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【XIth Stigmartha / Τέλος αιωνιότητα】  作者: ささゆみさき
悠久と終わりの物語/序章:歩みのはじまり
6/8

V

序章 歩みのはじまり -Βίρτεμπεργκ-


"その歩みは永き連鎖を断つ白羽の軌跡の

その始まりと為り得るのだろうか?"


挿絵(By みてみん)


V/


 二人が気がつくと、やはりというべきか。

 暗闇の中にいた。

「……また、ここか」

「シンク君、先程の……」

「はい。姫様も聞こえましたか?」

「ええ」

 あのときと同じくリコフォスの存在はくっきりと認識できる。

 彼女はすぐこちらへ寄るとなにかに気付いて指差す。

「あれ……」

「ん?」

 そこにあったのは自分たちとは別の光。

 球体。人やその他の生き物の形ではなく、単なる光の球がそこにあった。

 その輝きは切なく、それでいて神々しく。

《シンク、そしてリコフォス》

 頭にまた直接声がする。穏やかな、そして安心するようなそんな声だ。

「この声……もしかしてあの光から?」

 シンクの疑問に光は答える。

《そうです。私は白の精霊王。光の精霊子を統べる者》

 それを聞いてリコフォスは胸の前で両手を組んだ。

「白の精霊王様……! ケテルの守護者で、神殿の主……」

《その通りです。白の継承者、リコフォス。会えてよかった》

 包み込むような声にリコフォスは目を細める。それはシンクも同じだ。


 ――白の精霊王……。なんて綺麗であったかい光だろう……。


 シンクは魅入られたようにその光を見つめる。

《リコフォス。ステマ皇家の血を継ぐ者よ》

 白の精霊王を名乗る光は厳かに語りかける。

「は、はい!」

 リコフォスが膝をついて頭を垂れると、精霊王は告げた。

《試練は成されました》

「え……」

 リコフォスはその言葉に目を見張った。

《もう一度、通達しましょう。試練は成功しました。王たるケテルを継承せんと挑みし者、王たる高潔なる意思、力を示し給え。ええ、申し分ありません》

 リコフォスはとんでもない、と首を振った。

「で、ですが……私独りの力では……!」

 それを聞いて、白の精霊王は小さく笑い声を上げた。

《ふふ。良いのです。リコフォス。貴女はなにひとつとして規則を破っていないのですから》

 白の精霊王はどこか嬉しそうに通達した。

 が、リコフォスは手放しには喜べなかった。

「え……。あの、それは一体……」

 動揺が隠し切れず精霊王をじっと見つめる。

 精霊王は淡い光を湛えたまま続けた。

《試練には証を持つ者のみが挑むことができる。私はそう定めたと記憶しています》

「はい。そのように私も教えられて参りました」

 リコフォスは頷く。

《人数を定めた覚えはありませんが》

「……あ」

 リコフォスは面食らった。そして、思わず吹き出してしまう。

 伝説の精霊の王が、まるで屁理屈だ。

「独りで受ける必要はなかった。そういうことですか?」

《然り。しかし、人は今まで気付かなかったのです。自らの欲を満たすこと、争うことばかり考えて。謂わば独占欲といったところですね》

 精霊王が寂しそうに笑う。

「ですが、精霊王様。それではまるでシンク君が証を持っているような……」

《然り》

 精霊王は静かに、簡潔に肯定の言葉を口にする。

「然り……? え、それは……もしかして」

 リコフォスが動揺を隠しながらシンクを見つめる。

「え、え? な、なに?」

 シンクは思わず二人(?)を交互に見遣った。

《その通りです。シンクは、聖痕継承者(スティグマルタ)。証を持つ者、なのです。その【反転(サーヴェラント)】……女性体は彼が宝珠継承戦争の参加者たる証拠。聖痕(スティグマ)の呪いによるもの》

「そんな……シンク君が?」

 リコフォスは口許を押さえ、信じられないというように目を丸くする。否、彼女より信じられないと思っているのはシンクの方だった。

「ちょ、ちょっと待ってください。話が見えなくて、ですね……。えっと、俺が姫様と同じ聖痕継承者……? 何かの間違いじゃないですか? 大体、俺は証なんて持ってません」

 改めて見える部位を確認してみたが、それらしきものはない。

 ヴァーテクスの話によればその証、聖痕と呼ばれる痣が生まれたときに体のどこかに刻まれている、はずなのだか。

「聖痕……、精霊王様、シンク君はどこに聖痕を持っているのですか?」

 リコフォスが訊ねると精霊王は静かに答える。

《目には見えないところに刻まれているのです。それが隠匿のダアトと呼ばれる所以のひとつ》

「目には……? ということは体の中、ということですか?」

《その通りです》

 精霊王は静かに答える。

 シンクは思わず自身の胸を押さえた。

 体の内側……つまり、内臓ということか。自分の知らない場所にそんなものがあったなんて。

「では、その隠匿の……とは? 聞いたことがありません」

 リコフォスは困惑するシンクの肩を心配そうに抱くと、質問を変える。

 精霊王は微かに明滅した。

 と、足元の暗闇が色鮮やかに輝き、画像を浮かび上がらせる。

 規則的に並んだ、それぞれ違う色を持つ十の円とそれらを結ぶ線。その後ろには巨大な樹と手に角笛を持った天使が描かれている。

 大樹には巨大な実りが二つ、左右対称になっている。

「これは生命の樹?」

 シンクが呟く。

 樹の絵は初めて見たが、円と線の配置は旧約聖書で見たそれと同じだった。

《そう。これは生命樹。この世界を実らせた神の樹》

「実らせた……? それじゃあ、もしかしてこの実が、世界……?」

 シンクは絵を見下ろしながら精霊王の回答を待つ。

《然り》

「えっと、ひとつはカルディアだとして、もうひとつは?」

 リコフォスは左側の実を指差して、次に反対側の実を指す。

《もうひとつの世界。言うなれば、シンクが生まれた世界》

「俺の……?」

「……異世界? そんな話は聞いたことがありません」

 首を横に振るリコフォス。

 精霊王は頷くように明滅する。

《第三世界の事は秘匿されていましたからね。セレスティアも書に記録しないよう指示を受けていたようですから。大遺書にも記載はないはずです》

 リコフォスはまた信じられないという顔をしたが、それを聞いたシンクは驚かなかった。

 やっぱりか。それだけ、ただ淡々と思った。

「では……シンク君は異世界の方、だと?」

 精霊王が答える前にシンクは「恐らく」と小さく頷いた。

《シンクは第三世界ネメシスの住人。そして、創世の天使が異世界に隠した十一個目の宝珠、ダアトの継承者》

「俺が……。いや、急に言われても……」

《根拠はいくつか挙げられます。試練の間への結界を越えたこと。神器・スティギアを所持していたこと、ケテルの力を行使したこと》

「ケテルの?」

 リコフォスが右胸に手を当てる。目を閉じ、「あ」と声を上げる。

「周囲の精霊子を瞬時に従えるケテルの力……【霊素の王冠(エィテルクラウン)】。

あのとき……確かにシンク君へ精霊子が集まっていた……」

「【霊素の王冠(エィテルクラウン)】……?」

 リコフォスの呟きで思い出す。

 そういえば、腕にあった腕輪……神器とやらがガントレットに変形したあのとき、体中になにかが入り込んでくるような感覚があった。あれが【霊素の王冠(エィテルクラウン)】とやらによる「瞬時にあらゆる精霊子を従える」能力によるものだとしたら納得がいく。

《さらに、【霊王の天鎧(ファランクス)】》

「一瞬、物理的、魔術的関係なくすべての干渉を無効化するケテルの力ですね……。そういうこと、だったのですね」

「あー、えっと、どういうことです?」

 段々話についていけなくなってきた。思わず眉間に皺を寄せると、リコフォスがシンクの肩から手を離す。

「あの巨像の攻撃を受け止めたとき【霊王の天鎧(ファランクス)】を発動させて衝撃を無効化した……。そうですよね?」

《その通りです。【霊王の天鎧(ファランクス)】を発動するよう指示したのは私ですが》

 シンクは「なるほど」と声を上げて感心し、腕鎧に視線を落とす。

 あの一撃を受け止められたのは神器の強化補助を受けた自身の力だと思っていたが、どうやらその【霊王の天鎧(ファランクス)】という能力のお陰だったらしい。

「……ん? 指示? あ。あの声は精霊王様、だったんですか? それにしても随分口調が違かったような……」

 尊大というか古風というか。確かに声は似ている。だが、別人のように感じた。

《あのような口調にすると天啓っぽいではないですか》

「さ、さようですか」

 シンクは思わず頭を掻く。


 ――精霊っておかしな感じだなぁ……。


《では、そろそろ本題に……》

 シンクはそそくさと話を進めようとする精霊王を、片手を挙げて遮る。

「ちょっと待ってください」

「?」

 溜息を吐く。このままでは順序が逆だ。

 精霊王はシンクがすべてを承諾し、許容した体で話を続けようとしている。

 そもそもこの出来事すべてが夢だと高を括って、どこか他人事のように関わってきたシンクはいい加減に潮時を感じていた。

 

 ――これ以上この世界に干渉するのはよくない。もう、帰ろう。


 もう少しだけこの世界のことを知りたいとは思った。それにリコフォスとの約束もある。せめて友人として彼女に何かを残してあげられたら。

 けれど、それは叶わない。叶えられるはずもない。自分と、彼女やこの世界の住人とはそもそも存在する場所が違うのだ。

 後ろ髪を引かれる思いだったが所詮は夢だ、とも思う。

 そうだ。目が覚めれば自分はこの世界とは無縁の存在になる。

 自分が聖痕継承者であるという設定も、リコフォスと共に戦ったことも、出会いも、全部。

 そして、いつかお互いに忘れてしまうだろう。けれど、恐らくはそれが正しい流れ、なのだ。


 ――ごめんなさい、姫様。

 

 シンクは目を閉じ、意識をここではない世界へと集中する。

 夢から覚めるための手段。こうすればすぐ意識が現実へと引き戻されるはずだ。

 ……はずだったのだが。

「シンク君、どうしたのですか?」

 リコフォスの声に目を開き、困惑した。

 いつまで経っても“ 醒める”ことができない。

「……どうなってるんだ……?」

 シンクが呟くと、リコフォスと精霊王は顔を――精霊王に顔があるのかはわからないが――見合わせた。

 しばらくして、精霊王は《ああ》となにか納得したように漏らし、また淡く明滅した。

《シンク。もう、薄々勘付いていると思いますが》

 気の毒そうに言葉を紡ぐ。

「……え?」

 シンクは息を呑んだ。心臓がうるさく鼓動を打ち始める。

 ざわつく。精霊王の言おうとしていることを予感してか、軽く眩暈がした。

「……そ、そんな、いや、待って、待ってください」

 そんなはずがないと思う反面、納得している自分がいる。

「……う、嘘でしょう?」

 認めたくない。

 そんな思いがそんな言葉を紡がせる。

 脂汗が額に滲んだ。酸素がうまく回っていない。

 喉が、ひどく、渇く。

《――シンク》

「だってこんな、こんな現実味が……!」

 そこまで吼えて、シンクは自身の言葉を反芻した。

「あ……」

 痛み始めた額を強く押さえる。

 

――現実味が……、なんだって?

 

 すぐに蘇ってくる体中に襲い掛かってきた痛み、衝撃、熱。

 夢の中とは思えないほど鋭利な五感。

 起こったことは非現実的だ。自分がしたことも、されたことも、なにもかもが。

 けれど、体感したすべてはあまりにも生々しかった。

「……っ」

 拳を固める。手のひらに爪が深く食い込んでいく。痛みが眠りを醒ましてくれるかもしれない、と。けれど、その痛みまで生々しい。

 回らない脳で往生際悪く、自らが未だ「夢を見ている」可能性を必死になって探す。探す。探す……。

 だが、見当たらない。見覚えのない風景の中にいることを除いて、体験がこの世界を肯定している。

《シンク》

「待ってください、まだ……」

 文字通り、頭を抱える。息苦しい。

 否定しろ。否定する理由を見つけろ。何度も言い聞かせる。

 何故なら、それは肯定してはいけないものだから。


《貴方は目覚めたときから夢など、見ていません》


 しかし、戸惑う彼(彼女)に精霊王が恐れていた、決定的な言葉を紡いだ。

「それらは元から夢ではない」そう言ってしまえば今までの不安や疑問すべてが解決する。

 だが、それを認めるのにはあまりにも勇気が必要だった。

「ちょっと、待ってください」

 それは今まで信じてきた現実の定理、定義を捨て去るということ。

 しかし、認めなければ先に進むこともできない。

「そんな、どうして……突然」

「シンク君……」

「……いや、だって、だって……! どうして、俺なんです……?」

 搾り出すように問う。十八年、生きてきた。

 けれど、今の今までこんな事態に巻き込まれるような予兆になりそうな出来事には遭遇したことがない。

 あまりに唐突だった。正体も色々な感情と思考で胸が押し出されてしまいそうな感覚。

 精霊王は項垂れるシンクにただ淡白に言った。

《呪われた輪廻を断ち切るためです》

「……意味が、わかんないって!」

 シンクは苦しげに怒鳴り上げた。

 胸の内側がざわつき、背筋に悪寒が走っている。

「な、なんで……今までそんなこと一度だって……」

《宝珠の運命です》

 回答になっているのかは疑問だが、シンクはその言葉に返す言葉を失いかける。

 それほどまでに理不尽で凶暴な言葉だった。

「だから……なんなんだ、運命って……! 宝珠? そんなの、俺には関係が――」

 精霊王の光が淡くなる。

 眼下の映像が失せ、暗闇が再び支配する。

 シンクの目の前に彼の光がゆっくりと漂い、移動すると囁いた。

《シンク、この世界はもう貴方にしか救えないのです》

「なにを……」

《貴方をこの世界へ呼んだ理由をお伝えします。そして、この世界を救ったそのとき、必ず元の世界へ帰します。ですから……》

「そんな勝手な!」

 あまりに多くのものを体験し過ぎた。夢だと思い込むことでなんとか乗り越えてきたのに、それらを現実だと宣告されて。

 胸を鷲掴んで、足下の暗闇を睨む。

「ちょっと待った……それじゃあ、俺がしてきたことって……」

 不意につい先程までの死闘を思い出し、身震いした。

 夢ではない。つまり、最悪自分はあの戦いの中で死んでいたかもしれないということになる。

 しかし、もしあそこで決断できなければリコフォスを見殺しにしていたかもしれない――とも思う。

 だとしても。決断できたことへの誇りよりも、決断した自身のどこかに「どうせ夢なのだから」という浅はかな前提と過信があったことに恐怖を感じた。

 たとえ夢でも、それは自身の命を(なげう)ったことに他ならない。畏れが今更になって全身を支配する。

「シンク君」

 ふと、そんな穏やかな声が聞こえて。

「あ……」

 急に気持ちが軽くなった。

 見ればリコフォスがシンクの手を握っていた。優しげな目がシンクの顔を覗き込んでいる。

「姫様……」

「あの……その……」

 シンクと目が合うと、彼女は視線を泳がせた。

 言葉を探している。シンクを元気付け、落ち着かせることができる言葉を。自身がそうしてもらったように。

 シンクは口を閉じると、目を伏せ、首を横に振った。

 きっと、そんな万能な言葉は無い。

 けれども。それで、もう十分だった。

 今まで不安で仕方なかったのに。解決策がわかったわけでもないのに、なぜだか安らいでいく。

 リコフォスの声、温もりが胸の中に染み込んで、奥で混沌と渦を巻いた黒いものが解けていくようだった。

「ごめん。ありがとう……」

 過酷な試練のあとで自身もいっぱいいっぱいだろう。その上で他人を気遣おうとする彼女にシンクは眼を閉じて……考える。

 ここでいつまで渋っても事態は解決しない。解決の兆しもない。それは酷く気持ちの悪いことだった。

 けれど、それは自身の事情。そのせいでせっかく試練を乗り越えることができたリコフォスの歩みを止めたくなかった。

 冷静に考えてみてもやはり自身に降りかかる理不尽に納得はできない。得体の知れない世界に介在することにだって今は希望も見いだせない。

 何より元の世界に大切なものが在り過ぎた。

 それが普通だ。けれど、このままじゃ一向に何も進まない。

 だから、シンクは自分を騙すことにした。

 

 ――今だけ、今だけでいいから認めよう。

 もしこれが本当は、やはり悪い夢なんだとしても。

 先に進むために。俺が、認めたくなくても、認める。

 嘘を吐こう。だって、こうやって心配してくれる人がいる。


 そう決めたとき体がそれを拒絶するようにずしりと重くなった。

 だが、ここで挫けるわけにはいかない。

 受け入れて、自分がするべきことに向き合おうと。

 今だけ。今だけでいいから。

「……ッ」

「シンク君!?」

 それでも崩れ落ちそうになるシンクを咄嗟にリコフォスが支える。

「ごめん……姫様」

「いいえ」

 深く息を吸って、吐いて。全身を巡る空気を入れ替え、せめて頭の中だけでも切り替える。

 完璧に落ち着く、なんてことはないけれど平静を装える程度には落ち着いてきた。

 リコフォスの手に引かれ、体勢を立て直すとシンクは改めて精霊王に向き直る。

《あの……よろしいですか?》

「はい。えと、ごめんなさい」

《いえ、それが当然の反応ですから。私も性急過ぎましたね。ごめんなさい》

 謝るシンクに、精霊王は首を振るように左右に揺れ、返すとゆっくり旋回して元の位置に戻った。

「精霊王様、教えてください。俺が元の世界に帰るために、この世界を救うためにしなきゃいけないことを。それと、この世界で起こっていることを」

 精霊王は世界が救われたとき元の世界に帰すと告げた。

 なら、この夢の……否、「異なる世界」に挑むことを決めた以上、帰ることを目標にした方が順応できるはずだ。

 何よりも今、一番強い「帰りたい」という思い。それに従えば何とかやっていけそうだから。

 すべてを聞いたそのときに、それがまた受け入れられないことだとしても、「決めた」事実が足を動かしてくれるだろう、そう思い込むことにした。

《シンク、この世界……貴方の居た世界とは異なる世界、カルディアは終わりのない呪いに囚われています》

「呪い?」

 精霊王が明滅する。

《これを》

 精霊王の言葉のあと、眼下にまた映像が浮かんだ。

 それは抜けるような青い空と対照的な血に濡れた広大な草原。

 二人の武装した少女が互いに向き合い、立ち尽くしていた。

「これは?」

 その風景を見つめながら、尋ねる。精霊王は静かに答えた。

《試合……いえ、死合いというべきものでしょうか》

「宝珠、継承戦……」

 リコフォスが言って指の関節を食む。

 彼女の言う通り、恐らくこれがなにか争いの最中の映像なのだとシンクは直感する。と、映像の少女たちが突然大地を蹴り、真っ向からぶつかり合った。

「これは……」

 振り抜かれた剣と剣がけたたましい金属音を立て火花を散らす。

 周囲には傷つき倒れた兵士らしき者たちの他に人気はない。

 ただ抜けるような青空の下、活き活きと風と踊る草原の上で冗談のように少女たちが斬り合っている。

 異様とも言えるその光景にシンクは唖然とした。

 やがて、片方の少女が押され始めた。防戦一方となり体勢が低く、低くなっていく。やがて――

「……う……っ」

 横薙ぎによって剣を、握った腕ごと弾き飛ばされた。宙を舞い地に突き刺さる剣。

 シンクは思わず口元を押さえる。

 攻め立てる少女が勝利を確信し、その首を狙って剣を振り上げたそのときだった。

 突如劣勢の少女が全身に爆炎を纏った。その衝撃に成す術なく弾き飛ばされる勝利を目前にしていたはずの少女。

 吹き飛ばされた少女は草原を激しく横転し、全身を打った。が、痛みなど感じさせない素早い動きで体勢を立て直す。

 すぐに彼女は顔を上げ、剣を構える。

 その刹那。

「……ッ!?」

 シンクは絶句した。

 巨大な火球が少女の頭上へ墜落し、彼女が声を上げる間もなく鎧ごと捻り潰し、灼き尽くした。

 草原がその衝撃と熱で一斉に焼き払われ、周囲は一瞬にして焼け野原と化した。

 火球から炎が霧散すると、その中から先ほどまで劣勢だったあの少女が現れた。

 少女は溶けて赤熱した鎧が焼き付く面影のない焼死体に馬乗りになると、残った右腕を翳す。すると手の甲が赤く発光した。

 それに反応するように焼死体の全身から光の糸が無数に立ち上り、巻き、数秒足らずで美しい金結晶の球体となった。

 少女は手を広げ天を仰ぐ。すると、今度は宙に浮く結晶が無数の糸へと還元され、少女に取り込まれた。

「なんだ、これ……」

 シンクは思わず目を逸らす。

「これが、宝珠継承戦……」

 そのか細い声にはっとする。傍らでリコフォスが口許を押さえ顔面蒼白でその映像を睨んでいる。

「聖痕継承者が代々行ってきた、宝珠を巡る戦争です」

「こんなに、凄まじいなんて……。……姫様も、こんな風に人を、殺したことがあるの?」

 リコフォスはシンクのその不安げな表情に少し安堵したように微笑み、激しく首を振って否定する。

「……いいえ。今代の継承戦はまだ……。十人全員の継承者が揃ってからの開戦となるので」

《しかし、このままでは同じ運命を辿る事になるでしょう》

 精霊王の言葉に打って変わり暗い表情を浮かべ、リコフォスは俯く。しかし、シンクはその物言いに疑問を感じた。

「このまま……? ってことは、そうならずに済む方法もあるんですね?」

《然り》

 精霊王が光る。

《その鍵をこそ貴方が持っているのです。シンク》

「俺が……?」

 シンクは両手の平を見つめ、首を傾げる。その横でリコフォスが小さく手を挙げた。

「あの、精霊王様。私からも質問させていただいても構いませんか?」

《ええ、なんでしょうか?》

「その、シンク君だけがこの世界を救うことができる……とおっしゃっていましたが、それは一体……。救う、というのは継承戦争の締結を指すものではないのですか?」

《然り》

 答えて、また淡く明滅する。すると、また足下の映像が切り替わった。 今度は荒地だ。その上空には紫色の気味の悪い雲が渦巻いている。

 そこには生気が感じられなかった。実際生物はおらず、そこにある土すらまるで死んでいるような印象を受ける。

《もはやこの世界全体が危機に瀕しています。宝珠を巡る呪われた輪廻。それが引き金となり世界には循環しきれなくなった膨大な量の歪んだ精霊子(アウラ)が溢れているのです。それと同時に永くひとつ処に集まらずに制御不良の宝珠が反作用してバランスが崩れている……。リコフォス、祖戦荒野はご存知ですね?》

「はい。大昔の大戦で様々な精霊子が狭い範囲に高密度高濃度に混在し生物が死滅した土地……その後も虫の一匹すら生息不可能となった危険域……ですよね?」

 ある書の一節をなぞるように言うと、精霊王の光は柔らかく輝いた。

《その通りです。言うなれば未来で世界すべてがそのように変貌する。そのように考えていただけたら想像は容易かと》

 映像の荒野がゆっくりと星――恐らくカルディアなのだろう――全体を侵食していく。

 それは遠くない未来に訪れる世界の終わりだった。

「そんな……」

 変わり果てていく自らが生まれ育った星の未来をまざまざと見せられ、リコフォスは肩を落とした。

「えと、宝珠継承戦……? とやらが聖痕継承者同士が、その、宝珠っていうものを手に入れるために争うものだっていうのは、さっきの映像でわかったんだけど。そもそも何を目的にして行われているものなんですか? いや、まず宝珠っていうものが何なのか……」

 口を閉ざしたリコフォスに代わって、今度はシンクが質問する。

 精霊王は頷くように縦に小さく揺れると答えた。

《創世の天使という言葉を先ほど出したと思いますが》

「えと……」

 言われて、そういえばそんな言葉を聞いたような気がした。が、よくは思い出せない。精霊王はくすり、と笑った。

《いえ、これからお話しますから覚えていなくても結構ですよ》

「すいません」

 精霊王はまたゆらゆらと揺れると咳払いをひとつして、続けた。

《創世の天使はその名の通り、この暗闇に他の世界の親となる最初の世界を生み出した十一柱の異次元の天使です。そして、創世の天使たちが原初の世界である神々の世界、黄昏の揺篭(ソウル・アーク)を生み出す際に用いた結晶体の欠片が宝珠(セフィラ)なのです》

「創世に使われた……それだけ強力な力を持っている、って感じです?」

《然り。宝珠はカルディアに十、ネメシスに一つ存在しますが、どれもが強大な魔力を秘めています。またそれらはひとつに集まることで原初の世界への扉を開くことができる。元は原初の世界の神々によって管理されていましたが、かつて世界に人類によって文明が生まれた頃、天使たちの命で宝珠を世界に解き放ったのです。すべてを集めた者を世界の王とし、如何なる願いをひとつ叶える、などと公約して》

 シンクは首を傾げる。

「それじゃまるで争えって言っているみたいだ……」

《そうですね……。そうかもしれません。しかし、当時の人類には闘争心が無かったのです。非常に調和的で。それ故に神々、そして天使は信じていたのです。人々が相応しい一人を選び、協力して宝珠を集め、その存在が自らの許へ参じる事を。今思えば甘かったのですね》

「現実は違った……」

《その通りです。人々はそこで初めて我欲を知ってしまった。そして、実に百年もの間宝珠がひとつ所に揃う事は無かったのです。しかし、あるとき停滞していた状況は流転した。一人の少女がとうとう宝珠を揃えたどり着いたのです。黄昏の揺篭に。そして、彼女が人類初の世界の王となったのです》

「それで、その少女は何を願ったのですか?」

 そこで黙って聞いていたリコフォスが問う。

《詳しい内容は神々の触覚でしかない私の知り及ぶところではありませんが……呪いでしょうか。その願いに関係するかはわかりませんが、その後、現在のような宝珠継承戦のルールができたのです。宝珠を持つことができるのはそれぞれの宝珠に対応した聖痕を持って生まれた乙女のみ、そして宝珠を獲得し保有できるのも聖痕継承者のみと》

「ちょっと待ってください」

 シンクが片手を挙げて制止する。

《はい。シンク、如何なさいました?》

「世界王はそのときに決定したんですよね? どうして未だに戦争は終わっていないんですか?」

《それに答える言葉を、私は持ち合わせていません。彼女が具体的に何を望んだのかは先程も言った通り、触覚でしか無い私には知らされていないのです。ですが、少なくとも自身以外の王の誕生を望んだのだと。そうでなくては王を選定するための宝珠継承戦が未だに繰り返されている現状の説明になりませんから》

「ですが、最初の王の後、過去に宝珠を揃えた継承者はいらっしゃったはずですよね?」

 指を顎に当てリコフォスが小首を傾げる。

《ええ》

「シンク君の言葉を繰り返すようですが、何故終えることができていないのでしょうか?」

 先ほどまでの話を要約すると、宝珠をすべて揃えた者は原初の世界へと旅立ち、世界の王となることができる……はずだ。

 戦争の意図が王の選定だけであったなら、もう終わっているはずだった。

 しかし、争いは続いている。シンクも顎を摘むと小さく頷いた。

《簡潔に言うなれば、何らかの要因で新たな王が生まれていないから……でしょうね》

「何らかの……」

《私はカルディアに纏わる事しか認識できないので、原初の世界で何があったのかはわかりません。しかし、確かに宝珠を揃え、転移する継承者たちの姿は幾度と無く見届けています。つまり、カルディアでの出来事は要因にはなりえないでしょう》

 そこまで説明すると、精霊王は何かに気付いたように小声で話し始める。

《さて……時間も残されていないようです。本題に入りますがよろしいですか?》

 二人はまだ釈然としていなかったが頷いた。精霊王はゆっくりと上下する。

《シンクにはこの世界とそこに暮らす全ての命の未来を。そして、その未来に生まれ来る少女たちの自由のためにこの戦争を終わらせていただきたいのです》

「えっと、そうしたいのは山々なんですが、具体的には……? それに今までの話を聞いている限り姫様や他の継承者をその、殺さないといけないんじゃ……」

あるいは自身が継承者に殺されるか――

リコフォスも同じ考えなのだろう。不安そうにこちらを見つめている。しかし、彼らに告げられたのは肯定の言葉ではなかった。

《いいえ。その必要はありません。シンクには今までと違う方法で原初の世界への道を開いていただきますから》

「違う、方法?」

《そう。貴方はそれを実現する力を持っているのです》

「俺が……?」

 シンクは彼女――精霊に性別があるのかは微妙だが、恐らく女性だと思う――の意図が理解できず肩をすくめる。

《そして、その方法はリコフォスの願いに繫がる。それ故、私は貴方が彼女と最初に巡り逢うように召還したのです》

「姫様の?」

 傍らのリコフォスを見ると彼女は困惑したように小さく首を横に振る。

「私の願い……?」

《貴女が幼い頃に願っていたことです。お忘れですか?》

「あ……。それって……」

 思い当たる節があったのか彼女は目を丸くして、小さく口を開いていた。

《ええ》

「あの、姫様の願いって一体……」

《簡単なことです》

 シンクが尋ねると精霊王は真剣な声色で告げた。

《いずれ出会う継承者も、自身も、誰一人死なずに戦争を終え皆で平和を手にすること》

「ああ」

 共に過ごした時間はあまりに短いがそれでもリコフォスらしい。そう思える優しい望みだった。

 シンクが思わず微笑すると傍らのリコフォスは頬を赤らめる。小さく唸ると顔の前で指を組み、どこかばつが悪そうに人差し指を交差させた。

「あの……やはり、甘い、でしょうか? け、けれど、これは幼い頃の夢で……その……」

「ああ! ごめんなさい。別に深い意味はないんです」

 シンクは慌てて首を振り謝ると、申し訳無さそうに頭を掻いた。

「あ……いえ、責めているわけではないのです。ですが、実際に子供の、願いですから」

 ですから笑われても仕方ありません、と彼女も小さく、どこか寂しそうに笑って頭を振った。シンクはその顔にふと石像と戦っていたときの事を思い出す。

 ――立場。

 彼女が背負っているものはあまりに大きい。それでも受け入れている。だからこそ、自身のそんなささやかな願いもきっと無闇に話すことも無かっただろう。

 叶うはずがない。そんな風にどこかで解ってしまっているから。

 けれど。

「俺の力……」

 シンクは腕鎧を纏った右腕を見つめ呟くと、リコフォスに視線を移す。

 リコフォスは小首を傾げ、シンクを見つめ返す。

 シンクは拳を固め精霊王に向き直った。

「精霊王様。その願いに繫がる方法を実現する力、俺が持っているって言いましたよね? できるんですか、それが」

 できる事なら叶えてあげたいと思った。途方もなく、けれどどこまでも優しい彼女の願いを。

 そして自分自身も思うのだ。誰ひとり死なず、殺さずに済むそんな結末であってほしいと。

 その力がある。精霊王は言っていた。

《ええ。やって、いただけますか?》

「俺にできることなら」

 精霊王の問いかけにシンクは強く頷いた。

 リコフォスは一瞬嬉しそうに笑みを浮かべたが、すぐに表情を締めて言う。

「ですが、それでは戦争にシンク君も巻き込んでしまいます……。元々数に数えられていない聖痕継承者ですし、その、安全に元の世界に戻る方法も……」

「いや、精霊王様は俺に世界を救えば元の世界に帰してくれる、そう約束してくれましたから。姫様の夢の助けをすること。それは元の世界に戻ることにだって繫がるはずです。そうですよね?」

 リコフォスの言葉を遮ってシンクは精霊王に尋ねる。彼女は《然り》と短く答えた。

「シンク君……。ですが……」

「ここまで一緒に戦ってさ。今更関係ない、なんて寂しいじゃないですか。これは自分の『意思』、です」

 遠慮がちに口を開く彼女にシンクはそう言って笑いかけた。

 リコフォスは泣き出しそうな顔で彼を見つめていたがそれ以上は何も言わなかった。

「精霊王様、教えてください。どうすればいいのか」

 シンクが促すと相変わらず小声で彼女は説明した。

《まずはスティギアを見ていただけますか?》

「はい」

 指示に従いスティギアと呼ばれた右腕の腕鎧にもう一度視線を落とす。

《スティギアに十の窪みがあると思います。それはこの世界にある十の宝珠に対応しているのですが》

 精霊王が明滅し、景色が切り替わった。

 今度は彩り豊かな十個の光の球が現れ、二人の周囲を飛び回る。

 旋回していた光はやがてシンクの元に集まる。

《隠匿の継承者の証たるスティギアは十の宝珠のエネルギーを複製し、その中に宿す力があります。そして、隠匿の継承者はその力を一部ではありますが、対応する聖痕継承者と同じように引き出す。あるいは待機させることができるのです》

 言われて納得する。

 石像との戦闘でリコフォスが継承し所持するはずの宝珠・ケテルの能力である【霊素の王冠(エィテルクラウン)】や【霊王の天鎧(ファランクス)】をシンクが使用できた原理、理由は説明を色々と省かれたせいで飲み込めていなかったが……。

 腕鎧――スティギアの“ 宝珠のエネルギーを複製する力 ” と自身の持つ宝珠の力によるものだったらしい。

「つまり、十人がそれぞれに持つはずの宝珠の力を実質俺一人で所持できる……ってことです?」

《然り。とはいえ、あくまで複製なので実物には遠く及ばない能力しか持たないのですが。原初の世界へ至る道を開く鍵とするには申し分ないでしょう》

 あっ、とリコフォスが声を上げた。

「……今まで宝珠は継承者同士で争い、奪う以外に手にする手段がなかった……。だから、先代の継承者たちは命を懸けなくてはならなくて。けれど、シンク君のその力ならきっと……」

「うん。継承者を殺さなくて済む」

 そうですよね? シンクの言葉に精霊王は大きく頷く。

《然り。改めて問います。やっていただけますか?》

 シンクはスティギアを纏った手を握り締めた。

「何度聞かれても、答えは変わりません」

 そう言って頷く。不安はある。けれど、迷いは無い。

 リコフォスは彼の言葉にどこか希望を見出したように目を細め、にこりと笑った。精霊王も少し強く明滅した。

《では、宝珠の力を複製する方法を》

 その言葉が終わった、その刹那。

「きゃあっ!」

「ッ……ここで!?」

 突然強い波動がスティギアから放たれた。

 暴風のようなその衝撃に打たれ、二人は成す術なく上下の定義の無い暗闇でもんどり打つ。

 魂ごと吹き飛ばされるような衝撃と同時に視界がホワイトアウトした。もはやお決まりになった一連の流れを終えて、やがて明順応を終えて視界が回復する。

 荒れた試練の間――いつの間にか二人は女神像の前に立っていた。

「ここは……。……あ、姫様!」

「シンク君……? あれ……私たち……」

 シンクは我に返ると傍らに同じように呆然と立ち尽くしていたリコフォスに声をかける。

 彼の声でリコフォスも我に返ると、二人の脳内に精霊王の声が響いた。

《気がつきましたか?》

「はい。ただ戻すなら戻すって教えてください……」

 シンクがこめかみを押さえて非難めいた言葉を投げかけると精霊王は《失礼しました》とどこか悪戯っぽく返した。


 ――あ、これ次があったらまた予告無いパターンだな。


 シンクはスティギアを見遣ると「はぁ」と小さくため息を吐いた。それから天井を仰ぐ。砕かれ、罅の入った天井がボロボロの照明に照らされている。

「えっと、早速なんですが……教えてください。時間が、無いんですよね?」

 シンクが促すとリコフォスも同意するように頷く。精霊王はやや低い声音で《……では》と呟くと、続けた。

《お教えします。貴方がこの呪われた輪廻の幕引き役――機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)となる、その方法を》


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