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戦場で踊れ  作者: 羽鷺終茶
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-転章1-

少年は物心ついた時から閉ざされた空間にいた。

灯りは壁の高いところにある、数個の小さな窓から差し込んでくる光のみ。少年はその光で朝と夜を見分けた。

壁は無機質な鉄で出来ており、夏でも冬でもひんやりとしていた。といっても、少年には季節の概念がなかったのだが。

少年一人が過ごすには広すぎる部屋。温かみの全くない部屋。椅子も机もない、夜になると真っ暗で真っ黒な部屋。その部屋には入口も出口もなかった。

少年はただそこにいるだけ。

そこに存在しているだけ。

一日に三回、女の人が食べ物を持ってきた。入口も出口もないのに、女の人はその場に現れた。少年は不思議に思った。何故、どのようにして、ここに来ることができるのかと。

一週間に一回、男の人が来て言葉を教えてくれた。入口も出口もないのに、男の人はその場に現れた。少年は不思議に思って訊いてみた。どうやってここに入ってくるのか、と。男の人は、魔法を使っていると言ったが使い方は教えてくれなかった。


少年には感情があった。

自分以外に何もないその場所を、寂しいと思った。

独りでいることを、悲しいと思った。

食べ物を貰った時はいつも嬉しかった。

言葉を習うことは楽しかった。

人と話すことが、大好きだった。


そのうち少年は外の世界に興味を持った。もちろん、外の世界なんてものが本当に存在するのか、少年は知らない。けれど、女の人や男の人がどこで生活をしているのか気になった。彼らは口をそろえてこう言う。この部屋の外で生活している、と。

けれど、少年が外に出ることはできなかった。ここには入口も出口もない。女の人に、外に出たいと言えば苦笑して無理だと言われた。男の人に外に出たいと言えば、また今度出してあげると言ったきり出してくれなかった。


少年は九歳の誕生日を迎えた。次第に男の人は来なくなった。女の人に理由を尋ねても、悲しい顔をするばかりで何も教えてくれなかった。


ただそこに存在しているだけの少年は、それが普通なのだと思うようになっていた。

皆が閉ざされた場所で過ごしていて、皆がこういう風に謎を抱えて生きていて、自分も他人となんら変わりのない生活を送っているのだと、そう思うようになっていた。

少年は何も知らなかった。自分が人間であることも、魔法が使えないことも、普通の人間とは全く違う暮らしをしていることも、外の世界が争いで溢れていることも、精霊が存在することも、人間がいつか死ぬということも、何一つ知らなかった。


少年が描いていた外の世界は、理想郷と呼ぶに相応しいものだった。誰もが笑顔に溢れ、幸福で、戦争なんて言葉さえも存在しない。有り得ない世界だった。だからこそ少年は、外の世界へ行くことを望んだ。


少年は自分が人間であることを知らない。

人間が魔法を使えないことも知らない。

精霊がいることも知らない。

だからこそ、自分は魔法を使えるのだと信じた。

使い方が分からなかった少年は、自分が魔法を使っている姿を強く想像してみた。

魔法というものが、一体なんなのか少年は知らない。出来ないことを可能にする力だということを知らない。

だから、まずは女の人や男の人がやっていたように、この部屋を出入りしようと考えた。けれど、少年は外の世界を知らない。


...魔法なんて、成功するはずがなかった。

結局魔法を諦めた少年の前に、一人の娘が現れた。その子は少年を見て言った。


「なんて可哀想な子」


少年は自分の事を可哀想だと思ったことがなかった。何せ、自分以外の人は二人しか知らなかったのだから。自分の生活は普通なのだと思っていたから。これが幸せなのだと、思っていたから。

そもそも、可哀想なんて概念がなかった。


「私が、あなたを救ってあげましょう」


娘は何もわかっていない様子の少年を気にせずに続けた。


「あなたの未来は可能性で満ちている。けれど、その可能性はあってはならないもの。世界を乱してしまうもの。きっとあなたは...」


――世界にとっての毒となり、蔑み嫌われるでしょう


「それでも、生きたいと思いますか?」


少年は知っていた。

人間にも魔法が使えるのだと。

生きるということは、自我を持って存在することだと。


そう、誰も知らないことを知っていた。

サブタイトルに1と付けた理由ですが、これから何回か転章を入れていくつもりだからです。本編を期待していた方、すみませんm(_ _)m

次回からは本編に戻っていきます。

ちなみに、金曜日行われた体育祭ですが、青組はビリケツでした(汗)

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