聖域の冒険者
「おはようございます。調子はどうですか?」
待ち合わせ場所に行くと、カラさんがいて、私が声をかけるより先に向こうが気づいて挨拶をかわす。
ミルカは冒険者と一緒に仕事が出来ると知ってから、テンションが上がりっぱなしで、ベッドでじっと出来なくて、寝たり起きたりを繰り返してたあげく、体のあちこちのカサブタを剥がしてしまい、治りかけた傷を血で滲ませてしまうを繰り返してしまっていた。
全く大人しくなれないミルカは、お隣さんに頭に手刀をくらっていた。拳でないのは優しさだ。
カラさんにもバレて、このままでは仕事には行かせられません。と言われ落ち着かない心を抑えるのが大変だった。
「おはようございます。今までにないくらい体調は良好です!とってもいいわ」
挨拶しながら、そわそわとあたりを見回す。
荷馬車が何台もあり、荷物を積んだり、馬を引いてきたりと皆忙しそうにしている。
冒険者はまだ来ていないのかしら?
それらしい人が見当たらない。
「冒険者の方たちなら向こうで作業をしています。紹介しますのでこちらへ」
「冒険者って強い人達なの?」
「ええ、レベルはAランクとBランクですが、うち一人はSランクの実力があります。安心して仕事ができますよ」
「すごい英雄じゃない。どうしてSランクの実力なのにSじゃないの?」
「ええ、ランクを上げるのにギルドで何かする必要があるらいしのですが、彼はそれをしていないそうです」
「そうなんだ訳アリ? 冒険者ってそういうの多いね。でその人ってどんな人?」
「本人があまり知られたくないようでして、私からは言えません。何よりミルカさんに言っても忘れてしまうでしょう」
「う・・・」
向かった先に幌馬車が止まっていた。
聖域で幌がついた馬車って初めて見るわ。
3人の男の人たちが荷を乗せていた。
見た目は普通の恰好で冒険者に見えない。
剣も持っていないわ。
らしくなくてちょっと残念。
カラさんが赤髪の人に声をかけ、3人に私を紹介してくれる。
「紹介します、こちらはミルカさん。これから2年間彼女の事を頼みます。」
「ミルカさん、こちらがヴェルデさん、アソラルさん、トーゴさんです。3人とも現役の冒険者で実力もあるんですよ」
「初めましてミルカです。よろしくお願いします」
赤髪の人がヴェルデさん、ゴツいおじさん。
銀色の髪の人がアソラルさん、細いお兄さん。一番背が高い。
藍色の髪の人がトーゴさん、細マッチョでおじさんと同じくらいの身長。・・・・・
「あ、言い忘れていました。彼女は人の顔と名前が覚えられない人なのでそのへんは許してあげてください。あと方向音痴なので一人で行動させないよう気をつけてあげてください。」
「!!!!!」
今、覚えようとしてるのに。ひどりわカラさん。
「それ本気で言ってんのか?」
「本気です。憶えないのではなく、なかなか覚えられない子なので。時間をかけてやっと覚えてくれます」
「そんなヤツいるんだな初めて聞いた。まあ、これから一緒に行くわけだし、十分覚える時間はあるだろ」
「本人も覚えようとしてるみたいだし。まずはヴェルデからみたいだな」
その言葉で4人共がミルカをみると、無言でじっとヴェルデを見続けている。
見つめ合っているように見えるが、顔を憶えようとしているのがよくわかる。目線が、髪に耳に目に口に鼻と順を追って動いている。
全体を見なくていいのか?と聞きたくなるのだが、懸命に覚えようとしているのを邪魔するのも悪いかと黙っている。4人共がお互いにそう思ってるのが分かって苦笑する。
「俺の顔と名前、覚えたか?」
「っえ・・・・・・・・」
顔を覚えようとしてたけど、名前忘れちゃたわ。さっき聞いたばかりなのにっ
目が泳ぐ。
「本当に憶えられないんだな。ゆっくりでいいから覚えてくれ。俺はヴェルデだ」
「ごめんなさい、出来るだけ早く覚えるよう頑張ります」
ヴェルデさんは赤髪。ヴェルデさんは赤髪。ヴェルデさんは赤髪。ヴェルデさんは赤髪。
ブツブツと呟いているミルカ。
耳のいいトーゴは聞こえてしまって一人笑いをこらえている。
「すごい速い」
白の廃墟に入っても速度を落とさず、まるで知った場所であるかのように澱みなく進んでいく。
御者台に座っているのは・・・・赤髪さん。すごいわ完璧に道を覚えているのね。
私だったら、覚えていても道を見逃してしまわないように、ゆっくりと進むしかないわ。
白の廃墟をあっさりと通り過ぎてしまった。
通り抜けるまでの時間の短さに感嘆の声をあげる。
「こんな短時間で抜けるなんて!」
幌馬車の後ろから遠ざかる白の廃墟を眺めていると、少し速度が上がった。
どうしたのかと前を向くと藍髪さんが今回の仕事の予定を詳しく話してくれた。
「行先は町から最速で3日かかる距離にある村とその近くの湖だ。」
地図を広げて現在地と目的地を指さす。
「地図!? 地図って持ち出し禁止でしょう、なんで持ってるの?」
ミルカの疑問も当然で、聖域内の地図は持ち出しは禁止で暗記するしかない。
そもそも聖域では些細な悪いとこすら誰もやらない。地図を持ち出そうなんてヤツはいないだろう。
それだけ、神聖な場所で働いているという自覚があるから自然と自身を律している。
なのに目の前に地図がある。
「この地図は冒険者に支給されたもんだ。普通は持ち出し禁止なんだってな。」
元々冒険者として聖域にやってきた3人はこの地で働くにあたってのルールを知らなかった。
彼らは昼夜関係なく行動でき、荷運び兼雑用係の仕事を幾つかこなせば、その翌日から一ヶ月間は自由に聖域を冒険できるのだという。そこで手に入るすべては彼らの物となる。
生死は自己責任で遺体は放置される。
亡くなったことを家族に連絡される事もない。
聖域なのに非情じゃないかと思うが、広い聖域に比べて人の数は少ない。
必要最低限。それが人の数だった。
そんな聖域でどこかで死んだ人の遺体を見つけるなどほぼ不可能。
魔獣に食べられて骨も無くなってるだろう。
「冒険者がいるのが以外だったけど、地図を貰えるなんて待遇いいわね。私も欲しいわ。休みの日に出かける場所が増えるし」
「観光地がいくつかあるからな。地図があれば遠くでも行けるし、欲しがるだろうな」
「手に入れても無駄になってしまうと思いますよ、持ち出し禁止は安全策だと思います」
銀髪さんの言葉にどういう事かと地図から顔を上げると、町から離れるほどに魔獣が多いからと答えが返ってきた。
そうだった、町から近い白の廃墟ですら魔物がいた。
観光地はどれも町から一日以内に行ける場所ばかりしか教えてもらっていないのはそういう事なのだろう。
「俺たちと一緒に仕事するんだから遠く離れた観光地だって行けるさ、近くを通ったら行こうな」
藍髪さんが頭を撫でながら白い歯をのぞかせて笑う。藍髪さんは笑うと無邪気な子供のような笑顔になる。ホホ村の村長さんが彼を知ったら羨ましく思うでだろうな。あの人老けてるのがコンプレックスだし。
声を聞けば村長さんだって分かるほどには覚えたんだし、忘れないうちに村長さんに会いに行けたらいいな。今は、顔は思い出せないけど見れば分かるようにもなったのだし。
「話がそれたが行き先だ。今日は野宿になるが、明後日はこの村で一泊。この村の周辺で狩りをして食料が手に入れる」
「村で食料を買わないの?」
「取れなければそうするけどな、聖域内の村はどこもあまり備蓄していない。必要なものはミルカのような荷運び人が持って来るから。蓄えるのは冬を迎えるこれからになるし今は余計な負担をかけたくないんだ。何かあれば村の世話になってしまうからな」
気ぃ使ってんのね。冒険者がこういう人たちばかりだったらいいのにな。
宿屋マーサでもたまに喧嘩を売りに来たのかと思う人が来ることがあった。
まあ、それは常連さんかマッカさんの返り討ちにされてたけど。
冒険者が持つ地図をずっと眺めている。
縮尺が大きいものから小さいものまであって面白い。
縮尺が大きいのは聖域全体だけでなくその周辺までが載っている。
大森林の中にあるという認識だったけど、こうして見ると、大森林と大陸と横断する山脈とに守られているように見える。
聖域の外周の所々に黒く印があるのは門なのだという。
大森林に複数と山脈側に二つ、出入りできる門がある。人はとてもその門へは行けそうもないが。
フィン王国側にしか門はないと思っていたので以外だった。
次に縮尺が小さいのは聖域の壁からはじまり、その内側に白の廃墟が描かれていてその全長を知った。
白の廃墟は聖域の壁の少し内側を囲んでいて、山脈側で途切れている。
なぜこんな建築物があるのか不思議でしょうがない。
この縮尺では町や村は載っていなくて、穀倉地帯、平原、山、川にそれぞれの地名が書かれている。地元の図書館でみた地図など比べものにならないほど精巧だ。
見る限り普通に大自然が広がっている。
ただ一つ、中央だけが空白なこと以外は。
一番小さい縮尺ならどうだろうと数枚ある地図を広げ一番小さい縮尺を探すと一枚だけ何も描かれていない羊皮紙があった。
「これ、地図の中に混ざってたわ」
隣に座ていた藍髪さんに差しだす。
「ん~、それ地図だぞ。おまえ、聖域の中心を見ようとしただろ? 縮尺はちがうが、全部見たい場所が映るんだ。中心だけは無理だけどな」
「ふーん。見れないんだ。ってこれ魔法具なの!? こんな地図があるんだ。歩いてたら地図が出来上がる魔法具は見たことあるけど。へー、へー、思っただけで知りたい場所が地図に出るなんてすごいわ。すごいすごいっ冒険者の持ち物って感じがいいわ!」
テンションが一気にあがって地図を持って立ち上がり狭い馬車内を行ったり来たり。が、出来ないのでクルクル回っている。揺れる馬車内でバランスを崩さず器用に回れるのもだ。
「町にある地図も魔法具なの。地図の魔法具でもいろんな種類があるのね」
「違うタイプの地図が町にあるんですか、それはどの様な?」
「分厚い本になっていてね、見たいページをめくると立体になって地図が浮かび上がるの。白の廃墟を通るのに分かりやすくて良かったわ」
「「「立体!?」」」
3人の大声がハモった。
ちょっと声大きい、吃驚した。
御者台の赤髪さんもこちらを見ている。
「それ、ぜひ見たいです。町に戻ったら見せて頂くことは出来ますか?」
銀髪さんもテンションが上がったようで、立ち上がってミルカの両手を握ってグイグイ迫ってくる。
うわ、そんなに地図が好きなの?
「えっと、地図保管の人に聞いてみないと分からないわ」
「その時はミルカさんも一緒にお願いしてもらえますか? 面識のない私だけでは断られる可能性が高いと思うんです」
「わっ、分かった。一緒にお願いしに行くから。近いよ離れて息苦しいわっ」
身長差でミルカに覆いかぶさるように見下ろされると圧迫感がある。細いのに。
静かな人だと思ってたのに違ってたわ。
「そいつは魔法具大好きだから、そんな珍しいモン知ってしまったら見逃すまいと必死になるぜ」
なるほど気をつけよう。
それからしばらくは悪路の林の中を進んでいく。
鳥の鳴き声が時々していたが、それの数が増えてきたころで川が流れる場所へでた。
水場に鳥が集まっていたが私達が来ると飛んで行ってしまった。
赤に尾の先だけが青い鮮やかな鳥の群れだった。
まだ日は高いが、そこで野宿することになり馬車をとめた。
ここから先には陽が沈むまでに野宿にいい場所が無いのだという。
赤髪さんと藍髪さんが食いモンを探しに行ってくると言って防具を身につけ、武器を持ち林の中へ消えて行った。
やっと冒険者らしい姿になってくれた!くーたまらんわっ
銀髪さんは今夜の食事のために竈を作っている。こういう石が沢山ある場所では竈が作りやすくて楽だと言っていた。
ミルカは薪拾い。馬車が見える範囲で拾うように厳命された。
本当は銀髪さんは子守りも兼ねているのだが、正直に言うとミルカが怒るだろうからそれは言わないでおくことに。
来た道を戻り林に入ったところでエプロンのポケットに向かって小声で名を呼ぶ。
「カンキツ出ておいで」
ミルカのエプロンは聖域初仕事の時に支給された物で、腰から下だけのエプロンで大きなポケットが左右に一つずつある。その左側のポケットから、カンキツと名付けられたオレンジ色の魔物が顔を出す。
「キュ」
「人に見つからないように、薪を拾ってきてちょうだい。」
「キュッ!」
片手をあげて了解の意を示し、カンキツは道をそれて林の中へ入って行った。
オレンジ色の魔物については、結局はミルカが折れて魔物のボス(あるじ)になることとなり、主従関係になった。
白の廃墟での仕事はどうするのかと聞いたら、その子は今からミルカさん付きの従者にしましょう。と、私付きになった。
白の廃墟にいた黒のフードとは近縁種なのだという。
カンキツという名前を付け、今は、カラさんの助言を実行している。
何ができて何ができないのか。
今のところ、分かったのは掃除が出来るということ。
白の廃墟でもソレをしていたんだから出来るだろうと最初に命じた。ら、完璧な掃除だった。
ミルカの部屋は床から天井までピカピカで床は艶があり顔が映るんじゃないかと思うほどだった。
食器はすべて磨き上げられ新品のようになり、靴も磨いたらしく艶が出ている。
洗濯は頑張ってはいたが、タオル程度のサイズが精一杯だった。それ以上のサイズは洗ったあと、干すのに引きずったらしく汚れていた。
料理は美味しかった。スープもサラダにかけたドレッシングもパンも煮込んだ肉も申し分ない。
ただ、カンキツサイズだった。自前の皿やコップを持っていたらしく、それに料理を乗せて持ってきた。
試食の量でしかない。美味しいだけに残念。
気になったのはどうやって調理したかなのだが、それは追々知ればいいと思うことにした。
薪を集めながら待っていたら、カンキツが薪を頭の上でしっかり持って後ろを引きずって戻ってきた。
4~5本を紐? のような? 細いロープ? で括り付けている。
ミルカが持つに丁度いいサイズの薪で、よく見れば枝を払ったような切り口があって持ちやすくなっている。
持っていた薪を地面に置き、紐? のような? やっぱり見た目はロープを解きカンキツに返す。
「この薪、枝を払ったの?」
持って来れないと思っていたので、枝まで払って持ってきたのかと聞いたら、カンキツが持てばロープに見える物を自分のポケットにグイグイ押し込みながら、もう片方のポケットに手を突っ込みカンキツの手に丁度いいサイズの鉈をだしてみせた。
どう見ても鉈より小さいポケットから出した。
・・・・カラさんと同じ・・・・やっぱりカラさんは・・・いや、考えない考えない、考えないほうがいいと思う。
薪を集めるのに数回往復してこれで十分だろうと、カンキツをポケットに入らせて馬車まで戻ると銀髪さんがいない。
竈が出来上がって、携帯していた野菜なんかも切って後は入れるだけになっている。
辺りを見回すと、少し離れた上流でズボンを膝まで捲りあげ、上半身は裸で川に入っていた。まだ暖かいとはいえ水の中に入るにはもう冷たいはずだ。
薪を竈のそばに置き、銀髪さんへ向き直ると魔法を使っていた。
あれは魔法! 何やってるのかしら? もっと近くで見たい。
持っていた薪を竈の横に置き、近づこうと一歩前に出たとき、
両手を前に広げ、その先で大きな石が2個浮かしていたものを、そのまま両手を頭上へかざし石も上へ移動させた。
ドゴォ!
ドドッ!
両手を振り下げいきなり岩場へ打ち付け飛沫があがる。石は大きな音をたてて割れた。
近づく間もなく轟音に驚いて固まってしまった。
銀髪さんは飛沫で体を濡らしながら、岩場周辺に浮かんできた魚を流されないうちにと拾っている。
何匹かは川を流れてきたので、急いでブーツを脱いでスカートを捲りあげザバザバと豪快に水音をたてて魚を拾いに川の中ほどまで入っていく。
うう冷たい、でも大漁。
魔法も見れてラッキー。
十数匹の魚が採れた。
銀髪さんは石を落とす前よりもキッチリ服をきて、今は魚の内臓をミルカと一緒に取っている。
やっぱり寒かったんだ。
全ての魚の処理が終わった頃に狩りから戻って来た。魔獣を一匹、二人がかりで担いでいた。
牛くらいの大きさで、見た目が角ウサギ。
見たのは初めてだけど、聞いてたのと大きさが違う。全然違う。
「この魔獣はナニ?」
見た目は知ってる魔獣だけど聞かずにはいられない。
牛じゃん、これ牛が角ウサギのコスプレしてるんじゃないの?
でかいわ。
「角ウサギです。聖域に生息する魔獣は規格外に大きいな個体が多いんです」
「疲れた~、狩りより持って帰るのがキツイ」
「ああ、こいつが襲ってこなければ無視したんだがなぁ」
大きすぎる角ウサギを置いて、二人とも寝ころんでしまっている。
獣道ですら無い道を通って降りてきたから随分体力を消耗したらしい。
普通、角ウサギは後ろ足で立ち上がっても大人の膝くらいまでしかない小さな魔獣だ。
その角ウサギでこんなに大きくなるんだったら、もともと大きな魔獣だったら・・・・・
ミルカが呆然と牛サイズの角ウサギと見つめていると、それを銀髪さんが魔法で持ち上げ、血抜きを始めた。
手慣れたもので皮もきれいに剥ぎ取り、解体まであっという間に終わってしまった。
魔法があるとは言え、あまりの手際の良さに手伝う間もなかった。
「誰か、燻製にするから適当な太さの木を何本か切って来てください」
「あ、私が行く、長さはどれくらいの・・・・」
「俺たちが行くから、ミルカはその辺で木の実とかキノコを採っててくれ」
「馬車が見える範囲から出たらダメだぞ」
いまだゴロゴロしている二人に言葉を遮られた。
なら、行かない。
銀髪さんはとても器用だ。
見たことがない家庭魔法も使っている。
キッチンやお風呂で使う魔法ともちょっと違うような。
私はといえば、キノコと山菜があちこちに生えていて、たいした時間も掛からずに集まったので、今は捌いた肉に香辛料を刷り込みながら、テキパキと働く銀髪さんを観察している。
燻製ってやった事ないけど、道具とか即席で作れるものなのね。
石垣を作っているかのようなレベルで綺麗な竈が出来上がりつつある。
そこへ木を切り倒してきた二人が戻ってきた。
やはり二人も手際よく、枝を落とし木の長さを整え割っていき、それをアソラルさんが組んで、下準備が出来た肉をのせていく。
馬車に鉈やノコギリや鎌が積まれていたのはこういう事だったんだ。
「ミルカ、そろそろ食事の支度をしてくれ」
「え、もうそんな時間になってたの?。3人の手際よさに見とれて気づかなかったわ」
見上げると西の方の空が少しだけ色が変わり始めていた。
初めての野宿に少しだけワクワクしている自分がいる。
安全ではないのは分かっているつもりだけど、冒険者と一緒のいうのが余計嬉しくて仕方がない。
それを3人には気づかれないようにはしているのだけど。
食事は豪華だった。野菜にキノコに角ウサギの肉に山菜の鍋。魚の塩焼きに角ウサギの焼肉。
野宿でこんなに食べられる事はほとんどない。
藍髪さんが言うには、今日は食え!とにかく食え!食べられる時にしっかり食べるのが旅の鉄則なのだと言う。
赤髪さんと銀髪さんが言うには、食料が多く手に入った時は備蓄しておくものだと言う。
うん、私は後者を選ぶわ。
食事は私が名前を覚えたか?で盛り上がった。
盛り上がらないで欲しかったけど3人の期待通りだったらしい。
ちょっとは覚えたのよ。
「聞いたんだがホホ村の村長は、ミルカに会うたびに自己紹介してるんだってな」
「うっなんで知ってるの!?」
「おまえと合流する直前にあの村に寄ってたからな。ミルカって荷運び兼雑用を知っているかと聞いたら教えてくれた」
「いやーっ、村長なんてことを・・・・・」
頭を抱えて呻く私に名前言ってみ?っと何が嬉しいのか藍髪さんが催促してくる。
「銀髪さんは魔法使い」
「アソラルです」
「赤髪さんはパーティーのリーダーさん」
「ヴェルデだ」
「藍髪さんは・・・・・・?」
「おい、俺は何もないのかよ。トーゴだよ!」
これから覚えるまで1日1回、自己紹介することが決まった。
何度も自己紹介させてくれるなよ。と赤髪さんに頭を撫でられた。
よく子供扱いされるが、ここでもか、でも何も言えない。
燻製は食事が終わっても続いていた。
量が多すぎて一度に竈に入りきらないから数回に分けて作っている。
銀髪さんが独自開発した燻製魔法を使い、通常の手順をかなり省き時間も短縮できるているのだけど、全部終わるのは朝になりそうだという。
自分で魔法を開発って凄いんじゃないだろうか?
本人に聞いたら、家庭魔法で大した事はないです。って謙遜された。
こっそり赤髪さんに聞いたら、家庭魔法どころか、えげつない魔法も開発してるようだし、魔力と知識がないと出来ないことだ。と、
実は凄い人と一緒に仕事している事を知った。
だから、おまえは安心して仕事に集中しろ。と頭をなでられた。
また子供扱いか。
火の番は交代でするのに、私だけが外された。
「私も火の番できるわ」
もちろん抗議した。
燻製は朝までかかるので、終わったら肉を取り出して次の肉を入れる。
そして次の燻製のために銀髪さんを呼ぶだけ。
簡単だわ。
火の番だって交代の間くらい寝ずに出来る。
本音は私も冒険者らしい事したい!
「こういう旅は初めてだろ、今回はいいから休め。な?」
「そうですね、ミルカはきっと自分で気づかないくらい疲れていると思いますし、今日は火の番は無しで」
「そうだぞ、甘やかさているうちに甘えとけ」
頭を撫でまわす手を払おうとしたら、ひょいと藍髪さんに担がれて馬車へ入っていく。
「じゃあ、先に休ませてもらうわ」
「私も火の番できるのにー」
「もうすぐ燻製が出来上がるので、最初は私が火の番をします」
「おう、頼むわ」
聞いてよ!
ジタバタするが相手にされず、仕方なく諦めた。
どのくらいの時間が経ったのか、ポケットがモゾモゾして目が覚めた。まだ暗い。
カンキツ?
そういえばご飯をあげてなかったわ。
右のポケットに日持ちのするビスケットをカンキツ用に入れていたのに。
そっと体を起こし、馬車を降りようとしたとき、
「ミルカ?」
赤髪さんが起きた。いや、冒険者だし何かあれすぐ対応できるように眠りが浅いんだろうけど。
「ゴメン起こしちゃったわね。・・・ちょっと・・・」
「小便か、あまり離れるなよ」
「もう!」
もうちょっと言いようが無いかな!
馬車を降りて焚火とは反対方向へ移動する。
「ごめんカンキツ、ご飯を忘れてたわ」
左のポケットからビスケットを取り出しカンキツに渡す。
が、受け取らない。
モゾモゾとポケットから顔をだしギザギザの歯を剝き出しにしてギッギッと唸る。
「カンキツ?」
ビスケットを口の前まで持っていくと、邪魔だとばかりに振り払う。
様子がおかしい。
ミルカが一歩、体を右へ動かしてみても左へ動かしてみても、カンキツは同じ方向をみて唸り続けている。
ミルカも同じ方向をみるが何も変わったものは見えない。
今、火の番をしているのは藍髪さんだ。
彼も変わった様子はない。
「・・・・何かいるの?」
「キュッキュ!」
片手をあげる。
「それは魔獣?」
「キュッ!」
また片手をあげる。
サァっと血の気が引く。
「カンキツはポケットの中にいて。出てきちゃダメよ」
踵をかえし、藍髪さんに駆け寄る。
「藍髪さん、あっちの方向に何かいるわ」
顔を真っ青にさせて詰め寄り川の向こう側を指さす。
カンキツが見ていた方向だ。
「藍髪っておまえ、飯んとき自己紹介したばっかなのに・・・・」
軽口をたたくが、目は指をさした方を鋭く見つめている。
馬車で寝ていた二人も私の声に起きてきた。
「どうした、何かいるのか?」
「さあ、分かんね。ミルカが何かいるって」
「何か見たのですか?」
聞かれてもなんて答えていいか。黙っていると藍髪さんが剣に手をかけた。
「・・・・・いるな、群れだ。15くらいか」
私には暗くてまだ何も見えないのに、藍髪さんには魔獣の気配とその数が分かるらしい。
「ミルカは馬車に入ってろ。顔出すなよ」
「う、うん」
言う通り馬車に乗り込み護身用のナイフを持つ。
幽かに唸り声が聞こえたきた。
小さく聞こえていた唸り声が近づいてきている。
突然、魔獣の吠える声に、水しぶきと怒声、何かが砕ける音、魔獣の悲鳴らしき声が一度に聞こえてきた。
続いて血の匂いが漂ってくる。
魔獣の声がその数の多さを知らせる。
大丈夫、あの人達は強い。
カラさんが言ってたもの。安心して仕事ができるって言ったもの。
ランクの高い人達だもの。
心配ないと分かっているはずなのに怖い。
手にナイフを持ったまま膝を抱え、震えてしまう体を押さえようと腕に力を入れる。
不意に暖かいものが触れた。
「キュ」
小さな手をミルカの手に添えている。
出てきてはダメだと言ったのに。
気遣ってくれているのか、カンキツの目はこちらを見つめている。
固く結んだ唇がフッと緩む。
カンキツを掌に包み込み胸元で抱きしめるようにする。
外は激しい戦いを繰り広げているが、カンキツのやさしい体温が落ち着かせてくれる。