8.二人目のボディガード登場
翌日の体育は水泳だった。
水泳授業の場合は、二年生の全クラス合同、男女一緒に行われる。
水着姿の女子たちと一緒ということで、男子たちは浮き足立っていた。
陸守ケイも、血祭冴も、普見蘭も、中学校指定のスクール水着を着ている。
二十五メートルを何度も何度も泳がされた。
授業の最後の部分で、
「よーし、じゃあ、十分間自由練習」
との指示が出た。
自由練習――要は自由時間、もっと平たく言えば遊び時間ということだ。
生徒たちがいちばん楽しみにしているのが実はこの時間。
生徒たちは「きゃあきゃあ」言いながら自由練習――まあ、自由遊び――に興じていた。
僕はこの水泳時間に意外な事実に遭遇した。
なんと、ケイはカナヅチだったのだ。
「ケンタウロスの姿だったら、泳げるのよ、いわゆる“馬かき”だけど……」
ケイは、一生懸命言い訳した。
その言い訳している姿がまたかわいい。
“馬かき”というのは、まあ“犬かき”みたいなもんなんだろうな。
「でも、人間の世界で暮らすのなら、人間の姿の時でも泳げないとな。
じゃあ、僕が教えてあげるよ」
僕はケイの両手を取って、バタ足から練習させてあげた。
「人間の足だと泳ぎづらい~~、走るのだったら、ケンタウロスのときとそんな違いはないんだけど、泳ぐのだと足の動きが違いすぎて……」
ケイがまた言い訳する。
なるほど、確かに“馬かき”と人間の“バタ足”とじゃ、動きが違いすぎるよな。
その横を、血祭冴が、すいーっと見事なフォームの平泳ぎで追い越していった。
そして振り向いて、ケイの顔を見ると、
「ふっ」
と鼻で笑った。
ケイの顔が、かぁーーっと赤くなった。
「お、お、お、おまえ、今、笑ったわねーー」
「ふっ、別に。
ただ、無様だなと思っただけだ。
おっと、顔に出てしまったかな」
「きーーー、悔しい!!」
ケイの腕に力が入る。
「あ、こら、ケイ、ダメだよ。
力を抜かないと」
僕がたしなめた。
「だって……、笑われて悔しいんだもん」
「いいから、気にしない、気にしない」
「うん……、絆君がそう言うのなら」
ふと、僕は周囲に殺気を感じた。
はっとして周囲を見渡す。
男子生徒たちが僕とケイの周りに群がっていたのだ。
「掛橋ーー、おまえ、なんで陸守さんといつも一緒にいるんだーー?」
「陸守さんに泳ぎをお教えするのなら、俺たちにもやらせろよーー」
「そうだそうだ、不公平だぞ」
不公平も何も……、別にいいだろそんなの……、とい言い返そうとしたら――、突然、向こう側から大きな波がやってきた。
「な、なんだ!?」
ザップーーン!!
大波に飲まれ、ある者はプールサイドに打ち上げられ、ある者はプールの壁面に打ち付けられた。
バカな!
どうしてプールで波が?
うちの中学校のプールに、波を作り出す装置なんかないはず。
ケイは、水を飲んでしまい、ゲホゲホいっている。
続いて再び波がやってきた。
「わあああああ」
僕とケイは大波にのまれ、プールの飛び込み台の下の壁面に打ち付けられた。
「こ、これは一体?」
僕はプールの波がきた方を見た。
普見蘭の顔が見えた。
僕は潜った。
「あ!?」
僕は悟った。
波を起こしていたのは普見欄だったのだ。
普見蘭が、首から下だけをフランケンのモンスター化させ、その強靭な力で波を起こしていたのである。
普見蘭は、水しぶきを放った。
それは、弾丸のような強大な衝撃を、受けた者に与えた。
プール内にいた生徒たちは普見蘭の水しぶきを受け、僕とケイ以外、全員脳震盪を起こし気絶させられてしまった。
全員……?
そうだ、血祭冴は?
僕は、冴の姿を探した。
いた!
頭を振っている。
どうやら、気絶は免れたらしいが、頭にそれなりの衝撃を受けたようだ。
気を失いかけて、うまく動けないらしい。
普見蘭が、全身フランケン化した。
スクール水着がぴちぴちだ。
「掛橋絆……、今度こそ、お前の命をもらうぞ」
「!」
僕は焦った。
陸守ケイも血祭冴も、今、動きの自由を奪われている。
ここで、フランケン化した普見蘭に襲われたら、僕はひとたまりもない。
巨体を揺らして普見蘭が僕にゆっくり迫ってきた。
「く……」
壁に叩きつけられた衝撃でケイもうまく動けないようだ。
危ない、僕!
その時!
歌が聞こえてきた。
え、なに、これ?
こんな時に誰が歌っているの?
僕は周りを見渡した。
歌の主は、僕がいるのと反対側の飛び込み台に腰掛けている女の子だった。
その子は……、なんと人魚だった!
青いウェーブのかかったロングヘアで上半身は人間、下半身は魚だった。
上半身には何も身に着けていない。
胸の部分は、青い髪で隠れていた。
「う……」
普見蘭が頭を押さえて苦しみ始めた。
人魚の歌声が、普見蘭を攻撃しているのだ。
「お……、おのれ、貴様!!」
僕に向かって歩いてきていた普見蘭は、方向を変え、人魚に向かって歩き出すと、こぶしを人魚に向かって振り下ろした。
人魚は、その姿勢からジャンプした。
「こんにゃろ~~~~!」
そして普見蘭の頭上まで跳ぶと、尾びれを連続で振って、普見蘭の両頬に高速往復ビンタをくらわせた。
ビンタを終え、水中に飛び込む。
普見蘭の両頬が真っ赤に腫れた。
「く……、おのれ!」
普見蘭が水の中へ何発も、こぶしを滅茶苦茶に打ち込む。
しかし、水の中で人魚の動きにかなう者はいないだろう。
人魚は、水中で普見蘭の足を取った。
片足を取られた普見蘭は、バランスを崩して転倒。
後頭部を飛び込み台にしたたかに打ち付けた。
飛び込み台が砕けた。
何という、普見蘭の頭の頑丈さ!
さすがフランケンシュタインの怪物!
だが、衝撃は相当だったのだろう。
フランケンの変身は解け、普見蘭は、元の日本人形みたいなおかっぱ頭の人間の女の子の姿に戻り、気を失ってしまった。
人魚の子が、すうーーっと僕の方に泳いできた。
「絆ちゃん、ケガは無い?」
絆ちゃん?
随分、なれなれしいな。
「あ、あの、君は……?」
僕は人魚の子に問いかけた。
「あ、自己紹介がまだだったね」
人魚の子の体の周囲にボワンと煙が出た。
この煙……、知ってる!
ケイが変身するときの煙と同じだ。
人魚の子は、人間の姿になった。
髪の長さは、人魚の姿のときと変わらない。
ただ、魚だった下半身は人間の足となり、裸だった上半身は下半身ともどもスクール水着におおわれていた。
そして、胸のところには名前の縫い取りが。
「海守」とあった。
「私は海守マナ。
ごらんの通り、人魚、マーメイドよ。
掛橋絆ちゃん。
あなたを守るために派遣されてきたの」
「じゃ、じゃあ、あなたが、絆君の二人目のボディガードなの?」
ケイが海守マナと名乗った女の子にたずねた。
良かった。
ケイのダメージも少し回復したようだ。
「あなたが一人目のボディガードのケンタウロスね。
よろしくカナヅチさん」
マナがそう言って右手を差し出した。
はっきりものを言う子だな……。
僕は恐る恐るケイの顔を見た。
やっぱり、ムッとしてる。
それもすごく。
ケイは、マナの右手を握り返すと言った。
「陸守ケイよ、マーメイド。
絆君を助けてくれてありがとう。
一応、お礼は言っておくわ」
ケイは、ぎゅっとマナの右手を握った。
「い……」
痛いと言おうとしたのだろうが、マナは言わず、負けずにケイの右手を力強く握り返した。
「どういたしまして」
ケイとマナの視線が宙でぶつかり合い、火花が飛んだ。
二人の右手がぷるぷる震えている。
「ま、待ってよ二人とも」
僕はケイとマナの間に割って入った。
なんだか僕、こんなことばっかりやってるな。
「ち……、ケンタウロスの次はマーメイドか……」
少し離れたところから血祭冴がこちらを見て毒づいた。