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自覚を持った

森を抜けるとカラっとした乾いた風が幌の中を吹き抜ける。その気持ちよさに目を閉じて風を感じていると、荷馬車の後をついてくるもう一台の荷馬車から声がかかる。



「ねー、どこ行くの?俺が知ってる村だったら案内できるよ」



昨日の泣きそうな顔は何処にもなくにこにこ笑顔で、御者台にいるトーゴに話しかけている。

笑顔な理由は、昨日あれから3人がどれ程自分たちの名前を覚えなかったかを話して聞かせたからだ。

ミルカとしては納得される悲しさは少々あるものの、泣かれるよりはマシだった。



「行った事がある村だから案内はいらないよ。お前はどうなんだよ、どこへ行くんだ?」



「ミルカと同じトコ」



きっぱりと言うマドドに思わず幌から顔をだすと、嬉しそうに手をブンブン振ってくる。まるで犬だ。

たまたま行き先が同じだったって意味じゃないわよね。何で私と同じトコというのか?



「目的地を勝手に変えるのってダメでしょ。本当はどこへ行くの?」



冒険者の荷運び兼雑用係りなら、寄り道も認められているが、通常、荷運び兼雑用係りは目的地へまっすぐ行って帰って来る。それをミルカと同じってどういう事よ。

昨夜、焚火を囲んで寛いでいた時に、マドドは冒険者では無いと言っていた。それでも一人で荷運び兼雑用係りをするだけの実力があるという事だが、どれほど強くても冒険者じゃない事に変わりはない。

御者台に座るトーゴは汗で前髪は額に張り付いている。もともと長い前髪でもないのに張り付くって余程の汗をかいていることになる。

暑さを紛らわすためか、よくマドドと会話している。



「いいんだ。仕事は変わってもらうから。もともと俺は仲間と交代で荷運び兼雑用係りをやってるから」



「今、積んでる荷は持って行かなきゃなんないし、交代も一旦は仲間の所へ帰る必要があるだろ?」



「今朝、鳥を飛ばしたからそのうち代わりのヤツがこっちに来るよ」



あの手紙を運ぶ鳥か。兄ちゃんに送った事があるけど、あれはあれで不思議な鳥だ。

鳥の取り扱い説明をカラさんから聞いたけど未だに謎過ぎて自分の中で消化できないでいる。


鳥を呼ぶのは専用の笛を吹けばそのうち飛んでくる。これは長距離の荷運び兼雑用係り一人ひとりに支給され、また、聖域の内面に近い地域に住む者にはその村や町単位で必ず一つは支給される笛だ。


呼んだら最初にエサをあげるのを忘れずに。

次に、手紙を足に付けて、送りたい相手をの顔を思い浮かべながら鳥を抱きしめて、鳴けば相手の所在を見つけたという事で、鳴かなければ相手の所在が分からないという事になる。人探しにも使うことがあると説明を受けたが利用者は聖域にいる者に限られる。


そもそも、思い浮かべただけで、なぜ鳥が相手の顔を知るのか。

どうやって相手の居場所を知るのか。

理解不能すぎて、へ~、そうなんだー。と返事を返すので精一杯だった。





鳥が移動している相手の場所が分かるのはそういうものとしてもだ。

交代に来る仲間は移動しているマドドの場所をどうやって知るのか?

また謎が増えた。

・・・・・・・・・・・・・・・もう、いいや。謎鳥と謎マドドとその仲間でいいわ。ついでに鳥の名前も忘れちゃったし。




幌から顔を出してると日差しの強さがキツくて幌の中に顔をひっこめた。

幌の中ではアソラルさんが気持ちよさげに眠っている。

結構ガタガタと揺れてるんだけど、交代で最後に火の番をしてそのまま朝を迎えたから眠いのね。

ピクリとも動かない熟睡ぶりに私も眠気を誘われそうになる。



後ろを見れば、森が遠くに見える。

草が生え、道らしきものは無く、デコボコとして地面が緩やかに波打つように見える。

遠目にはきれいな緑色の絨毯が風に波打っているように見えるが、実際に通っている馬車は揺れまくって道の悪さが半端ない。

村に着いたら馬車の整備をした方がよさそうだ。



「なぁ、ミルカは鶏肉好きか? 今、上空を俺の好物が飛んでるんだけど」



「鳥肉で嫌いなものはないわね。なんて鳥?」



暑いから顔を出さずに返事をする。お行儀が悪くてもいい。日差しが突き刺さるほど痛いんだもの。

幌から空を見上げると、鳥が一羽飛んでいる。だが、高すぎて姿はよく分からない。

鷹くらいに見えるけどマドドの視力はどうなっているのかしら。

見分けられるって・・・



「ヨルロだ」



「結構高いとこに飛んでるぞ、狩れるのか?」



手で庇をつくり鳥を見上げながらトーゴが、無理だろコレ。な口調でマドドに問う。

マドドが馬車を止め、続いてトーゴが馬車を止める。

拳大の石を拾って鳥めがけて、全力で石を投げる。瞬間、マドドを中心に空気がヒュッと乱れたようにうねった。

投げた石は、雲一つない眩しいほどに美しい青い空に吸い込まれ見失う。



「お待たせ、取りに行こうぜ」



「見届けなくていいのか?」



「んー、確実に仕留めたから。早く落下地点へ行かないと横取りされることがあるんだ」



すごい自信ね、仕留めたと言い切るその自信はどこからくるのよ。

私だったら仕留めたと思っても結果を見るまで何も言えないわー。



「そうか、取り合うほど美味いのか。もちろん分けてくれるんだよな?」



「もちろん、捌くの手伝ってくれな!」



今にも涎が垂れてきそうな顔をして見上げるトーゴさん。

料理を目の前にしたら涎も出ようものだけど、落下中の鳥みて涎って。

どんだけ食いしん坊なのさ。


石はまだ飛んでいる鳥に向かっているハズで、だが、見失ってしまったから外れたとしても分からない。

んむー・・・と小さく唸りながら石が見えないかと目を細めて見上げていると、突然鳥が落下した。



え?

当たった?



「すごい当たったわ。見えなかったけど石で仕留めるなんて。なんて力なの、まるで・・・」



まるで魔物のような、魔物の・・・・・  


あれ? ・・・・・・うんっ!? 


何かに気が付いてしまった。何かに。でも、まだ確信するには早いと思う。

落ちていく鳥を見上げながら思考がフリーズしそうになるのを必死で耐えていると、見えている事実に驚愕することになった。

フリーズしかけていた思考はウソのような現実を受け入れようとフル稼働し始める。

落ちてきている鳥が少しずつ大きくなっていくが、まだ地面に着かず落ち続けているのだ。

落下時間長くない?



「おいマドド!お前、あれ何なんだっ。デカすぎだろ。っていうかどんだけ上空を飛んでたんだよ」



「おー、ちょっと小ぶりかな」



「馬車よりデカいわ!」



「・・・・・・・大きければいいというものでは無いわ。ねえカンキツ」



「キュ」



ポケットから顔だけだして見上げているのを無意識に親指の腹で頭をぐりぐりと撫ででやる。

気持ちいいのか、声をかけたのが嬉しいのか小さく長くキューーーっと声を出している。

隠れさせることも忘れて声をかけてしまっているが、静かに混乱しているミルカは気が付かないでいる。

実は野営地を離れる時から、幌の中でマドドに見られることも無いだろうと、カンキツを自由にさせていたのだが。

幌から乗り出した姿勢でカンキツを呼ぶなど平静であればしない事だ。

落下継続中の鳥を見上げながら思考は他の事にいっていしまっている。





もしかしてカンキツは分かっていた?

マドドが実は・・・・・魔物かも知れないって。

いや、カンキツは魔物だから、かも。じゃなくて現れたときからハッキリと分かっていた可能性が高いわ。

じゃあ、なんで隠れたのよ。

あれは人に見つからないように隠れてなさいって事でっ

・・・・・・

後で確かめよう。

ちょっとこの件を放置するのは良くないわ。



ナナシ村で教えられた記憶が思い出され───からのマドド出現───カンキツ隠れてたけど知ってた!?なぜ隠れた???───勝手について来くるマドド───鳥デカすぎ。空高く飛びすぎ、何故投げた石が届くかな───しかも仕留めたし。───まだ落下中で全然落ちてこないんだけど。───

全てが洪水のように押し寄せては引き、再び押し寄せてくる。

深呼吸をして自分を落ち着かせ、犬が自分の尻尾を追いかけるがごとくの思考が一段落した時に、ドオォンっと大きな音をたて地面から振動が伝わってきてきた。

やっと落ちてきたか。

トーゴが言った通り馬車よりデカイ。

馬車を止め、近づいてみると頭に穴が開いている。

反対側に回って、同じく頭をいるとやはり穴が開いている。



あの距離で投げた石が頭を貫通してるー!

ばっかじゃないのっ何この怪力。

私よりちょっと背が高いだけのヒョロリ体形のくせに。

ここ数日、鍛え上げられたマッチョばかり見ていたから認識する標準体型がズレてしまっている。

たしかに細身だが鍛え上げた体をしているし、大きな剣を背中に担いている時点で膂力があると分かるはずなのに。

分かっていないのはミルカだけだった。

マドドがヒョロリならミルカはカラッカラに干したスルメだ。



どうやって解体するのかしら。



落ちてきた鳥を見れば見る程、その後の処理が想像つかない。

馬車以上の大きさだが、翼を広げればさらに大きい。

雨が降れば片羽の下に馬車ごと潜り込んで雨宿りができてしまうくらい簡単にできるてしまう。

当然、羽の一枚一枚も大きく立派だ。

色も、全体的に茶色だが翼の先だけが黒く、そのすぐ内側の羽が黄色で線を引いたようで目立つ。

実家の店の前に飾ればいい客寄せになりそう。

ミルカは時々、商人の子らしい発想をする。

家の商売が儲かるのは嬉しいのだ。


翼の下に潜り込み、ブチブチと羽を毟り取って数枚の羽をミルカに差し出す。

それは太陽の光を反射して、黒なのに光加減でとろりと色をかえる。どこまでも黒に近い青のような、かと思えば緑のような。何色かと聞かれれば明確に答える事のできない繊細な色。しかも銀の粉を混ぜたように控えめに光を反射している。



「ヨルロが地上に降りてくるのってエサか交尾の時くらいで、なかなか手に入らない肉なんだ。貴重だから肉だけでなく羽も高値で売れるしな。特にこの内側の根元に生えてる羽は魔力のストックができるから便利だし、ちょっとした財産になる。これは俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ」



ずいっとミルカの目の前に差し出す羽とマドドを交互に見比べる。



「・・・・・ちょっとした財産を簡単に人にあげるもんじゃないわよ。そんなに気前よくしてたらたかられるわよ」



「誰にでもはしないよ。ミルカだからプレゼントするんだ。特別だから!」



聞きようによっては勘違いしてしまう発言。

でも、これってやっぱりそうなのね。

私のスキルの寵愛にハマってるわ。



「確かにきれいだし欲しいと思うけど、持ち歩いてたらせっかくの美しい羽がボロボロになってしまうわ」



「そのちっこいのに持たせてればいいだろ?俺の収納カバンは容量があまり無くてヨルロの肉を入れたらたぶん一杯になってしまう」



ミルカのエプロンを指さして、知ってて同然のように言ってる。

気付いてたかっ、じゃあカンキツもマドドが魔物って分かってたわね。

言いなさいよソレ。こういう時は隠れても無駄なのよ。

カンキツとはもっと意思の疎通の努力が必要だわ。



その後の解体の出際の良さは見事だった。

鳥の足を、強化した縄で結び、魔法で巨大な柱を3つ作り上げ頂点で交差している。そこに逆さに吊るされた鳥。

マドドの剣が首を切り落とし血抜きが始まるのだが、ヨルロの血が染み込んだ土は最高級を超えた幻の肥料になるのだという。これも一匹分の血がしみ込んだ土だけで数か月は働かなくても十分な生活が出来るという。この肥料は少量を混ぜるだけで豊作を約束する代物で、一匹分を国相手に売るのが普通だという。

解体を手伝っているとヨルロの価値を説明してくれるが国相手とか話がデカすぎてついて行けない。繁盛している店の子供といっても庶民のミルカに、商談相手に国がでてきても実感を伴わない夢のような話だ。




「痩せた土地が多い国に売ったら怖いくらいの好待遇で、危うく王族の誰かと結婚させられてしまうトコだったよ。あはは」



「価値が高すぎて狙われるレベルってことですね。豊作を約束するのなら農業で成り立つ国には国宝でしょうね。それをもたらすマドドがそよの国に行ってしまう事を防ぎたかったのでしょうが」



「メリットがあるならともかく、魔物が人の国に縛られるもんかよ。なーカンキツ」



「キュ」



心当たりでもあるのか深く何度も頷いている。

分かりやすく一言でヨルロを説明するなら、ドラゴンと同等の価値。素材はどの部位も素晴らしく捨てる部分が無い。

大きな違いがあるとすればヨルロは存在自体が知られていなくてその素材で作った武器・防具が出回れば、失われた文明の遺物扱いになるのが落ちだと。


誰も知らない上に素晴らしすぎる武器・防具となればそうなるか。


マドドのカバンから大きな敷物を出し、ばらした肉を部位ごとに整然と並べていく。

内臓まで丁寧に・・・・・・あまりにも丁寧に取られた心臓がまだ動いているんだけど。心臓内に残った血が動くたびに吐き出され敷物に落ちた血が徐々に広がっている。


うぷ、大きすぎて気持ちわる。



「よし解体完了!新鮮なうちに食おうぜ。あ、こっちの部位は干し肉にするから」



気持ち悪さに後ろを向いていたので気づかなかったが、解体と同時に今、食べる分だけ小分けしてて、バーベキューの準備が整っていた。

その隣ではアソラルさんがスープを作っていて鍋の蓋を開けた途端に食欲を刺激するいい匂いが漂ってきた。


手際が良すぎる。何なのこの素晴らしく無駄のない連携。

ちなみにスープはヨルロの肉入りだった。



「うっまーい。あんた、アソラルだっけ。料理上手なんだな。これから毎日こんな美味いのが食えるなんて俺らっきー!」



スープの底に沈んだ大きな具をスプーンで掬い、上機嫌で勝手な事をいう。

誰も了解していないわよね?

一緒に行こうなんて言ってない。

これは私が原因よね。寵愛のせいよね。せめて「一緒に行っていい?」くらい聞いて欲しいかなー。ヤダって言ってもついてきそうだけど。



「やっぱり魔物よね?」



「ん、ろーらお」

うん、そーだよ



カンキツの事も分かってて当然みたいな態度だったし、むしろ、気づいてなかったの?って態度だ。

ヴェルデ、アソラル、トーゴを見ると頷く。次いでカンキツ───もうバレてるからミルカの横に座って食べている───を見下ろすとこくりと頷かれた。



私だけかーーーーーーーーーーーーーーーー



昨日、やたらと過保護な事いってたのってコレのせいか。

気付いてなかった私が悪いのか!?そうなの????

分かるわけないじゃない。

人にしか見えないし。

まあ、魔獣のいる森で一人でいるのを警戒するべきだったかぁ。

肉の刺さっている串をカンキツに渡し、地面に伏して凹む。



「肉を土で汚さないようにカンキツに持たせる余裕はあるのか」



「やっと気づいたのか。遅いぞー」



「私達がいる間に魔物と人の見分けが出来るようになれたらいいですね」



全員、口いっぱいに頬張りながら慰めてくれる。

とっても美味しいけど、口の中の食べ物を飲み込んでから言ってくれないかな?

そんな状態で上手に発音していることにビックリだわ。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





村までは1日で着いた。

数日はかかると思っていたのに、意外と森から近かったようで、しかも魔獣に襲われることもなく。

気候の変化を1日で1年分経験したことを「何事もなく。」と表現するならだが。












腹いっぱいになった後、マドドが特製の魔法具だと言って袋を取り出し、干し肉用に取り分けていた肉塊を詰め込む。



「この袋に入れておくと半日で干し肉ができるんだー。しかも食べやすい大きさに自動カット!出来上がったらミルカに半分あげるな。楽しみにしてて」



1台はヴェルデが御者台に。もう1台、マドドの馬車の御者台にトーゴが座り、荷台で糸でつなげたヨルロの羽を天日干しにして、風に揺れ太陽の光をゆるりと反射している。

その真ん中で袋を持ち上げ振ってみせている。



「え、いらない」



「そんなっ、干し肉嫌いだった?」



笑顔が一瞬でしょんぼり顔に変わり、他の何かを取り出そうとするマドドを慌てて止めて言い直す。



「さっき鳥肉を大量に貰ったし十分すぎるわ。マドドが狩ったんだからマドドが持ってて」



内心、面倒くさっと思っているのは内緒だ。

カンキツが二人になったようだわ。こういうトコが似るなんて魔物ってこういうのが多いの?・・・・私は何でもはハッキリ言ってしまうからこんな風になるのは苦手なのよ。


柔軟な対応が出来ないヤツは店先に立つな。とは今は無きじいちゃんのお言葉だ。

ミルカはお客さんとの会話に向いてないから配達とか加工とか裏方の手伝いをしていた。

それでもクソ忙しい時は店先に立つこともあったが。

そんな訳で自分の言葉で一喜一憂するカンキツに───特に落ち込む時───若干苦手だ。

それがもう一人増えそうでヤダ。





結局、私が折れて干し肉を受け取ることになった。

だけど、一緒に行動するんならマドドが持って、食べるときに分けてくれるんでもいいと思うわけよ。

「違うよ、ミルカにあげたいの!俺が持ってるのとは別っ、別物なんだよ」

理解できない事を言われた。

誰が持つかの違いだけでしょうに。

収納カバンを持っていない私は全部カンキツのお腹へ入れるの決定。


因みに袋に入れっぱなしにすると干乾びすぎて取り出した時に形が崩れて砂のようになってしまうのだとか。


カンキツ以外の4人が持っている収納バッグの空き容量があまりないと───巨大なヨルロの肉を四等分されても、空き容量が十分にあったとしても肉以外がほとんど入りきれなくなってしまうから数日分の肉だけを受け取っていた。


マドドも似たようなもので、一部を干し肉にするハズが赤身の大部分を干し肉にすることになった。

出来上がったら普通に持ち歩くわけだが荷馬車が肉で埋まる。

これでも半分以上をカンキツのお腹に入れなきゃいけないわけだが、お腹の容量が分からない。本人は大丈夫、入る。とジェスチャーで伝えてくるが半信半疑。

文字を書けることはすでに知っているし、カンキツは紙もぺんもインクも持っていた。お前は魔物の王族か?貴族か?とツッコミそうになったけど頷かれても困るからグッと堪えたのはナナシ村を出る前日だった。


筆記具は小さいカンキツに合わせてあるので、ノートに書いてもらったけど砂粒くらいの文字サイズで読めなかった。拡大鏡というのがあるらしいけど誰ももっていない。せめて読める大きさに書いてと言えば、1ページに1単語か2単語で一杯になってしまう。ノートがもったいなくて諦めた。

地面に書けばいいのだが、そうなると棒を持ったカンキツが走り回って文字を書くことになる。

必要に迫られないかぎりは文字は諦めようと私たちの意見が一致した。

特に会話で長文になると地面には文字と、削られた砂と、カンキツの足跡で読みにくかった。


話がそれた。









「聖域で買い取てもらうか、価値の分かる村や町で売ればいいから」



「聖域に買い取ってもらうって、窓口はどこの誰よ?」


「鳥に手紙で伝えたら来てくれるよ。聖域に持って行ってっていえば飛んでいくから。こっちが買い取ってくれるものリスト頂戴っていえばくれるし、聖域の外で売ってもいいんだけどね、俺はあんまり外にでないから」



「聖域って俗っぽいとこあるわよね。まあ、たまに外でいろいろと売っているけど」



「それ、たぶん私たちの報酬・給料ですよ。聖域は自給自足で成り立っているようですし私たちの為でしょうね。わざわざ私たちのような者を雇う理由はよくわかりませんが」



「あー、疑問に思うと尽きないというか、あるよなーそういうの。聖域内の遺跡だって放置しててもいいんじゃねぇの?って思うし」



ヴェルデも頷いている。

異様な遺跡であったり、ただの廃墟で危険があろうと無かろうと、調べた結果を伝えるわけだが聖域側の人の反応はどれも薄い。危険がある場合でも適切な対応をする気があるのか関心がないように感じる事が多い。

長く荷運び兼雑用係りをしてる彼らは、こういう話題がでてくるが深く追求はしない。

聖域で荷運びをする冒険者が魔獣に襲われようと遺跡調査途中で死のうとも自己責任だ。聖域内で顔見知りの冒険者が出来たとしても国一つ分もある聖域を移動するのだから、会わなければ何年と会わないだろうし契約が切れて聖域から離れているかも知れない。

誰かが深入りして消えたとしても気付く者はいないだろう。



「そういえば知らぬがホトケって言ってましたね」



「ホトケって何よ?」



「知らん、だが知らない方が幸せって意味だと仲介者が言っていた。そいつもホトケが何なのか知らないようだったが」



「・・・・・・・・・・・よくわかんないけど、買い取りの部分だけ憶えておくわ」



神聖、荘厳、慈愛、きれいなイメージだけだった聖域も、ミルカの中ではすっかり危険で理解不能な地に変わってしまった。

むしろ知らないほうが幸せが多いのが聖域だと思う。













「ねー、進行方向の天気が大荒れになってるよ。どうする?」



前方をみながら軽い口調で嫌な事をいうマドドに振り向き、次いで空を見上げれば、分厚い灰色の雲。さらに奥に夜のように暗い雲。

今いる場所は晴れ。しかし馬車で2時間も進めば荒れた天気の中へ突っ込みそう。



「迂回ってできる?」



きっと想定通りの返事が返ってくるだろうと期待もせずに聞いてみた。



「無理だな、あの先に目的の村があるから通るしかない」



やっぱりね。

雨かな。

こっちは幌があるけどマドドの馬車はない。荷物が濡れないようにしなければ、防水布で包まれた荷物はそう多くない。だが、布の凸凹具合でわかる。斧に弓、箱は矢か剣でも入ってそう。

食料でないのは間違いない。濡れて即ダメになってしまうものはなさそうだけど。

干してる羽くらいね。


暗い空をみながら、干している羽が痛まないようにきれいに重なるようして布でまいている。



「雪だね、吹雪いてるよ」



予想外。

ちょっとまって、見えるの?

この距離で?

雪が?

吹雪いてるのを?



「なんかやべぇくらいの雲だぞ」



前方の上空の天気がこれ以上ないほど悪いのは私の視力でもわかる。



「俺、コートしかないけど魔法具だから真夏は涼しく真冬はあったかい仕様なんだ。みんなは?」



「ソレ何処で売ってるんだ?ほしい」



「俺んとこの村。身内価格で売って貰えるよう交渉してあげるよー」



「私達は収納バッグに準備してありますがミルカは」



ちらりとミルカを見ると固まっている。

ちょっと寒かった時用に厚手のマントを持ってきているだけ。

だってまだ冬支度には早いでしょ。真冬の恰好は暑すぎるハズだったのよ。

あ、ダメだ顔が引き攣る。



「私、無理かも。吹雪の中に入ったら凍死する自信があるわ」



「あの天気の中へ入る前に石を焼いて持って行こう。ちょどいい石があったら拾っておこう」



「アソラルさん、見つからなかったら竃魔法で出来る石を・・・・」



「それ、魔法が切れたら土に還りますよ」












近づくにつれて気温が下がっていき、ぱらぱらと雨も降りだしている。しかし真上の空には雲一つもなく、

風で雪がこちらまで飛んできて解けて雨に変わって降り注いているのだ。

あの雲の下で吹く強風の凄さが分かるというもので、私はすでに青い顔して掌大くらいの大きさの石を膝に3個乗せている。


できれば抱えられる程度の石が欲しかったが、道中で都合のいい石が見つからなかった。

大きすぎるか、このように小さいか。欲しいときに見つからないのが常というもの。

今回は無理でも、石を見つけたらカンキツのお腹に入れててもらおう。

いつ必要になるか分からないもの。



「ここらで石を焼くか」



本当は雨が降る前に焼いておきたかったが吹雪きまでが遠すぎて、雨が降りめたこの地まで近づいてからになってしまった。

防寒対策ができていなのはミルカだけなので、3個の石はミルカの為に使う。酒も用意して皆で適量を飲む。生姜酒を出したら別のを飲むからと断られた。

酒は1本飲み切るからとヴェルデさんがデカイのを1本出したのは突っ込まないでおく。










初めて知ったのだけど、聖域で支給される荷馬車はそれ自体が魔法具で、普通の馬車とは比べものにならないほど丈夫らしい。

以前、崖から落ちたが馬車は壊れるどころか歪むことさえ無かったと、マドドが居眠りしちゃたんだエヘヘ。と笑いごとにしている。


その時の馬は今現在も現役で荷馬車を牽いている。

目の前にいるこの馬な。

実は魔獣なのだと。見た目が馬にしか見えないし大人しいからマドドの村では飼われているという。

崖から落ちて死なないから魔獣と言われて納得するが、何もなければただの馬にしか見えない。

じーっと見つめるが馬と魔獣の違いが見つからない。どこで区別をつけるのか・・・・・?



「魔力を感じれば馬じゃないってわかるよ」



「巨大な魔力ならわかるけど、小さな違いだと感じられないのよ」



「それ、気付かずに近づいちゃって死んじゃうって事になりそうだね。ミルカは俺が守るけど感知できるようにしたほうがいいね」



「キュ!」



ポケットから顔を出して何か言ってる。自分も守ると言っているか、感知できるようになれと言っているかのどちらかでしょうね。あるいは両方かな。



「場数を踏めばそれなりに分かるようになりますよ」



「場数を踏ませてやるから安心していいぞ」



わしゃわしゃと頭を撫でてから頭巾を被せられる。

トーゴが貸してくれたそれは内側がもこもこで温かく耳から首までを覆いかぶせて、顎の下と襟元の2か所で幅広の紐でくくるようになっている。ちょっと大きいけどギュッと締めればなんとか・・・



「ありがと。これいいわね、温かい」



礼をいい顔を上げると声を押し殺して笑っている。

なに?

アソラルさんは目を合わせようとしないし、ヴェルデさんは微笑ましいというか微妙と言うか口の端で笑っている。

マドドは温かそうでよかったねーと言ってくれるが・・・・どうして頬を赤くしてるの?

ポケットから見上げるカンキツはよくわからない。

貸してくれたトーゴさんはニコニコと似あっていると、頭巾越しにポンポンと軽く頭を叩く。



「以前、貰ったんだけど俺には合わなくてな。それはやるよ」



合わないのではなく似合わないのだが、それは黙っておく。

頭巾は茶色と黒の生地を使って作られ両耳まで被れるものだが、代わりに頭頂より両側に逸れた部分に布を三角にしたものが縫い付けてられている。少しくたびれて下がり気味だが怒られた犬のような耳になっていて被る人を選べば可愛らしい事になる。


何をしたらこんな頭巾を貰う事になったのか・・・・・トーゴ自身覚えていない。

使うことも無く収納カバンに入ったままだったのだが捨てずに持ってて良かった。

頭巾を見せないまま被せたのでミルカは気付いていない。



怒るかも知れないが可愛らしいから放置しておこう。

気付いても温かいから被らずにはいられないだろうけどな!










「石が焼けるまでに荷物を整理して防水布をかけよう。マドドのほうの荷物で水に弱いものがあれば幌に移すが」



「こっちの積み荷は武器防具に包丁とかだな。防水布で覆っていれば平気だよ。量が多いから手伝ってくれると嬉しいなぁ」



「ああ、手伝うとも。俺達についてくるんだろ?」



「へへ、正確にはミルカにだけどな!でも3人もついでに守ってやるから安心してくれな」



にぱーっと白い歯をみせて満面の笑みを見せながら防水布を取り出し作業を始める。

てっきり着いてくるなって言うのだと思っていたから以外だわ。真面目だと思ってたヴェルデさんって実はいい加減?

私が困ったことに巻き込まれなければ別に構わないけどね。

ついでに守ってやると言ったのはスルーした。








───────────



線を引いたように気候が変わるがこの吹雪はすさまじく線を超えて「普通に秋の」こちら側に雪を積もらせている。雨だったのも数mまで近づくと雪だし冷気がすごい。すでに指先が冷えていて焼いたばかりの温石を抱きしめている。

立ち止まったままでは村へ行けない。

雪が止むまで待つという選択肢もあるが、いつ止むかわからないのでやっぱり進むしかない。

覚悟を決めるしかなかった・・・・・




予想以上に雪が積もりミルカの腰まである。新雪のため掻き分けて進むことになるため、マドドの荷馬車──力のある魔獣を───先頭にしてミルカ達の荷馬車があとに続いた。

それでも普通の一般のちょっとおじいちゃん馬には厳しいようで、ヴェルデ、アソラルが降りて後ろから荷馬車を押して進む。マドドも手伝って押している。



「馬、じゃなくて魔獣だったわね、手綱を使わなくても人の思う通りに動けるって賢いのね」



幌の前後の入口にはカーテンのように布を垂らして雨風を防ぐものが付いているのだが、雪が入ってこないように荷物で端を押さえているが強風で隙間から雪が入り込んでいる。

隙間は吹き続ける風で閉じる事がなく、吹雪で視界が悪いものの前を進む荷馬車は見える。


見た目馬の魔獣は時々、歩くスピードを緩めてこちらの荷馬車と離れすぎないようにしている。

本当に賢い。

赤馬さんも賢い子だし、行った事のある村で飼われている馬も賢い子たちだった。

たまに人をおちょくってるとしか思えない行動をとる馬もいたけど。

聖域内で飼われている馬は賢い種だったりするのかな。

だったら一頭、実家に欲しいわ、買えるか聞いてみるか。




ブツブツと呟いているが、吹雪きのせいでミルカの声は外にいる男どもにまで届かない。

ほぼ独り言なのだが、黙っていても寒さでガチガチと歯が鳴る。

アソラルが掛けてくれた魔法───極度な外気温の変化を快適温度へかえる、完璧ではないから数℃緩くなる程度───で寒さが和らぎ、温石を抱えてお腹は温かいが、全身が温まる前に手足から熱が逃げていく。カンキツが入っているポケットもその体温根をで温かいがそれでも足りなくて両手足の指先はかじかみ感覚がない。

じっと寒さに耐えているとどうでもいいことを考えてしまう。

例えば、温度一定の魔法。アソラルが個人的に作成した魔法で、継続時間は長いが熟練には数をこなすしかないらしく熟練まで至っていない。自分で作っておきながら未熟なものでって前置きしてたけど、開発した本人程その魔法に長けた人っていないんじゃないの!?っとツッコミを入れてしまった。


こんな魔法が必要になるってどんな状況だよ?軽い気持ちで言ったんだろうトーゴさんは返ってきた答えを聞いてそれ以上追及しなかった。



活火山の火口付近でちょっと。



活火山って山がどんなと場所なのか知らないけど、黙ってしまったからきっと聞いても嫌な場所に違いないわ。私以外、カンキツも含めて、活火山を知っているようで納得と同時にそれ以上聞きたくないって空気だった。

豪雪地帯を抜けたらカンキツに聞いてみよう。


寒さに唸っているともぞもぞとカンキツがポケットから出てきた。途端に温もりが消えてさらに冷たくなった。

体をよじ登ってミルカが被る頭巾の頭頂近くの後ろ側に止まり、ふわりと羽を広げミルカを完全に包みこんむ。吹き込んでいた風が当たらなくなり、羽からカンキツの体温が伝わってくる。ポケットからの体温も心地よいものだったが、全身を包んだ温かさは強張った体を弛緩させた。

ほうっと安堵の息が漏れる。



「とっても温かいわ。ありがとカンキツ」



撫でてやりたいが後ろまで手が届かないから、代わりに羽をさすってやる。

カンキツが自分の頭をグリグリしてる感触がある。きっと嬉しそうに笑っているんだと思う。


ああ、魔物っていいわね。私は偏見をもっていたのだわ、こんなにも私に良くしてくれるカンキツがいるんだもの。マドドは、社会人なりたての私の収入では養ってあげられないから自分の生活費を自腹にするならついてくるのを許してあげよう。人と問題起こしたら即、追放(別行動)にするけど。


寵愛の影響でカンキツ達に尽くされていることが完全に頭から抜け落ちて、優しい温もりにぼんやりと思うミルカだった。













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