-出発-
歩く。歩く。ひたすら歩く。最初はコンクリートだった地面はいつしか固い土へと変わっていた。憎いくらいの快晴。季節は夏。疲労よりも暑さが勝る。こんなことなら徒歩を選ばずに馬車を使えばよかったと俺が後悔したのは、白癒や翠と別れて30分も経たない頃だった。けれど今更弱音を吐くわけにはいかなかったため、文句を言わずに歩き続け...目的地はまだ見えない。
隣を歩く聖は普段から剣術の練習をしているからか体力が有り余っているようで全く疲れた様子が見えない。
前を歩く暁は普段寝るか読書というのんびりした生活を送っているというのに、ペースが落ちる様子はない。
とまあ、御察しの通り、俺たちは翠と白癒に留守を任せ、既に城を出発して街を出ていた。目指すのは自国と帝都との国境だが、そこまで簡単にたどり着けるとは勿論思っていない。何より遠いのだ。日が暮れることを想定して暁を連れてきたのだし。一応、道道にある小さい村とか町に立ち寄って休憩していくつもりではあるが、そこまで行くのにも十分に苦労しそうな勢いだった。
「...零」
ふいに暁に名前を呼ばれた。彼女は立ち止まってこちらをくるりと振り返る。後ろをついて行っていた俺と聖も必然的に立ち止まって暁の言葉の続きを待つ。
「実は、国境までには近道があるにゃ」
「なんだとっ」
楽をしたい俺は自分でも予想以上にその話に食いついた。
「崖、飛び越える?」
と訊いたのは首を傾げた聖。その言葉に無言で頷く暁。どうやらその道を知らないのは俺だけらしい。確かに俺は馬車で行ける道しか通ったことがない上、王様の付き添いでしか街を出た覚えがない為、崖を飛び越える必要のある場所には行ったことがないのが普通である。
しかし、崖を飛び越えるというのは、程度にもよるが、あまりにも飛び越えなければいけない距離が長ければ俺や暁は行けないのでは...。
「あっちに道が割れて崖になった所があるにゃ。普通は通らにゃいから、道が割れたところを避けて迂回ルートを進むにゃ」
「道が割れた...?」
「地震でそうなったらしいにゃ」
「その割れた地面の長さは、俺と暁が飛び越えられる幅なのか?」
念のため訊いてみたが、俺の中で答は大体決まっていた。飛び越えられないと判断すれば、暁がこんなことを話し出したりはしないだろう。だからつまり、暁は飛び越えられると判断したということだ。
だが、それを裏切る答えが隣から返ってくる。
「確か、穴の幅は30メートルくらい。零兄と暁、飛び越えられない。飛んだら、下に落ちる」
30メートル?!そんな幅を飛ぶことが出来る人間なんてどこにいるだろうか。本当に跳ぶというより飛ぶである。
というか、落ちるとか怖いことを言わないでくれ...。
「俺が魔法で道をつくるのは可能かもしれないけど」
長時間、作った道をそのまま出し続けなければいけないとなれば俺の苦手な継続魔法になってしまうため使いたくはないが、三人が通った所の道を消して新しい道を作ることなら出来る。
しかし、その提案にもすぐさまダメ出しが入る。
「零兄、綺麗じゃない魔法は、だめ」
だが、それならどうすればいいのか。俺は無意識に暁へと視線を向けた。暁はその視線を受け止めてなんでもないように言ってしまう。
「飛ばなくていいにゃ。崖を下まで降りて、また向こう側の崖を登ればいいにゃ」
俺的にはそんな体力がかかりそうなこと願い下げだったが。そんなことをお構いなしに言ってしまうのが暁である。結局どちらを選んでも楽はできないようだ。
「本当に時間短縮になるのか、それは...」
「多分、零兄の体力でも、時間短縮になる」
さらっと失礼なことを言う聖。遠まわしに俺の体力が少ないと言われているようでならない。
「どうするにゃ?」
「二人はどうなんだ?」
一応二人の意見も聞いておくが、もう決まっているようなものだ。
「行ったほうが、楽」
「暁も楽をしたいにゃ」
俺たちはその近道を通ることにして再び進み始めた。
その選択が間違ったものだったのだと知ることになるのは、もう少し後の話である。
2
その頃王城の一室では、翠が歓喜に震えていた。
「白癒さーん!これを!これを見てくださいー!」
とにかく誰かに報告したくなった翠は、早速城の中で探知魔法を発動させ、白癒の居場所を見つけて少し離れた場所にテレポートすると声を張り上げた。こういうときに相手のすぐ近くにテレポートしないのは癖だった。何故そんな癖が出来たのか。理由は簡単。急に近くに出てくると皆が驚くからである。
「翠?急にどうしたのよ」
珍しく興奮している様子の翠を見た白癒は、新鮮さを感じながら訊いた。
翠はいつにも増した笑顔で白癒にブレスレットを見せた。色は鮮やかすぎるほどの紫色。ダイヤよりも価値がありそうにさえ見える。その美しさを見た白癒は、
「わぁ...!綺麗...!」
と、思わず感嘆の声を漏らした。
「ですよね〜、ボクもすごく綺麗だと思って...って、そうじゃないんです〜」
「えっ何が?」
「完成したんです〜、零羅さんに頼まれてた例の物が...!」
翠は、例の物、という曖昧な表現をしたが、白癒にはちゃんと意味が伝わっていた。つまり、出来上がったのだ。零羅が空を飛ぶために必要になるから用意して欲しいと言っていた、膨大な魔力が。この、綺麗なブレスレットとして。このブレスレットはただのアクセサリーではなく、魔力の塊。明らかに、ダイヤよりも価値のあるもの。
ここでそのブレスレットが出来上がった、正確には膨大な魔力の用意が出来て、しかもそれを翠が白癒に知らせたことは、今後の零羅たちにとってとても重大な利益になるのだが、それもまだ誰も知らない話である。
もう少し完成が遅ければ、もしかしたら、こんな代物は作り上げられなかったかもしれないのだから。
翠と白癒が二人で完成を喜んでいると、一人の衛兵が来て来客が来ていると告げた。
来客は二人で、とても似た顔。名前は藍と蒼。
白癒は藍と蒼に会ったことはなかったが、翠から名前くらいは聞いている。来客について話が通っていたわけではなく、城に入れるわけにはいかなかったため、城門前で待たせていると聞き、翠と白癒は早速そこへ向かった。
――世の中には、知らない方がいいこともある
微妙な終わり方ですね...。しかし!次からは結構な急展開の予定です。しかもしかも、上手くいけば藍と蒼の初登場シーンです。
国境の偵察が終わるまでは零羅グループと翠&白癒グループとに分けて話を進めていくことになります。
これからも作者共々、戦場で踊れをよろしくお願いします!あっ...零聖の戦闘で踊っているような表現をまだ書けていない...というのも、その表現をするにはまだもう少し零羅に戦闘技術が欲しいので、それを身につけてからになります...!




