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戦場で踊れ  作者: 羽鷺終茶
31/33

-緋影-

「殺す...?」


緋影と名乗った少年の言葉を聞いた白癒は、なんの冗談だろうと自分の耳を疑った。自分たちは初対面の相手の恨みを、いきなり買ってしまったのだろうか。それとも、また零羅関係なのか。だとしたら、零聖が王座についてからどうも物騒なことが起こりすぎている。


しかし、翠の反応は白癒とは真逆のものだった。やはりふわふわした笑を消すことはなく、少しだけ困った感情を滲ませた表情で口を開く。


「キミが緋影さんですか〜。やっぱり来てしまったんですね〜」


「...翠?」


「少しおかしいとは思ったんです〜。急に蒼と藍が来るなんてー」


変なことを言い始めた翠。何も知らない白癒は、何も知ることが出来ずに混乱する。翠の言葉を聞いても、緋影は変わらず白癒や翠を見下すような目をしていた。虚ろな雰囲気。漂う殺気。まともに話をしていては、いつ切りかかってくるのか分からない。いや、相手の武器が知れない以上、切りかかってくるという表現が合っているのかさえ分からないのだが。


「翠、貴方、何を言っているの?」


「白癒さん...キミは...」


何かを言おうとした翠は、一瞬ハッとした表情をすると言葉を中断させてしまった。ますます訳が分からなくなり、不審感が募る白癒はイラつきさえ覚えてしまう。


「へぇ...二人は翠と白癒っていうんですかぁ。てか、あなたが翠だったんですかぁ」


緋影はスッ...と目を細めて翠を見据える。まるでお互い名前くらいは知っていたような間柄であることを証明するかのような会話。


「ボクのことを知っているんですか〜?」


「ええ。妹に聞きましたよ、零羅様を命懸けで守ろうとした愚かな娘だと」


「それって...!」


白癒は思わず一歩踏み出して叫ぶように声を出した。つまり、つまり緋影の妹というのは...。

白癒の様子を見た緋影は、肩をすくめて苦笑した。


「おっと。お喋りが過ぎましたねぇ。では、任務を遂行するので動かないでください」


言うと同時に、緋影は服の裾で隠れていた部分に差し込んでいた15センチ程度の針を、片手に3本ずつ、合計6本、指と指の間に挟むようにして手に持った。


「針...?あんな物で何をするつもり...」


腰からハンドガンを抜いた白癒の目には、緋影の持っているものが普通より大きい針としか映らない。

が、いつものように防御魔法を張る翠の目には、何よりも危険な凶器として映る。


「白癒さん、あれは毒針です〜。毒にもよりますが、兎に角刺さればただでは済みません〜」


「は?毒針?それでも私なら撃ち落としてしまえるわ」


白癒は、翠が寂しそうな顔をしたことに気付かないままトリガーに意識して指をかける。この時、いくら緊迫した空気だったとしても、白癒は翠に訊くべきだっただろう。緋影とどんな関係なのか、と。


「抵抗する気ですかぁ?まぁいいでしょう」


妹とそっくりな余裕の笑みを浮かべて、ゆっくり右腕を後ろに引いていく。同時に流れるように右半身も後ろに引き...。


「――っ!」


そのゆっくりさとは打って変わって、急なタイミングで高速の投擲。右手に持っていた物を投げた時のスピードを利用して、左手の物も立て続けに投擲する。と言ってももちろん弾丸以上のスピードが出せるわけではない。普段見慣れているそれよりも遅い物を、白癒の目が追えない訳が無かった。

ほぼ反射的に飛来してくる針に銃口を向ける。意識したわけでもないのに、一分の狂いもなく定められる照準。ここで白癒がトリガーを引き絞るのを躊躇う理由もない。乾いた破裂音が響き、続いてカンカンという間抜けな音が聞こえた。頭の中では針が撃ち落とされた音だと理解されるが、確かめる前に翠の詠唱が耳に入る。


「万物の理を超える力、支援せよ」


今日はほとんど風も雲もない快晴だったが、白癒と翠の前に突風が吹き荒れる。緋影の投げた針が全て風に巻き上げられ、重力に従って地面に落ちる。


「白癒さん、さっき撃ち落とされたのは貴方の弾丸の方ですー」


「...どういう、こと」


「あの毒針には、弾丸に当たってもそれを貫き、しかも速度が落ちないほどの強度があると言うことですー」


有り得ない。弾丸よりも速度の遅い針が、弾丸よりも強いなんて。

こんな時零聖なら、どんなことでも有り得ないと思えば有り得なくなるが、有り得ると思えば有り得る現象になる、と自分たちの存在を持って証明して言ってくれただろう。


「ですから、白癒さん。キミはこの緋影という男には勝てないのですー」


言っている間にも、翠は緋影から視線を外さない。緋影は不可解そうに、または不愉快そうに眉をひそめた。


「おかしいですねぇ。翠、あなたはどこまでわたしのことを知っているんですかぁ?」


「さぁ〜どこまででしょう〜」


不敵に笑って、場合によっては相手を煽るような返事をする翠。よく分からない相手を目の前にして何故こんな態度が取れるのか、白癒は不安に駆られた。緋影と対面してから、翠が翠でなくなってしまったかのような感覚。


「でも、そこまでわたしの武器のことを知っているなら分かるでしょう?」


緋影は、より一層怖いほど完璧な笑みをつくって言う。当たり前のことに、恐怖を上乗せさせるような口調と態度で。


「あなたの魔法も、おれの前では無意味だ」


一体この少年の一人称はおれなのかわたしなのか。

丁寧なのか見下しているのか。

きっと、どちらも彼自身。

緋影のことを何も知らなかった白癒でさえ、彼には勝てないと自覚した。勝てないことを心の中で認めた。


白癒と翠が策もなく見守る前で、緋影がまた毒針を取り出す。次は右手に2本だけ。それはつまり、その一撃で二人を殺すつもりであるということを意味していた。


「白癒さん、ボクの手を握ってくれませんかー」


翠は防御魔法を強化するために魔力を消費しながら左手を差し出した。人に触れることで、その人の魔力を使うことは可能だが、白癒の身体の、中には少しも魔力がない。だから白癒は場違いな行動に首をかしげた。が、差し出された左手を右手で包んで握った。


「...?」


「ボクのお願い、聞いてください」


聞いたことのない翠の真剣な声音に、身体が強ばる。無言で頷く白癒の表情は、不安を隠しきれていなかった。


「キミは、何もしないで」


「何を言ってるの。翠、何だかおかしいわよ」


しかし、ここで翠がお願いとして白癒に何もしないことを頼まなかったとしても、白癒は何もしなかっただろう。いや、何も出来なかった。事実として、もうすでに過去系として、何も出来なかったのだ。


白癒が、翠の行動の全てを理解したのは、悲しいことに緋影が針を投擲した後だった。白癒の足元に紫色の魔法陣が展開され、同じ色の光が身体を包んでいく。それと同時に、翠は白癒と握っていた手を呆気なく離した。


「転移」


翠の口から短く発せられたその言葉は、確かに詠唱として成り立っていて、成り立っているのであれば魔法を簡単に発動させてしまえる。そして『転移』というのは、白癒にとっては絶望的な詠唱だった。その詠唱は転移魔法の発動を意味していて、転移魔法というのはつまり瞬間移動をするということで、瞬間移動をするのは魔法陣の上にいる白癒のみだということを、簡単に推測できてしまったから。


「翠?!待って!駄目よ!」


詠唱が終わってしまった魔法は必ず発動する。止めるイメージが完璧にできない限り、止めることは出来ない。だから今更何をしようと無駄だった。例え、白癒がどれほど悲痛に叫んで翠を止めても。


「では、白癒さん〜。また会えたらいいですね〜」


白癒が最後に見たのは、そう言って笑う翠と、こちらに笑顔で手を振る緋影、そして翠の防御魔法を毒針が易々と貫いた光景だった。


――右手に残ったのは、世界にたった一つの宝石


翠が今までに成し遂げた、一番の成果であろう魔力の塊。紫色のブレスレット。



2


――貴方を愛していました


それは主の命令ではあったけれど。

確かにボクは、自分の意思で貴方を愛していました。

主のためではなく、貴方が文字通り笑う未来のために。

ボクはこの身を捧げましょう。


ボクは運命に従ってここにいます。

世の中にたった一つしかない、未来を視る魔法は主の手に。

未来を知っていたボクは、その未来を変えないように。

ここで、死ぬ運命を受け容れるのです。


――さようなら


ボクは、貴方を愛しています。


――零羅さん



「紅には報告しなきゃなぁ。緑色の娘は愚かな騎士だったって」


誰も居なくなった広すぎる庭で、その声は虚しく響いた。

急展開かもしれません。

設定の段階では緋影はもっと可愛い性格だったんですが...。

お話の展開としては、やっと始まったって感じですね(ヽ´ω`)トホホ・・これからどんどん世界を巻き込んでいきます!未来を視る魔法、なんて出てきたので規模が大きくなっていきます。前王の思いというか企みみたいなものも明らかになっていきますよー。あ、緋影の妹は誰だか分かりましたか?姉にするかどうか迷ったんですが。

では、またお会いしましょう!

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