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「デュークさん!」
おおおおーっ店にどよめきが起こる。
全員正解。よっしゃー!握った右手を振り上げる私。
「常連客の名前と顔が全部一致したわー♪私の勝ちね」
マーサで働いてから一年以内に、常連客全員の名前と顔を覚えたら全員からチップをもらえる。ダメなら私のおごりで一番いい酒をおごるという賭けに勝った瞬間だった。
「ふふん、時間がかかるだけで覚えられない訳じゃないんだからね」
「それ、堂々というの間違ってるから。自慢になってないし・・・」
「絶対無理だと思ったのによ」
「やればできる子だったか」
「うまい酒飲み損ねたな」
「一年ってのは優しすぎたかね~」
口々にいう常連客たち。ミルカは勝ち誇った満面の笑みで両手をだして催促する。
両手にたっぷりとチップをもらいほくほく顔のミルカ。店には常連客のほかに、この賭けがそろそれ決着がつきそうだっていうんでたまに店に来る人が増えた。
いつの間にかこの賭けが街中に知れ渡っていて、この街にやってきた冒険者すら『安い飯屋を探してたら、この店で面白い賭けやってるって聞いたから』とか言って来店する始末。
宿屋マーサは安くてうまい飯が売りだったのに、名物「常連客の顔と名前を憶えない店員」がいる店になって、さらにいつの間にか、「常連客の顔と名前を憶えない店員がいる店」がある街になっていた。
覚えられなくて申し訳なくて凹んでた一年前が懐かしい。
「ふっふっふ、今日で名物も終わりよ。自己紹介ゲームもね!」
私は胸を張って宣言したのだった。
ちょうどそこへ父さんが慌てた様子で店へ入ってきた。
「ミルカ、お前にお客さんだぞ」
客?
誰かが私を訪ねてくるなんて初めてだわ。
父さんに続いて店に入ってきた人は、男の人だった。なのに肌に透明感があってみるからにスベスベ。しっかり栄養がいきわたるくらいの裕福な人だわ。服もいいものを着ていた。
食材以外の良し悪しなんて判別できない私ですら、上等な素材で作られた服だってわかる。思いっきり場違いな人だ。身分の差がはっきりしている。私には縁のない人だ。
私の顔に「誰だこの人?」って書いていたらしく、
「ミルカが覚えてないだけかもしれないだろ。」
「初対面じゃなかったら失礼じゃないか?」
「育ちのよさげな兄ちゃんだからミルカと知り合いだとは思えないな」
店の客たちが好き勝手に言いやがる。
でも、自分でもそう思った。以前に会ってたなら覚えてなくてゴメンね。
まじまじと顔をみてたら彼が答えをくれた。
「初めまして、私はカラ。聖域よりミルカさんの採用を伝えに来た者です」
店内がシンと静まりかえる。
・・・・・え?
「一年前に面接は受けましたが・・・」
「来られたすべての方との面接が一ヶ月前におわりまして、」
「「「はぁ!?」」」」
全員見事にはもった。
ほぼ一年かけて面接してたんですか?
どんだけの人が受けに来たの!?
いや、聖域で求人がでると、街に人がたくさんきて街が活気づき潤うってのは知ってるけど。
予想の範囲をこえてるわ。
「聖域は特殊ですから希望者が多くて時間がかかるんです。ミルカさんにはずいぶんと待たせてしまいました。」
えーっと、採用されない前提で受けに行ったから、すっかり忘れてたわ。
ってか採用結果発表が一年後って長いわ!行く気もないし断ろう。
「あの、私はもうここで働いているので聖域のほうは不採用でお願いします」
「何言ってんだお前!聖域だぞ」
「断るとかないだろ。そこまでバカなのか!?」
「採用だってのに、自分で不採用だすってバカなの!?」
「名誉なことじゃないか、断るなんてバカがすることよ。ありがたく採用を受け取りなさいよ」
バカバカ言いすぎじゃない・・・。
女将さんもご主人も、うちの従業員だからダメって言って欲しかったわ。一緒になってバカって・・・・
聖域で働くことが名誉なことで、希望して簡単に雇っても貰えるわけでもないことは知ってるわ。
「名物にまでなった私のアレは皆が知ってるでしょ。」
「「「あ~」」」
みんな納得。
でもそれが一番の理由だわ。聖域なんて想像もできないような別次元で仕事が勤まるとは思えない。
「ミルカさんが適任なんです。多くいた面接者のなかであなた以外の適任者はいませんでした。私と一緒に聖域で働きましょう。ね?」
にっこり笑うカラさん。
この言葉でまた私に聖域で働けとみんなが言い出した。何が適任なのさ?わかんない。
頑なに首を縦に振らない私を皆が説得しまくって結局は聖域に行くことになった。決めてはマッカさんの「お前クビな」だった。
その日は簡単な説明を受けるだけですんだ。
自宅から通ってもいいし、聖域の中に寮があるので住み込みもできること。
聖域での身分証明を身に着けおくこと。なかったら不審者として捕まるので無くさないように念を押された。
最初は簡単な仕事からはじめて、本人の仕事ぶりを見て適材適所に振りわけていくこと。
聖域の中は広いので休日になっても軽い気持ちで聖域のあちこちを歩かないこと。
毎年、聖域内で遭難者がでていると真顔で言われた。そんなに広いのか聖域。
私は住み込みで働くことにした。
二日後に荷馬車で迎えに来るのでそれまでに準備をしておくようにと言ってカラさんは聖域へ戻って行った。
たいした荷物なんてないから、迎えはいらないって言ったら
「私がいないと聖域への扉を開けてくれませんよ。王様の住む城へ入るよりも難しいのが聖域です」
こんなこと言われた。
ただの街の人の私からすれば、どっちもたいして変わらない雲の上の存在。そのたとえじゃピンとこないよ。
聖域は国の外にある。
聖域は森の中にある。
とにかく、まずは森がある。大森林だ。
そして高い高い壁に囲まれた聖域が現れる。
私が面接を受けたのは街の中で、聖域への寄付とか食料とか日用品なんかを一時的に保管しておく建物で行われた。
森の中へ行くにつれて深くなり、太陽の光が入らなくなって夜のように暗い。そこへ突然太陽の光が降りそそぐ場所が現れて建造物が見えてくる。
こちらと向こうの聖域を分ける門。
想像していたより神々しくない。
意匠を凝らしたわけでもない質素な門。
ただし圧倒された。ツタが絡みほとんどを覆い隠されてしまっている壁。見げてみるとあまりにも高くてひっくり返りそうになる。
門をくぐるとトンネル・・・いや、壁の厚みがすごかった。貴族のお屋敷の幅くらいはありそうだ。
「まずはミルカさんが住むことになる寮へ行きましょう。荷物をおいたら仕事場や近所の店などを案内します。」
「店? 聖域の中に店があるんですか?」
「聖域は広大ですからね。一番外側、壁の近くは店があるんです。聖域の中心部に近いところで働いている人になると壁の外へ出かけるのが難しくなりますから、彼らのために生活に必要なものが手に入りやすいようにね。ただ、娯楽はほとんどありませんが。」
「入るのを難しくしても、出るくらい簡単にしてあげればいいのに・・・・」
思ったことをそのまま言ったら意外な返事が返ってきた。
「いえ、距離的に難しいのです。聖域はあなたが住むフィン王国とほぼ同じ面積ですから」
「・・・・・」絶句。
~聖域とはこの世界の中心であり、この世界を創造した存在が住まう場所。
~フィン王国の北側に位置する大森林に聖域は守られている。
~大森林に隣接するフィン王国は聖域の恩恵を多く受けている。
学校で学んだ聖域のことを思い出してしまった。
まだたくさん学んだハズだけどダメだ思い出せない。
私が住んでる街はフィン王国の国境にある。王都からかけ離れた田舎なんだけど、歩いて聖域へ行けてしまえる場所でもあるので、国境付近であるにもかかわらず活気のある街として賑わっている。
大森林とはいえ、森の端くらいは野草とか狩りで誰もが出かけている場所だ。奥へ進むにつれてと大型の獣、魔獣とか生息してるから一般人は入らないけど。そういう奥へ行くのは鍛えられた専門職の人たちくらいだ。
あと、自殺志願者と、殺人を自殺に偽装したい悪い人だな。
聖域のある大森林として有名なこの場所は、自殺の名所としても有名だ。
以前、薬草やキノコなんかを採りに森に入って、うっかり見つけしまったことがある。いや、正確には異臭がしてきてコレやばいと思い、絶対に見ないように意識し、街へ引き返して警備の人に知らせに行った。
自殺するなら簡単に見つからない森の奥深くへ行っていただきたい。
「ミルカさん、気分が悪くなりましたか? 道の悪さはまだまだ続きますから休憩しましょうか」
はっ聖域の面積を知って意識がどこかにイっちゃってたわ。
馬車の揺れがひどいから私が具合を悪くしたと思われてしまった。
「大丈夫です。聖域の広さにびっくりして固まっちゃただけ。」
手をひらひらさせて答える。
壁を抜けたらまた森が続き、でも外側の森と違って日差しが差し込み清々しい感じがする。どこからか水の流れる音が聞こえてくる。滝でもあるような音だわ。
きょろきょろとあたりを見回す私にカラさんが気づいて教えてくれた。
「地下へ落ちる滝があるんですよ。滝の音ははっきり聞こえますが、ここからでは川も見えないですね。今度、案内しますよ。聖域内も自然が広がっていますから美しい観光名所がいくつもあって、観光客で賑わうんですよ。ミルカさんがよければ私と一緒に観光に行きませんか?」
にこにこと笑顔で名所のあれこれを話してくれるカラさん。
観光客って・・・・・カラさん、それ聖域で働く人限定ですよね?
なんだろう、私が学んで築き上げられた「神聖な聖域」が、現実の聖域にどんどん破壊されていく。