-二人-
まさか、零聖という名を聞いて何も思わない人なんて居ないだろう。
王様に言われたことをしていた俺たちはいつの間にか有名になっていた。
戦っている筈なのに、まるで踊っているかのようだ、と。
けれどその二人の顔も、住んでいる場所も、誰も知らない。
「最後にもう一度だけ言う」
「その土地は、私たちが、貰う」
.........。
もう、反論しようとする者は居なかった。
皆顔を見合わせてはそれぞれ散っていく。
数分後、騒ぎが嘘だったかのように、そこには日常的な風景があった。買い物に出かける貴族が歩き、ときおり馬車が通る。
俺と聖は、黙って事の次第を見守っていた翠に向き直った。
「翠、お前は押しが弱いんだから...喧嘩を止めることには向いてないぞ」
「騒ぎ、大きくなる」
「うわ〜ん、酷いですー!」
翠はいつもこんな感じだ。どんなにピンチな場面に遭遇しても、怒られている最中でも。本人は物凄く真面目らしいが。
「お二人は、何故ここへ来たんです?」
今更のような質問だが、主に俺へ向けられた質問だろう。普段貴族街へは寄り付かない俺が何故、と訊きたのだと予想。
そういえば、何故俺はここに来たんだったか。
「なんでだっけ」
「え〜、ボクを助けに来てくれたんじゃないんですね...」
こいつは一体何を期待していたのだろうか。
俺は人助けをするために動いているのではない。
人を困らせているものを退治するのが俺の行動原理で、流れ的に人助けに繋がっているだけである。
「零兄は、私しか助けない」
こいつは一体何を言っているのだろうか。
聖を助けようと思って助けたことなど1度もないと記憶しているのだが。
「聖、翠、帰るぞ」
何故か火花を散らし合っている聖と翠に声をかけながらスタスタ歩き始める。同時に、俺と聖の服装を変えていた幻惑魔法を解く。
......魔力を消耗しすぎたかもしれない。
魔力というのは、その生物がどれだけ魔法を使えるかという限度を表す。一般論では、10歳までの生活で保有量が変わるらしい。魔法を使う練習をすれば増えていくし、使わなければ全く保有しない可能性もある。
人間には魔法が使えないとされている。そのため、魔法の練習をする者は居ないと言っても過言ではない。そうすると必然的に人間には魔法が使えなくなる。
それ以前の問題で、人間は魔力が貯まりにくい種族だった。その点は俺も例外ではない。
自然の力を利用した魔法が得意な翠。
暗い場所では最強の威力を持つ魔法を使えると言ってもいい暁。
その二人と俺の魔力量を比べれば、精々足元に及ぶか及ばないかぐらいだろう。
特に俺は、継続的な魔法が苦手だった。単発、しかも一瞬で終わる攻撃魔法や防御魔法と違って、先刻俺がやったような幻惑魔法で消耗する魔力量は激しい。
「零羅さん、歩くの速いですー!」
「翠が、遅いだけ...」
「優しくてカッコイイ零羅さんは、きっとボクにスピードを合わせてくれますっ」
「零兄は、私に合わせる。私の頼みは、絶対聞いてくれる」
わいわいと言い争いながら後ろを着いてくる二人。取り敢えず、翠を王城まで送ることにしよう。放っていれば迷子になってまた何かに巻き込まれるかもしれない。翠はそういう性格と運の持ち主なのだ。
「聖、俺は翠を送って行くから先に帰って飯の用意してくれ」
二人の茶番を無視して声をかける。翠が不機嫌そうな顔をしたあとに顔を輝かせ、次いで心配そうな表情になる。
聖は一呼吸後に無言で頷くと、背中の羽を広げた。
「零兄、気をつけて」
――俺は一人では何もできないから
しかしそれは聖も同じだ。聖は俺が頷くのを確認してから、ジャンプした勢いで空を飛ぶ。
「...じゃ、行こうか」
ちゃんと聖が家の方向へ飛ぶのを見送って、翠に声をかけた。翠は何故か心配そうな顔をこちらに向ける。
「聖さんを帰しちゃって良かったんです?」
「ああ。白癒に会ってしまうかもしれないからな」
俺と白癒が喧嘩を始めたら。
聖はいつものように、本気で白癒を斬ろうとするだろう。
しかし、再び歩き始めた俺たちは知らなかった。
まさか、俺と翠ではどうすることもできないようなことが起こることを。
この目次は大幅に修正する可能性がありますm(_ _)m




