3.ドキドキの夜
押しかけ女房ならぬ、押しかけモンスター、ケンタウロスの女の子、陸守ケイが中学二年生一人暮らしの男子であるこの僕と一緒に住むことになった。
実はもう一つ、さっきのケイの言葉で気になったことがある。
「ねえ、ケイ」
「なに、絆君」
夜の一軒家で、若い男女が二人きり……。
な、なんだかこれって、まるで新婚さんみたいじゃないか。
そう考えると、猛烈に恥ずかしいーー!
あ、だから、そう考えなければいいんだ。
彼女はあくまでもモンスター。
僕は人間!――なんだから……(モンスターとのハーフだけど)。
あ、そうそう、聞きたかったことの続き、続き。
「ねえ、ケイ。
さっきさ、僕のことを
『二十四時間、私たちが守る』
って言ったよね。
『私たち』ってことは、ケイの他にも僕のボディガードっているのかい?」
「ええ、いるわ。
あと二人」
「あと二人。
ということは、三人か」
「まあ、私たちはモンスターだから、三匹って言った方が正確かな」
三匹って……、人間の姿をしている子のことを「匹」なんて数えられないよ。
君たちの数え方だけど……、『匹』じゃなくて、『何人』って数えてもいいの?」
「いいわよ、別に。
好きなように数えて」
「うん、じゃあ、『人』で数えるけど。
その……、あとの二人は今どこにいるの?」
「もうすぐここへ着くはずよ。
こう見えても、私たちは絆君を守るために、世界中の中二モンスターの中から選ばれた精鋭なの」
「中二モンスターって……、モンスターにも学校があるの?」
「そりゃあるわよ。
二十四時間、絆君を守るためには、同じ学校に通えなくちゃならないでしょ。
だから、同じ齢のモンスターが選ばれたってわけ。
あとの二人は、日本から少し遠いところにいるから、到着まで時間がかかっているらしいわ。
私がいちばん日本に近かったから、いちばん早く到着したわけ。
そうしたら、絆君、もう敵モンスターに襲われかけてるんだもん。
間一髪だったわ」
うん、確かにそうだ。
あの時、あの黒マントの吸血鬼の子に血を吸われていたら、僕もうアウトだった。
ケイにはほんと、感謝しなくちゃ。
「それで、後の二人って、どんな子? 何のモンスター? 男子? 女子?」
「それは私も聞かされてないんだ。
会ってみてのお楽しみだね、お互いに」
「そ、そうか……。
じゃあ、楽しみに……、待つことにするよ」
ボディガードが三人も……。
それだけ僕の命のねらわれ具合って深刻ってことだよな……。
これって、楽しみにしていいことなのか?
「うん、そうして。
じゃあ、絆君、そろそろ寝ないと。
明日も学校でしょ?」
ケイに言われて時計を見た。
もう次の日になっている。
夕飯も食べていないんだけど、いっぺんにあまりにも多くのことを聞きすぎて、空腹を感じなかった。
「話し込んでいて、すっかり遅くなっちゃったね」
「寝室はどこ?」
「二階だけど」
「分かった、二階ね」
ケイは、椅子を立つと、カバン(ケイは、カバンを一つ持って来ていた)を手に取った。
「着替えるから、隣の部屋借りるね」
「あ、ああ……、うん、どうぞ」
そりゃそうだよな、男女なんだから、着替える時は部屋は別なのが当然だ。
さっき、ケイがケンタウロスの姿に変身した時は、上半身裸だった。
あの時、彼女恥ずかしくなかったのかな……?
でも、そんなこと聞けない。
もし、僕がそんなことを聞いたばかりに、彼女が恥ずかしさを意識して、もう僕の目の前でケンタウロスに変身してくれなくなったら、僕はたちまちモンスターに命を奪われてしまうのだろうから。
僕は就寝前の歯みがきを終え、寝室に向かった。
寝室でパジャマに着替える。
「絆君、いい?」
ドアの外からケイの声がした。
「ああ、どうぞ」
促すと、ドアを開けてケイが入ってきた。
パジャマを着ている。
デフォルメされたかわいい、お馬さんの模様のパジャマだ。
やっぱりケンタウロスだから、パジャマの模様も馬なのかな。
でもその変はツッコまない方がいい気がするので黙っていた。
僕が黙っているせいか、ケイの方が口を開いた。
「に……、似合うかな?」
目をそらしながら、ちょっと恥ずかしそうにたずねる。
「あ、うん……、似合うよ、とっても」
僕は感じたままを正直に言った。
実際、とてもよく似合っているのだ。
「良かった……。
人間の服ってよく分からなくて……。
じゃ、絆君、寝よう」
「あ……、うん」
え?
寝ようって……?
ケイは、僕のベッドの掛け布団をめくると、ベッドに上がった。
「何してんの?
早く」
え?
なになになになにーー?
これって、一緒に寝ようって誘ってんのーー?
「早くって、僕どこに……」
「へ?
決まってるでしょ、ここ、ここ」
ケイは、シーツの自分の隣のあたりをポンポンと叩いた。
よく見ると、ケイはベッドの半分より向こうに座っている。
僕の分を空けているのだ。
「え、え、え?
一緒に寝るの?
僕とケイが?」
「え、やだ、なんか、私、おかしかった?」
「いや、おかしいというか何というか……、人間は……、その……、中二くらいだと、男女は一緒に寝ないものなんだよ」
「ええーー?
そ、そうだったの。
ケンタウロスはみんなくっつき合って眠るのに」
くっつき合って眠る――その言葉に、僕は犬や猫の子がくっつき合って眠っている様子を連想した。
「やだ、どうしよう……。
絆君、気を悪くした?」
ケイは、あわててベッドから降りた。
「ごめんね、私、知らなくて……」
「い、いや、いいんだよ。
そんな、謝られるようなこと、ケイは何もしていないから……」
「私、どうすればいい?」
どうすればと言われても……。
どうすればいいのだろう?
「じゃ、じゃあさ、ケイはここを使ってよ。
僕はリビングのソファで寝るから」
「ええー、そんなのできないよ。
だって、ここは絆君の部屋なのに……。
じゃあ、私がリビングに行く」
ケイは部屋を出ていこうとした。
「い、いや、待って」
僕はドアの前に立ちはだかって、ケイを止めた。
「命の恩人を追い出すなんてできない。
リビングには僕が行く」
「でも……」
ケイは少し逡巡してから僕に言った。
「ねえ、絆君」
「?」
「その……、一緒に寝るのはだめなの?
私……、絆君と二十四時間一緒にいなきゃいけないんだし……」
純真な瞳で僕を見ながらケイがたずねる。
え……?
僕は急に心臓がドキドキしてきた。
確かに……、別に一緒に寝るからといって犯罪を行うわけじゃない。
ただ、一緒に寝るだけだ、一緒に。
ただただ、純粋に一緒に寝る!
うん、それだけだ、それだけ。
それ以上でもそれ以下でも無い。
実際、ケンタウロスは眠る時くっつき合ってるという事だし……、ここは一つ、ケイのやり方に合わせてあげていいんじゃないか?
僕は決断した。
「じゃ、じゃあ、一緒に寝ひょうか?」
声が裏返っているのが自分でも分かった。
「ほんと、良かったあ」
ケイがすごくうれしそうに笑った。
なんだか、よこしまな想像をしていた自分が、とてつもなく汚らわしい存在に思えてくる。
「じゃ、早く寝よ。
はい、絆君、こっちね」
ケイは、あっという間にベッドに戻った。
「は、はい……、あの……、じゃ……、その……、失礼しまーす」
何なんだ、この状況!
僕はドキドキしながらベッドに潜り込んだ。
潜り込んだはいいけど、顔は真っ直ぐ天井を見たまま。
緊張して、ケイの方を見られない。
「絆君?」
ケイが僕に話しかけた。
「はひ」
また声が裏返っている。
「どうしてこっちを見ないの」
どうしてって……、恥ずかしいからに決まってるじゃないか!
「ほんとは……、やっぱり私と一緒に寝るのいやだった?」
ケイが悲しそうな声で僕に聞いた。
ち、違うんだよ、ケイ、そうじゃないんだ。
こ、こ、これは、何としても誤解を解かなければ。
これから先、命を守ってくれるボディガードとの間には、何よりも信頼関係が大切なはずだ。
僕は勇気を振り絞って、ケイの方に顔を向けた。
「ち、違うよ、そんなわけないじゃないか。
ただその……、ずっと一人で寝ていたから……、ちょっと緊張しちゃってさ」
緊張しているのは事実だ。
その点、嘘は無い。
僕は正直に言った。
「そうなんだ。
実は、私もちょっと緊張してるんだ」
ケイの吐息はハミガキのいい香りがした。
ぼ、僕の口臭は大丈夫だよな?
僕だってちゃんと歯磨きしたんだ。
「ケンタウロス同士では一緒に寝てたけど、人間の男の子と一緒に寝るの、初めてなんだもん。
みて、ドキドキしてる」
ケイは、僕の腕を取った。
え、何するの?
まさか、まさかーー。
ケイは僕の腕を自分の胸に当てた。
僕の手のひらに、彼女のふくよかな胸の感触を通して、鼓動が伝わってきた。
でも、彼女の鼓動以上に、僕の心臓の方が大波打っている!
僕は、じっとり汗をかいてきた。
「やだ、絆君、汗かいてるよ」
やべ、手のひらにまでびしょり汗かいちゃった。
彼女を不快にさせちゃったかな?
「熱があるんじゃない?
大丈夫?」
ケイは、自分の額を僕の額に押し付けてきた。
か、顔がーー!
ケイのかわいらしい顔が、こんな近くにーー。
「やっぱりちょっと熱いみたい。
大丈夫かな?」
「だ、大丈夫だよ、ケイ。
二人で寝てるから、ちょっと布団があったかくなり過ぎちゃってるだけかも」
「そう?
本当に、具合悪く無い?」
「う、うん、平気平気。
心配無い」
「良かった。
じゃあ、本当にもう眠らなきゃね。
オヤスミ、絆君」
「オ、オヤスミ……」
ケイは目を閉じた。
しばらくして、ケイの寝息が聞こえてきた。
ケイったら、もう眠っちゃったんだ……。
一方僕はというと……。
気持ちが高ぶってしまって、明け方まで一睡もできなかったのであった。