聖域って魔か!? 魔っなのか!?
長くなりました。
この仕事をはじめた当初、私の残念としか言いようのないアレのせいで怒られまくってたけど、今では皆さんの理解という諦めをいただき、毎日の仕事を頑張っています。
あ、でも残念な事ばかりじゃなくて、私の特技も役にたってるのよ。
そして今日もー
スーハースーハー・・・目を瞑り深呼吸を繰り返す。
カッと目を見開き気合十分!
両手を広げて受けて立つ。
「さぁ来い!」
「胡椒1樽、唐辛子3樽、乾燥キノコ10袋、陶器製皿全サイズ各10枚、ナイフとフォークを各100本、砂糖50瓶、乾燥ニンニク1瓶、ジャガイモ2樽、漬物ニンジン1樽、最後に麻布と綿布を荷馬車に乗せれるだけ。さあ、復唱して」
「胡椒1樽、唐辛子3樽、乾燥キノコ10袋、陶器製皿全サイズ各10枚、ナイフとフォークを各100本、砂糖50瓶、乾燥ニンニク1瓶、ジャガイモ2樽、漬物ニンジン1樽、最後に麻布と綿布を荷馬車に乗せれるだけ!これでどうだっ」
「くっ正解」
注文用紙を持ったライナーさんが悔しそうにしている。
「あー今日は種類が少なすぎだ。」
「ふふん、丸暗記は得意ですからね。この3倍は軽いですよ♪」
聖域に来てからの日課になってしまった注文暗記一本勝負。
今のところ全勝。うふふふ。気持ちいいわ~。
「注文書はミルカに渡すんだから暗記なんて必要ないのにな。覚えなきゃいけないのはこっちだ」
「本番前の準備運動よ」
地図保管人のマッドさんから地図本を受け取り、緩んでいた顔を引き締しめる。
周りの音も聞こえないくらいの集中力。
今日の目的地である3つの村を、効率のいい順路を探して記憶し始める。
私の仕事は聖域内での荷運び雑用係。
聖域内の膨大な地図は数冊の本に綴じられていて持ち運びは禁止されている。
そのため、荷運び雑用係は暗記して行くのだ。
なぜ地図が持ち出し禁止なのか分からないけど、聖域の決まりに文句をいう人はいない。
働きはじめた頃に何気なくカラさんに聞いたことがあるけど、
「聖域での決まり事はすべて必然なのです。不便でしょうけれどミルカさんなら大丈夫です。」
答えになってなかったけど、そういうものだと思えってことね。
こういうずっと覚えておく必要のない記憶って得意だから、天職かもしれないわ。
一日くらいで忘れちゃうんだけどね。
それもカラさんに言わせると「だからこそミルカさんが適任なんですよ」なんだとさ。
兄ちゃんなら可哀そうな部分って言いながら私を憐れんだ目で見るところだけど。
こういうのを「捨てる神あれば拾う神あり」とか「渡る世間に鬼はなし」って言うらしい。「鬼ばかり」ってずっと思ってたわ。
場所が変われば重宝されると。
目的地までの順路を記憶にとどめている間にライナーさんとマッドさんが荷台に荷物を積み込んでくれた。
ちなみにライナーさんとマッドさんは名札を付けている。理由は言いたくないし、ミルカが出発したら外すと言っていた。
理由言ってるのと同じだわ。ごめんね二人とも!
今回は、行きはランプ油ばかり120壺。壺自体が小ぶりなのでそれなりの数になる。夏が秋に変わろうとしている今、太陽も沈むのが少しずつ早くなっているから、この時期からランプ油の配達が多くなる。
真冬になると雪が積もり、吹雪けば配達はできないから村で蓄えておくのだ。
ランプ油の壺は、1壺1壺に丁寧に全体にロープが巻かれて、悪路でも割れにくくしている。
雑用荷運び係は一人でそれぞれの配達先へ行くから、私の場合に限り(荷物を守るために)過保護なほどよくしてくれる。
荷運び雑用係は全員男でそれなりに逞しい人ばかりで、女の人がするなど今まで一度もなかったらしい。
カラさんの鶴の一声で荷運び雑用係に配属になった私はちょっとした有名人になっていた。
その後、別の意味でも有名人になってまったが、ここでは触れないでおこうと思う。
「赤馬さん、今日もよろしくね」
荷馬車を引く馬に話しかける。
目線が私と同じ高さくらいの小さな馬だ。見かけに反して馬力がすごくて騎馬で使われる馬とは比べ物にならないほどの力がある。
とても逞しい馬だ。
名前がなかったので、小さな赤いリボンを馬のたてがみにつけて名前にしたのだ。
周りの人たちには、ネーミングセンスを貶されまくったけど代わりの名前なんて思いつかなかった。
「それじゃ行ってきます」
カッポカッポと蹄の音を聞きながら、町で一番広い道へ向かう。
町はずれに差しかかると数キロ先に白い建物が見えてくる。
そこは白の廃墟と呼ばれ、すべての建造物が白く、造りに規則性がないうえに、壁ばかりが幾重にも建っていたり、かと思えば倉庫のように中が空間になった建物であったり、上り坂を進むと壁の上にのぼっていたりと、橋や階段、壁や家屋がどこかしらで建造物どうしが繋がっている。
立体的に道が交差し、建造物の高さもバラバラで、5~6階建てくらいの高さの壁や家屋から、低い壁は私の身長よりも低い。
それはもう巨大な迷路といっても過言ではない。
けれど道幅は狭くても荷馬車が1台通れる幅があり、大通りになると20台くらいは並んで通れるほどに広い。
白の廃墟はまるで、聖域の内側に建てた2つめの壁のようにみえる。
どこまでも横に広く延びていて終わりが見えない。
けれど、縦に聖域中央に向かって進めば数キロで白の廃墟の端にたどり着く。
白の廃墟は無計画に建造されたような造りで、廃墟の外れがリアス式海岸のように無秩序に張り出していて、廃墟を出た先で、また廃墟にたどり着いてしまう場所もある。
地図が必要なのがこの白の廃墟なのだ。
ここを通ってしまえば、外の世界と変わらない景色が広がっている。
ミルカは覚えた地図を頭の中に広げて順路を確かめる。
──白の廃墟に入ったら道を真っ直ぐに突き当たりまで進む。
──突き当りを右へ曲がり、十字路を直進し三叉路にでたら上り坂を行く。坂は壁の上につながり、上りきったら、家屋の屋上へ架かる橋を渡り、そこから周囲の建物繋がる橋の中で一番長い橋を渡って・・・・
──蛇行した道の、下り坂になっているほうへ進み・・・・
──大通りにでたら、十字路を7つ通り過ぎたところで左斜め前の道へ進み噴水広場にでる。
──・・・・・
・・・・・頭の中で白の廃墟の向こう側へ出たところで、意識を正面へ向ける。
さあ、行こう。
白の廃墟に入ってから、覚えた通りの道をゆっくりと進む。
しばらくは直進。
頭の中の地図と照らし合わせて進むが、直進といっても実際は曲がりくねった道が多い。
少し先までしか見通せないから気が抜けない。
見落として、進む道を間違えてしまうと後戻りが難しいからだ。
どの壁も家屋も橋もすべて同じ素材で出来ている為、どれも同じ壁、家屋、橋に見えてしまう。
間違えるとミルカには区別が難しい。
壁や家屋や橋ばかりが目立つが、公園や、なにかを象った像など普通に街で見かけるようなものもある。
側溝や噴水もあるが水は無い。
廃墟を流れる川すら干上がっていて草もなく、木の一本も見当たらない。
ホコリもゴミも落ちていないのだ。
廃墟を管理する者たちがいると聞ているから、きっと彼らが状態を維持しているのだろう。
──────────────────
無事、白の廃墟を抜けると、深く息を吐き肩の力を抜く。
はぁー・・・
やっと抜けた。
迷路のような道だから最短距離を通っても時間がかかる。
視線を前方に向けると、ガラリと景色が変わり、木々がまばらに生え、雑草が生えて、地平線が見える。
のどかな風景。
一つ目のホホ村までは一本道で迷う心配はない。
しばらくして村を囲むように植えられた木々が見えてきた。
平野にポツンとある村は、嵐になると家が壊れてしまうことがあり、対策として木々で村を囲み、家々の傍にも木を植えている。
もちろん、実のなる木ばかりだ。
いくつかの種類の木が植えられていて、実になる時期がずれるよう考えて植えられている。
畑の収穫時期と重なるとせっかく実った果実にまで手が回らなくなるからだ。
村に入って村長さんが住む一番大きな家をめざす。
畑仕事にでていない村人が何人か、馬車の音を聞いて外にでてきた。
「こんにちは~」
見かける人を挨拶をかわす。
村人といっても全部で100人にも満たない。農作業のための労働力としてこの村があるだけで、人の増減はあまりない。
年齢などの理由でやめて行く人がいるが、すぐに代わりの人が来るので基本的に増えることはなく、減ることもない。
常に農作業に必要な人数が確保されている。
この村へはほとんどミルカが来るので、荷下ろしを手伝いに村長さんの家に人が集まってくる。
「ランプ油を持ってきました。村長さんはいますか?」
村長さんの家からでてきたおじいちゃんに声をかける。
正直、おじいちゃんのことは憶えてないけど村長でないのは確か。
村長の髪は茶金だったから。
これがミルカの精一杯の見分け方。
「村長は畑にいってるから、先に荷物をおろしてくれ」
「そっか。注文もあずかってるんで、そっちも先に出してもらえますか?」
おじいちゃんと会話しつつ、ふと荷台をみると、村人達が全部を降ろそうとしていたから慌てて止めに入る。
「待って。ここに降ろすランプ油は60壺だからっ」
あと、注文内容を伝える。
この村での注文は、ジャガイモ2樽、乾燥ニンニク1瓶、漬物ニンジン1樽。
村長が戻ってくるまで待っていられないので、先に注文品を蔵から出してもらう。
聖域で作られる物は聖域内で消費されるものとは別に、外部へ出す分も作られる。
不定期にではあるが、外部の孤児院へ一部を寄付し、残りは売る。
貨幣を手に入れて必要経費を賄う。
聖域は本気出すと、自給自足で完結してしまうので、交流の意味もこめて聖域産を売りに出して、外部から日用品や食材などを購入しているらしい。
私も住んでいた街で売られていたから知っているけど聖域産は即日完売。
食材は品質が良くて美味しく、何よりも加護がついているといって重宝がられていた。
実際、重病の子供のために買った少量の麦をその子に食べさせたら数日で回復したらしい。
そんな噂を聞いたことがある。
ただの街の人が、手に入れられそうにない高価なモノに興味ないわ。
って思っていたのだが、
王侯貴族や商人たちに買い占められないように、身分によって買える日を分けて庶民にも買えるように配慮してくれていた
しかも売る相手によって値段が違う。金持ち達にはゼロが何個か多い。
庶民だと通常の値段まで下げてくれる。
値段設定がものすごく不公平なんだけど、誰も文句は言わない。
聖域だから。
この一言ですべてがまかり通る。
「おー、ミルカ、ご苦労さん。村長のオストランだぞー」
村長が戻ってきた。誰かが知らせに行ってくれたらしい。
うん、自己紹介ありがとうございます。
「こんにちは。ランプ油は運んでもらってますよ。あと、こっちが注文で。」
「ランプ油を蓄える時期になったのか。」
冬の蓄え用のランプ油の配達は時期がくると、こちらで勝手に配達し始める。
村長は注文書を手に取り内容を確かめる。
よく日焼けした肌に、金色に近い茶色の髪に、同じ色の瞳をしている。
身長は平均170cmあるか無いかくらい、農作業で鍛えられた体をしている。
30代後半の面倒見のいい兄ちゃん風な村長さんだ。
本当は26歳なのに年相応にみられないことが悩みだと言ってたのが衝撃だった。
年相応には見えないわ。20代には見えないよ。
注文書から目を離し、
「今日は俺の名前言えたか?」
頭をぐしゃぐしゃに撫でながらいつもの質問をしてくる。
「うん、『村長』までは出てきたわ。声は覚えたから、呼ばれてすぐに村長ってわかったわよ」
「そっかー声は覚えたか。ちょっと前進だな、えらいぞ。」
褒めてくれるのは村長さんだけだわ。
幼児相手な褒め方のような気がするけど、まあ、いいわ。
褒めて伸ばそうとしているのかしら?
ちなみに先ほどの自己紹介は、脳内を右から左へ通り過ぎてしまい留まらなかった。
ゴメンね。
───────
二つ目のイシュエ村と三つ目のコリコラ村は少し距離があるが、分かれ道が一つしかなく、丁寧に看板までついている。
──左はイシュエ村、真っ直ぐは山、右は湖しかないぞ。迷うなよミルカ──
もともと看板なんて無かったのに、先輩について回っていた時に、この分かれ道でカンで道を選んでいたのが4度目バレて「お前無理、絶対!」
そういって看板がたてられた。
何度も何度も通っていれば覚えられるんだけど、常識を超えた回数をこなさないと無理だから・・・
先輩もそこまで付きあってられなくて結果が看板。
最後の言葉が信用されてないのと心配してくれてるのが伝わってくる。
今なら看板なしでも行けると思うよ。たぶん。
ひとつも割ることなくランプ油を届け切り、注文通りの品を欠けることなく手に入れた。
麻布と綿布を詰めるだけ欲しいって言ってたら、荷台の一部に小山ができた。
ロープで荷台に縛り付けてるけど落ちそうでコワい。
私個人で、大豆を5kg買いたかったけど、荷台に隙間すら無いほどだったから、1kgを2袋だけにした。
袋同士を紐でつないで、肩にかけて前後に袋がくるようにして両手使えるようにしてある。
今は私の横に、釣り竿と魚取り網と一緒に置いている。
最後に行ったイシュエ村は大きい川のそばにあって、村人のほとんどの人が手作りの釣り竿を持っている。
その釣り竿の質が良くて、釣り好きのうちの兄ちゃんにあげたら喜ぶだろうな~って呟いたら、使ってない釣り竿と魚取り網をくれた。
今度、お礼にお菓子を作って持っていこう。
ようやく白の廃墟が見えてきた。
空をみれば日が傾きはじめ、オレンジ色に染まりつつある。
ここはミルカにとって苦行でしかない場所だけど、見惚れてしまう時がある。
この時間帯だ。空がオレンジ色に染まると、廃墟の日差しを受ける壁はオレンジ色に、陰の壁は白く、溶け合うような幻想的な景色に変わる。
ずっと見ていたい気持ちになるが、日暮れまでに町へ戻らなければならない。
絶対に陽があるうちに町に戻ること。これだけは守りなさい。
仕事について最初に教えられたことだ。
ずっと見ていたい気持ちになるが、日暮れまでに町へ戻らなければならない。
うーん、ちょっと帰りが遅くなってしまったみたい。
陽が沈むのが早くなってきてるのを忘れてた。
いつものなら、この美しい景色は白の廃墟に入ってしばらくしてから見られるのに、今日は入ったらもうオレンジ色に染まっている。
だからといって、スピードを上げて道を見落とさずに通過する自信がない。
・・・・ギリギリ通り抜けられるかな。
ここさえ抜ければ走って行けるし。
速度を落とし、頭の中にある地図を確かめ、来た道を通ていく。
壁の上に出たとき、白の廃墟を見下ろすとオレンジ色の美しい街並みがある。
普段の白の廃墟はあんまり好きじゃないんだけどな。
いつまでも見ていたい気持ちがあるが、止まって見る余裕はない。
空が少し赤紫がかってきている。
思ったより沈むのが早い。
地上に降りて、壁の高さ3階分くらいある道に入ると少し暗い。
道を曲がると壁がさらに高く、道も馬車が一台通れるだけの道幅になった。
こうなるとかなり暗い。
見上げると空はまだ明るさがあるがさっきよりも空が紫色になっている。
まずいわ、これは怒られる。
町に着いたら夜になってるの確実ね。荷を降ろさなきゃならないのに。
ふと、前方に何か動くものがある。道が曲がりくねっているうえに暗くて先が見えずらかったから気づくのが遅くなった。
背が低く、ミルカの腰くらいの身長で黒のフードを被っている。
手には箒を持ち、道を掃除していた。
子供が一人で?
こんな迷路みたいな場所を子供が掃除するなんて。
その子をじっと見ていたら、こちらに気付き掃いていた手をとめ、向こうもこちらをじっと見てくる。
あ、気づいた。
声をかけようと口を開いたその時、子供とは思えないスピードでこちらへ走って、箒振り上げ飛び掛かってきた。
「──きゃあっ!?」
とっさに身を屈めると同時に真後ろでバキッと何かが壊れる音がする。
振り向けば荷台に積んでいたジャガイモの樽が割れて、ジャガイモが転がり出し、荷台からボロボロと落ちていく。
「なに!??」
フードの子が飛び掛かてきた時、一瞬だが目が金色に光って見えた。
暗い場所で目が光る人なんていない。
魔物?
聖域で!?
見れば魔物はこぼれたジャガイモを拾っている。
なにが起こったのか頭が追い付かないがとにかく荷馬車を走らせる。
壁の高さが徐々に低くなり、少し明るさが戻る。
広い道にでて、左へ曲がろうとしたらまた、魔物が現れて襲ってきた。さっきと同じフードを被った子供。
「嘘っ」
後ろにいたはずなのに前方にいるなんて。
手綱を握る手に力が入る。
振りかぶってくる魔物をかわし、とにかく逃げなきゃと正面を見るともう1匹。
「まだいるの!?もしかして今のも最初とは別の魔物だったの?」
広い道を蛇行しながら襲ってくる魔物を避ける。
魔物のスピードは人のそれよりあるが避けれないほどじゃないのが救いだっだ。
けれど必死のミルカに冷静さはない。ただ、考えるより先に体が反応して何とか避けている状態だった。
体は恐怖で震え、うまく動かない。
─動け動け動け、止まるな私!
萎縮してしまいそうになる自分を鼓舞する。
心臓は早鐘のようになり、張り裂けそうに痛い。
「ひっ」
小さく悲鳴を上げるミルカ。
目の前に2匹の魔物が襲ってくる。とっさに手綱を離し荷台へ転がるようにさがり攻撃をかわしたが、腕をかすめ、服が何本も切れたように裂けている。
箒をかすめただけで、なんでナイフで切ったような切り口になるのっ
サーっと血の気が引く。
魔物の攻撃で積んでいた麻布と木綿を縛っていたロープが切れてドサドサと豪快に落ちていく。
後ろを振り向く余裕なんてない。道がわかれ、数メートル先に魔物が。もう一つの道は壁のうえに向かって伸びている。
迷うことなく魔物のいない壁への道を選ぶ、壁の上までのぼると見晴らしがよくなり、壁や家屋の屋上が見渡せる。が、魔物の姿が見えない。
どうやら、上にはいないようだ。
追いかけてくるかと見下ろしてみると、襲ってきた魔物たちが立ち止まっている。
追いかけてこない?
諦めてくれた?
よく見ると散乱したジャガイモと麻布と木綿を掃除して片付けている。
最初に出くわした魔物もジャガイモを拾っていた。
「もしかて、私を襲うより掃除のほうを優先しているの?」
少しの間だけ迷い、自分の顔を両手でたたき気合をいれる。
荷馬車をとめ、胡椒と唐辛子の入った樽を開け、ミルカの貧弱な力でなんとか荷台に乗せたまま倒して中身が少しずつ外にばらまけるようにする。漬物ニンジンの樽は小さめなのでミルカの力でも荷台から道へ落とすことができた。それの蓋を開けて地面に中身をぶちまける。
続いて、御者台に皿を置き、ナイフとフォークをポケットに入るだけ詰め込む。壺もできるだけミルカの手が届く位置に寄せる。
壁の上だけを走っていても町へは戻れないわ。
襲ってきても荷物をばらまいて気をそらし、その間に逃げ切る。
再び荷馬車を走らせると、どこからか魔物たちが集まってくる。
橋がかかていない家屋の屋上からこちらへ飛び越えてくる魔物もいる。
走るたびに荷台から胡椒や唐辛子がこぼれ落ちていく、それを見た魔物は私を通り過ぎていく。
前方からくる魔物はミルカを襲てくるが、初撃さえ避ければ散乱している荷物に気付き追いかけてこない。
とはいえ、素早い魔物の攻撃をいつまでもかわせるはずもない。
直撃はないものの、服は破れ、あちこちに血が滲んでいる。
壁の上を縦横無尽に走りまわりながら、下への道をさがす。
もう、覚えていた地図は役に立たない。
自分がどこを走っているのか、町へ近づいているのかも分からない。
壁を降りる道をみつけ、坂道を全力でくだる。
まずい。真下に魔物がいるっ
向こうもこちらに気付き、坂道をのぼってくる。
ミルカは皿に手をのばし、向かってくる魔物に投げつける。
気がそれるだろうと思っていたら、そいつはスピードをあげてミルカに迫ってくる。
「うわ、どうして!?」
ナイフとフォークをつかみ投げつけ、魔物がバランスを崩した。とっさに自分の横に置いてある魚取り網をつかみ、御者台に膝たちして、柄の部分でボールを打つように魔物を殴る。
魔物はそのまま道を落ち反対側の端まで転がっている。
軽い。
樽を壊しいてしまうほどの力があるのに、その体は異常に軽い。
ミルカの体は考えるより先にが動いた。柄を握る手は震えが止まらない。
だけど、ただ避けるだけでなく、当たりさえすれば防げる。
自身を守る選択肢が増えたのだ。
あと、分かったとがある。
投げてもそれだけじゃダメなんだわ、落ちていなくちゃ。
地上へ降りると馬車1台分の道幅になった。
暗い道を目を凝らしながらゆるく蛇行した道を走っていく。
道の端に小さな灯りがみえてきた。
街灯?
それにしては位置が低すぎる。
なにより白の廃墟で機能しているものを見たことがなかった。
街灯なら他にもあるけど形だけ、噴水もそうだった。
近づくにつれてハッキリとその光が何なのか見えてくる。
淡くオレンジに光るフードを被り、壁を磨ているように見える。
間違いなく魔物だ。
黒のフードを被った魔物も小さいが、これはもっと小さい。掌に乗りそうな小ささだ。
オレンジに光る魔物がこちらに気付いた。
ミルカは壺を片手にもち身構える。飛び掛かられるタイミングでぶつけてやるつもりだ。
ところが魔物のほうが慌てているように見える。
キョロキョロと辺りを見回してぐるぐるとその場を回っている。
なに?
黒いのとは別の種族?
馬車1台分の広さの道幅に避けるスペースはなく。
小さいオレンジ色に光る魔物は、せまる荷馬車を避けようと壁にピョンっとジャンプし、荷馬車よりも高い位置にへばりつきミルカをやり過ごす。
その瞬間、ミルカのすぐ横に黒い塊が現れる。
壁だと思っていたのは家屋だった。2階の窓から飛び掛かってきたのだ。
振りかぶる箒に、ミルカは持っていた壺を投げると同時に、御者台に寝そべるように体をしずめる。
体の上で空を切る音が聞こえ、次いで小さな悲鳴が聞こえた。
「ギャンッ」
走る方向に光が飛んでいく。ミルカへの攻撃に巻き込まれたのだ。
黒の魔物の一撃をくらいかなりの距離を飛び、地面に転がりそして動かない。
仲間じゃないの?
あれは死んだかも
黒のほうは割れた壺のところで掃除をはじめている。
光る魔物を、通り過ぎる間際に魚取り網ですくう。
壺を何個もまき散らし、魔物が追ってこないのを確かめてから、網の中から小さくオレンジ色に光るそれを取り出した。
光が弱くなっている。
掌に乗せ、顔をのぞくと獣のように毛が生え、鼻も口も目もあるが凹凸が少なく頭全体がまん丸だ。
ぐったりして動かないが呼吸を確かめようと指を鼻へ近づけると、パッと光が強くなり目がひらいた。
金色の瞳。それは黒い魔物同じ色で、やっぱり同じ種族だったのかと息をのむ。
ガブ!
「痛っ」
指を噛まれた。
小さい口でギリギリと人差し指を噛む。
「痛い、ちょっと離してっ痛いってば!」
指にしがみつき噛みついて離れない。
黒い魔物のような怪力ではなさそうだが、痛いものは痛い。
涙目になるミルカ。こんな場合じゃないのに。
「こっのっ助けるんじゃなかったわ!」
ガッブ!
離れない光る魔物の頭をフードごと思いっきり噛みついてやった。
キュッという小さな悲鳴をあげて指から口が離れる。
すかさず乗せている手を後ろに振り放り投げた。
無駄に指を怪我してしまった。
魔物らしきものには近づかないほうがよかったのだ。
自分と同じ、怖い目にあっていると勘違いしてしまった。
震える手で魚取り網を握りしめ助けることなどなかったのに。
そんな中で、赤馬さんはミルカが思っていた以上に賢かった。
もはや手綱を握るだけになってしまっているミルカのかわりに蛇行してかわす。
道なりに走るだけでなく、突然角をまがり、魔物を振り切ろうとする。
再び家屋の屋上へ出たとき、やはり上には魔物の姿は見えない。
後ろをふりむき、追いかけてくる数を確認する。
1匹。
壺に入った砂糖を魔物に見せつけるように下へばら撒き。壺自体も落とす。
次々に落とし、風も手伝って広い範囲に撒くことができた。
魔物はあちこちいるようだが、集団になって襲ってくることがない。
掃除のほうが大事だからだろう。
掃除優先の魔物なんて聞いたことがないけど、そのおかげでまだ生きてるわ
恐怖で周りをちゃんと見れていなかったのだが、少し見る余裕ができた。
ほんの少しではあるが。
そこで気づいたことがある。
魔物の走るスピードは荷馬車と同じか少し遅いくらい。
軽くすれば逃げ切れるかもしれないということ。
荷馬車を止め、赤馬から荷台をはずす。
震える手でうまく外せないミルカは、冒険者の兄ちゃんから貰った護身用のナイフで切っていく。
おさがりとはいえ、冒険者のナイフなだけあってよく切れる。
荷物をすて、スピードを上げて逃げきるしかない。
荷台には故障で動けなくなった時用に、乗馬用の馬具が載せてあるが着けている余裕がない。
赤馬にキノコの袋に小さな穴をあけ、自分の背中に括り付ける。
自分で買った豆を首にかけ、やはり小さな穴をあけ移動中に少しずつばら撒けるように準備する。
「赤馬さん、町まで走って。頼むね」
そういって裸馬となった赤馬に跨り鬣を握り、振り落とさないよう集中する、逃げるのは赤馬に任せる。
空にはわずかに明るさが残るが、白の廃墟には夜が降りてきていた。
荷台を捨てた赤馬は早かった。
道のあちこちで魔物と出くわすが、赤馬がとっさに道を変え、避け、追い越しながらなんとか逃げ切ってくれる。
背中に括り付けた乾燥キノコと首から釣っている豆がうまく落ちていって、追いかけてくる魔物を足止めをしてくれる。
引き離してしまえば、執拗に追いかけてはこない。
問題は正面から攻撃をしてくる魔物だ。
悲鳴を上げながらも必死にバランスをとり、ポケットに入れたナイフとフォークを顔に向かって投擲し怯ま
せる。
落馬をしないことを優先に投げるから、たいした威力はない。
それでもないよりかマシだった。
落ちるな。落ちるな。落ちるな。
呪文のように心で繰り返す。
恐怖で目の前をちゃんと見れていない。
襲ってくる黒塊の中に光る金色めがけて投げているだけで精一杯だった。
撒けるものが無くなったころ、3匹の魔物に出くわしてしまった。
「きゃあ!」
魔物は3匹同時に跳躍して箒を振りかぶる。
ポケットに手を突っ込み、ありったけのナイフとフォークを前面に投げつける。
その一瞬で赤馬は魔物の下を潜り抜け全力で駆ける。
突然、視界から建物が消えた。一瞬理解できなかった。
!?
白の廃墟を抜けたのねっ。
町までもう少し!
真っ直ぐ走る分には赤馬のほうが速い。
魔物に追い付かれはしない。
それなのに、赤馬は走るのをやめて歩きだしてしまった。
「どうしたの赤馬さん!?頑張って走って、もう少しだからっ」
焦るミルカは追ってきているはずの魔物を振り返る。
魔物が3匹いた。しかし、立ち止まってこちらを見ているだけで動こうとしない。
白の廃墟の入口、そこからじっとこちらを見ている。
白の廃墟から出てこない?
出られないの?
「赤馬さんは魔物が白の廃墟から出られないって知ってたの?」
震える手で赤馬の首をなでながら話しかける。
追ってこないと分かっても、まだ震えが止まらない。心臓も早鐘のまま。
息切れが激しく酸欠で頭が痛い。
それでも助かった。
一気に体から力が抜ける。
日暮れまでに帰ってこいって、こういうことだたのね。
・・・なんで魔物が聖域にいるのよ。