カッポンだけはやめてー!
――あち、あちち!
「熱湯を流せば溶けてなんとかなるはずだ」
ポットに沸かしたお湯を、排水口へと一気に流す男。それを白い目で見守る女。「何度かやったけど無駄だった」と顔に書いてある。イライラしているのが分かる。
シンク内にお湯が溜まるが、流れていく早さに変わりはない。渦なんてできやしない。
「ポコポコチョロチョロ……」
「はあ~」
ため息だけ付いて離れていく女に、男も憤りを感じているのかもしれない。
「くそっ」
ポットの蓋を乱暴に閉めて、大きな音を立ててドンッと置く。
熱湯で詰まりが取れるのも、アツアツの状態で一気に流れればの話よ……。そんな簡単に詰まりが取れるんだったら誰も苦労しないわ。
ぬるくなった白湯はポカポカしていて心地良い……。
「こうなったら、最後の手段だ……」
――!
ヒッっと悲鳴を上げたくなった。男が持ち出してきたのはトイレ用のラバーカップ! 通称――カッポン!
――やめて! それだけはやめて――!
だってそれはトイレで使うやつでしょ? そんなものを台所で使うなんて、どうかしているわ!
得体の知れない雑菌がウヨウヨしているのよ?
遠回しに――くそっくらえよ? ――う〇こ食べろ、よ?
「あなた、いい加減にして!」
「ポコポコ! チョロチョロ~!」
「なんだと、じゃあどうすればいいんだよ」
男はカッポンをシンクに突っ込む寸前で手を止めた……。間一髪助かった……。
「排水管を外して掃除するってネットに書いてあるわ。外して掃除ができるのよ、きっと」
「それを俺がやるのか? 冗談じゃない――そんなこと、やった事もない!」
カッポンをトイレに仕舞いにいく男を腕を組んで睨みつける女。
「じゃあ業者に頼むしかないわね。水回りのトラブルのチラシが入ったら頼んでおくわ」
トイレから急に男が戻ってきた。まだ右手にカッポンを握っているのにヒヤッとする。
「――業者に頼むぐらいなら俺がやるよ! いくら掛かるか分からないだろうが!」
「……。じゃあそうして」
男がなぜ自分でやると言い出したのかが分からない。ケチなのか、見栄なのか……。
私が詰まってから一週間にもなる。二人のイライラもピークに達している……。
シンクの下の扉が開けられ、男がジロジロと私を見る。
見ていても詰まり具合なんて分からないでしょう。でも、なんか恥ずかしい……。
「くそ! 外れねー!」
やめて~! 乱暴しないで~! イデデデデ!
私の取り付けられている上下の大きな六角形のナットを、パイプレンチという工具を使ってグイグイ外そうとするのはいいが……、回す方向が逆なのに早く気付いてくれないと、私――。もげちゃうわあ~!
DIY慣れしていないのに、無茶しないでと言いたいわ~! イデデデデ!
数分間に及ぶ格闘の後、やっとの思いで上と下のナットが緩み、ゆっくり外すと……。
ドロ……。ポタポタポタ……。
「うわ、きたね! ドロドロのヘドロみたいなのが一杯垂れてきやがった!」
……。
「くせー! おえー、吐き出しそうな匂いだ!」
……。
……わたし、何か悪いことした? 詰まるのは、私のせいじゃないよね? 油でギトギトの汁を流したり、細かいゴミを流したりしたせいよね?
わたしが詰まるのが嫌なら、豚骨チャーシューラーメンの汁を全部飲みなさいよ!
ホルモン鍋の汁も、雑炊にして全部食べなさいよ!
パスタや蕎麦のゆで汁も、洗い物に使った後……飲むがいいさ!
あなた達の血管が――今の私みたいにドロドロギトギトに詰まってしまえばいいのよ! 恐怖の動脈硬化よ!
それが嫌なら……運動しなさいと言ってやりたい! わたしなんて、ここから一歩たりとも動けないんだから――!
――一ミリたりとも、動けないんだから……。
涙が出てしまう……排水管なのに……。