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森の中の村2

森の中は暑さを感じていたが村はそれほど暑さを感じない。むしろ丁度いい気温だ。

朝食を食べたあと、ヴェルデ、アソラル、トーゴは村を散歩しながら昨夜のことを話していた。

予想外の斜め上を行くような事実に、心が追いつかなかったので話ながら各々が自分の中で整理しているところだ。


「聖域で驚くことはもう無いと思っていたが、ミルカが加わった途端に色々と驚かされる」



「そうだなぁ、冗談抜きで名前を覚えられないトコから始まって・・・・・」



「まさかミルカが魔族を従えさせる力を持っていたとはな」



「経験はともかく、強力な魔族を従えることが出来るならミルカの夢が叶うでしょうね。冒険者になれそうです」



「寵愛なんて初めて聞いた」



「私もです。この村は秘境だと言っていましたが、その割に知識が豊富なようですし」



「昨日来たばっかだけどさ、村人はデカイし。強いし。博識だし。絶滅危惧種だと言っていたし。なのに子供達もいるし。冒険者としてこの村の謎を解きたくなってきたんだよなぁ」



「わかります。それにこの村以外にも地図に映らない場所もありそうですよね」



ここにミルカが居ないのは、昨夜エポが、

ひどい汗をかいたからもう一度お風呂に入りましょう、娘がいたら一緒に入りたかったのよ~

と言ってミルカを風呂へ連行。

一緒に寝ましょ~と言って寝室へ連れていき、代わりにネフトラは屋根裏へ追いやられ。

今朝もエポに捕まっている。





 朝から賑やかで、秘密がバレてしまったと沈んでいたミルカも気が楽になったようで良かった。

寵愛という初めて聞く能力のおかげてアソラルは助かったと思っている。

彼女には申し訳ないけど、桁違いの実力と指摘されたことがスルーされた感じになったから。

ネフトラ達にどこまでを見抜かれたのか分からないがヴェルデとトーゴの意識から逸れたのは嬉しかった。


ふっ。


そっとため息をつく。

実力を隠していたことを後ろめたく思っていたのは本当だし、知られてほっとしている自分がいる。それでも本気で戦う自分を見られるのが嫌なのだ。

下手をすれば私の魔法が、彼らをミルカを巻き添えにしてしまう。

出来る事なら私が桁違いと言われた事を忘れて欲しい。






「白の廃墟は町と村との行き来に必ず通っていたけど、魔物の気配を感じた事が無かったよな。これからも絶対通るんだけど、魔物の強さがなぁ・・・」



いつの間にか思考の中に沈んでいた。

聞いていなかった事に気付いていないようでトーゴは話続けている。


昨夜風呂上がりに、エポが出会ったという黒フードについて詳しいのは何故かと聞いたのだが、


───昔4人で旅してた時なんだけどね。出くわした時、初めてみる魔物だったから会話が可能なら穏便にと思って手加減していたの。

会話はできたんだけど敵意剥き出しでね。攻撃を止めず、やめないどころか数が増えてきて、こっちも手加減をする余裕も無くなってきてね。倒しても倒してもしつこくて、最後にはブチ切れて気が付いたら全員を潰していたのよね。一体だけ両足が砕けただけで生きてたから、そいつを締めあげて色々と聞きいたの。



エポが強いのは感じているのだが・・・・

いや、ネフトラもだし、家までの道ですれ違った村人達も強い。ハッキリと感じる程に強い

今後のことを考えて黒フードの強を知りたかったのに全く参考にならなかった。彼女の話し方だと強くてしつこくても勝てる範囲内に聞こえるが、彼女を基準にしたら弱いヤツばかりになるだろう。



「おーい、おにいちゃんたちー! 僕に稽古つけてくれ~」



ラドが大声を出しながら走ってくる。

ミルカにまとわり付いていたはずだが、どうやらエポに取られてしまったようだ。


そういえば、ネフトラが強いの大好き戦うの大好き種族だと言っていたな。

崖上での件で強さの片鱗を見たから、村の人たちの実力は完全に自分たち以上だと思っている。

9歳児のラドには勝てるけど。

稽古は構わないが、大人相手だとこっちが稽古つけてもらう立場になるだろう。

追い付いたラドは木剣を2本持っている。




「この先に訓練広場があるんだ。散歩のついでにいいでしょ?」



「村に訓練広場なんてあるんだ、俺はいいぞ。ヴェルデとアソラルはどうする?」



「俺もその広場を見てみたいな」



「私もかまいません」



「やったぁ、早く行こうぜ」



トーゴの腕を掴みその手に力が込められる。

昨日ラドがミルカにした事と思い出し嫌な予感がした。



「おい腕を離・・・」



言い切る前にトーゴの足が地面からふわりと浮いた。

脇に肩を入れ担ぐように持ち上げ重さを感じさせない軽やかさで爆走していく。



「わぁぁ、待て待て!降ろせー」



悲鳴が遠ざかるのは早かった。

心配する必要は無いと思うが、ヴェルデとアソラルは置いて行かれてしまった。

この先だと言っていたし散歩の速度のままゆっくり行くことにしよう。




「ふ、トーゴは子供に好かれるな。今回は災難だろうけど」



「ですねぇ。この村の人たちと稽古できたらいい経験になりそうですが」



他愛無い会話をしながら歩いていくと声と何かがぶつかる音が聞こえてきた。

訓練広場の近くまで来たようだ。

道なりに真っ直ぐ歩いてきたが、声は聞こえるが姿が見えない。

声を頼りに道を曲がってみると訓練広場が現れた。

フィン王国にある闘技場より広く、だが手入れはされておらず雑草は生え、大小さまざまな石が転がり、地面も凸凹している。


そこに人だかりが出来ている。ラドと同年らしい子供たちばかりだ。

近づいてみるとトーゴとラドがやり合っていた。

二人とも剣を持ってはいるが体術あり、石礫ありのめちゃくちゃだった。

二人とも満面の笑みで、ラドが剣を正面に突くとトーゴが剣を添わせ凪ぐようにかわす。と同時に剣を回転させ剣の切っ先で地面にある小石をラドの顔めがけて投げ反射的に目を瞑らせ視界を塞ぐ。


手首を掴まれたラドが、外そうとトーゴを投げる勢いで腕を振ると、その力を利用され掴まれたまま足を掛けられ地面に転がされる。

身体能力の高いラドだが経験の差でトーゴに敵わない。おまけにトーゴは器用で、周囲のあらゆるものを上手に使って戦うのを得意としている。


変則的な戦い方に子供たちは歓声をあげ大喜びだ。


ラドとの勝負がついても、もう一勝負!もう一勝負!と稽古だったはずが勝負に変わっている。

他の子供たちとも勝負してトーゴも楽しんでいる。








トーゴと子供たちの勝負をみてヴェルデとアソラルも楽しんでる、だけのハズだったのに・・・・

いつの間にか大人たちも観戦してて、その中の一人に手合わせを申し込まれた。

こちらとしても願ったりなので応じたのだが・・・・すでに4人目。

なぜか審判までついている。

楽しいけどそろそろ休ませてほしい。


剣のみの勝負だから何とか勝てているが、手合わせしたからこそ分かる。

彼らとは地力が違う。

本気なら俺はこの4人の誰にも勝てない。

これで絶滅危惧種とかありえんだろ・・・・・・天敵でもいるのか?


トーゴを見ると体力の限界で寝ころんでいる。

子供たちも真似して寝ころんでいるがゴロゴロ転がってトーゴを乗り越えて遊んでいる。

体格の差はそれほど違わないのだが、やっている事はしっかり子供だった。

反応する気力も残っていないようでされるがままだ。


アソラルは、やはり手合せを申し込まれて勝負をしているが押されている。

理由は魔法で戦ってくれと頼まれたからで、しかし手加減しても魔法の直撃を食らえばそれなりの怪我を負う。

───耐性があるし治癒力も高いから遠慮せず魔法を打ってくれ!

という言葉が聞こえてきた。

本気で攻撃魔法を使われたら遺体も残らず消えると思うぞ。

過大評価ではなくアソラルは魔法使いとして天才だ。

苦手な魔法は治癒魔法だったか・・・・遠慮しないとまずいだろ。





ふと冷たい空気が流れてきた。それは瞬く間に皮膚を突き刺すほどの冷気となり訓練広場に無数の氷の柱が出現した。


うわぁすげー!

きゃー氷だ。

うおお寒!

柱でけぇー



「──!」



「うそだろ!?」


俺もトーゴも目を瞠る。

とっさに起きて子供を跳ね飛ばしてしまった。

マジか。強いのは知っていたがこんな事。

昨夜ネフトラが桁違いの強さだと言っていたがこれ程とは。


っふぅ~~~・・・・・密かに満足げに息を長く吐くアソラルを見逃さなかった。


遠慮なく魔法を使ったのか?

しかし幾人もいるのに誰一人として氷の攻撃魔法に当っていなかったようだ。

訓練広場を氷で埋め尽くしているのに凄まじいまでのコントロールに大人たちは若干引いている。

対照的に子供たちは無邪気にはしゃいで、氷柱に登っては途中で滑って落ちてを繰り返している。


これで手合わせは有耶無耶となり解散となった。

ラドは友達と一緒に氷柱で遊ぶといって訓練広場に残ってはしゃいでいる。









疲れ果ててネフトラの家に戻るとドアが新品に変わっていた。

どうしたのかと思いながら家へ入ったら眩しくて目を細める。

おう、なんだこれは・・・言葉を発せずに全員がハモった。

正確には木造の家の天井から壁から床から、そして木製のテーブルに椅子にと全てが磨かれてツヤツヤ。

どれにも自分達が映っている。

新品だと思ったドアも磨かれていたもので新品では無かったのだ。



「すげー、こんなにピカピカな家は初めてだぞ」



「おかえりー。アソラルさんと・・・」



ちらっとエポにアイコンタクトでなんだっけ?と聞くと小声でヴェルデとトーゴよ。と教えてくれた。



「・・・ヴェルデさん、トーゴさん」



「一人は覚えたんだな。えらいな」



ミルカの頭を撫でて褒める。

ホホ村のオストランが褒めて伸ばしていると言っていたからヴェルデも真似てみた。

複雑な顔をしているが大人しく撫でられている。

たぶん、どっちがヴェルデで、どっちがトーゴなのか分からないのだろう。



「掃除というレベルじゃないですよコレ。何があったんですか?」



キョロキョロと部屋中を見回して、その美しく磨き上げられた家具をみてため息をつく。

散歩にでて半日もたっていないのに木製のすべてが新品以上にピカピカに磨かれている。

実はエポとミルカも食材を買いに出かけていて先ほど帰ってきたばかりだった。

ネフトラは村にある果樹園に行って不在だ。



「私もびっくりしてたの。自分の家を間違えたかと思ったわ」



「・・・・・」



皆は狐につままれたような顔をして家中を見て回っている。

ピカピカに磨かれているのは1階部分だけ2階と屋根裏はそのままだった。


出かける前に────世話になってるからちょっと掃除でもしてくれる?

気軽にカンキツに頼んだのだが。


やり過ぎよカンキツ。この短時間で・・・どれ程のスーパー家政婦・夫?なのさ・・・・

おまけにカンキツがどこにいるのか分からない。



「凄いわ。一階が綺麗を超えてしまっているわ。ネフトラがこんな事できる訳ないし。私達も外出していたし」



「・・・・・・・・・・カンキツは家庭魔法が使えるのですか?」



うわー

アソラルさんは鋭いわー。カンキツを疑っているのね、大当たりよ。

だけど魔法が使えるか知らないわ。



「お世話になってるからちょっと掃除でもしてくれる?ってお願いしたの」



「小さいのに器用なんですね」



さらっと受け入れるアソラルとは対照的なエポ、ヴェルデ、トーゴ。



「「「カンキツが?」」」



「うん。家のどこかにいるはずなんだけど・・・・まだ掃除してるのかも。探してみるわ」



1階でまだ磨きあげられていない場所が一ヶ所。

きっとそこに居る。

脱衣所は綺麗になっているが風呂を覗くと床に20cmほど泡が溜まっている。

あと浴槽に水が張られている。

間違いなくここに居るわね。

見当たらないからきっと泡に埋もれているんだわ。

スカートを持ち上げて、滑りそうになりながら風呂場へ入っていくと、続いて全員が入ってきた。

待っててくれて良かったんだけど。

広い風呂だから全員が余裕で入れるとはいえ、誰かがカンキツを踏んでしまいそう。



「カンキツいるの?」


・・・・・


返事が無い。

水の中にいるのかしら?

覗いてみようと近づいたら小さく鳴く声が聞こえた。

遠くから段々と近づいてくるような? 



「キュ~~~~~~~」



トポンッ

水筒から滑り落ちてきた。

手にはデッキブラシを持っている。

水筒の中を洗っていたのね・・・・

泉と繋がっているのに奥のドコまで掃除しに入ってたのかしら?



「いやーっかわいい!なにこのデッキブラシ。オモチャみたい」



カンキツサイズは全部オモチャよ。

だけど品質は高品質なんてもんじゃないくらいの逸品揃いだけどね。

掃除道具も良いもん持ってるんだから。



「掃除は終わった?」



「キュ!」



片手をあげなかった。

まだ終わっていないと?

水面に浮き服を羽に変えた。


!?


昨日見た羽は身長と同じくらいで可愛らしいかった。

今、広げた羽は片翼だけでミルカを覆うほど大きい。

カンキツの小さな体に不釣り合い──なんてレベルじゃない、大きさがおかしいでしょ!

ひとつ羽ばたき水面を叩き付けた。


ド、ザッッバーーーーーーーーーーーーーー!


風呂場でビッグウェーブ。

私だけ波に攫われたわ!

桶も小さな椅子も石鹸も波に攫われ排水口付近に集まっている。

私も排水口近くに流された。

ちっ!なんか悔しい。

泡が洗い流され、ツルッツルになった床が現れる。

滑りそうになっていたのは泡だけじゃなく床が磨かれ過ぎていたからなのを知った。

羽の事もツッコミたいがっ



「ちょっとカンキツ、風呂場の床をこんなにツルツルにしたら滑って危ないじゃない」



「!」



昨日見たのと同じ羽サイズに戻したカンキツが、水に浮かびながらプルプルと震えながら腕をこちらに伸ばしている。

あ、いまショックを受けてるっぽい。

心なしか涙目のような。


突然の出来事に呆然としていたが、エポがいち早く立ち直った。



「はう!そんなの平気よ。このくらいのツルツルでコケたりしないわ。バランス感覚は普通の人より優れているんだから気にしないで。家の中を綺麗にしてくれてありがとうね」



エポがカンキツの頭を撫でてやろうと触れると沈んでしまった。

水に浮かんでるだけだから加減が難しいようで・・・・・

まあ、エポさんが良いと言うのなら、私は何もいう事はないわ。

手を水に入れると浮かび上がって掌に乗ってきた。

ちょっとキツク言ったからしょんぼりしている。



「・・・エポさんが喜んでくれてるわ。ありがとう」



フォローしておこう。

でも、私達びしょ濡れになったのよね。

これについては怒りたいんだけどなぁ。エポさんが喜んじゃったから言いにくいわ。


今度同じことがあったら怒ることに決めた。






──────────



 留守にしていた村長が帰ってきた。

早速、挨拶に向かうことにして案内をネフトラに頼むと、ラドが、僕が案内をする。と言ってネフトラを家に押し込み、ミルカの手を引いて先頭を歩いている。



「おねえちゃんてSクラス級の方向音痴なんだってな。迷子にならないように手をつないであげるよ」



無邪気な笑顔を向けるラドにミルカの顔が引きつる。



「方向音痴は認めるけどSクラスって誰が言ったのかしら?」



「お兄ちゃん達が言ってたよ。方向からも寵愛をもらえてたら良かったのにね」



・・・達って。

後ろを振り向くと3人共が顔を背けた。

何を話してんのよ!

最近目でモノをいうのが上手になったと思う。

トーゴは訴えてくるミルカの視線をかわしラドに話かける。



「方向って生き物じゃないだろ。どうやって寵愛をくれるんだ?」



「くれるよ~。ワガキミが土とか水とか色々たくさんの寵愛もらってて凄いんだー」



「ワガキミ?我が君か?寵愛は一つじゃないのか」



「お父さんがワガキミって呼んでた。ボスとか長とか呼び方あるよ。それで、どんなモノからでも寵愛ってあるんだって」



寵愛って色んな種類があるって事か。実際に寵愛を受けている人の話が聞けたらミルカの為になるだろうな。

しかし複数の寵愛を受けているなら凄いことだが、村長に我が君とは大袈裟な気も・・・・・

俺には無縁の言葉だな、我が君って。


トーゴは特権階級が面倒で関わらないようにしている。

冒険者として実力がありすぎると、そういう人と関わり合う羽目になる。だから実力が十分でもランク上げの手続きをしないでいる。


 実際、Aランクのヴェルデがそうだ。

一度は引退したと聞いたことがあるが、それでも、「鬱陶しいヤツに煩わしい話を持って来られて参っていた時に、聖域からスカウトされて丁度いいから冒険者に復帰して逃げてきた」と言っていた。

この話を聞いてさらに特権階級とは無縁でありたいと思ったものだ。






出迎えてくれたのは50代の恰幅のいい女性。

村人にしては小柄で168cm、ミルカからすればホッとする。

身長差があまりないので親近感がわいてくる。

彼女は豪快で世話好きといった印象を受ける村長だ。



「ナナシ村へようこそ。よく無事にここまで来れたもんだね、歓迎するよ」



「ここはナナシ村っていうのか。ネフトラは村に名前はないって言ってたけど」



「そうさ、ここは名無しの村さ」



それでナナシ村か。村の名前に聞こえたわ。もう村の名前でいいんじゃない?



「立ち話もなんだしお茶でも飲んで話そう。入っといで」



家へ招かれ入るとすぐに大広間のような空間があった。

幼児がいたら、その広さに喜んで端から端まで走り回りそうだ。

机は無く、部屋の隅に簡素な長椅子が寄せられている。

ここで人が集まるんだろう。

この大広間も彼らには普通なんだろうな、彼らが集まったら大して広く感じなさそう。


長椅子を2つだして向かい合わせで座る。

木の固い椅子は丈夫に作られてるだけで座ってるとちょっとお尻が痛くなる。

もぞもぞしていると奥からお茶が運ばれてきた。


とても大きなお盆にお茶とお菓子をのせている。


村長と私たちの間の中空でそっとお盆を離す。

落ちるかと思って両手で受け止めようとしたのだが・・・・

ゆらりと一度揺れて水面に浮かぶかのように漂う。



「わ。浮いた」



ユラユラと揺れるがお盆がそのままテーブルになった。

魔法でお盆を浮かせているのだろうけれど、浮かせる魔法にこんな使いかたがあるとは面白い。

浮遊と似ているけど落ちていかないから別の魔法なのだろう。

水筒を使った配水といい、湯の沸かし方といい、この村の家庭魔法は独特で楽しい。



「へえ、面白いな。どうやって安定して浮かせていいるんだ?



「お盆が魔法具になっているんだよ」



「旅で使えるな。便利で使い勝手が良さそうだ。」



「これはいいですね。一つ買っておきましょうか」



ヴェルデ達も初めてみたもので即買い決定。

確かにこれは旅に持って行けば食事の時に便利そうだわ。

虫が多くて地面に直置きしたくない時ってあるもの。


お盆にばかり気がいってしまったが、お茶も美味しかった。

ほんのり甘くてここの特産なのだろうか?

お菓子も美味しい。

クッキーにクリームとドライフルーツを挟んでいる。

いきなり来た私達に簡単に出せるものとは思えない。

貴族ご用達のお店で売ってそうな凝ったお菓子で、日持ちしそうにないし、質素な村に不釣り合いな食べ物な感じがする。


ヴェルデ、アソラル、トーゴも珍しいお茶とお菓子を黙って食べている。

美味しいと食べるのに集中してしまうわよね。

案内してくれたラドもしっかり食べている。



「おいしー。おばちゃん、このお菓子どうしたの?」



ラドが村長をおばちゃん呼ばわりしているが、いつもの事らしく当たり前に会話が続く。

あれ?

我が君って呼んでなかった?



「お茶とお菓子は、客人へお出しするようにって預かったもんだよ。ラド、客人のまで食べちゃダメだよ」



「ワガキミが来てるの?」



「いや、預かっただけさ。本当は会いたかったみたいだけどね」



ん?

ラドのいう我が君って村長の事じゃないの?

ヴェルデ、アソラル、トーゴも同じ疑問をもったようで。



「ラドのいう我が君とは村長の事ではないのか?」



ヴェルデの問いに豪快に笑う。

イメージ通りで笑い方が彼女に合っている。



「あははっいやだわ、私が主君だなんて!まあ、知らない人なら混乱するわね。村長を任されてはいるけど種族としての頂点はラドのいう我が君。私は主君と呼んでいるわ」



?????



「私達種族の全部がここにいる訳じゃないんだよ。主君が住んでるのは別の場所でね。時々来られるが、あの方は自由で忙しいから」



「自由なのに忙しいの?」



変な言葉使い。



「私達とはね、なんというか次元が違うんだよ。自由であり、忙しくもある。そういう方だ。理解できなくても、そうか~。と思ってりゃいいんだよ。私のようにね」



「そうか~・・・・さっぱりわからんな」



言ってみたけどトーゴは益々分からんという顔をする。

外部の私達が理解できないって事は理解できたわ。



「常識的な村と一緒にしない方がいいね。主君がさ、あんた達が村に来るよって教えてくれて、菓子を持ってらしてね。主君も嬉々として会いに来ようとしたみたいだけど周りに止められてね。・・・っくっくっく」



思い出し笑いしはじめた。

肩を振るわせて声を抑えようといているけど全く出来ていない。



「ごめん、ちょっと思い出しちゃって・・・側近に頭を掴まれて連れ戻されて行ったのよ。忙しいのにフラフラするな!ってね。その時の主君の情けない顔ったら。あっはっはっは!」



我慢できなくて豪快に笑っちゃてるけど、主君ってそれでいいの?

偉い人なんだよね?

そうか~って思っておけばいいのかな・・・・



「そういえば自己紹介がまだだったね。私はこの村と同じ名無しだから、村長と呼んでおくれ。あんた達は赤髪がヴェルデ、銀髪がアソラル、藍髪がトーゴで、寵愛のミルカだね」



主君から聞いていたという。

私たちの事が筒抜けって怖いんですけど。

仙人なの?



「そうですが、名前が無いってどういう事です?」



「結界を張るのに私の名前を使っているのさ。代償を払って作る魔法はより強力になるからね」



魔法を『作るため』の代償!?

魔法を『発動させるため』の代償ではなくて?

開発の段階で代償を必要とする魔法なんて・・・・どういう事?

全く新い魔法開発の難しさを知らないミルカにはどれ程の事なのか実感できない。



「村と他所では違い過ぎて頭がパンクしちまうだろ? 私もたまに他所へ行くから違いを経験しているし、あんた達の反応は理解できるよ。考えないでそうか~って受け止めればいいんだよ。ここは非常識な聖域の中にあってさらに別世界さ」



「魔法開発って全然知らないから3人の驚きっぷりが分からないのだけど、知らなくて良かったのかもね」



本当にそう思った。

クッキーを頬張りながら思う。

きっと理解してたら頭が痛くなってたんだろうな~。

無知が救いになる事ってあるのね。



「その通りだよ、私も分からん。ミルカは魔族の寵愛を受けているんだってね?」



「ラドが教えたの?」



「いっへはいよ」


クッキーを口に入れモゴモゴしながら喋る。

ラド、食べ物は逃げないから・・・・

たぶん、言ってないよって返事したはず。



「主君が教えてくれたのさ。千里眼ってやつでね、何から寵愛を受けたらそんな力が得られるのか不思議だけどね」



「あのね、ワガキミの千里眼ってすっごいんだよ!箱にモノを入れて当てっこしたら百発百中なんだ」



目を輝かせてワガキミを自慢するラド。

ワガキミ好き好きオーラ全開で、一緒に遊んでもらったり、美味しい食べ物を貰った時の事を話し始める。

ミルカが知っている王族とか貴族と違って、ワガキミは身近な存在なようで親しみが込められている。



「でね!でね!10日後くらいに、森に川が生まれるから危険だから出来上がるまで村から出ちゃダメだよって言われたんだ。そしたらさ、地響きがしたり、木が倒れる音がして本当に川ができたんだよ。すごいだろ!」



「ワガキミすげーな。川が出来たのっていつ頃なんだ?」



「んーと、前!」



「うんそうだな、何年前かわかるか?」



ラドから村長に向き直った。



「ダメー!僕が教えてあげるから!おばちゃんは言っちゃダメ」



「じゃあ、3回までな。間違ったら村長に聞くぞ」



クイズかよ。

さすが子供に好かれるトーゴ。

いつまでも付き合わされないように話を持っていった。



「えー3回か~。うん~と去年!」



「はずれ、あと2回」



「それじゃあ、5年前は?」



「聞いてどうするのさ、ラドが教えてあげるんだろ。はずれだよ」



「・・・・ラドが何歳の時の事か覚えてないの?」



「覚えてるよ。6歳の誕生日だったもん」



覚えてるじゃないのっ

なんでクイズみたくなってんのよ



「・・・・今何歳なの?」



「9歳、あ!3年前だ」



・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・


────ぼけぼけして大丈夫かしら?

────引き算を覚え・・・いや違うな。

────知ってたのに分かっていなかったって、ある意味凄いですね。

────誰が勉強を教えているんだ?

────ラドらしいねぇ。







ラドのボケっぷりに気が抜けた。ワガキミの事はちょっと置いとくとして。






地図で見る川は森の途中で途切れて地下へ流れていた。

これが3年前までは無かったことになる。

幅があり深さもあり流れも速く常に荒々しい川なのに、3年前までは無く地続きで向こう側へ行けた事になるが俄かには信じられない。

深く抉れた大地がそこに流れる川に長い年月を感じさせるからだ。


川が流れるじゃなくて生まれる?

出来る日までわかっちゃうの!?



「上流にある山脈で道が無くなり深い崖に変わっていたと聞いたのだが、同じような事なのだろうか?居るはずのない場所に魔獣がいたとも聞いている」



地図を出しヴェルデが真顔で尋ねた。

不可思議な出来事に魔獣の移動も関係していると自分の勘が言ってる。

こういう時のヴェルデの勘はよく当たる。

危険回避に優れた才能ともいえるのだが。


ニオブフィラ村でケレン達と飲んでた時が思い出される。

情報を交換していて良かった。

でなければ、ラドの川の話をワガキミの自慢を過剰表現しただけと、気にも留めずに聞き流しているところだ。



「そうさねぇ、環境の変化が激しい聖域だけど、魔獣は一定の場所を離れる事をしないんだ。それが移動しているんなら天変地異の前触れで間違いないね。どうなってしまうかは起こってみないと分からないから気をつけろとしか言えないね」



「詳しいようですが記録でも残っているんですか?」



「それもあるけど、こう見えて600年生きてるから何度か経験してるのよ、私は村が出来てからずっと村長さ」



「「「「600年!?」」」」



「私らは長寿なほうだからね。最も私は村長として村を結界で守っているから、主君からの恩恵をたくさん受けてて平均寿命をはるかに上回っているんだけどさ」



村長が600歳!

村の歴史も600年!?

エルフじゃないわよね、彼らは美形が多くて普通自体がハイレベルだもの。


・・・ゴッ!頭頂に拳が落ちてきた。


「いったぁ!?何すんのようっ」



「教育的な拳だバカ者!」



自分では気づかなかったが声に出していたらしい。

加減してくれているとはいえヴェルデの大きな手でグーは痛い。

涙目になるが失礼なことを言った私が悪い。



「うう、ゴメンなさい~~~」



「はははっいい音がする頭だね。気にしてないよ。だいたい、エルフと比べて美しい人なんて滅多にいるもんじゃないさ」



アソラルとトーゴも呆れ顔だ。

カンキツがポケットから出て来ようとモゾモゾし始めたから片手で頭をさすり、もう片方の手でポケットの口を握りしめて出てこないようにしたのだが、村長もカンキツの存在を感知してて、気にせずに出しておやりと優しく言われた。

この村でその小さいのを隠すとか無理だから!だってさ。それなら遠慮なく、ナナシ村では外に出してあげよう。








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