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ハジメテノオト  作者: ミスタ〜forest
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ハジメテノコイ

 彼女が教室に足を踏み入れた瞬間、僕は朝の気だるさに飲み込まれかけていた意識を取り戻した。

 転校を経験した事の無い僕には、現在の彼女の心境を推し量る事は出来ない。

 でも、半ば逃げ腰でクラス中の注目を集める彼女に、僕の視線は釘付けになっていた。

 頭の中が真っ白になっているであろう彼女に対して、僕の頭の中は、彼女の事で一杯だった。

 思わず護ってあげたくなりそうな、少し小柄な体格。

 それとはアンバランスな程に長い髪は、彼女のふくらはぎにまで達している。

 前髪も割と長く、ヘアピンで留めていなければ、顔の半分は隠れてしまうだろう。

 その髪は艶やかに輝いていて、彼女を守る神秘的なヴェールの様に思えた。

 髪ばかりに惑わされて、身体に眼をやらないわけにはいかない。

 全体的に控え目だけど、どこにも無駄な肉が無くて、まるで高名な彫刻みたいだ。

 スカートとソックスの間から覗かせる生足は、それだけで心臓を高鳴らせる。

 胸は大きくないけど、彼女の体格なら寧ろ自然だし、中学生だからまだまだ判らない。

 大きく透き通った瞳は、視線を合わせると吸い込まれてしまいそうだけど、それでも見てしまう僕が居る。

 どうやら僕は、彼女に完全に魅了されてしまった様だ。

 彼女は、数多の視線に串刺しにされながらも、先生の隣、黒板の真ん中まで移動した。

 不安げな、もしくは助けを求めるかの様な表情で、彼女にとっての新しいクラスメイトを見渡す。

 緊張している所為か、彼女は一言も声を発さない。

 彼女の声を聞きたくて、僕は、ひたすらに耳を研ぎ澄ませていた。

 しかし、いつまで経っても、彼女の声が聞こえてくる事は無かった。

 何かを喋ろうと必死で試みているのは判るけど、一歩手前で止まってしまう様だ。

「……取り敢えず、名前を書いたらどうだ?」

 そんな彼女を気遣って、先生がフォローを入れる。

 彼女は少し安堵し、縦に大きく首を振った。

 チョークを手に取り、黒板に名前を書き始める。

 彼女の手と黒板の対比が、彼女の肌の白さを際立たせていた。

 チョークと黒板が擦れる音だけが、少しの間、教室を満たす。

 黒板には、綺麗な字で『早乙女 紫苑』と書かれていた。

 ちゃんと苗字と名前を離していて、横に『さおとめ しおん』と振り仮名まで書いている事から、彼女の気遣いが伺える。

 名前を書き終えてから、再び沈黙が訪れる。

 緊張しているのは解るんだけど、それでもやはり、僕は彼女の声を聞きたかった。

 あの容姿から、果たしてどんな声が奏でられるのか。

 僕の興味は、最早それだけに向けられている。

 でも、僕の願いは届く事無く、彼女は何も話そうとしなかった。

「ま、まあ、とにかく、今日からこのクラスで一緒に勉強する早乙女紫苑だ。

新しい学校で緊張している様だし、皆で助けてやってくれや」

 これ以上は無駄だと悟ったらしく、先生が少し強引にまとめた。

 彼女は済まなさそうな表情を見せるけど、やはりそれを声に出す事は無い。

 何故、彼女はここまで何も喋らないのか。

 そして、彼女はどんな声の持ち主なのか。

 ここまでだんまりを通されると、気になって仕方が無かった。

「じゃあ、お前の席だけど……鳴瀬弟矢なるせおとや

「……は、はい!」

 名前を呼ばれた事に少し遅れて気付き、僕は慌てて返事をした。

「お前の隣に早乙女を座らせようと思うんだが……構わないよな?」

「は……はい」

 殆ど反射で返事をする。

 その後で、ようやく事が重大であると気付いた。

 可愛い転校生が、隣の席に座る。

 漫画とかで使い古された展開が、まさか我が身に降りかかってくるなんて。

 僕の心の準備なんて待たずに、早乙女さんは移動を始めた。

 一歩ずつ、確実に僕に接近する早乙女さん。

 距離が一歩縮まる毎に、僕の心臓の鼓動はリズムを早める。

 いっそ逃げ出したくなるけれど、身体は身動きさえままならない。

 そしてとうとう、早乙女さんが僕の真横にまで接近した。

 僕の緊張は最高潮に達し、彼女の髪から香る優しい匂いでも、それは解れなかった。

 早乙女さんも、これくらい緊張しているのだろうか。

 それとも、早乙女さんの緊張をうつされたのだろうか。

 そう思うと、些細だけど早乙女さんと繋がっている気がして、何だかくすぐったい気持ちになる。

 そんな事を考えているうちに、早乙女さんは席に着いた。

 夢でも幻でもなく、僕の隣の席に、早乙女さんが座っていた。

 近くで改めて見ても、早乙女さんは可愛い。

 寧ろ、近くだからこそ気付ける事が沢山ある。

 ヘアピンのデザインや、ソックスが無地である事、膝の上の手は緊張を握り締めている事。

 見る度に新しい発見があって、その度に不思議な気持ちが全身を駆け巡るのだから、いつまでも見ていたくなる。

 でも、そんな悠長な事は言っていられなかった。

 頭のどこからか、こんな言葉が湧いて出てくる。

「何か……何か声を掛けないと」

 どうしてこんな事を考えたのか、僕には判らない。

 神の啓示か何かの様に、突然思い浮かんだのだ。

 とにかく、彼女に声を掛けなければならない。

 でも、一体何て言えば良いのだろうか。

 僕は、早乙女さんの事を何も知らない。

 だから、どう話し掛ければ良いのかも判らない。

 それでも、無言でいる事は許せない気がして、僕は早乙女さんの方を向いた。

「よ……よろしく」

 勇気を振り絞った結果がこれなのだから、笑わずにはいられない。

 案の定、早乙女さんは振り向く事すらなかった。

 思わず、僕は静かに溜息を吐いた。

 そんな僕に、先生が更なる追い打ちをかけてくるとは、その瞬間まで思わないだろう。

「おい鳴瀬。隣の席になった縁だと思って、早乙女に校内を案内してやってくれないか?」

「え!? あ、は、はい……」

 やはり反射的に返事をして、後になって事の重大さに気付いた。

 もちろん、返事をしてしまった以上、後の祭りなのだが。



 朝のホームルームの後も、早乙女さんが何かを話す事は無かった。

 休憩時間にクラスメイトに囲まれても、授業中に先生に当てられても。

 結局、転校したばかりで緊張しているからと、昼休みには皆諦めていた。

 僕に至っては声を掛ける勇気すら無いのだから、話にならない。

 こうして、早乙女さんの声すら聞けないまま、放課後を迎えた。

 先生に頼まれたから、早乙女さんに校内を案内しなければならない。

 でも、彼女に何て声を掛けたら良いのだろうか。

 朝の一件のお陰で、どうしても声を掛け辛い。

 かといって、先生に頼まれた事を放棄する訳にもいかないし……。

 そんな事を考えているうちに、早乙女さんは荷物をまとめ、今にも帰ろうとしていた。

「早乙女さん!」

 慌てていたので、思わず大声で彼女の名前を呼ぶ。

 早乙女さんは少し驚いて、恐る恐る僕の方を向いた。

 こんなリアクションをされると、まるで悪い事でもしたみたいだ。

「ご、ごめん、驚かせて……。別に怒っている訳じゃないよ。

先生にも頼まれたし、校舎の案内をしようと思ったんだけど……時間ある?」

 僕の問いに、早乙女さんは首を縦に振る。

 はい・いいえなら答えられるみたいだから、ちゃんと日本語は通じているらしい。

「あのさ、早乙女さん……」

 少しだけ、僕はこの続きを躊躇った。

 余り触れて欲しくない事だろうし、答えが返ってくるとは思えない。

 それでも、まだ誰も訊いていない事だし、言ってみる価値はあると思う。

 どうせ、朝の一件で、無視される事には慣れたのだ。今更恐れる事も無い。

 他の人クラスメイトは全員帰ったし、僕と早乙女さんだけで片付く話だ。

「どうして、早乙女さんは誰とも話そうとしないのかな?」

 僕は、意を決して早乙女さんに尋ねた。

 案の定、黙り込む早乙女さん。

 どうやら、話そうとする意思はあるみたいだけど……。

 この様子だと、口頭での会話は望めそうにない。

 果たして、どうやって彼女と意思疎通を図るべきか。

 僕は、少しの間考え込む。

 考え抜いた末に、僕が出した答えは、

「話せないなら……書くのは良いよね?」

 筆談という選択肢だった。

 朝のホームルームでも、口では名前を言わなかったけど、黒板にはちゃんと書いていた。

 きっとこれなら、少しは話が出来る筈だ。

 声を聞く事は出来ないけど、意思疎通すらままならない以上、贅沢は言っていられない。

 ノートとペンを差し出すと、早乙女さんは驚いた顔で僕を見て、戸惑いつつも頷き、それらを受け取った。

 そして、早速何かを書き始める。

 それ程掛からずに書き上がり、早乙女さんはそれを僕に見せた。

『こんな事する人、初めて』

 丁寧な字で、こう書かれていた。

 形はともかく、初めて彼女と会話が成立し、感動すら覚える。

 とにかく、今は会話を繋げる事だけを考えよう。

 込み入った話は拒絶されかねないし、こんな会話を重ねるだけでも、今の僕には充分だ。

「早乙女さんがどんな事を考えているのか、知りたかったんだ。

それとも、こんな事までして話そうとする人って嫌なのかな?」

 僕の問いに、早乙女さんはすぐにペンを走らせる。

『ううん。ここまでしてくれる人って居なかったから。

私、全然喋れないのに……わざわざありがとう。すごく嬉しいよ』

 かなり好意的な早乙女さんの答えに、僕は心の中で舞い上がっていた。

 女の子にこんな風に言われて、喜ばない男は滅多に居ないと思う。

 早乙女さんの様な可愛い人なら、尚更だ。

『ナルセオトヤ君……だったっけ?』

 次に僕に見せたのは、片仮名で書かれた僕の名前。

 どうやら、漢字での書き方を問うているらしい。

 僕の名前が早乙女さんの前でフルネームで呼ばれたのは、朝のホームルームで先生に呼ばれた時の一度だけ。

 その一回で、ちゃんと覚えてくれていたのだ。

 僕は、もう一本ペンを取り出し、ノートの端に『鳴瀬弟矢』と書いた。

 わざわざ新しいペンを出す必要も無かったけれど、ペンを受け取ろうとして、何かの拍子でその手に触れてしまったら……。

 想像するだけで、心臓が爆発してしまいそうだ。

「一回聞いただけで憶えてくれたんだ」

『うん。私、憶えるのには自信があるから。それに、隣の席だから、色々とお世話になりそうだし』

 僕の言葉に、早乙女さんは文字でしっかり返してくれた。

 早乙女さんが『言葉』を書き終えるまでの間は、不思議なくらいにどきどきする。

 喩えるなら、クイズ番組の司会者が、問題の答えを言う前の緊迫感に似ていた。

 早乙女さんは、僕にどんな意思を示そうとしているのか。

 好かれたのか、それとも嫌われたのか。

 そんな事で頭も胸も一杯になって、息が詰まってしまいそうだ。

 もちろん、彼女の『言葉』からは、『世話を焼いてくれる人』以上の意思は汲み取れないのだけれど。

『朝は無視してごめんなさい。折角声を掛けてくれたのに……』

 次に早乙女さんが見せた『言葉』は、意外な事に謝罪だった。

 恐らく、朝のホームルームで、僕が声を掛けた時の事を言っているのだろう。

「別に気にしてないよ。初めての学校で緊張していたんだし、無理もないよ」

 実際は、結構落ち込んでいたのだが。

 早乙女さんと少しでも接点を持ちたくて、少しでも憶えて欲しくて。

 あの時に焦って声を掛けたのは、きっとそういう理由だと思う。

 それを完全にスルーされては、流石に気にせずにはいられない。

 でも、こうして謝ってくれたのなら、引きずる理由なんて無い。

 寧ろ、本当は気配り屋さんで、優しい娘だという事が判ったのだから、収穫の方が大きい。

 こうして話す機会が無ければ、早乙女さんの本性が判らないどころか、再び話し掛ける勇気さえ無かっただろう。

 そういう意味では、先生には足を向けて眠れない。

『怒ってない?』

 そう書かれたノートを持って、早乙女さんは不安げな瞳を僕に向ける。

 ……その目は卑怯だよ、早乙女さん。

「うん、全然怒ってない」

 少しぎこちない調子で、僕は答えた。

 怒ってはいないけど、全然違う理由で、血圧は上がりっぱなしだ。

 こういう時の為の薬があるなら、是非とも薬局を訪ねたい。

 そんな僕の気も知らないのだろう早乙女さんは、一人安堵の表情を浮かべていた。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 先生に感謝するならば、頼まれた事はこなすべきだ。

 それなりに意思疎通が図れたので、僕は本日最大の任務に取り掛かることにした。

 早乙女さんは頷き、僕の後を付いてくる。

 果たして、案内が終わるのが先か、僕の心臓が破裂するのが先か。

初めての方は初めまして、そうでない方はおはこんばんちは。

『暑さも寒さも彼岸まで』が代表作だと信じているミスタ〜です。


普段はコメディやBUMPのファンフィクションをやってますが、今回は恋愛です。

過去にも恋愛は書いてますが、個人的にあれは黒歴史なので(ぇ

なんやかんやでコメディ要素も多いので、私の小説を知っている方は、大体同じ感じで楽しんで頂けるかと。


知っている方は知っているでしょうし、気付く方は気付くでしょうから、今のうちに弁明しておきましょうか。

……ファンフィクション? いいえ、インスパイアです。

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