2話 魔王と聖女の逃避行
木造のドアをノックする音が聞こえる。
僕の正面のドアからだ。
僕はその音を聞いて、嬉しくなる。
僕の可愛らしい妹が帰ってきたのだ。
「イヴちゃんお帰りなさいっ」
僕は座っていた椅子から顔を上げ、ドアに向かい声を掛ける。
そうするとゆっくりとドアは開き、妹は紙袋を両手に抱え、おずおずと部屋に入り、黒い髪と青い目を僕に見せる。
「…ねっ姉さん、ただいま」
僕はバツが悪そうな妹を見て、すぐに何かあったのだと気付く。
些細な妹の変化は、きっと僕にしかわからないだろう。
僕はこういう時、固有スキル「真理の開示」を使う。
「真理の開示」とは唯一、僕だけが持つ能力。
僕が対象を認識すると、認識した対象の情報が言葉や数字に変換され、僕はそれを見ることができる。
対象の情報とは、過去から現在までにかけての履歴、能力、用途、用量、使用方法等だ。
対象は人や物を問わない。
平たく言えば万物の情報を、僕なりの言葉や数字に変換して、知ることができるというわけだ。
――ステータス
名前 イヴリス・リドホルム
性別 女 年齢11
HP102/102 MP208/208
クラス 魔王
種族 該当なし
レベル7
筋力21
体力18
技量10
敏捷32
知力11
魔力31
業 43
状態 正常
スキル
悪魔の腕
火魔法 Lv.3
雷魔法 Lv.3
土魔法 Lv.1
闇魔法 Lv.2
肉体強化 Lv.2
体術Lv.3
固有スキル
生殺与奪
能力吸血
蒼の眼
アイテム
聖女のネックレス
紙袋(在中品 パン2個、リンゴ2個、チーズ1片、ハム4枚)
所持金 755R
経験値:13/100
履歴
宿屋「鶯谷亭」2号室到着
姉である「アイシス・リドホルム」と対面………ーーーー
僕の脳内に妹の情報が流れてくる。
僕はその中で、特に履歴の情報を読み取っていく。
そうすると、ある情報が流れてくる。
履歴
悪人「テイラー・アーノルド」殺害。
経験値5 獲得
業1 上昇
スキル 能力吸血 発動
肉体強化Lv.1 奪取成功
所持スキル肉体強化Lv.1が肉体強化Lv.2に上昇
スキル 生殺与奪 発動
「テイラー・アーノルド」から
筋力1、敏捷1、体力1、奪取。
ーーーふむ、妹はこの事を隠したい様子のようだ。
僕が普段から殺してはいけないと説いているからな。約束もしたし。
ちょっとそれとなく聞いてみようか。
「イヴちゃん、結構買い物長かったね~、なんかあったの?」
ビクッと妹は体を、揺らす。
うわ~動揺しているのがバレバレだよ。
面白いな~。
「にゃにもっ、何もなかったぞ!」
イヴちゃんかわいいなー。
噛んでるよ~くくくっ。
もうちょっと、イヴちゃんで遊ぼうかな。
「ふ~ん、そうなんだ~」
僕は怪しんだ目でわざとらしく妹を見つめる。
「うー、え~とな、ただ、ちょっとここから遠いパン屋さんが美味しいって話を聞いたから、買いに行ってて遅くなったんだ」
くくくっ。
嘘も下手くそだよね~。
僕の前だから下手くそなのか、僕だからすぐ嘘だってわかるのか。
どっちなんだろうな~。
「そうか、そうかー」
僕は納得した様子を装う。
ふふっ安心した顔してる。
でも、やっぱり一言、言っておかないといけないな。
「イヴちゃん」
「なっなんだ?」
「……前にも言ったけど、人や魔族は殺さないで欲しいんだ」
妹は目を大きく見開いた後、しょんぼりと肩を下ろした。
「…ごめん、俺は自分の事だけしか考えていなかった。力が足りないことに少し焦っていたんだ」
僕は目を瞑り、静かに妹の話に耳を傾ける。
「殺したヤツは本当に悪い人間で、死んでもしょうがないとさえ考えていたんだ。けど、そいつにも人生があって、俺がその人生を絶ちきったことは本当に申し訳ないと思う」
「イヴちゃん」
「ごめん、…姉さんとの約束破って」
「…ううん、違うのイヴちゃん。僕は正直、イヴちゃんが殺した相手が死のうが生きようがどうでもいいの」
「えっ?」
「イヴちゃんは本当に優しい、僕の妹だよ」
僕は座っていた椅子から腰をあげ、立ち上がり、妹に抱きついた。
身長はまったく同じなので、自分で自分を抱いている錯覚に陥る。
それにしても、いい匂いだ。
クンカクンカ、スーハースーハー。
あ~幸せだな~。おおっとヨダレが。
今は大事な場面だ、しっかりしろ僕。
「イヴちゃんは本当は人や魔族を殺すのが嫌なんでしょう?僕には丸分かりだよ。」
妹は抱きついたことにびっくりしてるようで、固まっているようだ。
長くて、真っ直ぐな黒髪。
羨ましい、僕の白く、癖っけのある髪と大違いだ。
僕は抱きつくことに乗じて、妹の長い黒髪を手で撫で、堪能する。
「僕が戦えないから、全て背負子んでさ。嫌な殺しをして、心をすり減らしていくのが見ていられないよ」
静かにしていた妹は嗚咽を出し、はらはらと涙を流していた。
………イヴちゃんの涙ペロペロしたいよ、ペロペロ。
「…もう僕のために戦わなくていいんだよ、ありのままの自分でいいんだよ」
「…ごめんなさいっ、ごめんなさい、わたしはっ、私はっ」
妹は泣き止む様子はない。
一人称が「俺」から昔の「私」に戻っている。
僕は一人称が私という、妹の方が好きだ。
なんて言ったって、興奮するからね。
僕は一度深呼吸する。
妹の匂いが体の奥底まで浸透していく。
駄目だ、もう我慢できない。
「…そういうわけだから、お仕置きね!!」
「えっ!?」
僕は妹を抱いていた腕を使い、ベッドの方向に力いっぱい放り投げる。
ステータスをみれば、妹の方が力は断然高いのだが、虚を突いたのが良かったのか、簡単にベッドに押し倒すことができた。
「ねっ姉さん?」
くぅ~反則だ。
ベッドに倒した妹は長い髪は淫らに広がり、潤んだ瞳で、小動物のように、ねっ姉さん?なんて言う。
襲ってくださいと言っているようなものだ。
「ムフっ…むふふ~お仕置きぞ~お仕置きぞ~」
「ちょ!?姉さん!?ふっ、止めてっ」
僕は妹の服に手を入れ、くすぐる。
神の指使いと言われた、私の妙技を味わうがいい。
「ひぃっやめっ!やめてぇぇー!!」
妹の叫んだ声は部屋中に響いたが、僕は気にすることなく時間いっぱい、妹を堪能した。
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月の光が窓から差し込み、夜だというのに周囲の状況がわかるほど、ずいぶんと明るい。
妹はくすぐられ、ずっと笑っていたことで、とても疲れていたみたいだ。
今はベッドの上でぐっすりと眠っている。
僕はいつも腰掛る椅子に座り、「真理の開示」を使い、自分のステータスを見て考え込む。
――ステータス
名前 アイシス・リドホルム
性別 女 年齢11
HP25/25 MP210/210
クラス 聖女
種族 該当なし
レベル2
筋力2
体力3
技量4
敏捷3
知力21
魔力32
業 0
状態 正常
スキル
回復魔法 Lv.3
水魔法 Lv.1
氷魔法 Lv.1
光魔法 Lv.2
探知 Lv.2
解析 Lv.2
直感 Lv.2
読心術 Lv.2
固有スキル
真理の開示
寵児の才覚
紅の眼
アイテム
聖女のリング
所持金 545R
経験値:2/100
履歴
自己の欲求を満たすため、妹である「イヴリス・リドホルム」の寝顔を見ながら、妹の髪の匂いを嗅ぐ。…………ーーー
成人男性の平均値が全ての項目でおよそ8 。
スキルを考慮すれば、この歳で一般人と比べたら強い部類に入るだろう。
だが一部のステータス、低い。
肉体面が特に顕著だ。
このままでは妹の足手まといになるだろう。
妹に辛い思いをさせてまで、もう殺しはさせたくない。
強くならなければ。
この宿に隠れているのも、いつバレるかわからない。
鶯谷亭周辺の住人から「真理の開示」を使い、履歴を調べてみたところ、妹が殺したテイラーという大男以外は、まだ僕が聖女の城から逃げたということを知らないようだ。
これから、どうするか。
状況を整理してみる。
国は大きく分けて、3つ。
魔王の国「リドホルグ」、
聖女の国「レミリスタ」、
軍神の国「ドルトル」。
今いる、レミリスタで身を隠すことはまず無理だろう。
国の長である、聖女が失踪したのだから、混乱していたようだが、僕の側近だった、たぬきジジイがすぐに立て直してきたみたいだ。
「探知」を使い、衛兵の状況を探ってみたが近くまで嗅ぎ回るようになってきた。
くそ、あのジジイは本当に嫌いだ。
では、リドホルグはどうか。
レミリスタに連れて来られるまでは、僕も暮らしていたし、僕の故郷だと思っている。
しかし、リドホルグに行くのは妹が反対する。
リドホルグに戻れば、私の立場が聖女になってしまったことから、人質にしなければならないそうだ。
扱いもなんとなく想像できる。
下手をしたら、後ろから刺されるような気もする。
そして、何よりも僕の「直感」が行かない方がいいと警鐘を鳴らす。
リドホルグとレミリスタの仲は劣悪で一触即発の戦争モードだ。
これで、父さんと母さんのように、聖女が死んだ、魔王が死んだとなれば、戦争も免れないだろう。
僕と妹が反対しているから、起こっていないようなもので、戦争も時間の問題だ。
そうすると答えは、
「軍神の国、ドルトルか」
身を隠すには一番ベストだ。
敵国ではあるが、素性がバレにくい利点、リドホルグとレミリスタの息がかかっていないという利点がある。
上手くいけば
僕と妹の夢を叶える準備期間が手に入る。
ドルトルに向かおう、僕は強くそう思った。