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タイムマシンにお願い

作者: しいか

 タイムマシン。

 ファンタジー要素あふれるこの機械が空想の産物であり、実現不可能な物とされていたのは過去の話。

 タイムマシンは、1人の人間の手によってこの世に生み出された。

 ただし、残念ながらこの奇跡のタイムマシンでも、未来にはいけない。

 行けるのは過去のみ。

 だが、どちらにしろ大偉業であった。

 開発者の名前は、田辺タナベ ワタル

 そして田辺 渡とは、ボクの名前である。



 それは2026年のことである。

「天才科学者、という肩書きに興味はないかね?」

 見るからに胡散臭そうな中年男は、偉そうに言った。

 セリフ自体もさることながら、この夏の時分に白衣に似たロングコートを身に付け、いくらかファッショナブルではあるものの、南国でもない日本でサングラスをかけているという異様さ。

 お近づきにはなりたくない。

 特にこんな人の少ない裏通りでは。

「まぁ待ちたまえ、田辺 渡君」

 加えて、名乗ってもいないのに名前を言い当てられるなんて、怪しさ大爆発だ。

 とにかく早く帰ろう。こんな怪しげな人間に時間を取られていたら、嫌いな教授の講義が休講になったという喜びも半減してしまう。

 なのに、だ。

「なんて胡散臭い人間だ。しかも名前をしってるなんて、怪しさ大爆発だ。せっかく講義も休みになったのに、か」

 驚いた。

 名前を知るぐらいならなんとでもなる。

 休校についても、大学の人間から聞ける。

 だが心の内をぴたりと……それも、怪しさ大爆発だ、なんていう細かいところまで当てるということは、中々できるものではない。

「興味を持ったね?」

 確信に満ちた言葉。

 サングラスの奥にうっすらと見える自信。

 この胡散臭い男を信用できる物的なものは何一つ無い。

 だが、この男への興味は十分に湧いていた。

「確かに田辺 渡ですが、何か用ですか?」

「あぁ。君を天才科学者にするという大事な用でやって来た」

 第一声と似たような言葉。

 だが、今は胡散臭さよりも、そのセリフの意味が知りたい。

「天才科学者、とはどういう意味ですか?」

「文字通りだよ。天才発明家、と言い換えたほうが正しいかもしれないがね。君が望むなら、天才発明家の称号を得る切っ掛けを差し上げよう」

「具体的には?」

「話がスムーズでいいね」

 男はコートの内側から一枚のディスクを取り出した。

 別に珍しくもなんともない、CDタイプのギガディスクだ。

「旧式だから探すのに手間取ったよ。と、まぁ僕の苦労話はさておき、この中にはとあるデータが入っている」

 そりゃ、データ入れるディスクだしな。

「これから君にいくつかの質問をしよう。その答えを聞いて、このディスクを託すにふさわしい人間だと判断できたら、君は天才発明家への第一歩を手に入れることになる」

 つまり問答か。

 体力測定とかだと自信はないが、問答くらいならなんとかなる。

 これでも大学に入学する程度の頭はあるわけだし。

「まず聞こう。君はドラえもんを知っているか?」

「……は?」

「ドラえもんを知っているか?」

 知っているも何も、知らない人間の方が少ないだろう。

「青くて丸い、元ネコ型ロボットだろ?」

「よし、正解」

 こいつはボクをバカにしているのだろうか?

 それとも寂しいアニメオタクか何かなのだろうか?

「では次だ。今の科学技術から考えるに、百年後の未来に、はたしてドラえもんのような世界が来ることは可能か?」

「可能、不可能というならば、限りなく可能性は低いが、ありえなくもない」

 何事も、可能性は0ではない。

 パーセンテージの問題で、限りなく0に近くても、可能性というレベルでいえば、全てのことは起こりえる。

 現に、今の科学技術だって、百年前の人間にしては夢物語……いや、考えも付かないようなことだったのだ。

「だがまぁ、順当に考えたら、百年経っても、ドラえもんは作れないだろうな」

「ま、正しい見解だ」

 男が拍手してくれるが、別段嬉しくもない。

 こんなの、マックやミスドでお茶しながらする談話レベルじゃないか。

「では次の質問だ。君は家庭用ゲームをやるかね? マリオとかドラクエとか」

「まぁ、嫌いじゃない」

「では問題。ゲームを解き進める時の最大の裏技とはなんだね?」

 最大の裏技?

「それはどのゲームでだ?」

「全てのゲームにおける、だ」

「つまり、全てのゲームにおける、共通にして、最大の裏技は何か、という問題か?」

「そういうことになるな。で、答えは?」

「少し待て」

「待つのはいいが、ボクにはリミットがある。天才発明家になりたければ、早めに答えるんだな」

 整理しよう。

 そもそも裏技と言われる物には二つのタイプがある。

 一つは、プログラムミスなどで起きるバグ。つまり、想像していなかった不具合。

 二つ目は、製作者たちが意図的に用意したもの。元から組み込まれていた、秘密のルール。

 一か、二かで考えた時、どちらならありえる?

 全てのゲームに起きるバグ。

 または、全てのゲームに組み込まれた秘密のルール。

「さぁ、どうした? こんなことにも気付けないのかな?」

 笑う男。

 口元をディスクで隠しちゃいるが、バカにしているのが丸判りだ。

「物事を全部自分の中のものさしで図っているうちは、この問題にはとけないよ」

「うるさいな」

「君は確かに賢いかもしれないが、中には君が考え付かないようなことを考え付いている人間だっているもんだ」

「それくらい分かってる!」

「本当にそうかな?」

 笑う男。

 その笑いを見てると怒りは増してきて、思考が定まらなくなる。

 くそ、出会ってからずっと向こうのペースだ。


 ……出会ってから?


 ……出会ってから話したのは……


 ……!


「くそ、そういうことか」

「どうやら答えが見つかったようだね」

「あぁ。全てのゲームに共通して可能な裏技。それはバグでも、暗黙のルールでもない。第三だ」

「ほう。で、肝心の答えは?」

「攻略本、だろ?」

 男の口元がにやりと上がった。

「正解。攻略本、ないしは攻略サイトを見る。他には、すでにクリアーした人間から話を聞く、などだ」

 それが裏技と言うと首を捻る人間がいるかもしれないが、立派に裏技だ。

 表が、マジメに自分の力で、リアルタイムにその世界から与えられる情報だけでクリアーするのに対し、攻略本は事前情報を与え、解決方法を先に提示してしまっている。

 全ての答えや成り行きが分かっていれば、それに対しての事前策を練れる。

 どんなに驚異的なボスでも、先に弱点を知っていれば……どんなに手に入れるのが困難なアイテムでも、先にとり方を知っていれば、容易いことだ。

「では本題に入ろう。君は先ほど言った。現状では百年後にドラえもんができることは難しい。そして続けて言った。最大の裏技は、攻略本を見ることである。このことから予想される、ボクの存在と、ディスクの正体とは?」

 ここまでくれば何も難しい問題じゃない。

「ディスクの中身が攻略本。そしてあんたはすでにゲームをクリアーした人間」

「つまり?」

「ディスクはドラえもんの作成方法。そしてあんたは、未来の人間。もっと正確にいえば、田辺 渡。数十年後のオレ……だろ?」

「ご名答」

 中年……未来のオレがディスクをこちらに投げる。

 両手でそれを受け取ると、すぐに鞄の中に閉まった。

「では改めて挨拶しよう。はじめましてと言うべきか、久しぶりと言うべきか……僕は2046年。今の君から、20年後の渡だ」

「どうりで心の中が判るわけだ」

 それに、セリフの端々に奇妙な単語が埋め込まれていたのも納得した。

 今流通しているギガディスクを旧式とか言ったりという辺りなどだ。

「さて、慌しくて申し訳ないが、さっき言ったようにリミットが近い。タイムマシンのエネルギーの関係で、あと数分しない内に僕は未来に戻らないといけないんだ」

「機械は未来なのか? 人間の体だけが過去に行く仕組みなのか?」

「そうだ。詳しいことはディスクの中身を見ればわかる。とにかく今は要点だけかいつまんで話そう」

「あぁ、頼む」

「この時代の科学は、急成長した反動から、今後緩やかな成長へと入る。それを打ち破るのがそのディスクだ。と言っても、その中に入っているデータでドラえもんは作れない。作れるのは、僕が今使っているタイムマシンだ」

 タイムマシン。

 それだってたいした発明品だ。

「さらに残念なことを付け加えると、僕の時代でも、まだ未来に渡るタイムマシンの製作は出来ていない」

「だから昔に戻り、若い自分に20年後に出来上がるはずのタイムマシンを作らせる」

「そうだ。もっとも、正確な歴史で言えば、そのタイムマシンは100年後に出来るものだがね」

 思わずぎょっとした。

 20年後でなく、100年後?

 なぜ20年後の世界に100年後のタイムマシンが?

「って、そうか。つまり、あんたも未来の人間からタイムマシンの設計図を預かったのか」

「そういうことだ。僕はこの時代から40年後の僕から。40年後の僕は、60年後の僕からといった具合にね」

 我ながら、ずいぶんと壮大な裏技を考え付いたものである。

 もっとも、未来の自分なんて言われても感覚が分からないが。

「だが、この裏技もこの時代が限界だ」

「どうしてだ?」

「ま、それはおいおい分かるさ」

 未来の僕は苦笑すると、くるりと踵を返して背を向けた。

「君がそれを作り終えた時、世界は再び急な成長力を取り戻すだろう。だが、できれば君はそれを作り終えても、使わない方がいい」

「これ以上遡って過ぎた技術を与えると、逆に危険だから、か?」

「……ま、それもある」

 未来の僕は手を振って消えて行った。

 白い光に飲まれるとか、激しい揺れが起こるとか、そんな劇的な演出は何もない。

 ただ静かに、真昼の線香花火の煙のように、消えて行った。



 それから数年の間、ボクはディスクと睨めっこをしていた。

 ディスクに入っていた設計図は、単体ですら理解困難な情報が複雑にリンクしていて、プラモデルを作るように気楽にはいかなかった。

 正直、投げ出しそうになったことが幾度とあった。

 だが、その度に仏壇を見てやる気を取り戻した。

 そこにあるのは母と父の遺影。

 大学を卒業する頃、僕の両親は病に倒れ、そのまま年を越えず倒れた。

 理由は、過労と精神的なストレスの蓄積だった。

 ろくな親孝行もできないうちに逝ってしまった両親。

 普通の人間なら、ここで後悔して長い時を過ごすか、開き直るの2択しかない。

 だが、僕は違う。

 第3の選択肢がある。

 タイムマシンを製作して過去に戻れば、両親が生きている。

 そしてその時代で両親に話をすれば、死ぬのを回避することだって出来る。

 僕は懸命に試行錯誤を繰り返し、そしてついにタイムマシンを作り上げた。

 北暦、2036年のことだった。

 僕は歓喜した。

 これで両親に会いに行ける。

 タイムマシンに乗り込む。

 生物実験は済ましている。

 理論的にも、設計図的にも間違いない。

「20年前の世界に!」

 そして僕はタイムマシンで、まだ両親が死ぬ前の世界に旅立った。

 スイッチをいれると、あっさりと僕の体は昔の世界にたどり着いた。


 2006年。

 僕がまだ十五歳の頃だ。

 走った。タイムマシンのエネルギーが切れる前に両親に会い、そして死ぬという未来を回避しなければいけない。

 懐かしい。

 緑が減ったと言われていたが、それでもまだ街にはこんなにも緑があった時代だったのか。

 あぁ、あの子は仄かに憧れていた子だ。

 あいつは、一発殴ってやろうと思っていた近所の悪がきだ。

 次々と込みあがる奇妙な郷愁を押し殺しながら、ひた走る。

 そして一軒家にたどり着いた。

 今はもう……2036年には無くなってしまった、僕の家。

 この日、当時の僕は高校の移動教室で家を留守にしている。

 代わりに両親は家にいたはずだ。


 チャイムを鳴らす。


 もう一度鳴らす。


 ……もう一度鳴らす。


 ……そして、もう一度。

 

 計四度のチャイムを鳴らしたところで、ようやく玄関が開いた。

「はーい、どなたですか?」

 女性が……母が出てきた。

 若い。

 そりゃそうか、この時代で僕が十六ということは、母は三十二だ。今の僕とそう変わらない。

「あなた? え、あれ?」

 昔から親父に似ているといわれていたが、年齢が重なると更にそうなるらしい。

 数秒のうちすっかり混乱した母は、奥に向かって大声を出した。

「守さん来て!! 玄関にあなたがいるの!」

「何をバカなことを言ってるん……」

 素っ頓狂なことを言う母の声に応えるように出てきた親父。

 親父はオレの顔を見ると、口に咥えていたタバコを落として、その驚きを露にしてくれた。

「うあっちぃ!?」

 で、タバコが素足に当たって熱い目にあっている。

 その二人の変わらない姿を見て、思わず目頭が熱くなった。

「変わんないな、親父も母さんも」

「え、誰かと勘違いしてないですか?」

「いや、あってます。田辺 守さん、田辺 エミさん。僕は……今から二十年後、三十五歳になったあなたたちの息子、田辺 渡です」

 母が更なるパニックに陥る。

 だがその一方、親父はタバコを拾い直して口に咥えると、オレと似たような顔で笑った。

「そうか、渡か。おきっくなったな」

 驚きもしない親父。

 そのことに、むしろ僕の方が戸惑ってしまう。

「え、疑わないんですか?」

「なんだ、疑って欲しいのか?」

「いえ、そうじゃなくて」

「これだけそっくりなんだ、オレの息子だろ。それにほれ、ほっぺたのひっかき傷のあとが残ってる」

 小さい頃、飼っていたネコにじゃれたときに引っかかれてできた傷は、確かにいまだに僕の頬に残っている。

「え、でも、こんな傷ならいくらでも偽装できるし」

「お前は大きくなっても理屈屋だな。もっと親を信用しろ。姿が変わったくらいで見間違えるようなオレじゃないぞ」

 親父は大きな声で笑うと、僕の頭に手を置いてわっしわっしと撫で回した。

 その横で母も笑い始めた。

 それだけでまた言いようのない塊が胸の中に生まれて、目から水分を押し出そうとする。

 できれば、今すぐ大声で泣いてみたかった。

 泣いて、抱きついて、大きくなったからこそ分かった両親のありがたみに対して、お礼を言いたかった。

 お礼を言って、隠れなくても飲んでいいようになった酒を飲み交わしたり、どうでもいいようなことで談笑したかった。

 だが、時間がない。

 タイムマシン自体は完成したが、そのエネルギー源である鉱石は2036年の時点ではかなり高価な代物で、集めるだけでもかなりの労力がいる。

 この機を逃したら、今度はいつ来れるか分からない。

「二人に言いたいことがあって来たんです」

「なんだ改まって。いいから上がって、メシでも食っていけ」

「そうよね。せっかくだから、母さん、渡の好きな物作っちゃうわよ」

「いいから聞いてくれ!」

 セーブが聞かない。

 焦っている。

 焦っていることを自覚しているのに感情のセーブが聞かず、声があらがる。

「僕は2036年にタイムマシンを開発して、その時代から来ている。だから、これから起きることを知っているし、それは全て事実なんだ。だから冗談や嘘だと思わずに、真剣に聞いてくれ」

「さっきから真剣に聞いてるぞ。それでなんだ?」

「この時代から約10年後、この時代の僕が大学を卒業するかしないかくらいの時、親父と母さんは倒れるんだ。原因は過労や精神的なものの蓄積だ」

「倒れるくらいどうってことないわよねぇ。今もたまに倒れてるわけだし」

 あっけらかんという母。

「確かに母さんはよく倒れてたけど、そういうのじゃなくて、だから……」

「死ぬ、ってことか?」

 親父が尋ねる。

 戸惑いながら、躊躇いながら……ゆっくりと頷いた。

「そうか、死んじまうのか」

「だから!」

「じゃぁ心配ね……私たちが死んで、渡はちゃんと生活できてたの?」

「僕のことじゃなくて、二人のことを言ってるんだろ!?」

「だってねぇ、心配じゃない。渡ったら、守さんに似て生活能力まるっきりないんだもの」

「おいおい、その変わり仕事はバリバリこなしてるだろう?」

 笑いあう夫婦。

 なんだって笑ってられるんだこの二人は!!

「だから、バリバリ働いたのが原因で死ぬんだって! 親父が体調崩して、変わりに母さんが働き始めたせいで母さんも倒れるんだって!」

「良かったわねぇ、あなた。死ぬ時間近ければ、きっとあの世でも寂しくないわね」

「だーかーら!」

 なんだこの二人は!?

 そうだ、だからずっと反発してたんだ。

 すっとぼけたような親父と、完全にすっとんだ母親に、ずっと反発してた。

 反発していたが、その存在の大きさに気付いたのか大学を卒業する頃だった。

 ようやく大人になったのだ。だが僕が大人になり、親のありがたみを理解した瞬間、二人は逝った。

 だから止めないといけない。

 このすっとぼけた両親に、なんとか言い含めないといけない。

 なのに……

「なぁ、渡」

「なんだよ」

「お前、今何してるんだ?」

「説得だろ!?」

「そうじゃなくて、2036年では何をしてるんだ?」

「何をって……」

「働いてるのか?」

「それは……」

 言い淀む僕。

 親父はそんな僕を鼻で笑った。

「どうせそんなことだろうと思った。マジメに働いていたら、30年後にタイムマシンなんて作れるはずがない」

「なんでそんなこと分かるんだよ」

「分かるさ。オレだって科学者の端くれだ」

「あ、私は分からないわよ」

「言われなくても分かる!」

 根っから頭悪いな、この母は!!

「だが、そうか……30年後にタイムマシンが出来上がるのか……それも、オレの息子がなぁ」

「しんみりしてる場合じゃなくてだな!」

「よくやったな、渡」

 オレの両手をがっしりと握る親父。

 その目には涙まで浮かんでいる。

「心配だったんだ。学校でもバイト先でも人に馴染めず、目標も夢も持てなかったお前が、そんな立派な偉業を成し遂げるなんてなぁ」

「ほんと。母さん自慢しちゃうわ」

「だから、自慢できなくなっちゃうんだって!」

 オレの怒鳴り声に反応したかのように、時計からアラームが鳴る。

 やばい。エネルギーが切れ掛かってる。

「とにかくいいか、絶対に無理をするな! 分かった?」

「それはできん相談だ」

「なんでだよ! 死ぬって言ってるだろ!」

「だが、オレが死ぬほど働かなければ、お前はタイムマシンを完成できなくなるだろ?」

「は?」

 思考が止まる。

 何を言ってるんだ親父は?

「オレが稼いだ金があったからこそ、お前は研究に没頭し、タイムマシンを作れた。そうだろ?」

「それは……」

「それに、私たちが死んだから、渡は私たちを止めようとして一生懸命タイムマシンを作ってくれたのよね?」

 母の言葉でさらに思考が止まる。

 なんだ、これは。

 もしかしてオレは、とんでもない引き金を引いてしまったんじゃないだろうか?

「渡、がんばれよ」

「頑張ってね、渡」

 目の前にいる二人。

 その目に、ある種の決意ができたのを見てしまった。

 その笑いに、ある種の覚悟が生まれたのを見てしまった。

 いや、違う。元からか。元からもっていたのか?

 それが、オレをきっかけに、強固なものへとなった?

「オレたちもがんばるからな」

「私たちの分も生きてね」

 違う。

 違うんだ。

 オレはそんなことを言わせるためにこの時代に来たんじゃなくて……

 来たんじゃなくて……

「親父、母さん、違う、そうじゃなくて!!」

 だが親父は笑った。

 だが母は笑った。

 オレのことなんて全部わかってるんだと言いたげに。

 それでもそう生きるんだと言いたげに。

 そしてオレの考えは、間違いでなく……

 だから、親父と母は死ぬ。

 十年後。

 ダメだ。

 ダメダ。

 ヤメロ!

 トメロ!

「会いに来てくれて嬉しかったぞ」

 二人の手がオレの手を覆った瞬間……

 長い間忘れいてた両親の体温を感じた瞬間……

 

 視界が白く包まれた。

 

 一瞬の出来事。


 その一瞬の後には、すでに2036年の世界に戻っていた。


「……くそう!!」

 床を叩いた。

 拳から血が出た。

 痛くも何ともない。

 こんな傷、痛くも何ともない。

 だが、物質でない僕の何かに激痛が走っている。

「くそ! くそ! くそ! くそ! くそう!!」

 何度も床を叩いた。

 その度に耳の奥で言葉が蘇り、手の内側に感触が再現される。

 何度も何度も床を叩き、気が付けば、床に赤い点が飛び散るようになっていた。

「……こんな物のために!」

 目の前にあるタイムマシーン。

 数分前には奇跡の産物、僕だけの特権、起死回生の必殺技。

 そう見えていたものが、一変した。

 こんな物のために、両親は死んだ。

 こんな物を作らなければ、こんな物がなければ僕は過去に行かず、両親は生きたはずだ。

 いや、冷静に考えれば断定できるはずはない。

 両親が死んだからタイムマシンが出来た。

 だが、両親が死んだ原因はタイムマシンが出来たから。

 鶏が生まれたからひよこが生まれたのかの議論と似たような状況に陥り、現時点においては、このパラドックスを解決する理論は確立されていない。

 だが……。

 憎悪がタイムマシンに向いていることだけは自覚できる。

 もう、冷静な判断なんてできるはずがない。

 両親は、笑って死ぬことを享受した。

 鉱石を集めてもう一度過去に行くことは出来る。

 だが、一度決意した……死という未来すら受け入れた人間の心を完全に変える科学を僕は知らない。

 結局、僕が過去にいってしたことは、両親の死をより確かなものにしただけ。

 ただ、それだけ。

 止めるどころか、止めを刺しただけ。

「こんな物のために!!」

 拳を振り上げた。

 そして振り下ろす。

 タイムマシンめがけて。

「止めるんだ」

 だが、止められた。

 手を捕まれた。

 僕の手を掴んだ人間は、僕と似たような顔をしていた。

「……十年後の僕か」

「そうだ」

 あの日、まだ大学生の頃ころ、ボクにギガディスクを渡してきた僕だ。

「お前、知ってたな」

「……知ってた」

「なら、なんでだ! なんであの日、僕にディスクを渡した!!」

「それが、親父と母さんの願いだったからだ」

 睨み付ける僕。

 だが、向こうの僕もにらみ返してくる。

 僕と僕は睨み合う。

 滑稽だ。

 自己嫌悪ともまた違うわけがわからない怒りと憎悪。

 それを真正面から僕にぶつけ、それを受けた僕は、真正面から分解していく。

「……君は今、僕を恨んでいるだろう」

「当たり前だ。あんなもの受け取らなければ、親父も母さんも死ななかった!」

「いや、それはない。二人が死ぬことは変わらない」

「なんでそう言い切れる!?」

「言い切れるんだ。今から何十年という未来、そこでは確定因子という物が発見される。時間や歴史にはいくつかの分岐点があるが、必ず起こる事柄というのは決められている。それは、運命や必然と呼ばれている」

 親父と母さんが死ぬのは運命だった?

 だから諦めろというのか?

「多少の誤差は出るが、二人の死ははっきりと記されていた。そして百年先の科学でも、確定因子を掴むことはできるが、変更する術は確立されていない」

「さらにその先の未来は?」

「分からない。もしかしたらあるかもしれないし、ないのかもしれない」

「なら未来に行って確かめればいいだろ!!」

「行けるなら、な」

 タイムマシンで行けるのは過去だけ。

 つまり、百年経ってもそれは変わらないというのか……。

「僕がずっと覚えてて、未来の僕が昔の僕に教えにくれば……」

「それができてるなら、僕がすでに未来の僕から聞いている」

 未来の自分がそう言う。

 今目の前にいる僕は、十年後の僕だ。

 その僕が知らないということは……

「……運命か」

 力が抜けた。

 納得したわけではない。

 ただ、なんだか無性にやるせなくなった。

 もし、決められた流れがあるのだとしたら、僕たちはいったい何のために生きているというのか?

 なんのためにタイムマシンを作り上げ、両親に会いにいったのか?

 こんなことになるって分かってたなら……

「そうか……だからあの日、タイムマシンを作っても過去に行くなと言ったのか」

「そうだ。行っても両親が死ぬことは変わらない。行っても余計なショックを受けるだけだ」

 なんてちっぽけな……だが、なんて重い理由だ。

 少なくとも僕にとっては、歴史的に危険だ、なんていう理由よりも、十分に重い。

「僕はなんのためにタイムマシンを作ったんだ? お前は、なんのために僕にタイムマシンを作らせたんだ?」

「その質問には答えられない」

「どうしてだ?」

「それは僕ではなく、君が考えて答えを得るべき問題だ」

「同じ僕だろう?」

「同じ僕だ。だが、僕は君が十年という月日を経てたどり着く僕だ」

「いいじゃないか、裏技で教えてくれよ」

「できない」

 どうして?

 目だけで問うた僕に、未来の僕はこう返した。

「どんなに攻略本から知識を得たとしても、そのゲームをクリアーしなければ得られないものもあるからさ」

「意味が分からない。今知るのもあとで知るも、同じ知るなら一緒だろう!?」

「知るということならな。だが、物事は情報だけで成り立っているわけではない」

「だからその言葉の意味が分からないと言ってるんだ!!」

「……いずれ分かる」

 そして、未来の僕は十年後の世界に戻っていった。



 それから、再び月日が流れた。

 僕は必死にゲームに取り組んでいた。

 僕はなんのためにタイムマシンを作ったんだ?

 未来の僕は、どうして僕にタイムマシンを作らせたんだ?

 攻略本の無いゲームに取り組みながら、さらに月日は流れ、気が付けば僕も四十歳を超えていた。

 そして今年は、2046年。

 二十年前の僕にディスクを渡した僕と同じ年齢になった。

 そして、この年になってようやく、僕は答えに辿り着いた。


「……まずは二十年前だな」


 タイムマシンのスイッチを入れる。

 その中には一枚のディスクがある。

 この一枚のディスクから、僕のゲームが始まる。

 悲しいエンディングにしかならないと分かっているゲーム。

 だが、その悲しみは、ゲームをやったものにしか分からない。

 攻略本に悲しいシーンと書いてあっても悲しくは無い。

 やってみて悲しいと思うから、そのシーンは悲しくなる。

 例え悲しいと分かっていても、悲しさを感じるには……悲しみの先に何かを見出すには、ゲームをやる他に道は無い。


「苦しいだろうが、乗り越えられる。そして……運命を意味あるものにできるさ」


 偉大なる発明家を生み、育てた、偉大なる両親から生まれたお前なら、と。僕はボクに希望を託すため、タイムマシンのスイッチに手を伸ばした。



END

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― 新着の感想 ―
[一言] 取り敢えず突っ込ませて頂くが、有り得ん。何故にタイムマシーンが存在するのだ?20年後の自分がタイムマシーンの基と成るデータを持って来た。ではその基と成るデータは誰が作った?自分?無理だ。仮に…
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