んごごごキューン
男が一人、寂しそうに今日もカップ焼きそばのお湯を捨てる。少量の湯は少しずつ、かろうじて流れていく。アチチ。
カップ麺のスープが捨てられると脂が浮いて漂う。水を流す度にギラギラとした油が浮かんでくる。シンクからも酷い匂いがするようになった。
「くそ!」
数日が経ち、男は日に日に元気がなくなっていった。毎日肉体労働をしているのに、インスタントラーメンだけでは栄養が偏る……。せめてコンビニのサラダや、鯖の缶詰とかを食べた方がいいと言ってあげたい。
「ポコポコ。チョロチョロ……」
言っても伝わらない……。
休みの日、また私を外して掃除してくれた。一言も口にせず、沈黙のまま……。
掃除が終わると、前と同じように蛇口から水を一気に流して確認をする――。
――んごごごキューン。
一週間ぶりに詰まりから解放され、喜びの声を上げる私。でも今回は前と違い、男は笑顔にならない。
その場にしゃがみ込んでしまった。
「……最初からこうしていれば良かったのになあ……」
――んごごご……キューン。
ガチャっと玄関の扉を開ける音が聞こえた……。鍵はずっと掛けてなかった。
――!
「……ただ今」
音信不通だった女が……急に帰ってきた。……少し痩せた顔をしていた。見えないけど。
「お帰り……」
一週間ぶりの再会なのに、女の方を見ることもなく呟く男。部屋に入ってくると、凄くギスギスした空間が張り詰めるのに気付く。
お互い、何を話していいのか分からないのが伝わってくる。
――んごごごキューン!
「……?」
「……ああ。排水管、……掃除してあるから」
「……ありがと」
やれやれだわ。ああ~つまらない。詰まらないって、いいことなのね。
五十年もの月日が過ぎた……。
あれから私は一回も詰まっていない。食洗機が付いたのも大きいが、なにより夫婦そろって食事の後片付けをするようになったからだ。
忙しい日でも、肩を並べて必ず一緒に後片付けをする二人。
……ちょとそれが私にとって、つまらないんだけどね。
子供も生まれ、いつの間にか大きくなった。家も私も次第に古くなり、老夫婦になった二人は、息子夫婦と暮らすためにこの家を手放すことに決めた。
古くなった家とともに私は壊される――。
でも、幸せだった――。
壊される時、老夫婦になった二人が温かく見送ってくれたからだ。
……涙を流しながら……。
泣かないでね。いつまでも二人で……仲良く長生きしてね……。
今までありがとう……。