-力量-
俺と聖が、示し合わせたわけでもないのに同じタイミングで一歩踏み出す。そのまま歩き続けて翠の元へ向かった。徐々にその場が静まっていき、訝しげな視線が俺たちへと集まるが、そんなことは全く気にしない。
ただ一人、翠だけが安堵と期待が混ざった目をこちらへ向けていた。
「任せて...」
翠の元へ行くと、聖が僅かに口を開いて小さく言った。俺も聖に続けて翠だけに聞こえるように言う。
「バトンタッチだ」
翠は目の前にいるフード二人が何者なのか、疑いの余地なく、明確に、確信を持って知っている。そして、その二人がどれほど絶対的な力を持っているのかも、嫌という程知っている。
そしてまた、なんの保証もないけれど二人が自分の味方であるということも、当然のように知っている。
「...それじゃあ」
俺はくるりと振り返ると、静まっている貴族たちの面々を見回していつもより大きめの声で告げる。
「その領土は、俺が頂くことにしよう」
もちろん嘘だ。いや、この言葉自体は嘘ではない。俺が貰った後、王様に無償で譲る。
しかし、それを見抜けない貴族たちはざわつき始める。そのざわめきはすぐさま怒号へと変わった。
一般市民に土地を与えるな。そこは俺の領地だ。偉そうにするな。
だが、その一切を右から左へと聞き流す。
「騒ぎ立てることしか出来ないのか?」
最大限に冷たさを帯びたその一言で、再び場が静まった。
俺は知っている。静まり返った彼らが、俺を自由にさせまいと必死に思考していることを。
平和的解決は有り得ない。彼らは自分のモノを他人に安々と受け渡すような出来た人間ではない。
と、一人の男が俺の前に現れる。
如何にも高級そうな服を着ている男の右目には傷があった。
...珍しい。身体に傷がある貴族なんて。
男は俺の目の前までゆっくり歩いてくるとため息をついて低い声で言う。
「おいおい兄ちゃん、これは貴族同士の問題だ。引き下がってくれないか。まさか、本当に土地が欲しいわけじゃないだろう?」
貴族が頼み事をするような口調で話している...?!
驚愕で埋め尽くされそうになる俺は、だが冷静な口調で決まりきったことを返す。
「俺が引き下がることは絶対ない」
「そうか。なら強制的に――っ?!」
男は黒い笑みを俺に向けた瞬間に、隠し持っていたらしい拳銃を服の内側から取り出し、俺の眉間に突きつけた。
しかしまた次の瞬間、聖が俺と男の間に割り込んで男の喉元にぴったりとナイフを添える。
――予想通り
「おっと行動には気をつけろよ。俺の相棒がお前の首を吹っ飛ばすぞ」
肩をすくめる。相手には見えていないはずだが、今の俺は人を見下した目をしているだろう。
男は思考が追いついていないのか、そのまま硬直してしまった。後ろの貴族の群れに目を向けると、怯えた表情をする者ばかりで誰一人特別な行動を起こそうとする者はいない。
「覚悟があるなら引き金を引け」
男が顔を歪めた。腕に力が入るのが見て取れる。
......本当に撃つ気なのか。
俺は時間がゆっくり流れるところをイメージした。男が引き金にかけている指の僅かな動きさえ、その拳銃から放たれる弾丸の軌道さえ、完璧にスローモーションで見えてしまうほどに。
同時に、その弾丸が俺に届く前に霧になって消えてしまう所も。
この男にはそれほどの覚悟があったのか。
一気に引き絞られた引き金。発射され、霧散する弾丸。次に聖が、拳銃を持っている男の手首を蹴りあげ。手から離れた拳銃が宙を舞う。
俺にはその全てが“見えていた”。
くるくると回転しながら落ちてきた拳銃をキャッチする。
――全て予想通り
驚愕に目を見開き、たじろぐ男。
男の手首を蹴った反動で後ろへ宙返りをして着地した、平然としている聖。
優越感から笑みを浮かべる俺。
その様子を見た聖は、嬉しさで満たされている自分を意識していた。
正の感情がない彼が、嬉しさや楽しさから笑うことはない。唯一笑みをつくるのは、優越感に浸っている時だけだった。けれど、笑うこと自体を忘れてしまったわけではないのだと知って、嬉しくなる。
聖の気持ちなんて知らない俺は、一歩進んで横に並んだ。
嗚呼、彼らの なんて馬鹿馬鹿しいことだろう。
ここに居る俺たちが何者かも知らず。
予想する脳も持たず。
ただ本能のままに生きる。
やはり何よりも大切なのは自分で。
不快なものは許せず。
相手が何者であろうと潰そうとする。
何者であろうと関係ないが故に、何者であるのか考える脳を持たない。
彼らにとって、今の俺たちはどう映っているのだろうか。
一般市民に、何故ここまでの力があるのかと不思議に思うか。俺たちの力をただ恐れるか。それとも、やはり危険人物と認識して、性懲りもなく潰そうと考えるか。
「申し遅れました」
俺にとってこれはショーでしかない。
けれど、開幕してしまえば二度と閉幕することはない。永遠に続くショー。誰が居なくなっても、誰が消えても、誰が死んでも、俺と聖がいる限り続くショー。
「俺たちの名前は」
それなら、最大限に楽しませるしかないだろう?
楽しむことが出来ない俺は、他人を楽しませることしか出来ない。
幸せを感じられない俺は、他人を幸せにしてあげることしか出来ない。
楽しさが何なのか、幸せが何なのか、理解できていないというのに。
俺が言わんとしていることを察した聖がいつものように合わせる。
「「零聖といいます」」
「以後、お見知りおきを...」
聖の言葉を最後に、完全な静寂が訪れた。
やっぱり戦闘シーンは苦手です。
そして、徐々に各話を長くしていけるように特訓中です。
読んでくださってありがとうございますm(_ _)m




