平穏
「さぁ問題だ。
君とボクの待ち合わせ時刻は一体何時だっただろうか?」
「10時半です!」
「よろしい。
では、今の時間を正確に言って見てくれないかい?」
「11時半です!」
「OK。君の時間感覚が他人とズレてないことを確認できたね。
じゃあ質問だ。待ち合わせ時刻からどれくらい経ってるのかな?」
「1時間きっかり!」
元気よく言った瞬間、ずっしり重いボディーブローを喰らった。
「き、聞かれたから答えたのに」
息も絶え絶えな僕に対し、目の前の彼女は晴れやかな笑顔で
「正解者にはボディーブローのプレゼント!」
とか言い出した。
そのクイズ番組1ヶ月で終わるな。
あ、いや妙な人気が出て続きそうでもある。
どーでもいいことを考える僕に、彼女はため息をついた。
「全く。無事だったからいいような物を。
最近物騒なんだから、ちゃんと連絡くらいしなよ」
それについては全面的にこっちが悪い。
「ごめん。次からは連絡かけるよ」
流石に決まり悪くなって、僕はぼそぼそと呟いた。
けど彼女にはちゃんと聞こえてたようで、
「よろしい」
と満面の笑みで答えてくれた。
彼女の名前は中蔵蜂味。僕の親友にして悪友。
ついでに、天敵でもある。
見た感じは良いところのお嬢様。
綺麗な長い黒髪を背中でまとめて、着てる物は何故か着物。
一応着物の上からジャケットを羽織っているが、見た感じは寒そうだ。
しかし、中は外見とは全く違っていて
「じゃあそろそろ行こうか」
「今回は何食べに行くんだっけ?」
「カメのゼリーとアルパカのステーキだ!
なんだもう忘れたのか?」
「忘れたかったんだよ畜生!」
重度のゲテモノ食ハンター。
ゲテモノを食べるために2ヶ月ほど学校を休んだ過去もあるほどの猛者。
ゲテモノ料理のためには危ない事も平然とやる持ち主だ。
「さぁさぁ!料理は待ってくれないぞ!」
「いや、待ってくれるよ。
どこにも行くわけないだろう」
そして毎回お供を仰せつかるのが僕。
何で僕こんなのに懐かれてるんだろう。
今日は変な女性に絡まれたし、変なのを引き寄せる体質でも持ってるのかしら。
そんな残念な思考に浸る僕など気にせず、中蔵は酷くご機嫌な様子で前を歩くのだった。
「そういえば」
「ん?」
僕のつぶやきに鼻唄混じりで返事をする中蔵。
いや、どんだけゲテモノが楽しみなんだよ。
「いや、最近物騒って言ったじゃん?どゆこと?」
最近通り魔が出たとかは聞かない。
なのに、物騒とは穏やかじゃない。
「あぁ、いやこれは噂なんだがな」
先ほどまでの浮かれた様子を完全に消して真面目な顔。
声を少し潜めて真剣な声音で言う彼女の雰囲気に、僕は知らずゴクリと喉を鳴らした。
こいつがこんなに深刻になるなんて、一体どんな事件が
「変な女性が道に倒れてて、近寄って助けようとすると変なテンションで絡まれるらしいんだ」
あぁ、僕も知ってる事件だったわ。
というか被害者だ、僕。
もうちょっと早く教えてもらいたかったなー、その情報。
一気に脱力する僕に対し、中蔵はちょっと心配そうな顔を向けてくる。
「だ、大丈夫か?痔が悪化したか?ボラギノール使うか?」
「何で痔って決め付けてるのかな、ねぇ!?」
ツッコミをした僕を見て元気になったのかと安心する中蔵。
いや、僕元気じゃないよ?
ツッコミするために一時的に気力を振り絞っただけだからね?
しかし、そんな心の声は聞こえるはずもなく。彼女は先ほどの話の続きをし始めた。
「でだ、恐ろしいのはここからなんだ。
その女性に絡まれた人は皆不思議なことにだな」
そこで一旦止め、僕の顔をジッと見る。
不思議そうな表情で見返すと、何事もなかったかのような顔をし、続きを話し始めた。
「『日付の力』がなくなってしまうらしいのだよ」
一瞬だけ、呼吸ができなくなった。