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マイナー探検部  作者: シャチー01
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Part1

 一隻の高速船が、大海原を走行している。


 乗っているのは、今日、島を訪れる観光客に加えて、僕達マイナー探検部に所属している四人である。


 マイナー探検部――それは、僕の通う赤坂学院大学で、二〇一〇年に立ち上げられたサークルである。


 約五年の歴史を持つサークルだが、どのような活動をしているかというと、部員達で、マイナーな(一般的に知られていない、または不人気な)場所や商品を調べ、その場所を実際に訪れたり、その商品を購入したりして、少しでも光り輝く(魅力的な)部分を見付け出し、それをネットなどで世間一般に知れ渡らせることである。


 その活動内容が、どうやら周囲からは実に下らないと思われている。

 

 栃木に住んでいる実家の両親や、同じ学部の友人、同棲中の彼女である優美(ゆみ)に、僕がそこに所属していることを言ったら、みんな揃って首を傾げた。

 

 なぜ、僕がそのサークルに所属しているか理解されていないようだが、入学当初、サークルの説明を聞いて、何となく面白そうだと思ったから所属した。


 しかし、活動内容として、変人が集まるサークルだと偏見を持たれている。


 あと、もう一つ感じが悪いのは、このサークル名のネーミングセンスの無さである。


 どうして「マイナー探検部」なんだ? 周囲からその点を突っ込まれるが、僕自身も疑問に思っている。もう少し、格好良いネーミングもあるはずだ。


 そんなことを思い巡らせているうちに、隣の席に座っている板本(いたもと)さんが、「何ボーっとしてんだ」と、笑いながら僕の左肩を強く叩いた。


「いや、ただ考え事してただけです」


 現実に引き戻された僕は、即座にそう返した。


 板本さんは、三年生である。就活で忙しいにもかかわらず、一、二年の頃から順当に単位を収め、このサークルでも部長を務めている。小学校の頃から野球で鍛えた高身長で大柄で筋肉質な体は、痩せていて細い僕から見たら、逞しくて格好良い。


将弘(まさひろ)もこれが初の探検だから、楽しくて仕方ないんでしょ」


 向かい側に座っている篠田先輩が、からかうように言ってきた。


 篠田さんは二年生だが、副部長を務めていて、板本部長の補佐をしている。この人は、どちらかというと文科系で、普段は色々な本を読み漁り、知識を増やしまくっているそうだ。また、鉄道マニアでもあり、サークル活動の時は、眼鏡をクイッとさせて楽しそうに鉄道を語ることもある。


「まだまだ子供ね、将弘君」


 篠田さんの隣に座っている原田さんが、小さく笑ってからかった。


 原田さんはこのメンバーの中で唯一の女の先輩、二年生だが、スタイルが良く、ストレートなセミロングの黒髪に、女優のような美しい顔立ちが、僕たち男性陣を常に魅了している。


「優美ちゃんには心配かけずに、ちゃんとお別れの挨拶をした?」


 原田さんが、ニヤニヤしながら僕に言った。その言葉を聞いた板本さんと篠田さんが、興味津々といわんばかりの顔で僕に注目する。


「し、しましたよ。そりゃあ」


 僕は少し紅潮し、原田先輩から視線を逸らして答えた。僕の反応を見て、三人は面白そうにくすくすと笑った。


 それにしても、優美のことは出して欲しくなかった。


 優美は、数か月前から僕の住むアパートで同棲している。入学当初は、優美も一人暮らしをしていたが、僕と付き合い始めてから、僕と一緒に暮らしたいと言い出して、それ以降、一緒に住んでいる。


 優美は容姿端麗なだけでなく、礼儀正しくて明朗で、勤勉で読書家で、料理や裁縫が得意という才色兼備な彼女である。


 僕の彼女について、この三人に紹介した時、三人は揃って「おおーっ」と目を離さずに喜んだ。


 他人の恋愛に興味を持ち、しつこく詮索してくるこの三人には、僕も正直困っている。だが、その代わり僕も知っている。篠田さんと原田さんが、陰でとても仲良しだということを。


「今日から四日間ずっと会えないんだから、寂しい思いをさせちゃダメだよ」


「分かってますよ。ちゃんとラインします」


 原田さんの忠告に、僕は頷くしかなかった。


「これから俺達が行く所は、海と山、両方の自然が充実してる島だ。だから、臨界も林間、どっちの学校も出来るってことだ」


 板本さんが嬉しそうに宣言したが、その宣言には一つだけ欠けている部分がある。僕は突っ込んで、それを補った。


「八丈夫島にある、超マイナーな高校を探すのが目的じゃなくて?」


「そ、そうだったな」


 板本さんは恥ずかしそうに認めた。続けて、


「そうなんだ。いいか? みんなこれは遊びじゃないぞ。八丈島にある超マイナーと言われている高校を探して、その詳細を調査することが目的だ。だから、油断はするなよ、いいな?」


 対面に座る二人に向かって雄弁を振るった。おや、前と言っていることが正反対ではないだろうか。


二人は、そんな板本さんの矛盾ぷりに、面白おかしそうに笑いながら「はーい」と返事した。



 やがて、船は八丈夫島の港に着いた。前の観光客に続いて、僕達も船を降りた。強い日差しが照り付け、すっかり熱くなっているコンクリートの上に降り立ち、そこから歩き始めた。


「それではお前達に質問だ。早速目的を果たすか。それとも(しばら)く観光したり遊ぶか。どっちがいい?」


 先頭を歩く板本さんが、僕達の方を振り向いて言った。僕達は「んー」と考えた。


「そりゃあ、せっかく来たんだから、まずは遊びだよね」


 篠田さんが満面の笑顔で答えた。


「私もそう思う。てか、その前にお昼食べない? さっきからお腹空いてるんだけど」


 原田さんもお腹に手を当てながら板本さんに提案した。


「そ、そうだな。じゃあ、まずは海行くか」


「海?」その言葉を聞いて、僕達は「やったーっ!」思わず歓声を上げたのだった。



 八丈夫島にはビーチが幾つかあるが、そのうち最も広大で、観光客が集まる海水浴場に辿り着いた僕達。

 海の家もほぼ満席状態だったが、家族が席を離れるのを見計らい、その一席を陣取ることに成功した。


 僕達はそれぞれ好きなメニューを選んでオーダーした。

 暫く待って、注文した食べ物が届くと、僕達は口を揃えて「いただきまーす」と言って食べ始めた。食べ始めてから、ラーメンを食べている原田さんがこんなことを言った。


「あれ? 何これ、砂混じってんじゃん」


 ラーメンの麺に絡み付いた砂粒に、不満そうな顔で目を凝らす原田さん。その様子を見た板本さんは、カツ丼を食べながら、「何だよ、そんなことで。下らねぇ」と嘲笑した。


「下らないって、あんたねぇ……あたしの気持ち分かって言ってるの?」


 原田さんは苦笑しながら板本さんに言った。


「上級生に向かって『あんた』はやめろ。大体、食べ物に砂が混じってるとか大したことじゃねーじゃん」


「そうだよ。俺も去年海の家でバイトしたことがあるんだけど、海の家じゃよくあることだし、砂も一緒に食っちゃえば問題ないよ」篠田さんも同調して言う。

「そうだ。何の問題も無い。ノープロブレムだ」


 そのまま食べろと促す二人に原田さんは、溜息を吐いた後、僕にこう言った。

「将弘君は、私がこのまま食べるべきだと思う?」


「うん、そう思います」


「そんな……」僕の返答に落胆して、両肘をテーブル上につき、顔を両手で覆い隠す原田さん。


 悪いけど、僕は板本さんや篠田さんの意見に賛同だ。

 第一、そんな理由で食べられないとか言っていたら、世界中の本当に食べられずに苦しんでいる人達に申し訳ない。そもそも、日本は飽食主義である。それゆえに、このように惜しみなく好き嫌いをする人も少なくはない。


「分かったよ、食べるよ。食べればいいんでしょ」


 原田さんは勇気を振り絞って、砂付きの麺を啜った。


 僕の注文したカレーにも砂の混じり気を感じたが、気にせず食べ続けた。



 昼食を終え、海の家を後にした僕達は、海水浴場で遊びまくった。


 波打ち際でビーチバレーをしたり、遊泳が許されている範囲を縦横無尽に泳いだり、水着姿の原田さんに水鉄砲で水を浴びせて、「きゃあっ、冷たいっ!」と反応する様子を楽しんだり、とにかく色々やった。



 夕暮れ時になって、観光客がぞろぞろと海水浴場を出始めた。


 僕達も帰ろうとしたが、板本さんは、もうしばらくここにいる、と拒否した。板本さんは波打ち際の前に立っていた。


 打ち寄せる波とともに運ばれて来る潮風を全身に受けながら、その場で仁王立ちを続ける。


 板本さんが見ていたのは、たった一点にしかない。それは、沈みかけの夕日である。


 橙色に輝く壮大な夕日は、水平線上でアイスクリームのように徐々に溶けていた。

 光り輝きながら少しずつ海に溶け込んでいくその姿は、何とも言えないほど壮観で感慨深い。


 僕たち三人も思わず、板本さんと同じ方向を見ていた。


「何か写真でも撮りたいよね」


 原田さんがそう口にした時、僕を含めて三人は揃って思わず「いいね!」「それだよ!」とオーバーに喜んだ。


 篠田さんが出した一眼レフカメラを脚立に取り付けて、自動シャッターモードにして、「3、2、1、ハイチーズ」横に並んだ四人は、そのタイミングを誤ることなく満面の笑顔で写真に写った。



 海水浴場を後にして、暫く歩いた時、日はすっかり暮れていた。漆黒の夜空の下、俺達はキャンプ場に向かって林道を歩き続ける。


「ちょっと、怖いんだけど……」

「何がだよ?」


 原田さんが何か恐怖を感じ篠田さんにへばり付いた。それを見た板本さんが気になって訊き返した。


「いつ、変質者とかエロい動物が出て来るか分からないじゃない」


 何を言うかと思ったら……確かにそんな予感はしなくもない。だが、原田さんは、それを予測するほど敏感なのか。あるいは、自分が襲われそうな容姿をしていると思い込んでいるのか。


「大丈夫だよ。その時は、お前を置いて逃げるから」


 そう言い放つ板本さん。「何それ?」原田さんは不快そうに顔を歪めた。


周也(しゅうや)はあたしのこと、助けてくれるよね?」

「そりゃあ、どうかな……」


 篠田さんの微妙な反応に、原田さんは落胆したといわんばかりに俯いた。そして――


「将弘君なら……」

「僕は原田さんのこと、ちゃんと助けます」


 原田さんが言い始めた途端、僕は予め用意していた回答を言った。それを聞いた原田さんは、「将弘君だけは優しいのね。有り難う」と、僕に無邪気な笑顔を向けた。


 そうこうしているうちに、僕たち四人は、道路脇に位置する一軒の建物を見付けた。


「何あれ?」指差す原田さん。

「さあ」目を凝らす篠田さん。


それも見た感じ非常に小さい。林道の中に、民家は一軒も無いはずなのに、その建物だけはなぜかあった。


 引き戸から煌々と漏れる明かりが、その辺りだけ道路を照らしている。


 僕達の目的地はキャンプ場なので、この建物には興味が無かったが、何なのか気になった。もしかしたら、お土産屋か温泉の出入口かも知れないので、「ちょっとここに寄って行こうぜ」板本さんに従って、取り敢えずそこに寄り道することにした。


 それにしても、本当に小さいし地味な外観だ。


 一階建ての交番にしか過ぎないサイズの直方体に切り妻屋根が被っているだけだ。


 ひょっとして民家ではないか。それも、簡易に作ったようなプレハブ住宅――いや、仮設住宅と見た方が早いかも知れない。


 ならば、上がり込むのは失礼なのでよすべきか。それでも、一応この家には興味をそそられたので、入ることに。


 板本さんが先陣を切って引き戸を叩いた。


 一度叩いただけでは、少し待っても反応はない。板本さんは、再度引き戸をドンドン叩いた。その時、僕は引き戸の横に貼ってある表札を見た。


 ああ、やっぱり普通の民家なんだ――そう思った時、そこに書いてある言葉に、僕は目を疑った。その時、引き戸がガラッと開いた。


「何なんですか、うるさいなぁ」


 家の中にいた人が姿を現し、不機嫌そうに応対した。

 

 大柄な体にスーツを着ていて、オールバックにした銀色の髪の、見た感じ初老の男の人である。


 突然の出現に、僕たち四人は驚いて数秒間何も言えずにいた。すると、


「何なんだと聞いてるんだよ」


 男の人は語気を荒げ、眉間に皺を寄せた。


「いや、その……ここがお土産屋さんかなって思いまして、違いますか?」


 しどろもどろに答える板本さん。それに対して、男の人は眉間に皺を更に深く寄せ、


「当たり前だ。ここがお土産ショップなわけないだろう。お前達は観光客か? それにしても、ここをお土産チョップと勘違いするなんて、お前ら一体どんな神経してんだ」


 僕達は四人揃って怒られている。せっかく旅行気分で、昼間エンジョイしたのに、こんなことで赤の他人から怒られるなんて――そう思いながら俯いている時だった。


「どうしたんですか、先生?」


 家の中から声が聞こえた。それも「先生」?


「どうもこうも、余所者が勝手に上がり込もうとしたんだよ」


 男の人は中を振り返って、そう返した。


「あのぅ……」


 そんな言葉が思わず僕の口から出てしまった。

 だが仕方ない。この状況を打開するには、抱いていた疑問を率直にぶつけるしかない!


「お宅って高校ですよね?」


 僕の言葉を聞いた三人の先輩が、揃って僕の方を見た。


「そ、そうだけど……それが何か?」


「えっ? まさか、これが高校?」


 板本さんは目を大きく見開いた。


「それも、俺達が探し求めていたあの高校(・・・・)か!」


 篠田さんも驚きの反応だ。


「あの、超マイナーって言われてる……」


 原田さんも口に手を当てて元々ぱっちりとしていた目を更に大きく見開いた。


「マイナーって何だ、マイナーって……まあ、ここは八丈夫島で唯一の高校だよ」


 男の人は戸惑いながら頷いた。


 こんな都合の良いことってあるのか! 予想外の展開に、僕はこれまでにないくらい驚いた。


「まさかね」(原田さん)

「まさかな」(篠田さん)

「まさかな」(板本さん)

「まさか」(僕)


 僕たち四人は顔を見合わせ、口々にそう呟いた。


 そして僕は実感した。「点と点が線で繋がる」というのは、まさしくこういうことだと。


 引き戸の横の表札には、間違いなく『都立八丈夫島高等学校』と書かれている。


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