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戦場で踊れ  作者: 羽鷺終茶
30/33

-実力-

時間。それは目に見えない数量。人間が、精霊が、勝手にあるものだと想定して、初めてそこに存在することができる数量。けれど、確かに時間はそこに存在するのだろう。だから朝が来て夜が来るのだろう。しかし、その説に更に逆説を加えた者が居た。朝が来て夜が来る。なるほど、それは間違いない。けれど、本当に我々は別の時間を、別の日を生きているのかは誰にも証明できないのだ、と。日付というのは、時間と同じように人間や精霊が勝手に定めたものであるが、時間とは違って、本当にそこにあるとは証明できない。

ここで彼は言った。

――我々は、同じ日を何度繰り返していても気づけないのではないか。


そして面白いことに、時間という見えない数量は、星にとっては一つでも、生命全体にとっては一つではない。

例えば、俺がこうやって無駄かもしれない時間を消費している間、翠や白癒には有意義かもしれない別の時間が流れている。


例えば、ここで俺が、自分と聖の間を流れる時間を通常の1/2倍にしたとしても、暁や紅には通常どおりの時間が流れる。


「暁!援護頼む!」


「了解にゃ!」


相変わらず浮遊を続ける紅に接近戦を挑むのは聖。俺や暁では経験できそうにない空中戦だ。聖が使っているのは金属で出来た長剣だが、紅の具現化された剣に対抗できているということは、紅の剣は魔法でできたものではないのかもしれない。

というか、俺たちは聖が飛べることで大いに助かっていた。


聖を守るようにして彼女の周りに展開されている直径50センチぐらいの火の玉は、俺が展開させた"攻撃魔法"。防御魔法を張ってしまっては接近戦の邪魔になると予想した俺がとった行動は、攻撃魔法を防御として使うことだった。正真正銘の、攻撃は最大の防御というやつだ。


しかしそれでも紅にダメージを与えることは出来ない。何故なら、彼女には聖の剣を自分の剣で防ぎながら、別の魔法で火の玉を消滅させることが可能だからである。その時に活躍するのが暁だった。幻惑魔法というのは、一見して戦闘には不向きかもしれない。けれど、上手く使えば火の玉が消えたように見せることも、聖の居場所を偽装することも、剣の長さを変化させて見せることも、可能にしてしまう。


「まぁ、なんてしつこいんでしょう」


余裕の笑みを浮かべた紅は言う。俺の時間操作魔法で、通常の2倍の早さで繰り出されているように見えているはずの聖の剣を、易々と躱して、弾き返して、俺らを蔑むような目で見る。


「紅、どうして、零兄を狙うの」


一旦攻撃をやめた聖は無表情で問う。疲れは見られない。


「わたくしを殺せたら教えて差し上げます」


冗談めかして答える紅。いや、本当に冗談なのだろう。殺せたら教えるなんて死んだら教えてもらうことができないじゃないかとか、そういう意味で冗談なのではなく、彼女の場合は殺されることなんて有り得ないから冗談なのだ。


「じゃあ、どうして、王様を殺したの」


「そうでもしないと、零羅さまは表舞台に出てきて下さらないでしょう?」


表舞台...?

俺と聖は前王が生きていた頃から零聖として有名だった。確かに場合によっては裏でコソコソすることもあったが、既に民衆に知られている時点で表舞台とやらには出ていたはずだ。


視界の端で暁を捉えると、難しい顔をして聖を見ていた。


「ひとつだけ言えるとすれば、そう...わたくしは零羅さまが大好きなので御座います。殺して差し上げたいくらいに」


最後の一言が殺気を帯びる。

聖が警戒して紅から長めの距離をとった。俺は聖と紅が接近戦を出来る間合いではなくなったため、全員に防御魔法を展開させる。両腕に絡みつく、各3つずつのエメラルド色に輝く魔法陣を見て目を細める。

俺が暁の行動を確認する前に、事態は起ころうとした。

紅が手のひらサイズの光球を右手の指先に3つ作り出し、それを地面に向けて放ったのだ。前回も同じような高エネルギーの球体を放っていたこともあり、当然のことながら自分を狙ってのことだと思った俺はすぐ様後退した。けれどその3つの球体は大きく狙いをそれ、俺でも暁でもなく、地面を、正確には崖を直撃した。


光球の崖との激突によって発生した砂埃と轟音が収まると、その場は静まり返ってしまう。狙いを外したはずの紅は何の行動も起こさず、ただいつもと同じ微笑を浮かべて宙に浮いていた。


「...?!零兄!」


いち早く状況を察して沈黙を破ったのは、空中から様子を見ていた聖だった。訳がわからずに聖を見上げると、急に地面が揺れ始めて否応なしに地面に目を向けなおす。


「ど、どうなってるにゃ?!」


経験からして地震だと思った。けれど、こうもおかしなタイミングで地震に遭うなんて、俺はどれだけ変な運なのだろう。

しかし、勿論、事態は地震なんて簡単にまとめられるものではなかった。


「まさか......崖が、崩れて...!」


「零!早く逃げにゃいと地面が崩れるにゃ!」


俺が気づくのと暁が叫ぶのはほぼ同時だった。言われなくても気づいた途端に走り出していた俺は、状況とは不釣り合いなほどに冷静な頭の中で考える。

紅のあの光球は外れたのではなく、ちゃんと狙い通りに飛来したのだ。狙いは俺ではなく、俺が立っていた地面を壊すこと。ここは崖で、前に進めば飛び越えることのできない大きさの地面の裂け目。下には水が荒れ狂う川。後ろに逃げることしか選択肢がなかった俺と暁だが、逃げきれずに崩れた崖と共に下に落ちてしまえば川の餌食。逃げきれたとしても後ろに走ることしかない俺たちを、浮遊している紅が追うのは容易い。


「おやおや、なんて滑稽なことでしょう」


とても楽しそうに言った紅は、再び手のひらに光を集め始めた。紅の行動は次に何をするのか予測できない。いや、予測をしてもその上を行くといった方が正しいか。それが分かっているからこそ、聖は動けないでいた。変に動いて自分が命を落とすのも困る。俺を助けに来ることも出来るだろうが、彼女一人の力で助けられるとは思えない。それなら、俺が暁と共に全力で逃げて、その間聖が何か策を練っている方が効率的だったりする。


...俺の人生は簡単には構成されていない。

複雑という言葉も似合わないほど複雑に出来上がっているのだ。

生まれたその瞬間から。

きっと死ぬ時まで、ずっと、ずっと...。


だから、逃げきれるなんて希望は俺の中にはなかった。そもそも、希望がなんなのか思い出せない。

希望が分からない俺に、更なる絶望が降りかかる。紅の手から放たれた光線が、俺が次に踏むはずだった地面を一瞬のうちに焦がして、両断した。それでも威力を失う兆候が見られない光線は、俺の周りの地面を綺麗に切り取った。

俺だけ、足下にある地面と共に孤立した。足場は直径1メートル程度の地面。

流石に暁は崩壊が収まった地面の上に到着していて、両断された地面の向こう側に走ってくると俺に向けて声を張り上げた。


「ジャンプにゃ!!」


両断されたとは言っても、その裂け目は元からあった崖ほどではない。ジャンプすれば暁の地面まで届くかもしれなかった。暁の叫び声もあり、ジャンプしようと反射的に脚に力を入れる俺。しかし、俺を殺すことが目的の紅は俺に余裕など与えてくれない。


「ぁ...くそ...!」


それが自分の喉の奥から発せられた言葉だと認識する時間も余裕もなかった。

再三と襲ってきた光線が、足元の地面さえも砕く。


呆気なく崩れていくその様を、絶望と共に見下ろす。


俺は反射的に脚に込めた力を止めることが出来ず、地面が崩れる寸前にほぼ上空へとジャンプしていたのだ。しかし同時に無意識で発動した加速の魔法が俺の跳躍力を飛躍的にアップさせた。結果、俺の身体は想像以上に空高く舞い上がり...。


「嘘、だろ...!」


聖が毎日のように見ている世界を見た。

城の屋根から見下ろした景色とは全く違う地上の景色を。

聖の生活範囲内である空の景色を。

恐らく人間で初めて目にした。

その美しさに、壮大さに、あるいは恐ろしさに、俺は息をするのも忘れて、自分がどんな状況にあるのかも忘れて、ただただ見入っていた。


けれど、すぐに鋭い声を俺の耳が拾う。


「零兄ぃーッ!!飛んで!」


「聖...?!」


聖の言葉で完全に現実に引き戻された。下を見ると轟々と音をたてて流れる氾濫した川。その川はかすかに、けれど確かに俺の目前へと迫りつつある。


「くそっ...」


このままでは川へ真っ逆さまだ。落ちたら流されて死ぬ。

しかし、重力というのは待ってくれない。

どうすれば、どうすれば、死なずに済むか。

どうすれば...!


「零兄!飛ぶの!」


錯乱状態に陥ろうとしていた俺の意識を、またしても引き戻したのは聖の声。ハッとしてそちらを見ると、無表情の聖と目が合った。彼女は紅が光球を生み出した時から場所を移動していない。


飛ぶ。


飛ぶ。


飛ぶ。


――っ!


零聖は、いつだって最強だ。

誰にも負けない。負けることはない。


風向きが変わって、俺の身体を浮遊感が包んだ。

恐る恐る右腕を見ると、今までに見たことがない鮮やかな色の魔法陣がまとわりついている。青でも緑でもない、アクアマリン。それと同じ色に輝く粒子が、風に散らされるように俺の周りを飛び散る。


生まれて初めて空中に停滞した俺は、初めて自分の世界を上から見た。


――これがお前の世界か


「聖...」


何をしていいか分からなかった俺は、知らないうちに名前を呟いていた。

聖は嬉しそうに笑って叫ぶ。


「零兄!私と...私と、舞ってください」


聞いたことがある。

零聖の戦い方はまるで踊っているかのようだと。

けれどそれは俺の事ではなく、俺の魔法をまとって戦う聖のことだった。


何よりも綺麗な魔法。

時間を忘れて見惚れてしまうほどに綺麗な魔法。


ただ一人、暁だけが、紅の残念そうな顔を見逃さなかった。

((^ω^≡^ω<ギャアアアアアアア

なんかもう、どうやって書けばいいのか悩みながら進めました。多分分かりにくいところ滅茶苦茶あると思います。きっと作者はこの回を2日後くらいに読み返して自分は何を書きたかったんだろうと混乱状態に陥るのだと思います。とにかく!零羅は飛びました!

ここまで読んでくださった読者様に感謝を申し上げますm(_ _)m

次回は翠と白癒のお話です。

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