチェック?笑」
「そ、そんなハレンチなボディチェックなどありません!」
「そうか?結構いいぞ。おまえも触ってみるか?」
初めは冗談で済ましておこうと思ったが、予想以上に男の反応が面白く、からかい半分で一歩近づいてみる。
「お嬢様、たしかに私はお嬢様が…しかし、私にはお嬢様を一生支える覚悟など…少し考えさせてください!」
保留というなんとも意気地ない答えを絞り出すと、男はすごいスピードで逃げていった。
「情けない答えだな。ところであいつ誰なんだ?」
「奴の名はヴィシュル。アリシアに仕える騎士じゃ!ああ見えてもそこそこ名の知れた剣術使いじゃぞ」
男の純情を弄んで満足げな俺に、ふと聞いたことのある声が聞こえてきた。
それは宙にプカプカと浮くようにしながら、こちらに話しかけてくる。
「へぇ、ヴィシュルか。なんか面白そうな奴だな!って…おいルーシィ、これどうなってんだよ?」
「あー、なんか入れ替わったみたいじゃな笑」
いつのまにか女神様の呼び方は女神から呼び捨てのルーシィに変わっている。
そのルーシィは悪びれた様子もなくゆるーく状況を説明し始めた。
「わしも最初は其方を異世界転生させるはずだったんじゃが、どうも調子が悪くて、身体は残したまま精神だけが入れ替わったみたいじゃ笑 めんご」
「いや、せっかくの異世界転生のチャンスをそんな適当にめんごで済まされると逆に清々しいって言うか…」
呆れながら、いつもの癖で頭を掻くと、指に触れる細い髪に未だに違和感を覚える。
「やっとおっぱいから手を離したの!うーむ…それにしても小娘のくせにデカイな…うぬうぬ」
まじまじと胸を見つめてくる恋愛ルーシィに恥ずかしくなり、両手で胸を隠す。
「なんじゃ、隠すことなかろう!」
「いや、流石にちょっと恥ずかしいんで…たしかにルーシィはまったくないもんな笑」
座っているときは気付かなかったが、ルーシィの胸は慎ましく佇んでおり、アリシアの破壊力とは比べる土俵にも立っていない。
「うるさい!バカもんが!」
また金のたらいが空から降ってきたが、楽勝でかわして見せる。
「それで、入れ替わったってことはそのアリシアが俺の中に入っているのか?」
「当たり前じゃろ?他に誰がおまえの中に入るんじゃ」
「たしかにそうだけど、…って、今の俺大丈夫なの?ねー?」
怒っているらしくルーシィは少し不服そうに魔法のスクリーンを俺の前に出してくれた。
スクリーンに映るのはカーテンを閉め切って真っ暗な中で、1人丸めた雑誌を剣に見立てて、目を瞑って精神を研ぎ澄ます俺。
「は?いや、これどういう状況?」
「簡単に説明すると、入れ替わったアリシアは状況把握のために其方の部屋を漁っていた。そんな中、突如現れる黒くて早い生物と遭遇。現在交戦中というわけじゃ」
「それただゴキブリと闘ってるだけじゃん!」
「何か問題でもあるのか?」
「あるわ!ゴキブリって奴は殺し損ねると飛びだすとかいうやばい奴らだぞ!それにもし叩けても、グチャってなっちゃうじゃん!早く止めてください!」
「まったく虫ごときでピーピー」
呆れたルーシィは俺の前に紙とペンを出してくれた。
「流石にわしも違う世界のゲートを繋げるなんてことはせんじゃ。よってその紙に伝えたい事を書くのじゃ。わしがお前の元いた世界に届けてやろう」
俺はルーシィの話半分にペンを持つと、書いた。ゴキブリと戦うのに利益がない事、彼らは敵じゃない事を
「よし!ルーシィ早く届けてくれ!」
「まったくそれが人にものを頼む態度かの?まぁ、人じゃなく女神じゃがな」
ルーシィの出してくれたスクリーンを食い入るように見つめると、手紙が俺に届いた。
手紙を開いた俺はたどたどしくも手紙を読み始めた。かたことで何故か声を出しながら。
「うひょー、アリシアのおっぱい、まじさいこう?ぱふ、ぱふのまじてんごぐだぜー?」
俺は帰ってきたばかりのしたり顔でこっちを覗いているルーシィを睨んで
「おい!あんな事誰も書いてねーだろぉ!」
「わしは届けると言っただけじゃ、そのままありのままを届けるとは言っておらぬぞ?まぁ、それでも良いならまた届けてやっても良いぞ!」
こうして女神ルーシィが届ける俺と俺の奇妙な文通が始まった。