-自己-
何故、俺は存在しているのか。
王様が助けてくれたからである。
何故、俺は存在し続けるのか。
そうするしかないからである。
何故、俺は自分を捨てきれないのか。
捨てることに、魅力を感じないからである。
では訊こう。
零羅、お前が生き続ける理由は何だ。
王様に恩を感じたか?恩返しのつもりか?
死ぬことが怖いからか?死ぬ勇気がないからか?
妹が心配だからか?置いていけないからか?
違う、違う...!!
「俺は......っ!」
誰がどこで死のうと関係ない。
聖が、暁が、白癒が、どこで死のうと俺には関係ない。彼らが死のうが生きようが、俺が存在することに変わりはない。
すでに死んでいなければいけないはずの、存在してはいけなかったはずの生物である俺に、今更死への恐怖は少しもない。
同時に、助けてくれた王様に感謝する必要もない。あの時俺は、死ななければならなかったのだから。
それでも、存在している理由は。
それでも、生きている理由は。
それでも、生き続ける理由は。
「...ただ、生きていたいからだ......」
死にたくないのではない。
生きていたいのだ。
しかし。しかし、それでも。
しかし、それでも......。
――殺して欲しいと思うのは
――死に場所を求めてしまうのは
「...零兄」
自分の中にある闇に溺れかけていた俺は、その一言で現実に引き戻された。
はっとして振り向くと、聖が無表情でそこに立っていた。
「聖...」
――お前は今、幸せか?
その言葉が音となって空気を伝わることはなかった。けれど、心の中でブーメランのように自分に返ってくる。
幸せってつまりどういうことだよ。
「驚かすなよ。子供はどうしたんだ?」
「ん、親のところに、連れてった。零兄、何でここに...?」
言われて、改めて周りを見回す。
......何と言うことでしょう。最初の、聖と待ち合わせをしていた公園にある、噴水の前ではありませんか。
いつの間にここに来てしまったのだろうか。
「えっと......何でだろうな」
こんな曖昧な答え方をすれば、何かあったのかと怪しまれてしまうかもしれない。けれど、咄嗟にいい誤魔化し方も思いつかなかった。
聖は不思議そうにぱちくりと瞬きをして首を傾げ...
「零兄、悲しいの?」
両手を俺の頬に添えた。いつもならポーカーフェイスを保って否定するところだが、今日は何故か聖の手のひらから伝わってくる暖かい熱が、とても優しく感じられた。
聖から視線をそらして答える。
「いや、そんなんじゃない」
「じゃあ、苦しい...?」
彼女には負の感情がない。だから悲しいも苦しいも味わうことはないし、ちゃんと理解することも出来ない。
彼女にあるのは、嬉しいや楽しいと言った正の感情のみである。だからいつも“私が嬉しくないからだめ”という言い方をする。
単純に見てしまえば幸せなことである。
しかし、果たしてそれは本当に幸せか?
「...聖、俺に足りないものって、なんだろうな」
俺は聖の質問に答える代わりにそう訊いた。
聖はとても真面目な顔で、もしくは無表情で即答する。
「飛べないこと」
「......ん?」
聞き間違いだろうか。
「零兄、空飛べない。それが、不足してること」
成程。確かに聖の羽は飾りではない。彼女にとって空を飛ぶことは日常的なものだ。猫精霊である暁なら夜目が利いたりする。
その点、人間にはそういった特殊的なことが出来ない。それは俺も例外ではなく。
戦闘でも空を飛ぶことが多い聖にとって、俺が空を飛べないことはそれなりにもどかしいものであるのかもしれない。
「確かに俺は空を飛べないけど...そういうことを訊いたんじゃなかったかな...」
俺が少し呆れて言うと、聖は両手のひらに力を入れて俺の頬を思いっきりつねった。
「いだっ!痛い痛い痛い!!」
涙目で叫ぶ俺。
「私、なんか嬉しくない」
相変わらず無表情の聖。
空を飛ぶ。そんなことが出来たなら。
俺は、今とは別の世界を見ることが出来るだろうか。
もし、それが見えたとしても。
俺はやはり 生きたいと思いながら死に場所を求め、殺して欲しいと願うのだろう。
けれど、そんな俺を変えてくれるものが、そこにあったなら...。
そんな世界は、案外悪くなかったりするのかもしれない。
幸せって何でしょうか。
生きるって何でしょうか。
存在するってどういうことでしょうか。
難しい質問ですよね。




