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俺は今まで、それこそ、高校も一緒だった夏希を横目で、ちらりと見ながら、帰路につく。
幼い頃は、互いの家を行き来して、それこそ、家族ぐるみの付き合いだったのに、歳を重ねるごとに少しずつ、少しずつ。疎遠になっていった。
高校がバス通で、帰る時間が似かようから、疎遠になっても、帰りは一緒だった。それだけは。変わらなかった。
夏希のクラスの話、俺の友達の話。
バス停から家までの10分で、今日あったことを話す。
……いつの間にか、それが。
その短い時間が、幸せだと、そう感じるようになっていた。
いつからだろうか。
俺が夏希を、好きだと自覚したのは。
その横顔を、ずっと隣で眺めていたい、と感じるようになったのは。
夏希は、そんな俺に気づいていないようで、屈託なく俺に笑いかける。
「ねえ、ヒロ、きいてる?」
「あ、おう」
昔は夏希も下の名前で呼んでくれていたのに、高校に入ってから、みんなと同じようにアダ名で呼ぶようになった。弘田涼という名の名字からとったアダ名だ。それが、なんとなく悲しい。
『あたしにとっての涼は涼だけだよ?でも、ややこしいっていわれちゃってね』
なんて。夏希は、あのとき、笑っていた。
俺はあのとき、どんな顔をしていたのだろう。
どんな顔で、それを受け入れたのだろうか。
「それでね、長原がね、」
最近、夏希の話によく出てくる男、『長原』。俺は長原をよく知らない。が、夏希が言うには。『まあイケメン』らしい。俺は長原を知らないはずなのに、夏希のせいかお陰か、随分長原に詳しくなった。
「なぁ。」
「なに?ヒロ。」
「…夏希は、長原、が好き、なのか?」
俺は、意を決して聞いた。
「何言ってんの、そんなわけないじゃん!」
と、言ってくれるのを期待していた。何でもないようにまた、話を続けてくれるのを期待していた。けれども。
「えっ?…ん、ううん」
口では否定の言葉を述べているが、夏希は元来、嘘をつくのが苦手だ。
頬を赤らめて。そんなあからさまな態度で否定されたら、分かってしまうじゃないか。
貴女がその人を好きだってことが。
「あっ、あたしのことはどうでもいいじゃない!ヒロは?ヒロは好きな人居ないの?」
あたふたする貴女に、『夏希だよ』と言えたら、どれだけ幸せだろうか。
でも、あんな顔を見てからじゃ、どうにも、言えない。
きっと、夏希にとって俺は近すぎて、恋愛対象ですら、無かったのだろう。
「んー、居ればいいんだけどなぁ」
と、冗談めかして言う。
俺は、いま、上手く笑えているだろうか。
「ホントはヒロの恋バナ聞きたかったけど、もう着いちゃったね!また明日ね!」
夏希は、くもりひとつない笑顔で、手を振っていた。
「おう、また、な。」